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第二部 消えた王国
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しおりを挟むエルムド帝国第六城塞都市、ラズ。
それがこの海洋都市の正式名称らしかった。
シェイラの知るエルムド帝国は西の大陸の覇者ではあったが、まだ南方大陸にまで進出はしていなかった。
その進出を拒んでいたのがシェイラの亡国であるクルード王国であり、その周辺の亜人や獣人の住まう小国家群だったのだが。
「呆れたことに、帝国は南方大陸にまで進出しておりますね、サク様」
どこかで簡易的な地図でも手に入らないかと、とある半島の港街で手に入れた大陸間の大まかな国家群を記したそれはどこにどんな都市があるかも記載されていた。
目安となる国境線に、各都市の名称、街道の有無。
それまでここまで精緻なものはなかったから、シェイラは二十年の歳月に驚きを隠せなかった。
「まあ、まだまだいびつなものだがお前がわかるならいい。
で、それを見てどう判断する?」
「そうですねえ‥‥‥。
まず我がクルード王国の名はありません。
代わりに、グレイオル竜公国の版図に入っているのは明白。
ですが、かつての市や王都の地名ではありません。
フリューエ。
竜族の言葉で、敗北者の街。
そのように記載されていますね」
つまり、お前の復讐はあえなくして竜族の手によって成し遂げられた。
そういうことか。
まあ、それはそれで良いことだ。
サクはそう笑うが、シェイラはそれが嬉しくない。
「サク様。
あのまま、リクトと和解し、竜族の猛攻にこの能力を使えていれば民は救えたはず――」
しかし、その言葉は淡い期待となって瓦解する。
「俺は力を貸さん」
「そんなっ!?」
「俺には関係ない話だ」
「サク様‥‥‥」
おや、また言葉が足りないと怒られるか?
サクは少しだけ付け加えることにした。
「いいか、その臣民とやらがリクトを排除し、エリカを抹殺し、その子供を産まれさせないというお前の意思が先にあれば、力でもなんでも貸しただろう。
しかしな、お前は甘い。
子供がいると知り、いきなり態度を変えた。
リクトとエリカに最大限の恐怖を与えただろう。
子を守るためならば、国を守れとな。
だが、崩壊すると理解している人間が、わざわざ居残ってまで守ろうとしたとは到底、思えん。
特にリクトは軍人だ。
形成不利と見れば、あっさりと国を手放すか、亡命し、再起をはかっただろうな。
その時点で、お前との契約など不履行だ」
「あなたはー‥‥‥まるで見てきたかのように語られるのですね、サク様」
「見て来てはいないが、そんなところだろう?
どうせ、俺を待たせておいたあの港街で、いろいろと聞きこんできたのではないのか?」
図星だった。
シェイラは身に着けていた宝石類や衣装をまるまる売り払い、どこかの街娘のような服装でいまサクの背中で地図を広げている。あちらこちらにペン先で書き込みをしていて、サクはそのインクが漏れて背中につかないかとひやひやしながら空を駆けていた。
「はい‥‥‥おっしゃる通り。
エリカに関しては王太子妃になるわけでもなく、ただ当時、王国に出入りしていた商人の支店があったので聞いた話では――」
「いい噂ではなかったようだな?」
シェイラは背中でうなづいていた。
情けないほどに悪者になっておりました、と。
そう、ぼやいていた。
「その商人含め、街の役場やアギト様の神殿、他に古着屋など」
「古着屋?
その服を交換するためか?」
いいえ、とシェイラは付けくわえる。
「色街に近い古着屋では、将校や貴族がその夜だけの夜を楽しむために服を預けては朝方に変えて戻って行くんです。その際には色々な情報もー‥‥‥」
「らしくないな?
仮にもそういう情報からは遠ざけて育てられたはずだが?
「神殿での御姉様たちは戦場でそういった任にも就いていましたから。
世間の裏側の話もまあ、それなりに聞こえては来るのです」
耳年増か。
その先が気になるものだ。
サクは先を続けるよう、促した。
「わたしは乱心者の魔族と通じた聖女として、手配されたようです。
エリカはあの事故のあと、意識が戻らないままリクトと共に戦場に。
そこで軍を立て直し、王城に向けて進軍を開始したところを、亜人と竜族の軍勢に挟撃にあい、リクトとエリカは死亡。
王国はそのまま、来賓の方々を逃がし防戦を続けたもののー‥‥‥あの有様です、ね。
市民のほとんどは竜族の炎によって焼かれ死んだとか。
新たな都市を築くにはあの土地は不便でしたから、ここ‥‥‥」
そう、シェイラが指差して、サクがどうやっているのか器用に理解できる地図には、近場を流れる運河沿いにセラーテという大きな交易都市の印があった。
しかし、サクはそれを見て不思議なことに気づいた。
「なぜ、竜公国の版図の外にある?
そこにある国境線はエルムド帝国のものだろう?」
「そうなんです、サク様。
竜公国は十数年前。
つまり、我がクルード王国を滅ぼした後に、西の覇者、エルムド帝国に謀略をしかけたのだとか」
これはおかしい。
たった一日そこら、あの港町で聞き込みをしただけでここまでまともな情報が手に入るはずがない。
サクは俺にも嘘をつくのか?
そう、シェイラに問いただしてみた。
かえってきた答えは意外にも簡素なものだった。
「わたし、こう見えてもアギト様の神官ですよ、サク様?
亡国の神官が、失った神殿の代わりに全国を行脚していると言えば‥‥‥そりゃ、教えてくれますよ?」
「人間というのは、便利なようで不便。
不便なようで便利。
まあ、よくやったな」
サクはそう誉めるのが精一杯だった。
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