華の剣士

小夜時雨

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城を離れて向かうのは

燐の国の現実

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  隣国とはいえ、滓への道のりは長かった。四日かけてやっとのことで国境にたどり着いた一行は少しうんざりしていた。何しろ今まで緩い坂道をひたすら歩いてきたのだ。

(きつい坂道を少しのあいだ登るよりも、緩い坂を長い間歩いた方が、体にじわじわ疲れがくるな)

とハヨンは考えたが、口に出せばより疲れが増すような気がした。人とは苦しみに対して鈍いふりをすれば、ある程度は気づかないものだ。そしてその苦しみに気づいてしまった瞬間、疲れや痛みがどっと押し寄せてくる。
  皆疲労が溜まっているだろうが、誰も口に出さない。もしかするとこの現象が実際に起きているのかもしれない。それを、ハヨンの一言で解いてしまうのは申し訳ない。
  王子とその一行が移動するとなれば、大抵は整備された道を歩き、豪奢な宿に泊まって疲れを癒すという行程になっているだろう。
  しかし、滓と燐の国の境には、だだっ広い荒野がある。そこは、かつては人々が暮らしていた場所ではあったのだが、二十年ほど前にひどい旱魃かんばつに遭い、人一人住まなくなってしまったのだ。
  それ以降は何も実らぬ地となってしまったため、復興に力を入れてはみたものの、財政を逼迫するだけだった。そのため、この地はその旱魃以来、枯れた草達がひっそりとそよいでいる地となったのだ。
  ハヨンは燐の国境付近でこのようになっているのならば、この地に住んでいた者達は滓に難民として逃れたのでは、と考えていたのだが、滓の国境付近も荒れ地だった。もともと荒れやすい土地だったのかもしれない。
  国境を警備していた燐の兵士達がリョンヘ一行に気づき、尊敬礼をする。一同はその横を通り過ぎた。
  ハヨンは横切る時に、国境を警備する兵士をちらりと見る。衣の色から、どうやら一年目の兵士だ。白虎隊はハヨン、ドマン、ガンハンの三名のみの入隊だったので、別の隊の者だろう。

(こんなところまで実地訓練に来るのか…)

  専属護衛となったハヨン以外の一年目の兵士は、みなそれぞれの領地などを周って警備をする。そうやって国の軍事について学んでいくのだ。
  領地と聞いていたので、各地を治める貴族の元で護衛や警備をするのだと思っていたが、このような過酷な場所も、例外ではないのだ。ハヨンは同期の兵士達に素直に尊敬した。
  国境を跨いだ先には、国境の警備をする滓の兵士の他に、従者が何人かハヨン一行の到着のために待機していたようだ。セチャンが代表として挨拶をする。
  案内されて滓の中心地を歩き始めると、燐とは全く異なった景色が広がっていた。
  燐の国よりも圧倒的に鍛冶屋も武器商人も多い。その上体格のよい男がちらほらと見え、庶民も揃って鍛えられた体を持っているのが、この国の繁栄と統率力の強さを物語っていた。

(燐の国は…。今は栄養の不足した民で溢れているしこんなに活気もない。もしかしたらそれをみたジンホ様はリョンヤン様にどうしても燐の国を変えてほしいと思って反逆者についてお話になったのかも…)

  それが同盟国を強くするためか、それとも飢えた町の人びとを哀れみ、この国を変えたいと思っている者がいることを伝えたのか。本人でなければ腹の底はわからないが、ジンホは好意的な王子なのだろう。下手をすれば燐の国の弱点をついて属国にすることも可能なはずだ。
  獣を操ると言っても限度があるし、疲弊しきった民を戦に駆り出しても、この滓の者を相手にすれば勝算はない。ハヨンは他国を初めて目の当たりにして、自分の国が思った以上に過酷なことを知ったのだった。


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