伝説の湖畔の塔と三匹のエルフたち

星ふくろう

文字の大きさ
11 / 20
第二話 ハッシュバルの森

4

しおりを挟む


「ふん。
 こんなダークエルフなどに情けなど……。
 もう要らんな、この椅子も」
 と言って最後の一蹴りを顔面に入れ、老司祭はブーツについたダークエルフの血を彼女の身に着けている、面積の少ないぼろ布でふいた。
「ではどうなさいますか?
 命を奪うのは我らが神の御心に反しますれば……」
 ふむ。と老司祭は考えこむ。
「おい、止めろ」
 と幾分か控え目に声を出して馬車を止めさせた。
 御者席に乗っていた御者と、護衛とおぼしき兵士数名が駆け寄ってくる。
「いかがなさいましたか、フランドル司祭様」
 そのうちの一人が、失礼します、と馬車の入り口のガラス戸を軽く叩いて反応を待った。
「開けよ」
「はっ」
 扉を開けさせると、御苦労、と老司祭は彼に声をかける。
「この椅子だがな。
 飼うための餌代をかけるならば、恵まれぬ我らが同胞に寄付をしようと思うのだ」
 兵士は、地面に片足をつき、
「それは素晴らしきお言葉でございます。
 では、いかがいたしましょうか」
「ふむ……。
 命を奪うには忍びないが、放逐したとて命を長らえさせるのも無碍というものー」
 と、シャルネアが手にしていた物を見て一計を案じたのか、フランドル司祭は明るい表情になった。
「どうだね、シャルネア君。
 君のそのー」 
 と、彼女は馬車内で淑女のたしなみとされている刺繍をしていたが、その道具を指差した。
「は?」
 今一つ要領を得ないシャルネアは不思議そう顔をする。
「その針と糸を、この物の苦しみが少ない死への手向けとする気はないかね?」
「と、申しますとー?」
 うむ、とフランドル司祭はダークエルフの首輪を引き上げ、
「まず、この物の舌をそのハサミで切り取ってやるとよい。
 さすれば、ものを咀嚼する力も弱まるであろう。
 次に、両目と口をその糸で縫い付けてやると良かろう」
 楽しそうに言うその光景を兵士たちは楽しそうに見ている。
 シャルネアは思案し、
「では司祭様。
 この物の歯もすべて抜いてしまいましょう。
 その方が物を噛むこともできませんしー」
 と言い、
「あ、それよりも両手足を切断した方がよろしいのではー?」
 いやいや、と司祭は首をふる。
「死の際は、肉体を揃えた状態で迎えさせてやるのがまだ慈悲があるというもの。
 だが、歯を抜歯するというのは良い案だな。
 痛みが増える程に、この物の罪も浄化されるであろう、おい、お前たち」
 と、兵士に声をかける。
「ロハの蹄鉄を調整するときに使う、平箸(ペンチの大きくしたもの)で歯を抜いていやりなさい。なるべく、痛みが強くなるようにな……」
 命じられた兵士は恐怖におびえるそのダークエルフの拘束を解くと、
「では、この場で血を漏らすのは不浄でありますから。
 あちらの川の傍でしてまいります」
 うむ、とフランドル司祭はうなづき、ダークエルフは兵士たちに連れられて行った。
 馬車の中でフランドル司祭はシャルネアと二人だけになったことを確認すると、
「ふむ。
 尊いことだな。異教徒を救うということは……」
 と自分の行いを自分で褒め称える。
「さすがですわ、フランドル司祭様。
 シャルネアも、あの物に素晴らしき恩寵を授けなくては」
 と、シャルネアは大きめの布の裁断を行うハサミと、数本束ねた金糸を通した針を愛おしそうに撫でた。
「司祭様、洗浄も終わってございます」
 と兵士の一人が馬車の扉を叩いたのはそれからしばらくしてからだった。
 手をとられ、馬車を降りたシャルネアが見たのは全裸にされたダークエルフだった。
「あら、女だったの、あなたたち、まさか交わりなどはー?」
「まさか」
 兵士全員が吐き気がするという顔をした。
「かようなものと交われば我らの死後の栄光が消えてしまいます」
 確かに。
 兵士たちの衣類も鎧にも着直したり、体液といったものは見受けられなかった。
「ならば、いいのですが」
 と、シャルネアはダークエルフの女の耳や鼻が気になった。
「司祭様。
 耳や鼻は削がなくてよろしいのですか?
 死を早めると思うのですが」
「いやいや、シャルネア」
 と、フランドル司祭は馬車の中から首を振る。
「言ったでしょう?
 死を得るときは五体を遺してやるべきでは、と」
 おいでなさい、と司祭はシャルネアを車内に手招きする。
「いいですか、舌を抜き、目を塞ぐのは我らが会話を秘するため。
 耳や鼻まで削げば、必ず誰かが、私刑以上の何かだと考えるでしょう。
 その手前までならば、我らの国の刑罰で行われている。
 もし何かを問われてもー」
 わかりますね?
 と、司祭は言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...