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第五章 夢霊の女王と死霊術師
(小話)始まりの聖女の物語
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ある宮殿で、二人の聖女が語っていた。
「不思議なものね?」
「何がですか、姉様?」
「思わない? 魔族でも、人間族でもどっちでもそう。神様がいて、魔神様がいてそして選ばれた私たちがいる」
「‥‥‥? そう、かも?」
「どっちでもそう二人とも聖女なんて呼ばれて、あなたは人間族の私は魔族の。でも、大きな違いがあるわ」
「それはなに、フィオナ姉様?」
「簡単よ、カイネ。あなたはいつもそう。いつも、いつも、いつも‥‥‥そう。いつもそう、だわ」
「いつも? そう、かもしれない。いつもお会いして、こうしてお話をして――そして‥‥‥」
魔族の女王フィオナはその紫色の瞳を閉じて、深くため息をつく。
夢魔の出身の彼女は、白い満月のように燐光を放つ肌に黒い透き通るような髪が良く生えた、まるで妖精か女神のような美しさを誇っていた。
対して自分は褐色の肌に赤い髪に青い瞳。
どこの誰とも知れない貧乏な農家。奴隷の身分から出てきた女だ。
この魔族が住む北の大陸。
魔族の女王の城にたどりつくまでに戦った傷跡で全身は‥‥‥まともな男性なら裸を見れば抱こうという気にはなれないだろう。
そう思ってしまうほどに、自身を醜いとカイネは思っていた。
「そして、剣の先を重ねる。幾度も幾度も、幾度も‥‥‥ね、カイネ?」
「数を数えたことはないのですか、姉様? あたしは覚えているわ。今回で三百に十四回。次で二十五回。キリのいい数字。互いが死力を尽くして戦い、そして――いつもそう。どうしてなのかな、必ず‥‥‥この魔王城の玉座の間が決闘の場所になるの。変なのよね、勝つのはどちらか分からないのに」
「そうね。どうしてか私も分からないわ。‥‥‥そう言えば、ねえ、カイネ?」
「何ですか、姉様?」
女王フィオナはふと思いついた。
この子は、私の首をその聖剣ディランダルではねたあと――どんな人生を送るのだろう、と。
少しでも幸せになってくれるのだろうか?
「あなた、この後はどうするの?」
「え? うーん‥‥‥。勝てばダイナル王国に戻り、王子様に歓待を受け‥‥‥でも、処刑されますね」
「処刑? どうして? あなたは魔族を滅ぼして人間族を救う英雄じゃないの?」
「そうですよ、姉様。だから、我が主、大神ダーシェ様はあたしを疎ましく思うの。あたしは王とか、貴族とか嫌いだから。みんなが自由になるのが良いの。そう言ったら‥‥‥必要ないって言われて、ね?」
「…‥そう、なんて悲しいのかしら。人間族は愚かなのね、一番の功労者をそんな扱いにするなんて。私が不思議なのもそこなのよ。私は魔族の最高権力者。でも、あなたは西の大陸を統べる王国の王様から。そして、大神ダーシェの神殿から聖女に選ばれて戦いに身を投じる。人間族の統率者でも無ければ、女王でもない。私が死んだ後、どうなるのかなってそう思ったの」
ふっ、とカイネは寂しそうな笑顔を浮かべた。
姉と慕う彼女には伝えたくない。
人間のどす黒い側面なんて――言いたくなかった。
でも、この時は言ってしまった。何故だろう。
カイネは自分の行動が不思議でならなかった。
「じゃあ、姉様はどうなの? あたしが負けた後、どうなるの? 魔族は人間族を滅ぼすの??」
「‥‥‥いいえ。何故かしらね、カイネ。人間族を庇護する神様が多いの。大陸が六つ。統治する神様も六柱。魔族は北に住み、その主神も一柱だけ。でも‥‥‥魔神様は消えてしまうわ」
