奴隷姫の奏でるbig willie blues

星ふくろう

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奴隷姫の奏でるbig willie blues 6

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「姐さん、今日はどうしたんですか」
 何かご機嫌が悪い様子ですね、とルシールは舞台裏で声をかけられた。
 誰かと思い振り返ると、この歌劇場とも言い難いが観客に歌や踊りを提供する小さな劇場で、ルシールが不在の時はメインに立ち、彼女がステージに立つ際は前座を務めるタチアナだった。
 名前は洋名だが、実は日本人であることをルシールは知っていた。
 タチアナはまだ幼い頃に遊郭に売られ、マクスウェルがその美貌を見込んで仕入れた商品だった。
「ああ、久しぶりね。
 ちょっと、ね」
 なんとも歯切れの悪い物言いだが、その原因が先程のブルネットの美女であることは想像にかたくなかった。
「あなた、今日はホナミはどうしたの?」
 タチアナと共に日本で買われてきた少女の名をルシールは口にする。
「あの子、最近体調が悪いって、寝込んでるんです。
 南軍の兵士を客に取ってから、床に伏せるようになってしまって……」
 同い年で姉妹の様に仲の良い、同郷の仕事仲間をタチアナは心配する。
「そう……。
 兵士はいろんなところで怪我もするし、色も買うから。
 病気だけはつきものね……」
 こればかりはどうしようもないことだと、ルシールはため息をつく。
「いいわ、御主人様にお医者様に診て貰えるよう、わたしから頼んでみるわ。
 よくなればいいのだけれど」
 タチアナの顔が明るくなった。
 ああ、この子は本当にホナミのことが心配なんだなとルシールは思う。
「姐さん、ありがとうございます」
 タチアナは日本式のお辞儀、というものをしてみせた。
 それに慣れていないルシールは一瞬戸惑うが、以前にその意味を聞いて知っていたから微笑んで見せた。
 と、同時にこの女の生まれ故郷のことを思い出す。
「そういえばあなた、日本の生まれよね?
 確かー、コト、コ?
 だったかしら。あなたの国の言葉での名前は」
 なぜそんなことを聞くのかとタチアナは不思議そうな顔をする。
「はい、琴子、です。
 でも、なぜですか姐さん。
 アメリカに日本人はまだ少ないですよ?」
 うん、それがねー、とルシールは当たりさわりのない範囲でロンドンからこのアメリカまでの航海中に知り合った日本人の話をした。
 酔った客が銃を抜き、ルシールを狙ったが、その日本人が剣で弾丸を切り裂き、助けてくれたと要約する。
「剣で弾丸を、ですか、姐さん?」
「そうなの。
 まるで魔法でも見てるような気分だったわ。
 あなたの国の剣士たちは、みんなああいう芸当を安々とこなせるものなの?」
 いえいえ、とタチアナこと琴子は両手を開いて振り、否定してみせた。
「わたしが日本にいたときはまだ六歳の頃、でしたし。
 さすがに詳しくは覚えていませんがそんな芸当をこなしてみせる剣士、そう、日本では武士というのですけど」
「武士?」
「サムライ、ともいいますね。
 いまは政権が代わって、武士もいなくなったそうですけど」
 と琴子は客の南軍将校から聞いた事をルシールに伝える。
「そうなのね、なら彼らはなぜロンドンにいたのかしら」
「彼ら、ですか?」
「そうなの。
 5~6人は同じ日本人がいたわ。
 みんな、剣を帯刀していてとても強かった」
 みんな強かった?
 戦ったのはルシールを助けた一人だけだと、そういう話ではなかったか。
 琴子はふと、首を傾げた。
 ルシールはしまったと思い、
「他にもね、いろいろと悪酒に呑まれた客がいたのよ」
 と誤魔化したが、武士がそう簡単に刀を抜くようなトラブルがあったのだろうかと、琴子は余計に疑念を深めてしまう。
「姐さん、サムライは簡単に刀を抜いたりはしませんよ?
 それにそんな人数がいたのなら、中心人物の彼はー」
 彼は、なんだろう?
「彼はそれこそ貴族階級の人間ですよ。
 十俵五人扶の武士なら旗本だから…将軍様のー」
「ショーグン?」
「ああ、エンペラーもしくはキング、という意味です。
 だから彼は偉い人かもしれませんよ……」
 ルシールは記憶を手繰り寄せてみる。
 ミスターセオは確かに偉丈夫で堂々としていて、威厳もあったがそれよりも、貧相な服装が相まって彼が日本の貴族と言われても、ピンとこなかった。
「それはないわよ、だってー」
 ルシールは言葉を区切った。
 琴子も日本人だということを思い出したからだ。
 同郷の人間を悪く言われることは、彼女にとって、気持ちのいいものではないだろうから。
「彼は長旅でとても、いえ彼らは、ね。
 とても疲れた様子だったもの。
 御主人様の船の護衛に就かれたのも何か、理由があったからかもしれないし。
 もしかしたら、あなたの言うことが当たっているかもしれないわね」
 最後は半分、冗談めかして言ったが、琴子は護衛という単語に食いついた。
「護衛でこのアメリカまで来たのですか?」
「そうだけど……。
 いま市内のホテルに泊まってるはずよ?」
 琴子の心が少しだけ踊った。
 十数年ぶりに同郷の仲間に会える。
 それはすこしばかりの感動と期待を琴子に与えた。



 舞台の裾野が上がる。
 時刻は夜の20時過ぎ。
 ステージの前座としてタチアナこと、琴子の踊りと甘いフレーズを散りばめた当時流行りの曲を数曲、披露した直後だった。
 テダーとバルダック、そしてセオとその一行は滞在先のホテルからマクスウェルが用意した馬車でマクスウェルズ・デパートメントに到着していた。
「まずは、服。そして酒。
 それから、女だ」
 バルダックの提案に異論を唱える者はいなかった。
 4階建からなるその建物は一階にバーカウンターや飲食用のテーブルとイスが並び、その奥に大きくしつらえられたステージが広がる。
 上に行くほど高級な家具などが揃い、出入り口が一つ。
 ガードマンが二人ほどいて、所持品検査、バッグの中身などを確認される。
 万引き防止、というやつらしい。
 御大層なこった。
 そう、バルが嫌味を言うのを、テダーは笑いを堪えて入り口を通過する。
 セオたちはさすがに、刀を持ってきていなかった。
 紳士服がメインのフロアでまあ、アメリカ風の衣装を数週間、旅用の旅装で整えてホテルまで運ばせるよう依頼する。
「さて、紳士諸君。
 じゃあ、次は安酒にも飽きたころだ。
 バーに繰り出そうぜ」
 テダーが洒落たとは言い難いが、丈夫な革製の麻と綿のスラックスとそれに合わせた白い綿製のシャツに革のベスト、一部、馬上で過ごすことの多い南部の男性のためにつくられた革製の太ももを保護する革製ぶズボン。
 そして、テンガロンハット。
「どうだ、バル?
 なかなか様になってるだろ?」
 得意気にテダーはそれを見せびらかせた。
「はっー‥‥‥。
 まあ、着るものが着れば、こうなるってな?」
 バルダックが軍服に近いコットンにラシャを混ぜた生地のズボンに、青いカウボーイが着るとされていたジーンズ生地の上着とシャツを披露する。
「ちぇっ‥‥‥。
 なんだよ、色男にはなんでも似合うってかよ、バル?」
 お定まりの軽口が飛び出した。
 ようやくいつものテダーに戻りつつある。
 長年の経験からバルダックはそれを感じ取っていた。
 いいぞ、テダー。
 お前に陰湿な雰囲気なんて合わない。
 いつもみたいに堅実に、たまに子供みたいにはしゃぐお前が一番いい。
 バルダックはそっと微笑んだ。
「セオたちはどうなったんだー???」
 そういえば、彼らは二人よりも早く店の奥に入って行ったはずだったが‥‥‥
 奥の様子を伺っていると、二人とも異国から日本人たちの恰好ににやけてしまった。
「おーい、なんだよそれ?」
 テダーが苦笑を漏らす。
「あのーさ、ミスターセオ。
 それは、なにかのー‥‥‥悪い冗談だよな?」
 バルダックがあっけに取られて質問する。
 そう、彼はその外見がーー
 日本人がこのアメリカの先住民に似ているからか、なにをどう間違えたのか。
 先住民、インディアンの民族衣装を身につけていた。
 大きな羽飾りにヌーの革製の上下。
 だが、それはセオだけで、その他数名はまともな、テダーやバルダックに近いしかし、藍色や紺のズボン、それに白のシャツに濃い黄色のジャケットや浅黄色の上着を着ていた。
「あれ、そっちはまともじゃないか‥‥‥」
 彼らは19世紀の日本人にしては170センチ近い高い身長だったから、あまり丈などの変更がいらなかった。
「どうだ、テダー?
 君の心は少しは癒されたか?」
 セオは意地悪くにやりと笑ってやる。
 テダーはしてやられた。
 そんな顔をした。
