35 / 79
Seventh Chapter...7/25
濃霧の向こうに
しおりを挟む
風が強く吹けば、傘が持っていかれそうになる。それくらいの土砂降りではあるが、僕は何とか森へ向かって歩いていく。途中、誰にもすれ違うことはない。この雨の中、普通は誰も外出したりはしないはずなのだ。
だが、森の入り口に差し掛かったとき、判然としない視界の中で、僕はまたしても人影のようなものを捉えた。果たしてそれが本当に人だったのかは不明だが、ここまで来たら、引き返すという選択肢はなかった。
自分でも、何故だろう、と考えながら進み続ける。どこか熱病に浮かされているように、頭は殆ど空っぽのまま、ふらりふらりと。それはきっと、立て続けに起こった事件のせい。あの新月の夜から、少しずつ僕は、いや僕らは、正常な世界から足を踏み外していっていたのだろうか。
それなら、もしかすればここはもう、平穏が続く正しい世界ではないのかもしれなくて。
数限りない呪詛に満ちた、混沌の世界なのかもしれなくて。
「……何考えてるんだろ」
僕は、ネガティブになっていく考えを何とか打ち消して、あと少しだけ、と歩を進めていく。気付けばその先は、鬼封じの池がある道だった。
「……やっぱり見間違いだよなあ」
池まで行って、誰もいないのを確かめたら、大人しく帰ろう。僕はそう決めて、緩やかな坂道を慎重に歩き始めた。龍美にも心配されたが、僕の細い脚では下手をすれば転んで怪我をしてしまいかねない。歩けなくなるほどの怪我をしてしまったら一大事だ。
……そして、濃霧の中、鬼封じの池が少しずつその輪郭を浮かび上がらせる。些か場違いなほどに大きな、淀んだ池。降り注ぐ雨の中、再び対峙したこの場所は、三日前に来たときよりもその非現実感を強めていた。
大丈夫、怖くなんてない。そう心の中で呟きながら、僕は一歩、また一歩進む。前に出る毎に、霧の向こうの景色が浮かんでいく。
何もいたりしない。こんなところに、豪雨の中やって来る人間なんているはずがないんだ。
いるとすればそれは、きっと人間ではない。
人間では。
「……」
生唾を飲む音が、やけに大きく聞こえる。
雨の音が、少しずつ聞こえなくなっていく。
鼓動が、早鐘を打つ。
頭が、ズキズキと痛み始める。
何かが、見えた。
池の淵に、黒い塊。
一部分だけが覗き、あとは池の中に沈み込んで。
規則的に、ゆらゆらと揺らめいている。
周りに、千切れた枝葉が絡まり。
それは、最早一つの物であり。
目に映った瞬間に、全ては明らかであり。
明らかになった瞬間に、強い耳鳴りと、眩暈が襲った。
がさり、と音がする。
いつのまにか、傘を取り落としている。
雨が、体を嬲る。
風が、体を苛む。
足が震えだして、がくりと膝をつく。
歯の根が合わない。
体が、酷く冷たい。
「……あ、……」
掠れた音が、喉から漏れ出す。それは、他の誰でもない、自分自身の口から出たもので。
目の前にある光景もまた、他の誰でもなく、自分自身の目でハッキリと見た、現実だった。
「うわあああああああああぁぁッ!!」
池には、永射孝史郎の水死体が浮かんでいた。
だが、森の入り口に差し掛かったとき、判然としない視界の中で、僕はまたしても人影のようなものを捉えた。果たしてそれが本当に人だったのかは不明だが、ここまで来たら、引き返すという選択肢はなかった。
自分でも、何故だろう、と考えながら進み続ける。どこか熱病に浮かされているように、頭は殆ど空っぽのまま、ふらりふらりと。それはきっと、立て続けに起こった事件のせい。あの新月の夜から、少しずつ僕は、いや僕らは、正常な世界から足を踏み外していっていたのだろうか。
それなら、もしかすればここはもう、平穏が続く正しい世界ではないのかもしれなくて。
数限りない呪詛に満ちた、混沌の世界なのかもしれなくて。
「……何考えてるんだろ」
僕は、ネガティブになっていく考えを何とか打ち消して、あと少しだけ、と歩を進めていく。気付けばその先は、鬼封じの池がある道だった。
「……やっぱり見間違いだよなあ」
池まで行って、誰もいないのを確かめたら、大人しく帰ろう。僕はそう決めて、緩やかな坂道を慎重に歩き始めた。龍美にも心配されたが、僕の細い脚では下手をすれば転んで怪我をしてしまいかねない。歩けなくなるほどの怪我をしてしまったら一大事だ。
……そして、濃霧の中、鬼封じの池が少しずつその輪郭を浮かび上がらせる。些か場違いなほどに大きな、淀んだ池。降り注ぐ雨の中、再び対峙したこの場所は、三日前に来たときよりもその非現実感を強めていた。
大丈夫、怖くなんてない。そう心の中で呟きながら、僕は一歩、また一歩進む。前に出る毎に、霧の向こうの景色が浮かんでいく。
何もいたりしない。こんなところに、豪雨の中やって来る人間なんているはずがないんだ。
いるとすればそれは、きっと人間ではない。
人間では。
「……」
生唾を飲む音が、やけに大きく聞こえる。
雨の音が、少しずつ聞こえなくなっていく。
鼓動が、早鐘を打つ。
頭が、ズキズキと痛み始める。
何かが、見えた。
池の淵に、黒い塊。
一部分だけが覗き、あとは池の中に沈み込んで。
規則的に、ゆらゆらと揺らめいている。
周りに、千切れた枝葉が絡まり。
それは、最早一つの物であり。
目に映った瞬間に、全ては明らかであり。
明らかになった瞬間に、強い耳鳴りと、眩暈が襲った。
がさり、と音がする。
いつのまにか、傘を取り落としている。
雨が、体を嬲る。
風が、体を苛む。
足が震えだして、がくりと膝をつく。
歯の根が合わない。
体が、酷く冷たい。
「……あ、……」
掠れた音が、喉から漏れ出す。それは、他の誰でもない、自分自身の口から出たもので。
目の前にある光景もまた、他の誰でもなく、自分自身の目でハッキリと見た、現実だった。
「うわあああああああああぁぁッ!!」
池には、永射孝史郎の水死体が浮かんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる