華の剣士

小夜時雨

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剣士の休日

隠した痛み

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「…じゃあ俺たちはそろそろ隣町に行こうかな。ごめんな、長いこと居ることができなくて」
「いいのよ!こんなにみんなが明るくなってくれたならそれで十分。リョン、どうもありがとう。」

  ユナがリョンに頬笑む。そんな2人のところへ、数人が駆け寄って来る。

「悪いね、今大したものは持ってないんだ」

と言いながら何人かの女衆がそれぞれ差し出したのは、野菜だった。どうやらリョンの演奏への代金の代わりといったところか。

「いや、何もいりません。みなさんの無事な姿と、俺の歌で元気になってくれたことで十分俺の糧です。」

  リョンは笑ってやんわりと押し返す。

「そんなこと言って。あんたいつもほとんど受け取らないじゃないか。こんなご時世食べ物がなかったら生きていけないよ。」

  その女性の言葉にリョンは少し苦しげな表情をちらつかせたが、すぐに笑い

「大丈夫です。俺、貴族に囲われてますから」

とおどけて言って見せる。

(…そうだ、リョンは本当の立場を考えると辛いんだ)

  リョンは本当は民の年貢によって、空腹と言うものを味わったことがないほど恵まれた環境にいる。
  自分が裕福に暮らせるほど、皆が苦しい思いをするのだ。

「…そうかい。本当のところ私たちも生活が苦しい。そう言われると野菜をもって帰ってしまうけれど、本当に大丈夫かい?」
「はい。」

  そう笑うリョンの笑みの下にはどれ程の悔しさが隠されているのだろう。国を担う者の一員としての立場、そして民を助けるための力がまだ足りていないことへの悔しさ…。リョンの握りしめている拳が、痛い程に手に食い込んでいるのを見て、ハヨンは少し目をそらした。

「じゃあまた来るから、みんな元気で。」

  行こうとリョンに促されてハヨンは歩き出す。町を去る間何度もリョンとハヨンは振り返って見送る人々に手を振るのだった。


「人身売買はあの町ではされてないみたいだな。」

  リョンは随分と町が遠ざかった後にそう呟いた。

「そうだね。リョンはどこの辺りだと見当つけてたの?」

  リョンが暗い表情をしていたので、静かになると気まずくなりそうだ、とハヨンは必死に会話を繋いでいく。

「うーんこの辺りには二、三街が点在しているから、それのどれかだとは思うんだけど。それにしてもハヨンはこんなにあちこちと町をまわって大丈夫か?」

  リョンは一緒に行こうと言っていた癖に、そのことに今気がついたようだった。ハヨンの目的は里帰りだというのを忘れていたのだろうか。

「大丈夫、ここから東にずっと進んだとこに家があるんだ。リョンの次に行く街はどっち?」
「俺も東だ。でもそこを見たら次は南だから次の街で別々に行こう。」
「うん。いいよ。」

  しんと静まりそうだったのでハヨンは会話を続けるために話題を変えることにした。

「あのユナちゃんって可愛いね。」
「そうだな。まぁ、お高くとまっているそこら辺の貴族の娘とかよりもよっぽど機転がきくし、美人だ。それに何よりいきいきとした顔をする。」

  リョンには貴族の娘がそんなふうに見えていたのか、とハヨンは驚いた。

(何だかすごくけなされているな…)

と考えたが、ハヨンも一応は貴族の血をひく娘である。何だか少し複雑な心境なのはどうしてだろうか。

「前にも言っただろう?俺は城でも町でも偽った姿でいる。城ではまあ、家臣達はともかく父上や母上は俺を大事にしてくれる。でもな、街では偽りの俺を本当だと信じてくれている。街のみんなと俺は住む環境が全然違う。だから最近は少しだけどリョンでいるのが辛くなってきた…。」

  リョンの声は少し疲れを感じ取れた。ハヨンは、リョンの正体を知った時のことを思い出す。本当の自分を知っているのはハヨンだけだと告げていたあの言葉は、そういう意味だったのだ。

「でも、今はそんなことを言っている場合ではない。みんな必死に生きているし、リョンとしての楽しい時間を今まで与えてくれた。城からみんなを満足させられるような食料を持ってくるのは無理だが、せめて歌で元気になってもらおうと思ってる。」

  確かに城から食料をもってこれば、何人かは一時的に満足するだろう。でもそれでもほんの少しの足しにしかならない。むしろ食料を与えられた人を羨んで争いが起こることもある。
  だから全員の食料を補給できない限り、中途半端な支援はやめた方がよいのだ。とリョンは淡々と語った。

「もしそれで少数の人が満足して、ああ、俺いいことしたなぁって思ったらそれはただの自己満足だろう?もっと食料が必要な人はもっといるから、それを考えると安易に行動できないんだ。それなら、農作物の種や苗を配給して、もっと民たちが安定して食料を得られるようにした方がいい。」
「それもそうだね。」

  ハヨンも昔母が病に臥せったとき、どうして王は支援してくださらないのだろう。苦しい生活を強いるのだろう。と少し恨めしく思ったことがあるが、それはまた城で一つ行動を起こすのにとてつもなく時間がかかるからだと働き始めて少しわかった。

「俺の一声で、城のやつらが支援してくれる気になるんだったら議題にあげれるんだけどな…」

  今の平民派は、あの従者による暗殺未遂事件などで、立場が悪いため、発言力がないのだ。
  ハヨンはリョンのもどかしそうな顔に、いてもたってもいられなくなった。

「リョン。私ができることは少ないかもしれない。でも、なにか私にできることがあったら遠慮なく言ってね。私、リョンの力になりたい。」
「あんたはそう言うけど本当はリョンヤンの専属護衛だろ?俺に関わって大丈夫なのか。」

  リョンは酷く驚いた顔をしていたが、その言葉の端々には誰かにすがりたいような思いが隠れているように思える。

「大丈夫。私はリョンの友達でしょう?そりゃ主人のことも大事だけど、友達の力にもなりたい。板挟みになったって私はあの方とリョンの二人とも大事にしたいの。」

  ハヨンは強く頷いた。どれほどリョンの力になりたいのか。それが伝わって欲しいと切に願うのだった。




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