「消える? それってどういうこと??」
「そのままよ。あなたを討ち取った後、魔神様は何もおっしゃらなくなるの。いつもそう、そして、彼らが来るわ」
「彼らって、誰? フィオナ姉様?」
女王は座していた玉座を立つと、その側に無造作にかけていた王の証たる、魔剣を手に取った。
これはかの魔神グレアムから女王の座に就いた時に与えられたもの。
世界で唯一の神殺しの魔剣レンゲスト。
でも‥‥‥その刃が肝心の神々に届いたことは――一度もなかった。
「そうね、帝国の勇者、他の王国の英雄。海神エストの聖女や、大地母神ラーディアナの勇者、なんてのまで出てくる始末。私は必ず、あなたを殺してから十年以内には死ぬことになるの。そして、魔神グレアム様はお声をかけて頂けなくなる。何度も、何度も。同じ歴史を繰り返しているのよね私と、あなたは」
「うん、まるで神様たちと魔神様のゲームに巻き込まれているみたい。チェスの駒みたいだわ。何度も、何度も、同じことを体験しているのだけは違うけど」
「もし。そう、もし誰かがこの繰り返される戦いの中で誰かが救われているなら、私たちがしていることに少しだけ意義はあるわ。私とあなたも救われる気がする。でも、そうでないなら」
「不毛ね、姉様。そして怒りと嘆きしかでてこないわ」
怒り?
嘆きはわかるけど、誰に対する怒りなのだろう?
そう、フィオナは不思議に思ってしまう。
このゲームと呼んでもいい自分たちの境遇?
それとも、もっと違う誰かに対するもの?
カイネ、あなたはなにを考えているの?
「ねえ、カイネ、誰に怒っているの? これは神々が決めたこと。選ばれた私たちはそれに従うことが正しいのよ?
あなたはそうは思わないの??」
「いいえ、思うわよ。思うから、悲しいし怒りたくなるの。このゲームから抜け出せない自分の不甲斐なさを、痛感しているわ」
「ああ、そういう怒りなのね。それは私も同じよ、カイネ。主様の御心に添えない愚かさだけが、いつまでもこの胸の奥に残っている。情けない魔族の女王と、己を蔑んでいるわ‥‥‥」
そういえば、とフィオナはふと気づいた。
いつからだろう、彼女が。
人間族の聖女であり、血のつながりもないはずの自分を魔族の自分を、姉と呼ぶようになったのは、と。
「ねえ、カイネ? あなたどうして私を姉と呼ぶの? ‥‥‥あなたは人間族なのに」
「え? もう何度も聞かれたし、答えたよ、その質問。覚えていないの、姉様?」
「どういうこと? なにを覚えていないとあなたは言うの??」
「うーん‥‥‥記憶も消されるのか。困ったわね。ねえ、フィオナはこれが何かわかる?」
そう言い、人間族の聖女は胸奥にしまっていた何かを、そっと引き出してくる。
鎖の先に一連になったそれは、小さなロケット。
宝石や鍵など。
小物をしまうことの出来るものだ。
ちょっとだけ大ぶりなそれを、カイネは取り出すと楕円形のそれの上。
少し突き出した突起をそっと、軽く押した。
「何かしら?」
「見える? よく見て、姉様。そこに誰がいる?」
「‥‥‥誰?小さいけれど、精緻な絵ね。上手な画家によって描かれている。あなたと‥‥‥彼はオルブ? あなたの率いる聖騎士団、青き三日月の団長のよう」
「そう。あたしとオルブ、あとは――」
「私がいるけれど、この男性は誰? それに、翼も角も、王冠すらも身に着けていない。こんな格好になった記憶はないわ?」
「多分、そうだと思う。それは彼が描いた物だから。誰かも分からないかもしれない」
「彼? 腕の良い宮廷画家がいるのね? 自分が人間として描かれているのは変な気分。カイネ、あなたが描かせたの?」
いいえ、とカイネは首を振る。
自分ではないの。
そう言い、もっとよく見て?
フィオナはそう言われてしげしげとその小さな絵に再び見入ってしまった。
見覚えはないはず。
その男性はまだ若い。
カイネと同じ髪と目の色、肌の色。
彼女の弟か兄かと思ってしまった。
「誰かしら。分からないわ、意地悪しないで教えてくれない、カイネ?」
「やっぱり、駄目か……いいわ、気にしないで。返してもらっていい?」
「変な子ね、あなた。はい‥‥‥それよりも、そろそろ始めない? あまり遅くなると、また魔神様からおしかりを受けるわ」
「姉様。始まる時は魔神様に会えるのね。羨ましい。あたしはいつもいつも、天使が来るだけだもの。そして言うのよ、あの天使様は」
「興味が無いけど聞いて欲しいの? いつもと違うわね、あなた。いつもは少しだけ会話をして、そして、剣を引き抜き――」
殺し合いを演じるのに。
互いに信じる主のため。
それぞれの守るべき民の為に。
「姉様。彼はあなたの夫よ?」
「え‥‥‥? 何を言い出すの、カイネ? 私はいつも独りよ?結婚したことも、夫もいないわ」
「もう一度よく見て、姉様。その写真を」
「写真って何‥‥‥?」
カイネはロケットをフィオナに放り投げた。
懐かしい家族の写真。
たった一度だけ与えらえた、奇跡の人生の軌跡。
そして、それはこれから始まる変革への第一歩になる。
夫と言われ、フィオナの目の奥がズキンと鈍い痛みを発した。
ぼんやりとした視界の向こうで、揺らぐように何かが見えた気がする。
だが、それが何かはフィオナには分からない。
「アーチャー。その名前、覚えていない? 姉様?」
「聞き覚えがないわ。これは何かの魔法でもかけたの、カイネ? あなた、何を考えて‥‥‥」
アーチャー。
その名が告げられた途端、魔族の心臓たる魔石が身のうちで跳ねた。
目まいと交錯するとおい何かが、脳裏を占めていく。
懐かしい記憶、暖かいあの手が自分を包む感覚がフィオナの中によみがえろうとしたその時。
一瞬の虚を突かれた。
視界の隅から這い上がる銀色の閃光がまばゆくきらめいていた。
しまったと魔剣に手を伸ばしたその時、カイネの手に握られた聖剣は女王フィオナの首を一閃する。
また‥‥‥
また、負けてしまった。
その後悔が、あっけなく幕切れとなる。
――そして、フィオナの意識は混濁の闇の中へと沈んで行く。
また、主のために勝てなかったと懺悔をしながら‥‥‥
「ごめんね、フィオナ」
紫色の鮮血にその身を染めて、カイネが床に転がった魔族の女王の首を拾い上げた。
玉座の間の扉が開き、まるでこの瞬間に立ち会うために間に合わせたように、カイネの部下たちが集まってくる。
真っ青な空のような色をした鎧に身を包んだ彼ら聖騎士たちが喝采し、聖女の名を叫ぶ中、カイネは魔王の玉座へと向かう。
聖女は魔王の座していた玉座に立ち上がり、もはや物言わぬその首を片手に掲げて聖戦の終了を告げた。
「みな、よくぞここまでわたしに従って戦ってくれた。見よ、ここに魔王は討ち果たした!!! 聖戦は、大神ダーシェの御加護は、我らに勝利をもたらしたのだ!!! 大神ダーシェに栄光あれ!!!!」
虚しい勝利、悲しい栄光、そして、本当の聖戦の幕がここに上がったことを、カイネ以外に神すらも気づいていない。
聖女は三百数回の逆行転生の中でようやく成功した。
そう安堵していた。
神を騙し、魔を騙し、自分の姉と慕っていた魔王すらも騙して初めて掴み取れた。
自由になるための片道切符。
神々や魔神への反撃の舞台がようやく整ったのだと。
玉座の上から見下ろす中に、いつかの人生で夫だった男性がいる。
オルブ・ギータ。
聖騎士団の団長の彼には、これからまた、死んでもらわなければならない。
青の三日月団のみんな。彼らには、この後に初めて公正なる死が与えられるだろう。
もう誰も、誰も――同じ人生を繰り返さなくていいのだ。
あとは自分が死ぬだけ。
それで、この舞台は完成する。
帰国後、やはりカイネはフィオナに語ったとおり、処刑を免れなかった。
青の三日月団の団員たちは彼女を救おうとし、いつものように王国の兵士に殺されてしまう。
その様をカイネは目にしたまま、あっさりと短い人生を閉じていた。
繰り返される悪夢と絶望と後悔の人生。
最後の転生を迎える時に、全ては変わる。
天使を騙して手に入れることに成功した、全ての世界の記録を網羅する万能の聖典。
その能力はありとあらゆるしがらみから、カイネを解放する術も教えてくれた。
そして――神殺しの方法も。
その身を通じて世界の全てとつながった時。
聖女の声は、この世界に生きる全ての種族に伝わっていた。
カイネは語り出す。
「全種族たちよ。この声を聞く知性ある者たち。どうか聞いて欲しい。これは聖戦ではなかった。神々の遊戯として行われた、魔族の大量虐殺という蛮行。魔族という種族はこの世から消えたわ」
カイネは嘆く。
死んでいった者たちが浮かばれない。
こんな神々の横暴に尽くすことが真実なの?
これが本当の幸せなの、と。
「カイネは聖女の名を大神ダーシェ様にお返しします‥‥‥。誰もが平等に、自分で生きることを選べない世界も、ただ従わせようとする神も必要ないわ」
カイネは訴えていた。
ただ自分たちの都合で世界を操る神など、従い崇める必要などないのだと。
誰もが己で悩み苦しんで生きることを選べない人生など、生きる価値がないと。
神という人知を超えた存在によって操られ満足する人生には、本当の自由はないのだと。
カイネは叫んだ。
自分が悪役となり、世界を敵に回して邪悪と呼ばれてもこのゲームを終わらせる為に。
「‥‥‥じゃあ、始めようか? 神様に魔神様たち。これは神と神殺しの戦争。そして‥‥‥神なんてわがままで無慈悲な暴力に対する、全世界、全種族からの宣戦布告だ!!」
聖女は始まりの存在となることを決意する。
これは始まりの聖女の物語。
神殺しを名乗った、最初の英雄の物語。
そして――聖女は神殺しとなった。
「不思議なものね?」
「何がですか、姉様?」
「思わない? 魔族でも、人間族でもどっちでもそう。神様がいて、魔神様がいてそして選ばれた私たちがいる」
「‥‥‥? そう、かも?」
「どっちでもそう二人とも聖女なんて呼ばれて、あなたは人間族の私は魔族の。でも、大きな違いがあるわ」
「それはなに、フィオナ姉様?」
「簡単よ、カイネ。あなたはいつもそう。いつも、いつも、いつも‥‥‥そう。いつもそう、だわ」
「いつも? そう、かもしれない。いつもお会いして、こうしてお話をして――そして‥‥‥」
魔族の女王フィオナはその紫色の瞳を閉じて、深くため息をつく。
夢魔の出身の彼女は、白い満月のように燐光を放つ肌に黒い透き通るような髪が良く生えた、まるで妖精か女神のような美しさを誇っていた。
対して自分は褐色の肌に赤い髪に青い瞳。
どこの誰とも知れない貧乏な農家。奴隷の身分から出てきた女だ。
この魔族が住む北の大陸。
魔族の女王の城にたどりつくまでに戦った傷跡で全身は‥‥‥まともな男性なら裸を見れば抱こうという気にはなれないだろう。
そう思ってしまうほどに、自身を醜いとカイネは思っていた。
「そして、剣の先を重ねる。幾度も幾度も、幾度も‥‥‥ね、カイネ?」
「数を数えたことはないのですか、姉様? あたしは覚えているわ。今回で三百に十四回。次で二十五回。キリのいい数字。互いが死力を尽くして戦い、そして――いつもそう。どうしてなのかな、必ず‥‥‥この魔王城の玉座の間が決闘の場所になるの。変なのよね、勝つのはどちらか分からないのに」
「そうね。どうしてか私も分からないわ。‥‥‥そう言えば、ねえ、カイネ?」
「何ですか、姉様?」
女王フィオナはふと思いついた。
この子は、私の首をその聖剣ディランダルではねたあと――どんな人生を送るのだろう、と。
少しでも幸せになってくれるのだろうか?
「あなた、この後はどうするの?」
「え? うーん‥‥‥。勝てばダイナル王国に戻り、王子様に歓待を受け‥‥‥でも、処刑されますね」
「処刑? どうして? あなたは魔族を滅ぼして人間族を救う英雄じゃないの?」
「そうですよ、姉様。だから、我が主、大神ダーシェ様はあたしを疎ましく思うの。あたしは王とか、貴族とか嫌いだから。みんなが自由になるのが良いの。そう言ったら‥‥‥必要ないって言われて、ね?」
「…‥そう、なんて悲しいのかしら。人間族は愚かなのね、一番の功労者をそんな扱いにするなんて。私が不思議なのもそこなのよ。私は魔族の最高権力者。でも、あなたは西の大陸を統べる王国の王様から。そして、大神ダーシェの神殿から聖女に選ばれて戦いに身を投じる。人間族の統率者でも無ければ、女王でもない。私が死んだ後、どうなるのかなってそう思ったの」
ふっ、とカイネは寂しそうな笑顔を浮かべた。
姉と慕う彼女には伝えたくない。
人間のどす黒い側面なんて――言いたくなかった。
でも、この時は言ってしまった。何故だろう。
カイネは自分の行動が不思議でならなかった。
「じゃあ、姉様はどうなの? あたしが負けた後、どうなるの? 魔族は人間族を滅ぼすの??」
「‥‥‥いいえ。何故かしらね、カイネ。人間族を庇護する神様が多いの。大陸が六つ。統治する神様も六柱。魔族は北に住み、その主神も一柱だけ。でも‥‥‥魔神様は消えてしまうわ」
「消える? それってどういうこと??」
「そのままよ。あなたを討ち取った後、魔神様は何もおっしゃらなくなるの。いつもそう、そして、彼らが来るわ」
「彼らって、誰? フィオナ姉様?」
女王は座していた玉座を立つと、その側に無造作にかけていた王の証たる、魔剣を手に取った。
これはかの魔神グレアムから女王の座に就いた時に与えられたもの。
世界で唯一の神殺しの魔剣レンゲスト。
でも‥‥‥その刃が肝心の神々に届いたことは――一度もなかった。
「そうね、帝国の勇者、他の王国の英雄。海神エストの聖女や、大地母神ラーディアナの勇者、なんてのまで出てくる始末。私は必ず、あなたを殺してから十年以内には死ぬことになるの。そして、魔神グレアム様はお声をかけて頂けなくなる。何度も、何度も。同じ歴史を繰り返しているのよね私と、あなたは」
「うん、まるで神様たちと魔神様のゲームに巻き込まれているみたい。チェスの駒みたいだわ。何度も、何度も、同じことを体験しているのだけは違うけど」
「もし。そう、もし誰かがこの繰り返される戦いの中で誰かが救われているなら、私たちがしていることに少しだけ意義はあるわ。私とあなたも救われる気がする。でも、そうでないなら」
「不毛ね、姉様。そして怒りと嘆きしかでてこないわ」
怒り?
嘆きはわかるけど、誰に対する怒りなのだろう?
そう、フィオナは不思議に思ってしまう。
このゲームと呼んでもいい自分たちの境遇?
それとも、もっと違う誰かに対するもの?
カイネ、あなたはなにを考えているの?
「ねえ、カイネ、誰に怒っているの? これは神々が決めたこと。選ばれた私たちはそれに従うことが正しいのよ?
あなたはそうは思わないの??」
「いいえ、思うわよ。思うから、悲しいし怒りたくなるの。このゲームから抜け出せない自分の不甲斐なさを、痛感しているわ」
「ああ、そういう怒りなのね。それは私も同じよ、カイネ。主様の御心に添えない愚かさだけが、いつまでもこの胸の奥に残っている。情けない魔族の女王と、己を蔑んでいるわ‥‥‥」
そういえば、とフィオナはふと気づいた。
いつからだろう、彼女が。
人間族の聖女であり、血のつながりもないはずの自分を魔族の自分を、姉と呼ぶようになったのは、と。
「ねえ、カイネ? あなたどうして私を姉と呼ぶの? ‥‥‥あなたは人間族なのに」
「え? もう何度も聞かれたし、答えたよ、その質問。覚えていないの、姉様?」
「どういうこと? なにを覚えていないとあなたは言うの??」
「うーん‥‥‥記憶も消されるのか。困ったわね。ねえ、フィオナはこれが何かわかる?」
そう言い、人間族の聖女は胸奥にしまっていた何かを、そっと引き出してくる。
鎖の先に一連になったそれは、小さなロケット。
宝石や鍵など。
小物をしまうことの出来るものだ。
ちょっとだけ大ぶりなそれを、カイネは取り出すと楕円形のそれの上。
少し突き出した突起をそっと、軽く押した。
「何かしら?」
「見える? よく見て、姉様。そこに誰がいる?」
「‥‥‥誰?小さいけれど、精緻な絵ね。上手な画家によって描かれている。あなたと‥‥‥彼はオルブ? あなたの率いる聖騎士団、青き三日月の団長のよう」
「そう。あたしとオルブ、あとは――」
「私がいるけれど、この男性は誰? それに、翼も角も、王冠すらも身に着けていない。こんな格好になった記憶はないわ?」
「多分、そうだと思う。それは彼が描いた物だから。誰かも分からないかもしれない」
「彼? 腕の良い宮廷画家がいるのね? 自分が人間として描かれているのは変な気分。カイネ、あなたが描かせたの?」
いいえ、とカイネは首を振る。
自分ではないの。
そう言い、もっとよく見て?
フィオナはそう言われてしげしげとその小さな絵に再び見入ってしまった。
見覚えはないはず。
その男性はまだ若い。
カイネと同じ髪と目の色、肌の色。
彼女の弟か兄かと思ってしまった。
「誰かしら。分からないわ、意地悪しないで教えてくれない、カイネ?」
「やっぱり、駄目か……いいわ、気にしないで。返してもらっていい?」
「変な子ね、あなた。はい‥‥‥それよりも、そろそろ始めない? あまり遅くなると、また魔神様からおしかりを受けるわ」
「姉様。始まる時は魔神様に会えるのね。羨ましい。あたしはいつもいつも、天使が来るだけだもの。そして言うのよ、あの天使様は」
「興味が無いけど聞いて欲しいの? いつもと違うわね、あなた。いつもは少しだけ会話をして、そして、剣を引き抜き――」
殺し合いを演じるのに。
互いに信じる主のため。
それぞれの守るべき民の為に。
「姉様。彼はあなたの夫よ?」
「え‥‥‥? 何を言い出すの、カイネ? 私はいつも独りよ?結婚したことも、夫もいないわ」
「もう一度よく見て、姉様。その写真を」
「写真って何‥‥‥?」
カイネはロケットをフィオナに放り投げた。
懐かしい家族の写真。
たった一度だけ与えらえた、奇跡の人生の軌跡。
そして、それはこれから始まる変革への第一歩になる。
夫と言われ、フィオナの目の奥がズキンと鈍い痛みを発した。
ぼんやりとした視界の向こうで、揺らぐように何かが見えた気がする。
だが、それが何かはフィオナには分からない。
「アーチャー。その名前、覚えていない? 姉様?」
「聞き覚えがないわ。これは何かの魔法でもかけたの、カイネ? あなた、何を考えて‥‥‥」
アーチャー。
その名が告げられた途端、魔族の心臓たる魔石が身のうちで跳ねた。
目まいと交錯するとおい何かが、脳裏を占めていく。
懐かしい記憶、暖かいあの手が自分を包む感覚がフィオナの中によみがえろうとしたその時。
一瞬の虚を突かれた。
