華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
61 / 221
剣士の休日

人買い

しおりを挟む
  しばらく大通を歩いて様子を見ていたが、勇気を出して裏路地に入ることにした。
  ハヨンは歩いていると時々麻薬の中毒者と思われる人達に足を掴まれたりしたが、心の中で謝りながら少し乱暴に振りほどいた。
  呂律が回らず、足もしっかり立っていないので、這ってくるのだが、その割に脚に爪が食い込むほど掴んでくるのだ。
  しばらく裏路地を歩くと、人が店から溢れるほど入っている居酒屋らしきものがあった。

「何か怪しいな。少し覗いてもいいか。」

  声を抑えているリョンの問いに頷き、少し身構えながら静かに店に入る。

「こいつは読み書きもできるし頭もそんなに悪くねぇ。それにこの器量だ。将来に期待できるぞぉ。誰か買う奴はいねぇか!」

  だみ声の男が、小さな少女を舞台のようなところに引っ張りあげて叫ぶ。少女は手枷をつけられた状態で立っていた。俯き、何もかもを諦めてしまったような光の無い目で客たちを見ている。

「俺は三千リン!」
「いいや、五千リンだ。」
「俺はじゃあ一万だす!」

  酒を飲みながらそう競っていく者達。恐いと叫びもせず、泣きもしない少女の姿は、もはや絶望して心に蓋をしてしまったように見えた。

(こんな幼い子まで…)

  ハヨンは今にも飛び出して、この少女をこの場から逃したいという衝動を、奥歯を食いしばって耐えた。

(今、飛び出してもリョンに迷惑をかける。それにリョンと売られる子達をかばいながら、この人数と戦えるだろうか。危険が大きすぎる。耐えろ私。耐えなきゃ駄目だ。)

「じゃあ一万リンでお買い上げだ!」

  だみ声の男はそう高らかに言って、一万リン出した男に少女を引き渡した。
  そのとき彼女とハヨンの目が合う。そして、力なくふらふらと歩く小さな背中。

「リョン。ちょっと外に出てくれない?」

  ハヨンは低い声でリョンの腕を掴む。

「ここで一暴れするか?」

  居酒屋から少し離れたところで、リョンがそう言った。

「うん。だからリョンは危険だから先に帰って。」
「それは聞き捨てならない。俺も参加する。やっぱりああいうのは見過ごせない。」
「で、でも。リョンは」

  ハヨンは彼が剣を振るうところを一切見たことがない。こんな所では力の強さが物を言うことが多い。

「大丈夫だ。俺は一応、王族一剣の扱いが上手い。」

  にやっと笑っているリョンの上着の下に、立派な剣が携えてあった。


「なら、絶対正体だけはばらさないってことだけ気をつけてやろう。」

  正体が明かされてしまえば、リョンヘ王子に不満を持っている者が歯向かう可能性もある。その上、リョンがお忍びで城を抜け出していることや、ハヨンが任務外の時に剣を振るったことが知られれば、いくら人のためとは言え、大なり小なり咎められるのは目に見えている。ハヨンの言葉にリョンも頷く。
  ハヨンが辺りを見渡すと、誰が落としたのかわからないが、笠が落ちていた。拾い上げて土埃を落としてみると、わりと新しいようだ。
  ハヨンが被ると、

「いいねぇ、正体不明の二人組って訳だな。」

とリョンが笑う。そして彼は近くにあった店で被りものがついた外套を購入した。

「私は店に入ったらまず、売られている人達を助けに行く。リョンはあの酒場で一暴れして、みんなをひきつけといてくれない?」
「わかった。それって派手にやってもいいんだな?」

  リョンはにやりとしながらハヨンに尋ねる。

「誰も危険に巻き込まれなければね。」

  間違えて罪の無い人まで巻き込むのは一番してはならないことだとハヨンは思っていた。
  二人で物陰に身を隠しながら店の中を伺う。

「じゃあ三つ数えたら飛び出して。一、二、三!」

  ハヨン達は物陰から飛び出し、店に走り込んだ。
  勢いよく入ってきた二人を見て、店にいた者はざわめいた。

「なんだなんだお前ら。城の回し者か?」
「いいや、違うね。ただの通りすがりの正義の味方だ!」

  リョンはそう叫んでだみ声の男に飛びかかった。

「おい、お前ら!」

  だみ声の男は店のすみに立っていた体格のよい二人組に声をかける。どうやらこの店の用心棒らしい。どこか異国の血が混じっているのか、燐の国の者とは全く違う骨格だ。肌は浅黒く、筋骨隆々としている。

「何人でも相手してやろうじゃないか。」

  そう言って笑うリョンは、いつもより生き生きとしている。

(…リョンって戦いの時性格が変わるんだろうか。いつもに増してのりのりな気がする。)

  ハヨンは少し呆れながら笠を深く被り直し、人の目につかないようにこっそり店の奥に入っていく。しかし、店の奥には部屋はいくつかあったものの、どこにも人がいなかった。これには流石に拍子抜けする。

(変だな。いったいどこから…。)

  廊下を見渡すと床の木目が、異なっている場所を見つけた。







しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。  発端は彼女の父親が行方不明となり、叔父である父の弟が公爵邸に乗り込んで来たこと。  何故か叔父一家が公爵家の資産に手を付け散財するが、祖父に相談してもコロネに任せると言って、手を貸してくれないのだ。  そもそも父の行方不明の原因は、出奔中の母を探す為だった。その母には出奔の理由があって…………。  残された次期後継者のコロネは、借金返済の為に事業を始めるのだ。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...