インペリウム『皇国物語』

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episode2 『ユーロピア共栄圏』

41話 大海への誘い

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 潮の匂いを風が運び、かもめ達が飛び交う。波の音が人々の声に合わせるように奏でているかの如く、静かにそしてどこか力強さを感じる。

 フローゼルの湖『アクエリアス』の時とはまた異なった感覚がロゼットの身体を駆け巡る。
 列車が港町に到着しロゼットは港町へと駆け出し、その広大な蒼海を前にして目を輝かせていた。『エンティア』でも海の広さと潮の匂いは変わらず、その場で堪らず叫び声を上げる。

「海だーっ!!」

 セルバンデスとシンシアが慌てて彼女を追いかけてきてやっと追い付く。ロゼットの行動にどうかしてしまったのかと心配の声をかけるが、興奮と抑えきれない衝動からの行動であった。

 港町の雰囲気もドラストニア王都とは異なり、多くの船舶が停泊し、漁船からは次々と捕まえたであろう魚を大量に詰めた積荷で市場は溢れ賑わっていた。地域の特産物として海産物が多くを占め、魚市場の取引所では常に人が入り乱れていて現代の港町を彷彿させる。

 一行は市場の大通りへ向かう。港町ということもあり行商人、旅団の一行が多くを占めておりこの港町がレイティス共和国との関所の役割も担っている。人の出入りが激しい故に多くの種族が行き交う。

 アーガストやマディソンのようなドラゴニアン、オークの他にも獣のような体毛の生えた『獣人』やロゼットよりも背が低いが大人の顔つきをしている『ハーフリング』など見たこともない種族が多く彼らのほとんどは旅人ばかりのように見える。

「彼らは皆、旅先の通り道としてこの地を訪れることがほとんどです。この地に移住しようと考える者のほとんどは商人ばかりです」

「それってやっぱり海賊問題の影響からですか?」

 ロゼットの問いかけ通りであり、海岸沿いでは強固な城壁が数多く灯台も幾つか散見されていた。最大の要所でもあるこの地に駐在する兵力の数も多く、行き交う兵士達がロゼット達もとい紫苑の存在に気づくと敬礼で挨拶を交わしていた。

 そんな中で一部慌しく動く兵士達が何名か集まっており、なにやら騒ぎになっていた。何事かと思って傍目から見ていると、どうやら密入国者と兵達、そして彼らの間に入っている民間人とで問題が起こっていたようである。

 セルバンデスがその間に入り込み、何事か訊ねるや否や民間人一団のリーダーと思わしき男が訴えかけてきた。密入国を行なった彼だが、金銭も宛てもなく彷徨い海賊からも逃げ延びてやっとの思いでたどり着いたこの国に入国させて欲しいとのことだ。

 兵達は密入国者の身柄は拘束しているものの、何らか暴力を振るうわけでもなく事務的に彼の出身地である国に送還しようとしていた。こういうときはどうするのが正解なのかロゼットはわからずその様子を伺っている。

「おい、ゴブリンが高官をやってるような国なんだろ? だったら俺一人が入り込むくらいなんでもないだろ」

「我が国へはどのような理由で?」

 セルバンデスは冷静に対応し、目的を伺うと彼は観光だと答えた。なぜ海賊から追われていたのかと問うと旅船が襲われ、そこから命からがら生き延びたとのことであった。その話が事実であれば確かに不幸ではあるがセルバンデスは神妙な面持ちだ。彼は兵達から耳打ちされことの次第を理解する。

「知ってのとおりですが、この近辺での旅船は向かいのレイティス共和国の港との航路しかございません。距離にして僅か十里(およそ四十キロメートル)ほど」

「その距離で海賊の襲撃があったのであればどちらかが気づくかと思われます。我が軍からの報告によればここ数週間、海賊による襲撃はおろか目撃情報さえも報告されておりません」

 特に旅船や漁船の行き交いのある航路で問題が起これば国際問題にも繋がる。その分国境警備にあたる軍には気を使わなければならないのだ。その中で襲撃があったというこの密入国者の言い分は到底信用できるものではない。セルバンデスの反論に男は主張を二転三転と変えるがどれも即座に切り返される。

