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孟の地へ
新たな仲間 參
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と、そのときあわただしくハヨン達のいる部屋に走ってくる足音が聞こえて来る。その場にいた者達は、思わず何事かと顔を見合わせた。
そして勢いよく扉が開けられる。現れたのは伝令を務めるサファンだった。彼は肩で息をしながら皆にこう告げた。
「不審な老婆がリョンヘ様との謁見を希望しております。」
リョンヘが眉をあげる。
「不審な老婆?」
「はい、見たこともない年老いた女でございます。貧しい様子で、リョンヘ様とのお知り合いとは思えないのですが…」
サファンは眉を下げ、困り顔である。慌てて来たようで、息が乱れていた。
サファンの報告を聴いた皆はざわめく。なぜこのような時にリョンヘのもとへ老婆が会いに来るのか?と内心皆がそう考えているのが伺えた。
(リョンの時の知り合いか…。いや、でも彼は自分の正体をそう易々と暴いたりしない。旅芸人の姿の彼と、王子のお姿の両方を知る人は少ない。)
王族というのは何かと恨まれやすい。自分の臣下に明かすならともかく、一国民に明かすことは出来ないだろう。
「わかった。彼女を呼んできてはくれぬか。」
「はっ、お目通りを許されるのですか」
「今は情報もほとんど無く、皆様々なことで混乱している。少しでも何か情報を得れた方がよい。私を指名している辺り、何かあるのだろう。」
「あら、結構肝の据わった王子ね」
隣にいたムニルがそう小さく呟いているのを、ハヨンは聞き逃さなかった。ハヨンは、ムニルが彼に対しての印象を少し改めたことが嬉しかった。
「護衛は誰をつけましょうか?」
今ではリョンヘの補佐を務めているセチャンがそう尋ねる。ここの城にいる面々では最年長の一人で、本来は軍の部隊の一つ、朱雀に所属する中将の位を得ている男だ。リョンヘの側で仕えているが、この場ではリョンヘの補佐として、全体の指揮を行う方が適任だろう。そうなると、自然と護衛役は他の者にまわってくる。
(本当は私がしたい…。でも今の私は完全に回復したとはとても言えない…)
この仕事は人を守ることである。それにも関わらず、本調子でない者が王子を護るなど言語道断だ。ハヨンは今の体の状態を憎らしく思うのだった。
(どうしたものか…)
一方、セチャンの問いに困ったリョンヘはぐっと眉を寄せた。先程、セチャンの言葉を聞いたハヨンが少し腰を浮かしかけたのを見てしまったからだ。
そして残念そうに眉が下がったのも見えている。ハヨンは公務で感情的にはならない。情には篤いが敵が現れたときも冷静に対処する。表情から考えを読めるなどということは、今まで見たことがなかった。
(リョンヤンの執務室で、二人だけの時は違ったかもしれないな。)
リョンヘは自分の知らないハヨンを知っているリョンヤンが少し羨ましかった。そうは言っても、リョンヘの場合はリョンの時にハヨンと関わりがあるので、どっちもどっちと言えるかもしれないが。
(護衛を頼むならやはり腕も良く、経験も豊富な者か…。流石にハヨンは怪我人だ。任せられないし、無理をさせたくない。)
自分を守ってくれる人物を決めろと言われているのに、いつの間にかハヨンの心情を慮ろうとしていた。
(ここで公私を弁えなければ統率が乱れる。)
「ジェミン、頼む。あと、セチャンもこの場に残って欲しい。」
「承知いたしました。」
リョンヘに命じられた、ジェミンとセチャンが恭しく頭を下げた。
「それでは私たちは退席を…」
謁見の邪魔にならぬよう、向かいに座っていた兵士が立ち上がる。それにならってハヨンやムニルも退席しようとした。
「待て、ハヨン。」
「はい」
彼女はくるりと振り返り、リョンヘを真っ直ぐに見つめる。
「後で話がある。お前はここにいろ。」
声が上ずりそうになったのを、隠しながらそう言った。ただ、そう伝えるだけだったのに、リョンヘは何故か緊張していた。
ハヨンの表情がぱっと明るくなる。その表情を見て、リョンヘは複雑な感情に囚われた。正直に言うと、リョンヘはハヨンをどう扱えば良いか悩んでいたのだ。
ハヨンはもともとはリョンヘではなく、リョンヤンに仕えていた。そして、滓の国へリョンヘが旅立つ際に、リョンヤンの命に従い、リョンヘの護衛についている。
今ここにいるのは、ハヨンの本望なのかどうか。
そこがリョンヘの解らないところであり、悩みの種だった。
(彼女は生真面目な性格だ。リョンヤンに頼まれた仕事を全うするためにここにいると考えてもおかしくない。)
他の者が立ち去るのを見送りながらリョンヘは椅子に深く座り直した。セチャンがリョンヘの側に控え、ハヨンは壁際に立つ。
(その上、ハヨンは俺との友人だ。そこは変わらない。しかし、その事が枷となって、家族やリョンヤンの安否を知ることもできず、巻き込まれ続けていると言うことはないか。)
リョンヘがここ数日考えないようにしていたことが、脳内を一気に駆け巡っていた。きっと彼女が側にいることが原因なのだろう。
(いけない。こんなふうに何かに囚われていると、いつか足元をすくわれる。考えるのはその時が来たらにしよう。何しろ今はやらねばならないことが多すぎる。)
リョンヘが顔をあげると、ハヨンと視線が交じる。リョンヘの視線に気がついたハヨンが
「リョンヘ様、どうかなさいましたか。」
と問うた。
「いや、何でもない。」
(リョンヘ様…。そうだな、彼女はもう、ここでは俺の部下の一人なのか…)
友人が自分に傅いている。リョンヘはその事に動揺し、胸が痛んだが押し隠した。
「リョンヘ様。例の老婆をつれて参りました。」
その時、部屋の外からそう告げる兵士の声が聞こえた。
「通せ。」
静かな部屋の中で、リョンヘの声が響いた。
そして勢いよく扉が開けられる。現れたのは伝令を務めるサファンだった。彼は肩で息をしながら皆にこう告げた。
「不審な老婆がリョンヘ様との謁見を希望しております。」
リョンヘが眉をあげる。
「不審な老婆?」
「はい、見たこともない年老いた女でございます。貧しい様子で、リョンヘ様とのお知り合いとは思えないのですが…」
サファンは眉を下げ、困り顔である。慌てて来たようで、息が乱れていた。
サファンの報告を聴いた皆はざわめく。なぜこのような時にリョンヘのもとへ老婆が会いに来るのか?と内心皆がそう考えているのが伺えた。
(リョンの時の知り合いか…。いや、でも彼は自分の正体をそう易々と暴いたりしない。旅芸人の姿の彼と、王子のお姿の両方を知る人は少ない。)
王族というのは何かと恨まれやすい。自分の臣下に明かすならともかく、一国民に明かすことは出来ないだろう。
「わかった。彼女を呼んできてはくれぬか。」
「はっ、お目通りを許されるのですか」
「今は情報もほとんど無く、皆様々なことで混乱している。少しでも何か情報を得れた方がよい。私を指名している辺り、何かあるのだろう。」
「あら、結構肝の据わった王子ね」
隣にいたムニルがそう小さく呟いているのを、ハヨンは聞き逃さなかった。ハヨンは、ムニルが彼に対しての印象を少し改めたことが嬉しかった。
「護衛は誰をつけましょうか?」
今ではリョンヘの補佐を務めているセチャンがそう尋ねる。ここの城にいる面々では最年長の一人で、本来は軍の部隊の一つ、朱雀に所属する中将の位を得ている男だ。リョンヘの側で仕えているが、この場ではリョンヘの補佐として、全体の指揮を行う方が適任だろう。そうなると、自然と護衛役は他の者にまわってくる。
(本当は私がしたい…。でも今の私は完全に回復したとはとても言えない…)
この仕事は人を守ることである。それにも関わらず、本調子でない者が王子を護るなど言語道断だ。ハヨンは今の体の状態を憎らしく思うのだった。
(どうしたものか…)
一方、セチャンの問いに困ったリョンヘはぐっと眉を寄せた。先程、セチャンの言葉を聞いたハヨンが少し腰を浮かしかけたのを見てしまったからだ。
そして残念そうに眉が下がったのも見えている。ハヨンは公務で感情的にはならない。情には篤いが敵が現れたときも冷静に対処する。表情から考えを読めるなどということは、今まで見たことがなかった。
(リョンヤンの執務室で、二人だけの時は違ったかもしれないな。)
リョンヘは自分の知らないハヨンを知っているリョンヤンが少し羨ましかった。そうは言っても、リョンヘの場合はリョンの時にハヨンと関わりがあるので、どっちもどっちと言えるかもしれないが。
(護衛を頼むならやはり腕も良く、経験も豊富な者か…。流石にハヨンは怪我人だ。任せられないし、無理をさせたくない。)
自分を守ってくれる人物を決めろと言われているのに、いつの間にかハヨンの心情を慮ろうとしていた。
(ここで公私を弁えなければ統率が乱れる。)
「ジェミン、頼む。あと、セチャンもこの場に残って欲しい。」
「承知いたしました。」
リョンヘに命じられた、ジェミンとセチャンが恭しく頭を下げた。
「それでは私たちは退席を…」
謁見の邪魔にならぬよう、向かいに座っていた兵士が立ち上がる。それにならってハヨンやムニルも退席しようとした。
「待て、ハヨン。」
「はい」
彼女はくるりと振り返り、リョンヘを真っ直ぐに見つめる。
「後で話がある。お前はここにいろ。」
声が上ずりそうになったのを、隠しながらそう言った。ただ、そう伝えるだけだったのに、リョンヘは何故か緊張していた。
ハヨンの表情がぱっと明るくなる。その表情を見て、リョンヘは複雑な感情に囚われた。正直に言うと、リョンヘはハヨンをどう扱えば良いか悩んでいたのだ。
ハヨンはもともとはリョンヘではなく、リョンヤンに仕えていた。そして、滓の国へリョンヘが旅立つ際に、リョンヤンの命に従い、リョンヘの護衛についている。
今ここにいるのは、ハヨンの本望なのかどうか。
そこがリョンヘの解らないところであり、悩みの種だった。
(彼女は生真面目な性格だ。リョンヤンに頼まれた仕事を全うするためにここにいると考えてもおかしくない。)
他の者が立ち去るのを見送りながらリョンヘは椅子に深く座り直した。セチャンがリョンヘの側に控え、ハヨンは壁際に立つ。
(その上、ハヨンは俺との友人だ。そこは変わらない。しかし、その事が枷となって、家族やリョンヤンの安否を知ることもできず、巻き込まれ続けていると言うことはないか。)
リョンヘがここ数日考えないようにしていたことが、脳内を一気に駆け巡っていた。きっと彼女が側にいることが原因なのだろう。
(いけない。こんなふうに何かに囚われていると、いつか足元をすくわれる。考えるのはその時が来たらにしよう。何しろ今はやらねばならないことが多すぎる。)
リョンヘが顔をあげると、ハヨンと視線が交じる。リョンヘの視線に気がついたハヨンが
「リョンヘ様、どうかなさいましたか。」
と問うた。
「いや、何でもない。」
(リョンヘ様…。そうだな、彼女はもう、ここでは俺の部下の一人なのか…)
友人が自分に傅いている。リョンヘはその事に動揺し、胸が痛んだが押し隠した。
「リョンヘ様。例の老婆をつれて参りました。」
その時、部屋の外からそう告げる兵士の声が聞こえた。
「通せ。」
静かな部屋の中で、リョンヘの声が響いた。
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