28 / 79
Sixth Chapter...7/24
怖がっているから
しおりを挟む
普段ならまだ誰も来ていない時間に、学校に到着したのだが、この日は龍美が既に登校してきていた。きっと、昨夜のことを詳しく話したかったのだろう。通話したときは、気が動転していて言いたいことを言えてなかったかもしれないし。
「おはよう、龍美」
「う、うん。おはよう……玄人」
バツが悪そうに顔を背けながら、龍美は挨拶を返してくれる。強気な性格の彼女にとって、昨日の一幕は大きな失態だったのだろう。
僕は全然、気にしないんだけどな。
「突然、変なこと言っちゃって悪いわね」
「ううん、気持ち悪くなるのも無理ないよ。……あれ、例のオートマティスムなんだよね?」
「そうなのよ。いくらまた起きないかと期待してたとは言え、死なんて物騒な文字が書かれるなんて……予想もしないじゃない」
それはそうだ。オカルトなんてものは殆どの人が、本気で起きると思いながらやったりはしない。起きないことは分かっているけれど、それでも起きたら凄いのになと夢見ながら試す。それくらいのものなのだ。
でも、その夢が現実になってしまった。それも、冗談で済まされるレベルではない現実に。『死』というたった一文字ではあっても、それは龍美にとって、計り知れない恐怖をもたらす一文字だった。
「二人を驚かせるためのドッキリとかじゃないわよ? 本当に昨日、私は勝手にあの文字を書いたの。……自分でも、信じられなかった。紙をぐしゃぐしゃにして捨てたくなったけど……やっぱり、相談したくて」
「うん……気持ち、分かるよ。実を言うと、僕も昨日、変なことがあったからさ」
「……玄人も?」
そこで龍美は、それまでの曇った表情から一転、目を丸くした。自分だけの問題だと思っていたのだし、急にそう切り出されたら困惑するのは当然のことだ。
なるべく落ち着いた調子で、僕は昨日自身に起きたことを、龍美に説明した。金縛りにあったこと、頭痛がしたこと、鬼の唸り声のようなものが聞こえたこと。その直後に龍美から連絡があって、その偶然に肝を冷やしたこと……。彼女は最後まで口を挟まずに聞いてくれたが、その顔は次第に引き攣っていった。
「玄人まで……そんなことになってたのね」
「僕の場合は、体が動かなくなったわけだから、ある意味龍美の逆だけどさ」
「でも、……でも、同じよね。私も、体の自由が利かなくなって、頭痛がして、鬼の唸り声が聞こえてきたんだから……。同じ時間に、そんなことが起きるなんて、本当にどういうことなのかしら……」
鬼の呪い。まさか、そんなはずはないだろうが。
何となく……こう思うのだ。
僕らは、警告を受けているのではないか、と。
「……警告?」
思っていたことが口に出てしまったのか、龍美がそう聞いてくる。僕は慌てて、
「いや、そう思えなくもないなって」
「……鬼の祟り……警告……」
龍美は真剣な表情でそう呟き、
「瓶井さんの言ってることが、本当だとしたら。鬼の祟りが本当にあるんだとしたら……。私たちが鬼封じの池に入っちゃったのは、まずかったのかな……」
「まさか……。それだけで、呪われたりなんかしないよ」
例え、万が一、呪いなんてものが実在するのだとしても。
どうしてそれくらいで、僕らが呪われないといけないのか――。
「……」
その瞬間、思い出せと言わんばかりに、あの白骨死体がフラッシュバックした。鬼封じの池の廃墟で、光一つない地下室の中で、静かに朽ちていた一つの骸。
あまりにも鮮明に。あまりにも生々しく。
――ひょっとしたら……あれが鬼だったのかも、しれないけどな。
虎牙の言葉が蘇る。そんな馬鹿な話が、あるわけがない。
……ないはずだ。
「きっと……怖がってるからいけないんだ。精神的に、疲れちゃってるんだよ、僕たちは。そういうのが異常行動の引き金になるってケース、結構あると思う。事実、金縛り現象は科学的にそう結論付けられてるしさ。自動筆記もその類に違いないんだ」
わざと力強く、僕はそう言って龍美に微笑みかける。そうでもしなければ、龍美の不安を掻き消すことなんて出来ないだろうし、それは僕自身もそうだった。
「疲れ、ねえ」
龍美は、どうにも納得がいかないようだったが、それで済ませておくのが一番気持ちが楽だと判断したようで、
「ま、そうなのかもね。……そうだといいな」
