インペリウム『皇国物語』

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episode2 『ユーロピア共栄圏』

57話 帰還

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 目が覚めると自室だった。

 王宮のだだっ広い、どこか落ち着かない豪勢な王族の部屋ではなく現代の私の自室。

 窓が開けっ放しで冷たい風が入り込み、時間的には夕方だったのだろうか――…。

 黄昏のような朱とも黄金とも言い表せない空と雲がもわもわと揺れるように広がっている。

 どこか懐かしくも感じ帰ってこられた嬉しさや安堵という感情は湧いていなかった。ただ、頭がボーっとしているせいかいつも通りに身体を起こして立ち上がる。体が少しぐらついて視界にも靄が掛かっていることだけは理解できていた。

 部屋を出てリビングへゆったりと歩いていくけれど誰もいない。それどころか最初から私しかいなかったかのような静けさ。風景は自宅そのもの、生活していた空間でハッキリと私とママとパパがそこにいた場所だと。生活感もあるのにずっと誰もいなかったのではないかとそう感じてしまっていた。

 テーブルの椅子に腰を掛けてボーっと外を眺めている。何も起こす気力がないというわけではないけれど、なぜかそうしていたいという気にさせられる。

 すこしだけ突っ伏して景色を見ながら帰る筈のない家族を待っていようと思う。

 なんで帰ってこないと分かったのだろう―…? これが夢だからかな――? 

 それとも――…。

 私が『帰ってきていない』から―…?

 私がそんなことを考えていても太陽はゆらゆらと煌めいているだけだった。輝いているというよりもその表現の方がしっくり来る感じがしてどんな感情にもあてはまらない不思議な感覚だけが身体中を広がっていた。

「私は誰なんだろう?」

 そんな問いかけをポツリと呟く。誰からの答えが返ってくるわけでもないのに。

 ただなんとなくあの太陽に聞いて欲しかったのかなと思いつつ、目を閉じて少し冷たい風に当たりながら眠りにつく。

 次に起きた時は誰の顔が見られるのかなとか、一人はそれでも寂しいなとか、考えながら目を閉じて次に目覚める出会いに期待を膨らませていたのかもしれない。


 ◇


 レイティス艦隊の医務室でロゼットは目を覚ました。全身の痛みは消えていたが太ももに熱を帯びたじわじわと広がるような痛みがまだ残っており顔を少し顰めて起き上がろうとした時、右手に温かいものを感じる。

 彼女よりも少し大きい手が彼女の手を握って、その主が突っ伏して眠っていた。握る手に少し力を入れて強弱をつけて悪戯っぽく彼を起こす。

 それに気づいた少年は起き上がり、ロゼットに対して心配するように声をかける

「大丈夫? 一応傷の手当はしてあるから。あと縫合の必要もないみたいだよ、良かったね」

 そう言いながら手を離そうとするシェイドに繋いだ手をまたにぎにぎと子供っぽい仕草で引き留めようとしていた。

 それに反応してシェイドも呆れ顔で彼女に向き直るがいつもと様子が違っているように見えた。

 いつも自分を見るジト目の表情とは違い、どこか儚げで潤んだ瞳で彼を見据えている。彼女の目の中に映っている自分の表情をみて少し動揺していたのか、はたまたそんな彼女を愛おしく思えたのか少年のシェイドは顔を逸らす。

「ありがと…シェイド君」

 素直に彼に今の自身の気持ちを伝える。子供故のストレートな思い。炎や電撃などではなく、どんな言葉や主張よりも人の心を動かす事ができる彼女の持つ最も強力な魔法なのではないのだろうか。

「なんだよ…らしくないじゃんか」

「私らしい…って何…?」

 少し笑みを含んだ大人びた彼女の表情に普段は冷静なシェイドが心を乱して狼狽する。無邪気な子供の一面しか知らなかった少女の大人の表情―。

 二人の視線が重なり見つめ合っていると――室内へと入ってくる人物。

「失礼します。ロゼット殿、お加減はいかがですか?」

 セルバンデスらドラストニア陣営と大統領が心配そうに彼女の様子を伺う。ロゼットは身体を起こしてわざわざ救出にまで出向いた彼らに対して謝罪と感謝を言葉に込める。

 側についていたシェイドも彼女の回復具合を説明しつつ彼女の手を離す。自然な感じで行なうその様子を見ていたシンシアが少し首を傾げる。ロゼットは有識者の出身といえども農村地区の人間でハウスキーパーとして雇われている身。

