この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Sixth Chapter...7/24

怖がっているから

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 普段ならまだ誰も来ていない時間に、学校に到着したのだが、この日は龍美が既に登校してきていた。きっと、昨夜のことを詳しく話したかったのだろう。通話したときは、気が動転していて言いたいことを言えてなかったかもしれないし。

「おはよう、龍美」
「う、うん。おはよう……玄人」

 バツが悪そうに顔を背けながら、龍美は挨拶を返してくれる。強気な性格の彼女にとって、昨日の一幕は大きな失態だったのだろう。
 僕は全然、気にしないんだけどな。

「突然、変なこと言っちゃって悪いわね」
「ううん、気持ち悪くなるのも無理ないよ。……あれ、例のオートマティスムなんだよね?」
「そうなのよ。いくらまた起きないかと期待してたとは言え、死なんて物騒な文字が書かれるなんて……予想もしないじゃない」

 それはそうだ。オカルトなんてものは殆どの人が、本気で起きると思いながらやったりはしない。起きないことは分かっているけれど、それでも起きたら凄いのになと夢見ながら試す。それくらいのものなのだ。
 でも、その夢が現実になってしまった。それも、冗談で済まされるレベルではない現実に。『死』というたった一文字ではあっても、それは龍美にとって、計り知れない恐怖をもたらす一文字だった。

「二人を驚かせるためのドッキリとかじゃないわよ? 本当に昨日、私は勝手にあの文字を書いたの。……自分でも、信じられなかった。紙をぐしゃぐしゃにして捨てたくなったけど……やっぱり、相談したくて」
「うん……気持ち、分かるよ。実を言うと、僕も昨日、変なことがあったからさ」
「……玄人も?」

 そこで龍美は、それまでの曇った表情から一転、目を丸くした。自分だけの問題だと思っていたのだし、急にそう切り出されたら困惑するのは当然のことだ。
 なるべく落ち着いた調子で、僕は昨日自身に起きたことを、龍美に説明した。金縛りにあったこと、頭痛がしたこと、鬼の唸り声のようなものが聞こえたこと。その直後に龍美から連絡があって、その偶然に肝を冷やしたこと……。彼女は最後まで口を挟まずに聞いてくれたが、その顔は次第に引き攣っていった。

「玄人まで……そんなことになってたのね」
「僕の場合は、体が動かなくなったわけだから、ある意味龍美の逆だけどさ」
「でも、……でも、同じよね。私も、体の自由が利かなくなって、頭痛がして、鬼の唸り声が聞こえてきたんだから……。同じ時間に、そんなことが起きるなんて、本当にどういうことなのかしら……」

 鬼の呪い。まさか、そんなはずはないだろうが。
 何となく……こう思うのだ。
 僕らは、警告を受けているのではないか、と。

「……警告?」

 思っていたことが口に出てしまったのか、龍美がそう聞いてくる。僕は慌てて、

「いや、そう思えなくもないなって」
「……鬼の祟り……警告……」

 龍美は真剣な表情でそう呟き、

「瓶井さんの言ってることが、本当だとしたら。鬼の祟りが本当にあるんだとしたら……。私たちが鬼封じの池に入っちゃったのは、まずかったのかな……」
「まさか……。それだけで、呪われたりなんかしないよ」

 例え、万が一、呪いなんてものが実在するのだとしても。
 どうしてそれくらいで、僕らが呪われないといけないのか――。

「……」

 その瞬間、思い出せと言わんばかりに、あの白骨死体がフラッシュバックした。鬼封じの池の廃墟で、光一つない地下室の中で、静かに朽ちていた一つの骸。
 あまりにも鮮明に。あまりにも生々しく。
 ――ひょっとしたら……あれが鬼だったのかも、しれないけどな。
 虎牙の言葉が蘇る。そんな馬鹿な話が、あるわけがない。
 ……ないはずだ。

「きっと……怖がってるからいけないんだ。精神的に、疲れちゃってるんだよ、僕たちは。そういうのが異常行動の引き金になるってケース、結構あると思う。事実、金縛り現象は科学的にそう結論付けられてるしさ。自動筆記もその類に違いないんだ」

 わざと力強く、僕はそう言って龍美に微笑みかける。そうでもしなければ、龍美の不安を掻き消すことなんて出来ないだろうし、それは僕自身もそうだった。

「疲れ、ねえ」

 龍美は、どうにも納得がいかないようだったが、それで済ませておくのが一番気持ちが楽だと判断したようで、

「ま、そうなのかもね。……そうだといいな」

 最後は自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は机に肘をついて、溜息を吐いた。
 この数日は、龍美の弱い部分を何度も目にしている。ある意味、貴重ではあるのだが、だからといってこのままなのは心配だな。早く立ち直ってもらいたい。
 ……この状況に説明をつけられるような何かが見つかれば、きっと解決するのだろうけど。
 話が一区切りついたところで、虎牙が教室に入って来た。まだまだ不良少年っぽい雰囲気は抜けていないが、こうして早い時間に登校して来るところは好印象だ。……って何の評価をしてるんだろう、僕は。

「おはようさん。どうしたよ、辛気臭い顔してよ」
「あんたは良いわねえ、お気楽で」
「昨日のアレか? お前もオバケとか妖怪とかは弱いんだな。へへ、覚えといてやるよ」
「覚えなくていいわよ!」
「あはは……」

 僕なんかより、虎牙の方がよっぽど、龍美を元気づけられるようだ。僕にはそういうやり方は真似できないからなあ。

「……気にすんなよ。どうせ疲れてるだけだろ。それか、病んでるだけか……」
「病んでる?」
「気にし過ぎるのが一番悪いってこったよ」
「ふん、分かってるわよーだ」
「それなら大丈夫だ」

 病んでる……か。案外、そうなのかもしれない。
 人は、精神的に追い詰められ始めたとき、とても正常な判断が出来るような状態では、なくなってしまう。
 何が正しいのだろう。そう考えて考えて考え続けて。
 そして、僕は……。

「お前もぼけっとしてんなよ。玄人」
「あ、うん……ありがと」

 虎牙は、強い心を持っていると思う。僕にはそれが羨ましいし、憧れる。
 朝の時間はすぐに過ぎ、クラスメイトはどんどんやって来て、八時半のチャイムとともに双太さんと満雀ちゃんも入ってくる。出欠確認が終わり、しばらく経って、二日目の試験開始の時間になる。
 今日も、変わらぬ学校生活。変わらぬ日常が始まっていく。何も恐ろしいものなんてない、普段と同じ一日だ。
 昨日までの不安を塗り潰して、これからもずっと、平穏が続くように。だって、満生台のコンセプトは、『満ち足りた暮らし』なのだから。
 それが成り続けていくようにと、僕はそう願った。
 
 願って、いたんだよ。
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