最後は自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は机に肘をついて、溜息を吐いた。
この数日は、龍美の弱い部分を何度も目にしている。ある意味、貴重ではあるのだが、だからといってこのままなのは心配だな。早く立ち直ってもらいたい。
……この状況に説明をつけられるような何かが見つかれば、きっと解決するのだろうけど。
話が一区切りついたところで、虎牙が教室に入って来た。まだまだ不良少年っぽい雰囲気は抜けていないが、こうして早い時間に登校して来るところは好印象だ。……って何の評価をしてるんだろう、僕は。
「おはようさん。どうしたよ、辛気臭い顔してよ」
「あんたは良いわねえ、お気楽で」
「昨日のアレか? お前もオバケとか妖怪とかは弱いんだな。へへ、覚えといてやるよ」
「覚えなくていいわよ!」
「あはは……」
僕なんかより、虎牙の方がよっぽど、龍美を元気づけられるようだ。僕にはそういうやり方は真似できないからなあ。
「……気にすんなよ。どうせ疲れてるだけだろ。それか、病んでるだけか……」
「病んでる?」
「気にし過ぎるのが一番悪いってこったよ」
「ふん、分かってるわよーだ」
「それなら大丈夫だ」
病んでる……か。案外、そうなのかもしれない。
人は、精神的に追い詰められ始めたとき、とても正常な判断が出来るような状態では、なくなってしまう。
何が正しいのだろう。そう考えて考えて考え続けて。
そして、僕は……。
「お前もぼけっとしてんなよ。玄人」
「あ、うん……ありがと」
虎牙は、強い心を持っていると思う。僕にはそれが羨ましいし、憧れる。
朝の時間はすぐに過ぎ、クラスメイトはどんどんやって来て、八時半のチャイムとともに双太さんと満雀ちゃんも入ってくる。出欠確認が終わり、しばらく経って、二日目の試験開始の時間になる。
今日も、変わらぬ学校生活。変わらぬ日常が始まっていく。何も恐ろしいものなんてない、普段と同じ一日だ。
昨日までの不安を塗り潰して、これからもずっと、平穏が続くように。だって、満生台のコンセプトは、『満ち足りた暮らし』なのだから。
それが成り続けていくようにと、僕はそう願った。
願って、いたんだよ。
「おはよう、龍美」
「う、うん。おはよう……玄人」
バツが悪そうに顔を背けながら、龍美は挨拶を返してくれる。強気な性格の彼女にとって、昨日の一幕は大きな失態だったのだろう。
僕は全然、気にしないんだけどな。
「突然、変なこと言っちゃって悪いわね」
「ううん、気持ち悪くなるのも無理ないよ。……あれ、例のオートマティスムなんだよね?」
「そうなのよ。いくらまた起きないかと期待してたとは言え、死なんて物騒な文字が書かれるなんて……予想もしないじゃない」
それはそうだ。オカルトなんてものは殆どの人が、本気で起きると思いながらやったりはしない。起きないことは分かっているけれど、それでも起きたら凄いのになと夢見ながら試す。それくらいのものなのだ。
でも、その夢が現実になってしまった。それも、冗談で済まされるレベルではない現実に。『死』というたった一文字ではあっても、それは龍美にとって、計り知れない恐怖をもたらす一文字だった。
「二人を驚かせるためのドッキリとかじゃないわよ? 本当に昨日、私は勝手にあの文字を書いたの。……自分でも、信じられなかった。紙をぐしゃぐしゃにして捨てたくなったけど……やっぱり、相談したくて」
「うん……気持ち、分かるよ。実を言うと、僕も昨日、変なことがあったからさ」
「……玄人も?」
そこで龍美は、それまでの曇った表情から一転、目を丸くした。自分だけの問題だと思っていたのだし、急にそう切り出されたら困惑するのは当然のことだ。
なるべく落ち着いた調子で、僕は昨日自身に起きたことを、龍美に説明した。金縛りにあったこと、頭痛がしたこと、鬼の唸り声のようなものが聞こえたこと。その直後に龍美から連絡があって、その偶然に肝を冷やしたこと……。彼女は最後まで口を挟まずに聞いてくれたが、その顔は次第に引き攣っていった。
「玄人まで……そんなことになってたのね」
「僕の場合は、体が動かなくなったわけだから、ある意味龍美の逆だけどさ」