 そこに先ほどの民間団体のリーダーが食い下がる。真偽よりもまずは外から来た彼を保護し手厚く迎えるべきと人道を説く。

「元よりも軍国化することに問題があるのです。彼らを受け入れ寛容な心を以って接することで今日の問題にはならなかったであろうに」

 そう嘆くようにそして怒りをセルバンデスらにぶつけていた。密入国者であった男はそのまま兵に連行され、聴取後に国外へと追放される。民間団体は訴えをやめずに軍備の強化をやめるように変わらず訴え続けていた。流石に乱闘騒ぎになり兼ねないと危険視した一行はその場を兵達に任せ港へと向かう。

 ロゼットはセルバンデスに疑問をぶつける。

「あの……彼らはなんでそんなに軍の強化を拒絶しているのですか?」

 セルバンデスは少し困ったような表情を見せ、シェイドも彼の内心を察するようにロゼットに代わりに答えた。

「彼らは移民者。外からやってきた人間だよ」

「移民者…??」

 移民者と言われ余計に分からなくなるロゼット。移民者がどうして軍の強化に反対行動を起こすのか、軍はいわばこの港を守るためにいるのに反対する理由はなんなのか。

 海賊問題にしても彼らの主張には疑問が浮かぶ。海賊による襲撃があるから軍備を整えているのであって、軍が強化することがなぜ海賊の襲撃に繋がるのか。むしろそんな港に攻め込むことなんてしないのでは?――。

「一言じゃ説明できないけど。ただ――…今ロゼットが疑問に思っていることは間違ってないよ」

 そう言うだけでシェイドは先に歩いていく。なぜ自身の考えていることが分かったのか不思議そうな顔で首を傾げるロゼット。あまり触れたくないのか分からないがそれ以上の言及がなかったためロゼットもその話題を振るのは途中でやめて彼らについていく。


 ◇


 船乗り場に到着し、豪勢な木造船と鋼鉄によって建造された船舶でロゼットも見たことのあるような風貌。列車が存在するだけあり、船舶も蒸気機関を用いているのか煙突から煙を上げ、側面には外輪を用いられていた。
 案内された船内では多くの観光客や旅商人、貴族で賑わっている。ロゼットは船の端で港を一望できる場所を探す。シンシアと共に潮風の匂いを堪能しながら旅船の出航の合図を耳にし見送る人々に手を振った後、船首のほうへと移る。

 大きな波を立てて揺れ動き切り裂いていくように海を突き進んでいく船。蒼天が広がり船旅には絶好の天候に恵まれ、初めての船旅は希望に満ちたものになった。

「距離はさほどございませんので数時間ほどで着くかと思われます。これだけ晴天なら海賊も襲ってきませんでしょう」

 ロゼットは安心して大海を見渡すと、すでに向こう岸は見えておりセルバンデスの説明通り向かい側はレイティス共和国の領内。北部側に広がる海にて海賊問題で荒らされているとは聞いたが南部の海は航路として使わないかと問うロゼットに一人の男性が横から答えた。

「海洋の獣達の蠢く魔海を航路にするなんて、海軍総出でも無理な話だ。ましてや船を丸のみする『馬鹿でかいタコ』や『渦潮の化け物』なんかと出くわしたら死を受け入れるしかないくらいに――」

 酒瓶を片手に整えられた顎鬚を持つ堀の深い顔立ちの若い男性の姿があった。身なり貴族とまではいかないが革製品の整った服装に白いシャツとロゼットの格好に近い。身振り手振りから察するに行商人といったところか。

「危険な海域ですよお嬢さん」

 ロゼットに気づいた男は少し紳士的な立ち振る舞いに変わる。喋りから察した通り彼もそういう類の人間であった。シェイドは少しジト目で男のほうを黙ってみている。子供相手であっても女性を口説くという態度に少し呆れた表情を浮かべるも彼女は続けて質問を投げかける。

「そんなに魔物は多いのですか?」

「海賊なんて比にならないくらいにはな。おかげで航路はここしか存在しない。行商人もこの航路を使って国の行き来をしなきゃならない」

 南の海域の魔物の数は底知れない。故に比較的穏やかな海域に海賊は集まり猛威を振るっている。三国による共同戦線を敷けば一網打尽は容易であっただろうが、互いに自国の利益を優先に考えていたことから牽制しあうだけで手を出そうと出来なかった。海域の奪い合いとなれば海賊どころの話ではなくなる。

 今回、グレトン側も協調の意思を示したことでようやくそのテーブルを用意できるようになったのはかなり大きな進展ではあったとはいえ男性はあまり好意的には捉えていなかった。

「見てみな」

 そう言いながら船の左側面、南側を見るように指すと旅船のすぐ横を飛魚とびうおのような姿かたちをした魔物が鋭い牙をチラつかせて群れで海面を飛び跳ねていた。魔物は『レモラ』と言われ南の海でも良く見られる。その躯体も人間の赤ん坊、ロゼットの背丈の半分ほどはあろうかと思われるほど大きく彼女も息を呑んでその光景を見ていた。

 すぐ隣に迫る危機だが、魔物も人間の恐ろしさを熟知しているのかその飛翔力で自ら船内に飛び込みに行くつもりもなく旅船から人間が落ちないかと待ちわびているのだ。すぐに巨大な槍で旅船の衛兵が追い払う。

「落ちないように気をつけな」と男性は酒を片手に甲板をぶらつく。少々呆れ顔で男性を一瞥するセルバンデスだが酔っ払いの戯言たわごと、はたまた事実を突く賢人の小言か、どちらともとれたのか黙っていた。

 ロゼットとシンシアは不安そうな表情で彼の方へ向きかえり、セルバンデスに船内へ入るように促される。

 その直後、船舶は大きく揺れ、大きな波に出くわした。乗客は落とされないよう周囲の物にしがみつき、乗組員に船内へ入るように促される。先ほどの男性も揺れる中で甲板で酒を片手にふらつき、手すりにもたれかかり海面を覗くと先ほどの魔物よりも遥かに大きな黒い影が迫っていた。半笑いで焦りの言葉を呟く。

 船内に入る途中で津波が緩やかになり収まったと船内の人間は安心しきっていると、今度は船体に何かが激突し、大きく揺れる。船内から慌てて我先にと出て行く乗客達。入り乱れる中で紫苑とオルトは魔物の襲撃の可能性もあると互いに見合わせ持ち出した得物を構える。

 甲板で入り乱れる乗客を落ち着くように乗組員達は宥めているとレモラ数尾が飛び出してくる。甲板に打ち上げられたように跳ねるレモラに驚き騒ぎが起こるが、海中から触手のようなものが飛び出しレモラを手繰り寄せ、海中へと引きずり込む。その様子を見た乗客の一人が声を上げる。

「クラーケンだ!!」

 乗客達に衝撃が走り、騒ぎが悲鳴と怒号へと変わる。冷静に対応する紫苑とオルト。その横からあの酒瓶を持った行商人も近づいてくる。

「いや、そんな大層なもんじゃないが少々面倒だぞ」

 男はクラーケンではないと言い放つ。紫苑は各々乗客を守るべく指示を出し、二人もそれに応じる。一方ロゼット達は魔物の襲撃とは気づくが乗客達の異様な慌てぶりに違和感を持つ。

「何が起こってるの!?」

「ちょっとちょっと…! やばいんじゃない!? 二人はここで待ってて!」

 ロゼットの疑問に答えるとシェイドも甲板へと上がっていく。不安がるシンシアを慰めつつもロゼットも体が震え、心臓の鼓動も早まり声が上ずる。ウェアウルフの時のことを思い出していた。

 横たわる人々の亡骸に―――返り血を浴び、心身共にボロボロになりながらもセルバンデスと二人で戦い抜いた死線。

 あんな死を感じる経験をもうしたくなかった。しかし現実としてそれが再び間近にまで迫ってきている。目を瞑り震えるシンシアを見て、意を決する。彼女は愛剣を片手にシンシアを船内に残し、怯えるみんなを守るために自身も甲板で戦うと伝える。

 同時に船内の窓を突き破って先ほどの触手が乗客に襲い掛かる。船内は阿鼻叫喚で混乱を極める。ロゼット達も逃げるために甲板へ戻ろうとするがシンシアの脚に触手が絡みつきそのまま引きずり込まれる。

「きゃああ!!」

 悲鳴を上げながら必死にもがいて剥がそうと試みるも物凄い勢いで引っ張られ成すがままに引きずられる。

 触手に向かってロゼットは愛剣を突き立て切り刻む。見た目よりも柔かい肉質であったためか簡単に切り落とすことが出来た。切り落とした部位はまだ不気味に蠢き荒れ狂っているのを見て思わず顔が引きつる。

 シンシアは事なきを得て彼女に謝辞を述べるが次々と窓から触手が伸びてくるのを見て、シンシアの手をとり急いで甲板へ向かった。
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