華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
15 / 221
長の議の間で

譲歩の条件

しおりを挟む
「ふむ…。それは最も有効な手段かもしれませんな。本人の力を、どれ程のものか言葉を発すことなく伝えることができる。それならば波風立たず妙な噂も立たぬだろうしな。」

 玄武の隊長、カム・ドユンが賛同した。彼はいつも静かに議論を見守り、重要な時にだけ、慎重に自分の意見を述べる人間だ。彼の発言には皆一目置いており、彼の賛同を得ることはかなり有利だ。

「う…。ならば彼女が、わしら全員から見ても強いとわかったら、彼女を受け入れようではないか。もしヘウォン殿が誤った選択をしたという結論にいたったら…。」

 チェソンが険しい表情を見せる。ハイルは思わず、手に力を入れた。

「即刻彼女を除名し、ヘウォン殿は責任をとって隊長をおりる。その条件つきでならわしはかまわん。」

 昔ながらの考えが染み付いて離れないチェソンにしてはかなりの譲歩なのかもしれないが、ヘウォンにとってはあまりにも危険なかけのようにハイルは感じた。
 思わず隣に座る彼の横顔を見るが、ヘウォンには全く恐れの色が無かった。むしろ自信に満ち溢れた顔でもある。

「私もそれで構いません。彼女を除名することとなれば、隊長の座をハイルに譲りましょう。」
(だんだんと話が大事になってきている…。)

 基本面倒なことは上手くかわし、安全な道を選びながら生きていくことを理念としているハイルにとっては、この上なく迷惑なことであった。

「では、入隊後の彼女の扱いについてハイルと相談があるので私たちはここで。」

とヘウォンが椅子から立ち上がるのを見て、ハイルは慌てて会釈してそれにならった。
 長の議の間を出てハイルは即座にヘウォンへと向き直る。

「ヘウォンさん。これでいいんですか?」
「もし彼女が除名されたら、俺がお前に隊長の座を譲る話か?」
「はい。俺には全く理解できません。なぜこの件であなたまで地位を失うような危険にさらされなければならないのか。」

 ヘウォンは隊長であると同時に王を直属で守る者でもあり、この地位に登り詰めるまでに、長い間苦労をしたはずだ。責任をとって隊長の座をおりれば、今の役目を失う確率も高い。なぜそこまでして彼女を入隊させたいと思うのか、ハイルには不思議でならなかったのだ。

「面白いと思った。」
「なんですって?」

 耳を疑うような理由で、ハイルはすっとんきょうな声をだす。

「今まで女の兵士なんて一人もいなかったからな。あいつが女だと知ったとき、もしかするとこの国が大きく変わるきっかけかもしれないと思ったんだ。あのときは思わず興奮したな。」

 たしかにハイルにも何か変わるかもしれないということを感じとることはできた。彼女にはそこらの町娘からは感じることのできない何か大きな夢に向かってひたすら走っていくような熱意があったからだ。

「それに、ちゃんと理由はあるぞ。彼女の存在によって、警護の方法が大きく変わることがあるかもしれん。例えば警護で宴に出席しても、いかつい男ではないから、客に恐怖を与えるようなこともないだろうし、まぁ言い方は悪いが、少し囮になってもらって、敵を倒すこともできるかもしれない。」

 男ばかりの軍では、いかつい者が多いので、囮になっても兵士だと敵に一目でばれたり、人質として非力な女官を捕らえられたりする。
 もし女性の兵士がいたら、人質になっても冷静に対処できるだろうし、囮になっても油断される確率が高いに違いない。

「…。たしかに、いろいろと警護の方法が広がりますね。」

 ハイルが納得すると、だろう?と得意気なヘウォンの顔。少し子供っぽいところのある上司にハイルは相変わらずだな、とため息をつきたくなった。
 しかし、彼の考えは的確で、流石王の警護を一人で任される人だとも感嘆していた。でもそんなことを素直に言えば、この男はつけあがるので言わないようにしておく。

「それでまぁ、お前を信頼して頼みたいことがあるんだが…。」

 ヘウォンが表情を引き締めて、ハイルと目を合わせ、真剣な表情を見せた。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...