この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden―

至堂文斗

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Tenth Chapter...7/28

反対者集会

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 雨が窓を叩いている。晴れた日には小鳥の囀りが聞こえたものだが、ここしばらくは聞けていない。そういったささやかなことが無性に恋しくなってしまうのは、やはり気が滅入っている証拠なのだろうか。
 カーテンの向こうは、予想通りの鈍色で、どんよりとした心を些かも晴らしてはくれない。それでもだらだらと着替えをして、僕は階下のリビングへ向かう。
 朝食の美味しそうな匂いが漂うリビングでは、既に父さんが席に着いて、何やらチラシのようなものに目を通していた。

「おはよう」

 僕は挨拶しながら、父さんの隣に座る。そして、父さんの持っているチラシを横から盗み見た。

「おう、おはよう。……どうも住民の誰かが作ったものらしい。気にするようなものじゃないぞ」

 父さんは、興味を無くしたのか、紙をテーブルの上に滑らせる。それを手に取って読んでみると、

「……電波塔計画反対者集会……」

 紙の上部に大きめのフォントで書かれた表題は、そのようになっていた。

『暑い日が続きますが、満生台の皆様方にはご健勝のことと存じます。さて、早速ではございますが、標記の件につきまして、下記の通り行わせていただきますので、此度の計画に反対の意思をお持ちの方は、是非ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。皆様の行動が、満生台を良き方向に変えてくださることを、心より願っております。どうぞ、よろしくお願いいたします』

「……反対者集会」

 ワードファイルで作成された、簡素なお知らせだ。集会の開催日時は八月二日、つまり稼働式典当日の予定となっており、右上には、満生台自治会という名称が記されている。これまで自治会という名称を目にしたことなんてなかったのだが、もしかすれば、永射さんというトップの死によって、自治権を取り戻そうとする住民側の動きが活発化してきているのかもしれない。
 だとすれば、それを指揮しているのは瓶井さんなのだろうか。いや、あの人は一昨日話したとき、諦めていると口にしていたはずだ。こんな活動の中心にいるのは、どうもしっくりこなかった。

「入ってたの、初めて?」
「ああ。永射さんの事件を、鬼の祟りだと思い始める人が増えてきたみたいだな。母さんが、ちらっと耳にしたらしい」
「そうなのよ」

 スクランブルエッグとウインナーの乗った丸皿を持って来ながら、母さんが答える。

「近くのお婆さんたちが、井戸端会議しててね。瓶井さんの言うことは、間違いでもなさそうだって。罰当たりなことをしたから、永射さんは死んじゃったそうよ」
「偶然の事故に、そういう迷信を結び付けているだけだろうが、昔からここに住んでいる人にとっては、真実味のある話なんだろうな」

 恐らく、両親が今言ったように解釈するのが、普通の人の考えだろう。僕もそのスタンスでいたい気持ちは変わらない。
 ただ、瓶井さんの語り口と、身の回りに起きている怪奇現象染みた出来事が、僕の心を不安定なものにしているのも事実だった。

「説明会のときに使われた集会場で開催されるらしいな。きっと、暇を持て余したご老人方が向かうんだろう」
「雨の中大変ね……」

 二人は呑気な会話を続けている。まあ、そんな風に話している方が良いのは間違いない。真剣に考えれば考えるほど、気が重くなる問題なのだから。
 朝食を食べ始めると、もう集会の話題は出なかった。ニュースを見ながらの食事なので、アナウンサーが読み上げる事件や事故の数々に、父さんが一言呟いて、母さんが相槌を打つ。そんなやりとりが続く、いつものシーンだった。
 美味しいご飯を食べ終わり、僕は手を合わせてごちそうさまと告げ、食器を流し台まで持っていく。大抵、食べ終わるのは僕が一番早い。

「……その次が、あいつだったっけ」

 そう言えば、僕の後にいつも、彼女はついてきていた。
 多分それは、少しでも一緒の時間を作りたかったためなのだろう。

「……ああ」

 ふいに、リビングのカレンダーが目に入る。そこに、小さな丸が書かれてあるのが見えた。
 七月三十日。もうすぐ、あれから丁度二年が経つのか。未だに乗り越えられていないのに、時間だけは無情に過ぎていく。

「……もう少し、ね」

 溜息交じりに、僕は独り言ちる。きっと、もう少しで、その記憶にも区切りをつけられるはずなのだと。
 二年前の七月三十日。それが、真智田家がこの満生台へ移住する契機になった、一つの事件が起きた日。
 その日は、僕の妹、真智田理緒が飛び降り自殺をした日だった。
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