「でも、……でも、同じよね。私も、体の自由が利かなくなって、頭痛がして、鬼の唸り声が聞こえてきたんだから……。同じ時間に、そんなことが起きるなんて、本当にどういうことなのかしら……」
鬼の呪い。まさか、そんなはずはないだろうが。
何となく……こう思うのだ。
僕らは、警告を受けているのではないか、と。
「……警告?」
思っていたことが口に出てしまったのか、龍美がそう聞いてくる。僕は慌てて、
「いや、そう思えなくもないなって」
「……鬼の祟り……警告……」
龍美は真剣な表情でそう呟き、
「瓶井さんの言ってることが、本当だとしたら。鬼の祟りが本当にあるんだとしたら……。私たちが鬼封じの池に入っちゃったのは、まずかったのかな……」
「まさか……。それだけで、呪われたりなんかしないよ」
例え、万が一、呪いなんてものが実在するのだとしても。
どうしてそれくらいで、僕らが呪われないといけないのか――。
「……」
その瞬間、思い出せと言わんばかりに、あの白骨死体がフラッシュバックした。鬼封じの池の廃墟で、光一つない地下室の中で、静かに朽ちていた一つの骸。
あまりにも鮮明に。あまりにも生々しく。
――ひょっとしたら……あれが鬼だったのかも、しれないけどな。
虎牙の言葉が蘇る。そんな馬鹿な話が、あるわけがない。
……ないはずだ。
「きっと……怖がってるからいけないんだ。精神的に、疲れちゃってるんだよ、僕たちは。そういうのが異常行動の引き金になるってケース、結構あると思う。事実、金縛り現象は科学的にそう結論付けられてるしさ。自動筆記もその類に違いないんだ」
わざと力強く、僕はそう言って龍美に微笑みかける。そうでもしなければ、龍美の不安を掻き消すことなんて出来ないだろうし、それは僕自身もそうだった。
「疲れ、ねえ」
龍美は、どうにも納得がいかないようだったが、それで済ませておくのが一番気持ちが楽だと判断したようで、
「ま、そうなのかもね。……そうだといいな」
最後は自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は机に肘をついて、溜息を吐いた。
この数日は、龍美の弱い部分を何度も目にしている。ある意味、貴重ではあるのだが、だからといってこのままなのは心配だな。早く立ち直ってもらいたい。
……この状況に説明をつけられるような何かが見つかれば、きっと解決するのだろうけど。
話が一区切りついたところで、虎牙が教室に入って来た。まだまだ不良少年っぽい雰囲気は抜けていないが、こうして早い時間に登校して来るところは好印象だ。……って何の評価をしてるんだろう、僕は。
「おはようさん。どうしたよ、辛気臭い顔してよ」
「あんたは良いわねえ、お気楽で」
「昨日のアレか? お前もオバケとか妖怪とかは弱いんだな。へへ、覚えといてやるよ」
「覚えなくていいわよ!」
「あはは……」
僕なんかより、虎牙の方がよっぽど、龍美を元気づけられるようだ。僕にはそういうやり方は真似できないからなあ。
「……気にすんなよ。どうせ疲れてるだけだろ。それか、病んでるだけか……」
「病んでる?」
「気にし過ぎるのが一番悪いってこったよ」
「ふん、分かってるわよーだ」
「それなら大丈夫だ」
病んでる……か。案外、そうなのかもしれない。
人は、精神的に追い詰められ始めたとき、とても正常な判断が出来るような状態では、なくなってしまう。
何が正しいのだろう。そう考えて考えて考え続けて。
そして、僕は……。
「お前もぼけっとしてんなよ。玄人」
「あ、うん……ありがと」
虎牙は、強い心を持っていると思う。僕にはそれが羨ましいし、憧れる。
朝の時間はすぐに過ぎ、クラスメイトはどんどんやって来て、八時半のチャイムとともに双太さんと満雀ちゃんも入ってくる。出欠確認が終わり、しばらく経って、二日目の試験開始の時間になる。
今日も、変わらぬ学校生活。変わらぬ日常が始まっていく。何も恐ろしいものなんてない、普段と同じ一日だ。
昨日までの不安を塗り潰して、これからもずっと、平穏が続くように。だって、満生台のコンセプトは、『満ち足りた暮らし』なのだから。
それが成り続けていくようにと、僕はそう願った。
願って、いたんだよ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる