49 / 79
Tenth Chapter...7/28
反対者集会
しおりを挟む
雨が窓を叩いている。晴れた日には小鳥の囀りが聞こえたものだが、ここしばらくは聞けていない。そういったささやかなことが無性に恋しくなってしまうのは、やはり気が滅入っている証拠なのだろうか。
カーテンの向こうは、予想通りの鈍色で、どんよりとした心を些かも晴らしてはくれない。それでもだらだらと着替えをして、僕は階下のリビングへ向かう。
朝食の美味しそうな匂いが漂うリビングでは、既に父さんが席に着いて、何やらチラシのようなものに目を通していた。
「おはよう」
僕は挨拶しながら、父さんの隣に座る。そして、父さんの持っているチラシを横から盗み見た。
「おう、おはよう。……どうも住民の誰かが作ったものらしい。気にするようなものじゃないぞ」
父さんは、興味を無くしたのか、紙をテーブルの上に滑らせる。それを手に取って読んでみると、
「……電波塔計画反対者集会……」
紙の上部に大きめのフォントで書かれた表題は、そのようになっていた。
『暑い日が続きますが、満生台の皆様方にはご健勝のことと存じます。さて、早速ではございますが、標記の件につきまして、下記の通り行わせていただきますので、此度の計画に反対の意思をお持ちの方は、是非ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。皆様の行動が、満生台を良き方向に変えてくださることを、心より願っております。どうぞ、よろしくお願いいたします』
「……反対者集会」
ワードファイルで作成された、簡素なお知らせだ。集会の開催日時は八月二日、つまり稼働式典当日の予定となっており、右上には、満生台自治会という名称が記されている。これまで自治会という名称を目にしたことなんてなかったのだが、もしかすれば、永射さんというトップの死によって、自治権を取り戻そうとする住民側の動きが活発化してきているのかもしれない。
だとすれば、それを指揮しているのは瓶井さんなのだろうか。いや、あの人は一昨日話したとき、諦めていると口にしていたはずだ。こんな活動の中心にいるのは、どうもしっくりこなかった。
「入ってたの、初めて?」
「ああ。永射さんの事件を、鬼の祟りだと思い始める人が増えてきたみたいだな。母さんが、ちらっと耳にしたらしい」
「そうなのよ」
スクランブルエッグとウインナーの乗った丸皿を持って来ながら、母さんが答える。
「近くのお婆さんたちが、井戸端会議しててね。瓶井さんの言うことは、間違いでもなさそうだって。罰当たりなことをしたから、永射さんは死んじゃったそうよ」
「偶然の事故に、そういう迷信を結び付けているだけだろうが、昔からここに住んでいる人にとっては、真実味のある話なんだろうな」
恐らく、両親が今言ったように解釈するのが、普通の人の考えだろう。僕もそのスタンスでいたい気持ちは変わらない。
ただ、瓶井さんの語り口と、身の回りに起きている怪奇現象染みた出来事が、僕の心を不安定なものにしているのも事実だった。
「説明会のときに使われた集会場で開催されるらしいな。きっと、暇を持て余したご老人方が向かうんだろう」
「雨の中大変ね……」
二人は呑気な会話を続けている。まあ、そんな風に話している方が良いのは間違いない。真剣に考えれば考えるほど、気が重くなる問題なのだから。
朝食を食べ始めると、もう集会の話題は出なかった。ニュースを見ながらの食事なので、アナウンサーが読み上げる事件や事故の数々に、父さんが一言呟いて、母さんが相槌を打つ。そんなやりとりが続く、いつものシーンだった。
美味しいご飯を食べ終わり、僕は手を合わせてごちそうさまと告げ、食器を流し台まで持っていく。大抵、食べ終わるのは僕が一番早い。
「……その次が、あいつだったっけ」
そう言えば、僕の後にいつも、彼女はついてきていた。
多分それは、少しでも一緒の時間を作りたかったためなのだろう。
「……ああ」
ふいに、リビングのカレンダーが目に入る。そこに、小さな丸が書かれてあるのが見えた。
七月三十日。もうすぐ、あれから丁度二年が経つのか。未だに乗り越えられていないのに、時間だけは無情に過ぎていく。
「……もう少し、ね」
溜息交じりに、僕は独り言ちる。きっと、もう少しで、その記憶にも区切りをつけられるはずなのだと。
二年前の七月三十日。それが、真智田家がこの満生台へ移住する契機になった、一つの事件が起きた日。
その日は、僕の妹、真智田理緒が飛び降り自殺をした日だった。
カーテンの向こうは、予想通りの鈍色で、どんよりとした心を些かも晴らしてはくれない。それでもだらだらと着替えをして、僕は階下のリビングへ向かう。
朝食の美味しそうな匂いが漂うリビングでは、既に父さんが席に着いて、何やらチラシのようなものに目を通していた。
「おはよう」
僕は挨拶しながら、父さんの隣に座る。そして、父さんの持っているチラシを横から盗み見た。
「おう、おはよう。……どうも住民の誰かが作ったものらしい。気にするようなものじゃないぞ」
父さんは、興味を無くしたのか、紙をテーブルの上に滑らせる。それを手に取って読んでみると、
「……電波塔計画反対者集会……」
紙の上部に大きめのフォントで書かれた表題は、そのようになっていた。