 その彼女に一国の公爵がここまで肩入れする理由がなんなのか。シンシアはほんの少しだけロゼットが惹きつける魅力がなんであるのかこの時から気づき始めていたのかもしれない。

 それこそがロゼット・ヴェルクドロールの本質なのかもしれないとー…。


 ◇


 レイティス国内、港の大都市でロゼット達は朝を迎える。海賊との一戦から数日経ち大統領は事後処理に追われ、彼らが海上にて激戦を繰り広げていた際にこの都市においても一悶着あった事を知る。

 セルバンデスの見立て通り、パドックの憂慮していたことは現実のものへとなりかけていた。移民者の中に海賊に通じる存在が集会を開いて襲撃を画策していたとのことで彼らが行動へと移す前に制圧。対立候補でもあるミシェルにも内密で行なわれたために彼女達からは軍部の越権行為と非難を浴びせられ、軍部のクーデターを示唆してきている。

「その他にも革命分子が混ざっており、証言さえ取れれば対立一派の逮捕も可能な範囲に手が届くかと」

 軍の報告に少し考える様子を見せるクローデット大統領。確かに彼女達と何らかの繋がりがある者は出てくるだろう。しかし大統領はそれ以上の言及は行なわなかった。彼はその事を胸のうちに仕舞い込み現状の復旧作業と軍備体制に注力するようにだけ指示を出す。


 一方ドラストニア陣営は―…。
 レイティスでの朝食の席でもそのことが話し合われる。ドラストニアのように高級な食材を用いた色彩あるもてなしがなされ輝く陽光に照らされる食器の数々。ロゼットにとっても海鮮を用いた朝食も新鮮な思いをさせられ食事を楽しんでいる。各々料理を口へと運び、今後のレイティスとの交渉における材料を整理している。

 グレトン側は別室で同じくもてなされており、友好国として互いに訪問したとはいえ他国に情報を流すようなことはあってはならないために当然の形だ。

 シェイドはロゼットがいないことに少々の寂しさを感じながらも食事を行ないオルトの報告を伺う。彼も都市へと残りパドックと制圧を行なっていた側で緊急事態とはいえ内情を知ることが出来たのだが、おおよそシェイドが見立てた通りのものばかりでレイティスもそこまで甘くはなかった。

「ただ対立一派からの動きで飛竜による書簡を送られていたそうですが。方角からしても大陸側に向けられたものなのですが以降、返信の書簡が送られている姿は見られませんでした」

「ふーん…こちらからの一方的な書簡か」

 何処かへ漏らせるほどの情報を彼らが握ったとは考えにくい。そうなると合図でも送ったのだろうかと考えを巡らせる。このタイミングでの繋がりという点を考えたときあることに気づく。それはドラストニアにとっては非常に都合の悪いものであった。

 朝食を終えてから会談の場へと赴く各国首脳陣。傷も回復し元気に歩き回るロゼットであったがセルバンデスの内心穏やかというわけではなかった。今でこそ動き回っている彼女だったがレイティスへと帰還した当初は丸一日死んだように眠っていた。にもかかわらず翌日には元気に歩き回っており彼女の様子を心配して見に来たシェイドも目を丸くして唖然としていたほどであった。

「ロゼット様のことを気に掛けておられるのでは?」

 そんな彼の心情を察した紫苑が心配そうに声をかける。以前、ウェアウルフと戦い、彼女は魔力を行使した。それはきっと意図したものではなかっただろう。続けざまに今回の海賊との戦闘でもシェイドから聞いた話しでは魔力を行使してあのダヴィッドを討伐したのだというがそれに関しては彼女自身が能動的な行動だった。

 その時に負ったとされる傷口も僅か一日で塞がり、歩き回れくらいには回復までしている。それもおそらく魔力によるものであろう、でなければあの回復力はありえない。

「もしや、ロゼット様は自身の魔力を制御出来ていない…のではないかと」

 考えられない話ではない。紫苑にも思い当たる節があった。『シーサーペント』相手に彼女は雷の魔力を放ち一撃で沈黙させている。小型の魔物相手に対しての火炎による攻撃に軍艦クラスの巨体の魔物には全身へと流れ込むような電撃を放っていることを考慮すると魔力の規模、触れ幅に大きな差が生じる。

 ひょっとしたらあの腕輪は単なる媒介物にしかなっておらず、ロゼット自身が持つ本来の魔力はとてつもなく強大なものなのかもしれないと示唆する。そう考えると今後ますます彼女の身体に及ぼす影響は大きくなっていくのではないかと。

「魔力は行使すればするほど使用者に対して負荷を掛けていきます。それがより強大なものになると影響も肥大化するでしょう。彼女が魔法に関して師事できる人物が必要になってくるのではありませんか?」

「確かイヴ王女は魔力も扱えましたな…。現状彼女に今後の事を頼ってみるしかありませんな」

 魔力を能動的に扱える人間は決して多くはない。学者や知力のある人間でも素養と適正が大きく影響し、数年で習得出来る者もいれば、生涯を掛けてようやく習得できる者も存在する。ある種『才能』が大きく影響される。

 そんな彼らの心配を他所にロゼットは無邪気にシンシアと会話をしながら二人に笑顔を見せる。本人にとっては大した問題とも感じていないのかもしれないが、彼らドラストニアの重鎮にとっては彼女の身に降りかかる全てのことが重大なこと。セルバンデスは少し溜め息をついてこれから向かう問題と今後の問題について深く考え込むのであった。


 ◇


「それではシンシア嬢は客間の方でお待ちください」

「あ、ヴェルちゃんは有識者の出身でしたね。じゃあ後でね」

 先ほどまでの無邪気な表情が消えロゼットは少し上ずった声でシンシアに答える。緊張の面持ちが誰が見ても明らかでセルバンデスも彼女の肩の力を抜くように落ち着かせようと声をかけて励ます。紫苑も護衛として立ち会うものの、軍人が政治的な場で発言をすること自体あってはならないこととされている。そもそも自国のために命を以って守り抜く存在であって、政治によって国の発展へと結びつける役割を担っているのはセルバンデスやラインズのような国政官である。

 緊張の色を隠せないロゼットに対して紫苑

 三国の合同会談の場ということもあり数多くの高官が集い、どこか和やかな空気を持ちつつもそこには確実に緊張感も存在していた。血と怒号が飛び交う戦場とはまた違った緊張がロゼットの身体中を駆け巡る。身体が震え強張り、心臓の鼓動は破裂するのではないかと思うほど脈打つ。

 固まる彼女の肩に手を乗せて硬直した彼女の肩を揉み解す。驚いたロゼットは変な声を上げてしまい顔を赤らめてシェイドの仕業だとすぐに気づく。少し睨みつけるようなジト目で彼を見据えると、いつもの調子のロゼットに少し安心したのか笑いながら彼女に肩の力を抜くよう励ます。

「何も口喧嘩するわけじゃないんだからさ。自分の言いたいことを言えばいいよ」

「そ、そんなこと言っても…。シェイド君や普段みんなと話してるような場じゃないんだし」

 俺に対してはいいのかと、少し呆れつつも今更かしこまられても反応に困ると考えを改めて彼女に少しだけ助言を付けた。

「その先入観が考え方を固めちゃうんだよ。まずは意見を言う、じゃないと『高論』は生まれないよ」

 シェイドの助言に対して難しい表情を浮べて席へと着くロゼット。分かってはいるけど会議の場に出席したのはフローゼル以来。あの時は明確な同盟国だったが今回は同じ状況じゃない。その上自身は彼らに恩義がある以上、積極的な発言がし辛い状況下。高官の一人ひとりが彼女に対して厳しい視線を送っているようにも感じておりいつも以上の緊張感があったそれになにより朝食の場には出てこなかったロブトン大公も会談の場には顔を出しており、彼女が王位継承者ということも表には出せないだろう。

 彼女にとってある意味『本当の戦い』とも言える会談が幕を開けたのだった。


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