「なんだよーミスターセオ‥‥‥。
 全部、分かってたんだな。
 済まなかったよ、悪かった。
 許してー貰えるかい?
 誰にも言えないことはある、そこに踏み込んじまった。
 でもまさかー‥‥‥!?
 そんなジャパニーズジョークが待ってるなんてーー」
 呆れ半分でテダーはセオに抱き着く。
 彼はすべて許すよ、そんな感じでこの若いイギリス人の男を抱きしめた。
「ああ、それでな。
 下はこんな感じなんだーー」
 と、セオは上に被っていた大袈裟な髪飾りを外し、上着とズボンを思えたそれは一枚の布を巧妙にたたんで履いていたようで、すぐにハラリと床に落ちる。
 へえー‥‥‥その洒落た格好にバルダックが感心の声を上げた。  
 黒い髪の襟元を飾る深い青みがかったジーンズ生地のジャケット、中には黒と白の縦じまの入った貴族様でも着そうなワイシャツ。その下は絶妙な黒であり青でもあるような深みがある紺のジーンズ。
「おいおいおい、なんだよ、それ。
 今夜の主役はもう決まったようなもんじゃないか?!」
「あーあ、まったくだな、バル。
 もう、今夜はセオが俺たちのボスだ。
 それでいいかい?」
 セオは勿論いいとも、そう手を広げて歓迎する。
「あー一つだけ聞いても良いかな?
 嫌なら、答えなくてもいいんだけど‥‥‥」
 と、テダーが質問を投げかける。
「なんだ?
 まあ、聞いてみてからかもしれんが?」
「ミスターセオ。
 あんた、サムライならそのーなんだ。
 日本じゃ、貴族みたいな、そんなものなのかい?」
 おい、テダー。
 それじゃせっかくの話が逆戻りだ。
 そうバルが制止しようとするが、セオはいいんだとそれを止めた。
「そうだな、日本の将軍。
 エンペラーではないが、キングに近い地位にいる方に仕えていた。
 もう、いまとなっては戻れない。
 ただ、過去はもう戻れない過去だ。
 そうだね、テダー。
 我らは主君を失った旅人。 
 故国の言葉では浪人という」
「ローニン‥‥‥?」
「さすらう人間、そういう意味だ。
 貴族かといえば、いまでも戻れば、ナイトかデュークくらいにはなれるかもな?
 だが、もうそれは望んでいない。
 いま必要なのは、故国に戻る道だ。
 意味がわかるか?」
 いや、わからない。
 テダーはそう言った。
「日本はこのイギリス、いや違うなもうアメリカ、か。
 そのほぼ反対側にある。
 そこまで戻りには金がかかる。
 その為に、ここにいる。
 己の技を、切り売りしてなーー」
 ああ、そうか。
 彼にあったのは貴族とかそんな偉そうなもんじゃない。
 テダーは大きな勘違いをしていたことに気づいた。
 セオが背負っているもの。
 てっきり、それは没落貴族とかがもっているプライドのような気がしていた。
 だが、それは違っていたのだ。
「あんたはー仲間と共に戻ると、誰かに約束したんだな。
 多分、故郷で待つ誰かに」
 セオは優しく微笑む。
「さあ、みんな。
 もう昔のしみったれた話は終わりだ。
 階下で、奴隷姫たちのショーを楽しもうじゃないか。
 酒を片手にな」
 テダーとバルダックの肩に両手を回し、セオは階下へと降りていく。
 そこで彼が目にしたもの。
 それはステージを終えて、階段の途中で腰をおり、紫のドレスを着たセオに熱い視線を送る女性。
 タチアナこと琴子だった。





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