『暑い日が続きますが、満生台の皆様方にはご健勝のことと存じます。さて、早速ではございますが、標記の件につきまして、下記の通り行わせていただきますので、此度の計画に反対の意思をお持ちの方は、是非ご参加いただきたく、ご案内申し上げます。皆様の行動が、満生台を良き方向に変えてくださることを、心より願っております。どうぞ、よろしくお願いいたします』
「……反対者集会」
ワードファイルで作成された、簡素なお知らせだ。集会の開催日時は八月二日、つまり稼働式典当日の予定となっており、右上には、満生台自治会という名称が記されている。これまで自治会という名称を目にしたことなんてなかったのだが、もしかすれば、永射さんというトップの死によって、自治権を取り戻そうとする住民側の動きが活発化してきているのかもしれない。
だとすれば、それを指揮しているのは瓶井さんなのだろうか。いや、あの人は一昨日話したとき、諦めていると口にしていたはずだ。こんな活動の中心にいるのは、どうもしっくりこなかった。
「入ってたの、初めて?」
「ああ。永射さんの事件を、鬼の祟りだと思い始める人が増えてきたみたいだな。母さんが、ちらっと耳にしたらしい」
「そうなのよ」
スクランブルエッグとウインナーの乗った丸皿を持って来ながら、母さんが答える。
「近くのお婆さんたちが、井戸端会議しててね。瓶井さんの言うことは、間違いでもなさそうだって。罰当たりなことをしたから、永射さんは死んじゃったそうよ」
「偶然の事故に、そういう迷信を結び付けているだけだろうが、昔からここに住んでいる人にとっては、真実味のある話なんだろうな」
恐らく、両親が今言ったように解釈するのが、普通の人の考えだろう。僕もそのスタンスでいたい気持ちは変わらない。
ただ、瓶井さんの語り口と、身の回りに起きている怪奇現象染みた出来事が、僕の心を不安定なものにしているのも事実だった。
「説明会のときに使われた集会場で開催されるらしいな。きっと、暇を持て余したご老人方が向かうんだろう」
「雨の中大変ね……」
二人は呑気な会話を続けている。まあ、そんな風に話している方が良いのは間違いない。真剣に考えれば考えるほど、気が重くなる問題なのだから。
朝食を食べ始めると、もう集会の話題は出なかった。ニュースを見ながらの食事なので、アナウンサーが読み上げる事件や事故の数々に、父さんが一言呟いて、母さんが相槌を打つ。そんなやりとりが続く、いつものシーンだった。
美味しいご飯を食べ終わり、僕は手を合わせてごちそうさまと告げ、食器を流し台まで持っていく。大抵、食べ終わるのは僕が一番早い。
「……その次が、あいつだったっけ」
そう言えば、僕の後にいつも、彼女はついてきていた。
多分それは、少しでも一緒の時間を作りたかったためなのだろう。
「……ああ」
ふいに、リビングのカレンダーが目に入る。そこに、小さな丸が書かれてあるのが見えた。
七月三十日。もうすぐ、あれから丁度二年が経つのか。未だに乗り越えられていないのに、時間だけは無情に過ぎていく。
「……もう少し、ね」
溜息交じりに、僕は独り言ちる。きっと、もう少しで、その記憶にも区切りをつけられるはずなのだと。
二年前の七月三十日。それが、真智田家がこの満生台へ移住する契機になった、一つの事件が起きた日。
その日は、僕の妹、真智田理緒が飛び降り自殺をした日だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
友よ、お前は何故死んだのか?
河内三比呂
ミステリー
「僕は、近いうちに死ぬかもしれない」
幼い頃からの悪友であり親友である久川洋壱(くがわよういち)から突如告げられた不穏な言葉に、私立探偵を営む進藤識(しんどうしき)は困惑し嫌な予感を覚えつつもつい流してしまう。
だが……しばらく経った頃、仕事終わりの識のもとへ連絡が入る。
それは洋壱の死の報せであった。
朝倉康平(あさくらこうへい)刑事から事情を訊かれた識はそこで洋壱の死が不可解である事、そして自分宛の手紙が発見された事を伝えられる。
悲しみの最中、朝倉から提案をされる。
──それは、捜査協力の要請。
ただの民間人である自分に何ができるのか?悩みながらも承諾した識は、朝倉とともに洋壱の死の真相を探る事になる。
──果たして、洋壱の死の真相とは一体……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助
蔵屋
歴史・時代
わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。
何故、甲斐国なのか?
それは、日本を象徴する富士山があるからだ。
さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。
そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。
なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。
それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。
読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる