伝説の湖畔の塔と三匹のエルフたち

星ふくろう

文字の大きさ
20 / 20
第二話 ハッシュバルの森

第5話 一匹との出会い

しおりを挟む
 ズズズゥン……。
 目前で。
 光の球のような塊のような何かが、帝国時代に組まれた石壁に吸い込まれていく。
 それは―。
 凄まじい光と鈍い音を立てて壁にぶつかった瞬間に破裂する。
 いや、破裂だけならまだいい。
「なんだい、こりゃ……」
 たまたまロッソとその仲間と共に、角を曲がったアリシアはその光景を目の当たりにしていた。
「げっ!?
 あの人間、こんな技まで使えたのか????
 おいっ、お前ら!!!!」
 無事か!?
 とばかりにロッソが部下に駆け寄る。
 部下思いの彼の行動は理解できるが、それは危険すぎた。
「おい、旦那!?」
 慌てて、アリシアが引き戻す。
「放せっ」
「放せじゃないだろ、旦那。
 この土煙が落ち着かないと。
 相手はあんな魔法使えるんだろ?
 いま出て行けば狙い撃ちにあうよ」
「くっ……」
 と、その土煙の向こうから声が聞こえてきた。
「旦那ー、大丈夫ですー……どうにか」
「もう無茶苦茶だよ、あの人間」
 といいつつ、部下の獣人数人がこちらにやってくる。
「おー、よかった。
 お前ら、無事だったか」
 ロッソが安堵のため息をつく。
「旦那ー、あれはもう無理ですって。
 やっぱり二人を引き離したのを怒ってるんじゃあ?」
 と、部下の一人が言う。
「引き離したってどういうことだい、ロッソの旦那?」
 アリシアが状況が分からないという顔をする。
 リザがロッソの代わりに説明した。
「業者の網にかかったのはさっきのダークエルフと、あの人間なんですよ。
 でも、ダークエルフは怪我が酷かったから引き離したんです。
 そしたらもう暴れだすわ、止めれないわ。
 無茶苦茶だから、誘いだしてあの中にー」
 ああ、そういうことかい、とアリシアは合点がいく。
「つまり、あの人間の女の子は、あの子ー怪我をしたあたしの仲間を助けてくれてたわけだ……」
「そうですけど。
 会話が通じないんですよ。
 身振り手振りで示しても、多分ですけどー」
「けど?」
「あの怪我した子の傍にいたいんだと思いますけど。
 なにせ、最初にこっちも訳がわからなくて暴れてたんですよ……」
 暴れてた?
「そりゃ、業者が人間だけ引き離したからじゃないのかい?
 三日間だったかね?
 その間になんかあったんじゃないのかい?」
 あ、とリザははっとする。
「見たところ、あの人間。
 見た目も悪くないし。
 その業者、人間族じゃないのかい?」
 リザはうなづく。
「なら、ダークエルフを保護するようなふりをして、襲おうとした可能性だって否定できないよ?
 ねえ、旦那?」
 うーむ、とロッソはうなる。
「まあ、いまこんな話してる場合じゃないね。
 ほら、見てみなよ。
 さっきのが十数個も浮かんでるよ?
 ここ、崩落するくらいには威力あるだろ?」
 おいおい、とロッソが慌てる。
「そんなことになりゃ、上もタダじゃすまないぜ?」
 はあ、とリザはため息をつく。
「全員でかかれば、少しくらいはー」
 というリザの頭をアリシアが小突く。
「いたっ」
「馬鹿をお言いでないよ。
 どうせ、あそこまで誘導して捕獲した中でそれなりの魔法の攻撃もしたんだろ?」
「そりゃそうですけど……」
 アリシアの拳は力強い。
 リザは涙目になった。
「なら、ここの全員でかかる?
 そんな真似をして全滅したらどうすんだい?
 あんた暗殺者なんて気取るならもうちょいおつむを使いな?
 旦那もー」
「おっ!?」
 まさか自分に振られると思ってなかったロッソは変な声で答える。
「こんな小さな子供を暗殺なんてもんに使うなら、学校くらい行かしてやりなよ」
「えっ、あ……いや……」
「あんたもー」
 睨まれてリザは後ずさる。
「掛け算くらいはできるんだろね?」
「か、かけざ、ん……?」
 言葉の意味がわからないという顔をリザはする。
 だめだこりゃ、と片手で顔を抑えるとアリシアは獣人たちに向き直って言う。
「もういい……。
 旦那、あたしがあの子と話しても良いね?」
「そ、そりゃ構わんが……」
 大丈夫なのか?
 そんな不安そうな顔をロッソがする。
「あたしはあの子と、同じダークエルフだ。
 もしかしたら話が合うかもしれないじゃないか」
 どうせ、そんなことも考えてたんだろ? 
 と、ロッソを見るアリシア。
 ロッソがばつの悪そうな顔をする。
「ああ、もう。
 煮え切らない連中だねえ、まったく。
 いいよ、旦那。
 リザ、あんたは着いて来な。
 旦那、この子、借りるよ
 あとーー。
 あの魔法の檻を消しておくれな」
 え、僕???
 と、逃げようとしたリザの首筋をひっ捕まえて、アリシアは牢屋の前に姿を見せた。




 はあ。
 と、沙雪はため息をつく。
 なんでこんな無意味な威嚇をしなければならないのか。
 ここがどこかはわかるし、あの子がどこにいるのかもわかる。
 しかし、傍にいなければ何もできないのだ。
「もういい加減にしろ!」
 怒りに任せてもう一発投げてつけようとしたところに、大きな獣人数人とあの子に似たダークエルフ、そして……。
「子供?」
 腰ほどまである金髪の12、3歳ほどの少女を連れたダークエルフの女性は腰元に帯びていた二本の剣を床に置いた。
 そして目前に見えていた格子のような物が瞬時に消え失せる。
 檻がなくなったように見えた。
「どういうこと?」
 その二人は、両手を頭の位置まで持ち合わせて、ヒラヒラと手を振りながらこちらに向かって歩いてくる。
「敵意はないってこと?
 でもなあ……」
 沙雪は光球を浮かべたまま考える。
 圭祐の小説を読むまでもなく、こういった場合二人で来るなら獣人のあのボスっぽいのと、いま目の前にいるダークエルフの女性が普通なのだ。
 普通というのもおかしい話だけれども、子供を連れている自体が普通ではない。
「うーん?
 まあ、どっちがどうやってもさきに何かできるわけじゃないけど……」
 どんな攻撃にも耐えうる自信がいまの沙雪にはあった。
 それが、沙雪TUEEEEだからだ。
 問題はあの怪我をしたダークエルフの女性だ。
 いまは沙雪とあの女性を守らなければ意味がない。
「ふーん。
 エサと見せかけた、本命、かな?」
 沙雪は光球を幾つかだけ残して、牢屋の中に設置されていたベッドにどっか、と座り込む。
「ふん。
 図太さだったら自慢じゃないけど、けいくんにだって負けないんだからね。
 さあ、どうするか見せてもらおうじゃない」
 と、片膝をついてそこに顎を乗せてしまった。
 これに驚いたのはアリシアとリザだ。
「アリシア……さん」
「なんだい」
「なんですか、あの子のあの不敵な態度。
 なんでもやってみろ、みたいな顔してません……???」
 僕、不意打ちしたら殺されそうなんですけど…‥‥。
 とリザは上を見る。
 アリシアが武器を置き、油断させてリザの攻撃を……。
 などどいう浅知恵は見抜かれていたようで。
「あーあ。仕方ないね、こりゃ…‥‥。
 だんなー、ロッソのだんなー」
 もうどうにでもなれ、とアリシアがロッソを呼ぶ。
「なっ、なんだ。
 逃げた方がいいのか!?」
 図体ばかりでかい獣人がいまさら何言ってんだだらしない、とアリシアが呟くのをリザは耳にした。
 確かに。
 ロッソは面倒見はいいし、腕もあるこの街の顔役だがー。
「僕、移籍した方がいいかも……」
 と呟いたのをアリシアも聞き逃さない。
「ま、それよりあんたはまともな教育を受けるべきだね。
 暗殺なんて、子供の仕事じゃあないんだからね」
 言い換えそうとするリザを無視してアリシアは叫ぶ。
「逃げてどうすんだよ、その図体はダテじゃないんだろ?
 あれだよ、黒板とチョーク!
 持ってきておくれなよ。
 あと、消す用の布もさ。
 何枚か頼むよー」
「黒板ー???
 なんに使うんだ、そんなもん」
 ロッソが壁の向こうから問い返す。
「いいから早く用意しておくれよ!
 こっちが猛獣の前にいるんだからね!!!」
 確かにー。
 とんでもない猛獣の前に晒されている。
 猛獣どころではない、化け物だよ……。
 とリザは逃げようとしてもしっかりと抑え込まれており、アリシアに恨み事を言うことくらいしかできない。
「本当に大丈夫なんですか、これ……」
「知らないよ、そんなこと」
 アリシアの無責任な発言にリザの顔面が蒼白になる。
「そんな、僕まだ死にたくない!?」
 あんた何言ってんの?
 とアリシアは呆れた顔をした。
「何人殺してきたのさ、その可愛い顔で。
 あんたはもう引き返せない道を歩いてるんだよ。
 どこで死のうが文句言える身分じゃないだろー?」
 それは……と、これまで殺害してきた相手の顔が脳裏によみがえるリザ。
「なんだって今更、そんなつまらない言い逃れしてんのさ。
 生きる道は一つじゃないだろ。ほら、あたしらは先に進むんだよ。
 暗殺なんざ、闇から出てきな」
 と、ロッソが用意してきた黒板一式を受け取り、アリシアはリザを立たせた。
「終わったら可愛がってやるから、せめて一幕くらい気張ってみせな?
 男だろ?」
 可愛がるって……リザは蒼白から紅い顔になる。
「さて、どうしたもんかねー。
 うーん……」
 アリシアは沙雪の前でリザと二人で座り込む。
 言葉が通じない。
 会話が出来ない。
 さて、どうしたものか。
「ねえ、リザ」
「なんでしょう……」
「あんた、絵は描けるかい?
 あたしゃ、どうにもそっちは不得意でね」
「僕もそれは苦手です……」
「あらら。
 まあ、なら別の方法だ」
 そう言ってアリシアは、沙雪にA4サイズ程度の黒板とチョーク、それを拭いて消す布を渡した。



 うん?
 なんだこれ?
 最初、沙雪はそれが何かわからなかった。
「あー……。黒板、だ。
 じゃ、これってー」
 と見ると、アリシアは指を10本広げた。
 へーこっちの人も指は10本なんだ。そう沙雪は妙に感心してしまう。
 その座り込んだダークエルフの女性は両手を広げて、手のひらをこちらに向けた。
「?
 なに?」
 左端の小指から順に折り曲げていき、10本の指を曲げた。
 すると、そのあとに何かのマークを黒板の一番上に描いた。
 次に、その下に10個のマークを描く。
 そして、指を折り曲げた順にそれを金髪の少女に、彼女の指で指し示させた。
「何?
 数字を表してる?
 それならー」
 と、沙雪も同じように黒板にまず10と数字を描く。
 その下に1から10までの数字を描いて、指で示して見せた。
 ダークエルフの女性は満足そうにうなづく。
 とりあえず、数字をいう共通認識は合っているようだ。
「話がしたいってことかな?
 数ならどこでも共通だからってことかな?
 なら……」
 沙雪も指で意思表示をすることにした。
 人差し指と中指の二本を二回、両手で表す。
 黒板に2×2と描いて次に=と4を描いた。
「足し算引き算掛け算割り算……ならわかるよね???」
 と、沙雪の常識ではわかるはずなのだがー。