視界の隅から這い上がる銀色の閃光がまばゆくきらめいていた。
しまったと魔剣に手を伸ばしたその時、カイネの手に握られた聖剣は女王フィオナの首を一閃する。
また‥‥‥
また、負けてしまった。
その後悔が、あっけなく幕切れとなる。
――そして、フィオナの意識は混濁の闇の中へと沈んで行く。
また、主のために勝てなかったと懺悔をしながら‥‥‥
「ごめんね、フィオナ」
紫色の鮮血にその身を染めて、カイネが床に転がった魔族の女王の首を拾い上げた。
玉座の間の扉が開き、まるでこの瞬間に立ち会うために間に合わせたように、カイネの部下たちが集まってくる。
真っ青な空のような色をした鎧に身を包んだ彼ら聖騎士たちが喝采し、聖女の名を叫ぶ中、カイネは魔王の玉座へと向かう。
聖女は魔王の座していた玉座に立ち上がり、もはや物言わぬその首を片手に掲げて聖戦の終了を告げた。
「みな、よくぞここまでわたしに従って戦ってくれた。見よ、ここに魔王は討ち果たした!!! 聖戦は、大神ダーシェの御加護は、我らに勝利をもたらしたのだ!!! 大神ダーシェに栄光あれ!!!!」
虚しい勝利、悲しい栄光、そして、本当の聖戦の幕がここに上がったことを、カイネ以外に神すらも気づいていない。
聖女は三百数回の逆行転生の中でようやく成功した。
そう安堵していた。
神を騙し、魔を騙し、自分の姉と慕っていた魔王すらも騙して初めて掴み取れた。
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オルブ・ギータ。
聖騎士団の団長の彼には、これからまた、死んでもらわなければならない。
青の三日月団のみんな。彼らには、この後に初めて公正なる死が与えられるだろう。
もう誰も、誰も――同じ人生を繰り返さなくていいのだ。
あとは自分が死ぬだけ。
それで、この舞台は完成する。
帰国後、やはりカイネはフィオナに語ったとおり、処刑を免れなかった。
青の三日月団の団員たちは彼女を救おうとし、いつものように王国の兵士に殺されてしまう。
その様をカイネは目にしたまま、あっさりと短い人生を閉じていた。
繰り返される悪夢と絶望と後悔の人生。
最後の転生を迎える時に、全ては変わる。
天使を騙して手に入れることに成功した、全ての世界の記録を網羅する万能の聖典。
その能力はありとあらゆるしがらみから、カイネを解放する術も教えてくれた。
そして――神殺しの方法も。
その身を通じて世界の全てとつながった時。
聖女の声は、この世界に生きる全ての種族に伝わっていた。
カイネは語り出す。
「全種族たちよ。この声を聞く知性ある者たち。どうか聞いて欲しい。これは聖戦ではなかった。神々の遊戯として行われた、魔族の大量虐殺という蛮行。魔族という種族はこの世から消えたわ」
カイネは嘆く。
死んでいった者たちが浮かばれない。
こんな神々の横暴に尽くすことが真実なの?
これが本当の幸せなの、と。
「カイネは聖女の名を大神ダーシェ様にお返しします‥‥‥。誰もが平等に、自分で生きることを選べない世界も、ただ従わせようとする神も必要ないわ」
カイネは訴えていた。
ただ自分たちの都合で世界を操る神など、従い崇める必要などないのだと。
誰もが己で悩み苦しんで生きることを選べない人生など、生きる価値がないと。
神という人知を超えた存在によって操られ満足する人生には、本当の自由はないのだと。
カイネは叫んだ。
自分が悪役となり、世界を敵に回して邪悪と呼ばれてもこのゲームを終わらせる為に。
「‥‥‥じゃあ、始めようか? 神様に魔神様たち。これは神と神殺しの戦争。そして‥‥‥神なんてわがままで無慈悲な暴力に対する、全世界、全種族からの宣戦布告だ!!」
聖女は始まりの存在となることを決意する。
これは始まりの聖女の物語。
神殺しを名乗った、最初の英雄の物語。
そして――聖女は神殺しとなった。
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