華の剣士

小夜時雨

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異変

違和感

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 燐に入ったときに、何やら違和感があった。妙に街全体が静かなのだ。人一人、出歩いていない。子供の遊ぶ声も、女たちが井戸端会議をする声もしない。
 そして燐でも最も栄えている城下町の大通りを通っているとき、その違和感は強まっていった。
 商売をしているものが一人もいない。そしてなぜか家屋の暖簾はみな黒に統一されており、王族の家紋が白く染め抜かれている。
 一行は眉を潜めた。これは王族に不幸が起きたときに使われるものだ。不幸と言うのはもちろん誰かが亡くなったということだ。しかし、一行にはそのような知らせは届いていない。もし誰かが亡くなったのであれば、民に知らせるよりもまず、早馬で一行に知らせが届くはずだ。

「妙だな…」
「はい」

 隊列の先頭にいる指揮官のセチャンの呟きにハヨンは小声で答えて頷く。この静まり返った中では、声を出すことも憚られた。

「何があった」

そのくぐもった声は、輿の中にいるリョンヘのものだ。

「なぜかどの家屋にも朱雀の紋の暖簾がかかっているのです」

輿の隣に位置するハヨンが答える。輿に乗り、御簾で遮られているリョンヘは、周りの様子がはっきりとは見えない。ハヨンの答えに少し動揺したようで、みじろぎしたのだろう。衣擦れの音が聞こえてきた。

「何。城で何があったようだな…早急に城に戻れ」
「は。」

 セチャンはそう返事をして、皆の歩みを速めさせた。
 リョンヘにもっと良い方向に考えろと言われ、それもそうだと思い直していたハヨンだったが、流石にこれは何か悪いことが起こったとしか思えなかった。
 城の周りは厳戒体勢の際にしかれる兵の配置とほぼ同じで、何があったのかと緊張しながら、正門の前に来たハヨン一行は足を止めた。

「滓への使節団一行、ただいま帰還いたしました。」

 一行の指揮官であるセチャンがそう城の正門へ続く橋の前にいる兵士に告げた。
 城の周りは堀があり、正門の前にのみ跳ね橋がある。城を攻められた際はその跳ね橋を上げてしまうことにより、敵の侵入を防ぐのだ。そして今、何と橋の上には兵士が整列している。これでは通ることはかなわない。これは形は違えど明らかにハヨン一行が城へ入ることを拒まれている。

(嫌な予感がする…)

 ハヨンはそろりと携えている剣をいつでも振り抜けるように構えた。
 そのとき正門が開き、王室付きの伝令が駆け出してきた。

「伝令!使節団一行はリョンヘ王子を速やかにヒチョル様弑虐の容疑で捕らえよ!」

一同に衝撃が走った。ぴん、と糸を張ったような緊張が、辺りに走る。

「父上が…ご崩御なされた…?」

呆然としたリョンヘの声がハヨンの耳に届く。

「…王は…いつご崩御なされた」

低く唸るような声でセチャンが問う。

「…昨夜未明でございます。」
「それならば王子は私たちと御一緒だった!なぜだ!」

 伝令の答えを聞いてセチャンは吠えるように訴えた。この一行は偶然にかリョンヘと同じ庶民派の者が多かったし、今回の旅程でリョンヘは随分と慕われるようになった。周りはその伝令の内容に怒りを覚えたようだ。

「王を暗殺した者がリョンヘ王子との密書を持っておりました」
(そんなもの、いくらでも偽装できる。城にいなかった私たちは全く状況を読めない立場にいる。私達を混乱させてそのままリョンヘ様を連行させた方が楽だと考えたのか。)

 ハヨンはリョンヘはそのようなことはしないと知っている。彼は戦いはするものの、殺めることは今までなく、むしろその事を嫌っていた。また、自身の父である王を慕っていた。
 皆が呆然としている中でも、セチャンが食い下がって何やら伝令に言い返しているが、ことごとく失敗していた。

「このままリョンヘ王子の連行を拒むようなら、お前たちも王への反逆とみなして捕らえるぞ」

 周りの者の中で、一部の者はざわめいた。自身も巻き添えを食らうのは嫌だからだ。その場で一行は二手に別れた。リョンヘ王子を守るべく輿の周りを取り囲んだ者と、その周りをさらに相対する様に取り囲み、リョンヘ王子を捕らえようとする者だ。ハヨンはリョンヘ王子を守る方に立つ。

「良い、お前たちを巻き込むわけにはいかない。それに私は無実だ。証拠もかなり怪しい。身の潔白の証明は容易いと思うのだが」

輿の中からハヨンたちを諌める声がする。

「いえ、むしろあのような証拠でみながこのように武装し、我々を迎えた様子では、城の中はおかしな権力を持った者がいるとしか思えません。これではどんなにあなた様が潔白でも証明しきれません」

ハヨンは思わず低い声でそう返した。

「その我々を捕らえるという命はどなたからのお達しだ」

 セチャンは低く構えながら伝令を睨み付ける。次の言葉でハヨンは息が詰まった。

「リョンヤン陛下でございます」

 どよめきが走った。なぜ既にリョンヤンが王位を継いでいるのか。そもそも王は誰が王位を継承するか決めていなかった。その中で独断で決められた王。そして理不尽な命を出す王。それが本当にリョンヤンなのか。
 ハヨンは滓に出立する前に、リョンヘの身を案じていたリョンヤンが、そのようなことをするとは思えなかった。

(リョンヤン王子は心優しいお方だ。公平さを持って審議なさるような方だ。このようなことをなさる方ではない。ならば…)

ハヨンの思いは固まった。








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