「なんだ?」
 アリシアが驚く。
「ああ、掛け算か。
 ならー」
 とそれから幾種類かの計算が繰り返された。
 問題なのは、リザの方だ。
「アリシアさん……」
 ん?
 とダークエルフはリザを見る。
「僕、もうわかんないです」
「はあ?」
 まだ、3桁の足し算を互いにしているところだった。
「あんた、まさかこんなのがわかんないの?」
 呆れた、と壁からこちらを伺っているロッソを睨みつけた。
「わからないですよ。
 だって、使わないじゃないですか。
 そんな百以上のお金なんて……」
「あー……。
 後から教えてあげるからさ。
 いま口挟むな」
「はい……」
 どうも沙雪の使う計算式とアリシアが使う計算式は、微妙な違いはあるものの成立はしているようだ。
 しかし、その先が問題だった。


「ふーん、四則演算ができるなら、円錐とか二等辺三角形くらいは……あれ?」
 多分、小学生か中学生時代にしたであろう計算式は通じない。
「あれ? 
 底辺×高さ÷2、とかだよね?
 伝わらない?
 そこまで数学が発達してない?
 教育を受けてない?
 それとも、本人が勉強していない?
 うーん???」
 こうなるとお互いが理解できる範囲での話となる。
 まあ、一応の共通項はあったのだ。
 さて、どうするものか。
 あの子、目を縫われたままのダークエルフの女性はそろそろ本人にかかる世界の時間で10分は超えてないはずだ。
「黒板でやりとりしてる場合じゃないよねー…‥‥。
 あ、あれ見せてみようかな…‥‥」
 と、沙雪は二人に立ち上がり二人に近寄ろうとした。


「ん!?」
 なんだこれは?
 目前の人間族は意味不明な記号だの図式だのを持ちだしてきた。
「お前、これ分かる……わけないよな」
「僕の理解越えてますよ!
 なんですか、この三角形!」
「だよねえ……あたしもこんなの知らない。
 あたしが学んだ先生なら分かるかもしれないけどねえ……」
「そんな導師様が為さるような計算を持ちだしてくるこの人間、何者ですか」
「さあ、ねえ……。
 ほら、何かしたいようだよ。
 腰据えな」
 と、近付いてくる沙雪を前に、二人は逃げ出したい衝動を抑えつけるのに必死だった。
「まだ死にたくない……」
「あたしもだよ……」
 しがみつくリザを守るようにしてアリシアは沙雪を見据える。
 最悪、隠し持っているリザの短剣でこの子供を守らなければ……。
 しかし、予想していた行動とはまったく別の展開がそこには起きた。
「何……?」
 先程の壁にぶつけた光の球と似たようなものを、そこに立つ人間の少女は作り出す。
「なんだい?
 まとめて消そうってかい……?」
 しかし、それはアリシアの目の前で空中に止まった。
「ななな、なんですか、これ?」
 リザが震えてアリシアにさらに力強くしがみつく。
「ちょっ、待て、お前がそんなにしがみついたら反撃もできないだろが!」
 慌てて引き剥そうとするが、さすが、暗殺者のはしくれだ。
 リザも年齢不相応の力でひしっとしがついて離れない。
「おい、待て、あたしたちは敵じゃー…‥‥ひゃああ!!??」
 目の前で、光の球は広がった。
「おいっどうした!?
 なにがあったんだ!!???」
 ロッソがアリシアの悲鳴に飛び込んでくるが、光球が広がったのを見て慌てて伏せてしまう。
「あれ……」
 一番焦ったのは沙雪だった。
「さき、なんか悪いことした……?」
 目の前にいるダークエルフの女性は目を閉じたまま、金髪の少女を抱きしめているし、飛び込んできた大きな白い獣人は光球を見て伏せてしまった。
 沙雪がもっとも状態を理解していないのかもしれなかった。
 えーと……。
 どうしたらいいんだろう、この光景。
 沙雪はたぶん、最初に放った光球と同じものを作り出したとー。
「誤解されてるよね、これ。
 言葉の壁ってむずかしいよー!
 けいくーん!!!」
 なんて叫んでみても状況は変わらない。
 もういいか。
 半分諦めて、アリシアの肩を沙雪は軽く叩いた。
「へ……???」
 両手を開いたまま振って見せて、敵意はない、と示せば理解してくれるかな?
 そう思い取った行動だ。
「アリシアさん、何ですか、これ」
「敵じゃない、が普通だろうけど。
 あんた、同じ人間族なんだから。
 ほら」
 と、リザはグイグイ、押し出しを食らう。
「そんなああ」
「男なら、文句言わない!」
 さっきの勇猛果敢な言動はどこいったんですか、ダークエルフのお姉さん……。
 と、沙雪が手を差し出してくる。
 咄嗟に、暗殺者としての本能が反応してしまった。
 しまった。
 そうリザが思った時には、手首に仕込んでいた短剣が沙雪の喉元深くにー。
 突き刺さる、はずだった。
 だがー。
「なん、で???!」
 短剣は彼女の肌に届くどころか、あっけなく、その柔らかそうな指先で挟まれたまま、引くことも押すこともできない。
 なんて力だ。
 見たところ、16歳前後にしか見えない沙雪を見て、リザは戦慄した。
「ばっ、ばか……!!!」
 慌ててアリシアが二人の間に割って入る。
「アリシアさん、なんで!?」
「うるさい!」
 リザには初めての体験だ。
 誰かに守られるなんて。
「あんた、この子がしたことは謝るから。
 やるなら、あたしからにしな!?」
 アリシアはそう啖呵をきる。
 なんで、僕のために?
「アリシアさん、なんで?」
 アリシアはリザの手首から、革製のベルトを無理矢理はぎとり、それを沙雪に渡した。
 子供を守るような、母親の仕草に似たそれを沙雪はじっと見つめている。
「あたしがあんたを連れて来たんだ。
 死ぬならあたしが先だろ?!」
 動くんじゃないよ。
 そう、アリシアは後ろにいるリザに言い聞かせる。
 この先は沙雪次第だ。
 この人間族の猛獣は果たして、敵か、味方か。
 それを見極めるまで、アリシアはリザを守る肚だった。




「うわっ、危ないなーもー!!!」
 時間の流れは外の世界に合わせているが、沙雪の周囲には二重の障壁があるのと同じだ。
 短剣はその肌より少しだけ手前に突き刺さる。
 思わずびっくりして反応してしまうが、あ、自分が見てるからこうなるんだ、と改めて気づいて、少しばかり外の時間を巻き戻せないかと、そう思いついた。
「もしできるなら、もうあれだよね。
 DVDとかと変わらない。ただ、触れるかどうかだけの判断になるんだよね」
 そうなると、もう何でもありだな。
 そう思いながら試してみる。
 自分の時間軸の観測点を、外の時間軸の観測点から早くしてやれば、世界は遅行して進みだす。
「もう、本当に沙雪TUEEEEって何でもありかも……」
 彼氏の代わりにこれをライトノベルにして書いたら、売れないかな?
 異世界だし、体験談だし。
 まあ、いいや。
 この綺麗な顔をした女の子がさきに短剣を突き出したところで、制止状態にしてその短剣を指先で掴んでやる。
 力加減はしないようにしよう。
 力点が移動しないように見てやればいい。
 そうすれば、この少女がどれだけ力を込めても、短剣が動くことは無い。
「はい、もう無理だよー。
 あなたの負け」
 と、言ってやるがその言葉は理解されないまま、ダークエルフの女性が飛び出してきて沙雪と少女の間に割って入る。
 子供を守る母親のように、何もかも投げ出してきた。
 そんな力強い動きだった。
「さきはなにもする気ないんだけどなー……」
 そのまま、彼女は少女の手首から革製の短剣に繋がるものを外して、沙雪に渡した。
「へえーっ。
 こんな仕掛けなんだ」
 それは、腕に巻きつけて、手首を動かす反動で中に仕込まれている短剣が飛び出る仕組みのものだ。
「バネ仕掛け、じゃないんだ。
 途中で、ロックがかかるようになってるんだねーでも……」
 と、沙雪はリザを見る。
「この見た目で普通は、こんな使えるわけないし。
 やっぱり、悪い人?
 まあ、いいか」
 もう、この収穫のないやり取りに飽きてきた。
 沙雪はアリシアに短剣を返す。
「え?」
 驚いたのはアリシアだ。
 なんで、渡した武器を返してくる?
 てっきり、それで刺殺されるかと思っていたのに。
「さゆき!」
 と、沙雪は自分を指差して叫んだ。
「わたしは、さ! ゆ! き!」
 と、二度ほど繰り返してやる。
「サユ、キ……?
 なんだ?」
「名前じゃないですか?」
 リザがこわごわと肩越しに言ってくる。
「本当か、それ?」
「わからないですよ。
 アリシアさんも、言ってみたら?」
 ええ?
 戸惑いながら、アリシアも沙雪の真似をした。
 まず自分を指差して名乗り、次にリザを指差して同じことをする。
「アリシア?
 リザ?」
 沙雪は交互に二人を、指先で示して確認した。
「え?」
「あれ、なんか通じたみたいですよ、これ」
 少し進展したかな?
 沙雪は、自分と、アリシア、リザ。
 それぞれをもう一度指差して確認する。
「サユキ、アリシア、リザ」
 親指と人差し指で〇を作って確認する。
「な、なんだこれ。
 正解って聞いてるのか?」
「わかんないですよ、なんで僕に毎回振るんですか!?」
 この一言にアリシアにはイラっとした。
「なら、お前が相手しな!!!」
 背中に引っ付いているリザを引っぺがして、沙雪の前に突き出した。
「そんなあ……ひどい……」
「誰が原因だ!?」
「はあい……」
 それを言われたら取りつく島がない。
 うんうん、と正解ですとリザはうなづいてみせる。
 何かあれば命に関わる。
「僕、リザです……」
 さっきはすいません、と頭を下げてみる。
「リザ、ちゃん?
 うーん、会話が通じないのが不便だなあ。
 どうすればいいかなあ。
 あの橋の解析も出来たんだから、ここの言語も解析できない?
 うーん……。あの子は意識無かったからなあ。
 あ、そっか。
 ごめんね、リザちゃん」
 抱き着けば全部、粒子化した情報が手に入るかも。
 と、いきなり沙雪は怯えるリザを抱きしめた。
「はああああ!!??」
「うわっ!?
 なんですかああ!!」
 ほどんど涙目どころか、失神寸前のリザを抱きしめたまま、彼のもつ生体情報をそのまま粒子化させてもらう。
 さすがに精神情報。つまり、記憶までは手に入らない?
 そんな不安はまったく必要が無かった。
「え……?」
 リザが持つ記憶どころか、その深い心理描写まで瞬間的に入ってくる。
 殺人の記憶、そこに至る過程、沙雪に対する恐怖に至るまでー。
「そっか……。
 困ったな。ここまで深いのは要らないかな。
 ねえ、言語とか文化とかそういうのだけに出来ない?
 さき、辛いよ……。
 なんでこんな小さな子に人殺しなんてさせるのー」
 駄目だ。
 涙があふれて止まらない。
 この記憶は消去したい。
 沙雪はそう願う。
 だが、記憶は消えてくれない。
 ああ、もっと細かい指示ができるようにならないと、この機能は使えないんだ。
 そう気が付くまで、自分の涙が止まらないことに沙雪は気づいていなかった。



「あれ……?」
 瞬間。
 光が全身を覆い、上から下まで。
 頭の先から足の先まで。
 リザは、自分のすべてを覗かれたような気がした。
 同時に見上げたら自分を抱きしめた同族の少女が涙を流している。
「なんで、泣いてるんですか……」
 なぜかわからない。
 わからないが、その涙は自分の内なる何かを彼女が垣間見て流したような気がしてならない。
「お前!
 僕の何をみた!!!??」
 思わず叫んでいた。
 触れられたくない過去、人を殺すことを技術を磨かれていくことを、楽しんでいる別の自分がいる事を知った時の、果てしない絶望感。
 誰であっても見せたくない一面を。
 すべてを曝け出さされた。
 それも、抵抗できない状態で。
 リザの怒りは凄まじいものだったろう。
 その場でもし、沙雪を殺せるなら……。
 相手がどこまでも悶え苦しむように殺したはずだ。
 だがそれが出来ない恐怖が、リザを抑え込んでいる。
 自分の感情が把握できず、リザもまた涙を流していた。
「ごめんね……。
 ごめんね、あなたのそこまで見る気は無かったの。
 ごめんなさい」
「え……?」
 言葉がー通じた?
 それが理解できた瞬間、リザの怒りが爆発した。
「おまえ、なんで僕の心を見た!?
 誰にも、だれにも……見せたくなかったあれまでー。
 なんでだ、なんでっ!!!!!」
 叶わない?
 攻撃が効かない?
 そんなことは関係なかった。
 暗殺者として彼が培ったスキルが、効果があるならば沙雪を一撃で仕留めるであろうものとして。
 彼女の身体に撃ち込まれていく。
 だが、それは全て彼女の手前でどうやっても止まってしまう。
「何しても、効かない……」
 勝てない相手だと心が折れそうになるまで、それは続いた。
 沙雪は無抵抗のまま、それをただ受け入れる。
 それは、沙雪ができる唯一の謝罪だった。
「リザ!!
 もう……いいだろ」
 息がきれてしまい、身体が短剣を握れなくなるまで。
 アリシアはそれを見ていた。
 やり取りのなかで理解できたことがあった。
 このサユキという人間は、神のような技を使うのだ。
 触れた相手の全てを、その心理の奥深くまで。
 触れられた当人ですら制止が効かなくなるほどの深い領域まで知ることができる。
 そして、そういった類の感情はー。
 誰にも知られたくないものだということだ。
 なんて恐ろしい。
 アリシアは、沙雪に底知れぬ恐怖心を改めて抱いた。

 
「ごめんね、本当にごめんね」
 沙雪は何度もその言葉を繰り返す。
 ようやく、自分のしでかしたことの重さに気づいた。
 沙雪にも、誰にも知られたくないことがある。
 圭祐にすらも言えない。
 深い、深い闇がある。
 それを知られたら、生きていたくないと思うほどの。
 その感情は、誰にでもあるものだ。
 ただ、触れてはいけない。
 踏み込んではいけない領域だと、沙雪はようやく理解した。
「戻すね、ごめんね」
 短剣の時と同じく。
 リザの持つ粒子データを沙雪が触れただけの状態にまで遅行させる。
「さき、忘れないから。
 本当に、ごめんね」
 戻れない一歩を踏み出した人間には必ず、何かの罰が与えられる。
 この世はそういうように出来ているのだろう。
 沙雪は特別な力を持った存在の苦しみがわかったような気がした。
 そう、ブラウニーの苦しみを理解した久遠のように。
「そっか。
 だから、ブーちゃんは探すんだね。
 受け入れて愛してくれた久遠さんを。永遠に近い時間をかけてでも、探すって言えるんだね……」
 だが、沙雪TUEEEEが欲しいと言い出したのは沙雪自身だ。
 沙雪は、生涯をかけてこの能力と向き合う決意を固めた。



 
「おい!
 リザっ!!!」
 力尽きて沙雪に、ただ抱きしめられているだけの彼を、アリシアは引き寄せようとする。
 その時だった。
 リザが怒り、攻撃をする前と同じような光が彼と沙雪を包んだのは。
「なに?
 また何かしたのか?」
 光が収まると、リザはー。
 そう、彼は抱きしめられて恐怖を抱いた時に戻った。
 いや、戻されたような顔になり、全身の力も戻っているようだった。
「あれ……?」
 リザが何もなかったかのような顔をそう言った。
 なんだ。
 なぜ、リザはさっきまでの怒りを忘れたような顔をしている?
 あれほどの数分間とはいえ激しい攻撃をした後の、脱力感は何処に消えた?
 なんで何もなかったかのように見える!???
「あんた、リザの時間を消した……ね?」
 故郷にいたころに恩師から聞いた事のある、神々の御業。
 いや、消えた帝国の遺産。
 そうだ。帝国の遺産と呼ばれた古代魔法に似たような魔法があったと聞いたことがある。
 この人間は、一体、何者なんだ?
「いいえ。
 さきは彼の時間を戻しただけ」
 言葉が通じた。
 アリシアに衝撃が走る。
 それは、リザも同様だった。
 



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...