華の剣士

小夜時雨

文字の大きさ
113 / 221
孟の地へ

新たな仲間 參

しおりを挟む
 と、そのときあわただしくハヨン達のいる部屋に走ってくる足音が聞こえて来る。その場にいた者達は、思わず何事かと顔を見合わせた。
 そして勢いよく扉が開けられる。現れたのは伝令を務めるサファンだった。彼は肩で息をしながら皆にこう告げた。

「不審な老婆がリョンヘ様との謁見を希望しております。」

 リョンヘが眉をあげる。

「不審な老婆?」
「はい、見たこともない年老いた女でございます。貧しい様子で、リョンヘ様とのお知り合いとは思えないのですが…」

 サファンは眉を下げ、困り顔である。慌てて来たようで、息が乱れていた。
 サファンの報告を聴いた皆はざわめく。なぜこのような時にリョンヘのもとへ老婆が会いに来るのか?と内心皆がそう考えているのが伺えた。

(リョンの時の知り合いか…。いや、でも彼は自分の正体をそう易々と暴いたりしない。旅芸人の姿の彼と、王子のお姿の両方を知る人は少ない。)

 王族というのは何かと恨まれやすい。自分の臣下に明かすならともかく、一国民に明かすことは出来ないだろう。

「わかった。彼女を呼んできてはくれぬか。」
「はっ、お目通りを許されるのですか」
「今は情報もほとんど無く、皆様々なことで混乱している。少しでも何か情報を得れた方がよい。私を指名している辺り、何かあるのだろう。」
「あら、結構肝の据わった王子ね」

 隣にいたムニルがそう小さく呟いているのを、ハヨンは聞き逃さなかった。ハヨンは、ムニルが彼に対しての印象を少し改めたことが嬉しかった。

「護衛は誰をつけましょうか?」

 今ではリョンヘの補佐を務めているセチャンがそう尋ねる。ここの城にいる面々では最年長の一人で、本来は軍の部隊の一つ、朱雀に所属する中将の位を得ている男だ。リョンヘの側で仕えているが、この場ではリョンヘの補佐として、全体の指揮を行う方が適任だろう。そうなると、自然と護衛役は他の者にまわってくる。

(本当は私がしたい…。でも今の私は完全に回復したとはとても言えない…)

 この仕事は人を守ることである。それにも関わらず、本調子でない者が王子を護るなど言語道断だ。ハヨンは今の体の状態を憎らしく思うのだった。

(どうしたものか…)

 一方、セチャンの問いに困ったリョンヘはぐっと眉を寄せた。先程、セチャンの言葉を聞いたハヨンが少し腰を浮かしかけたのを見てしまったからだ。
 そして残念そうに眉が下がったのも見えている。ハヨンは公務で感情的にはならない。情には篤いが敵が現れたときも冷静に対処する。表情から考えを読めるなどということは、今まで見たことがなかった。

(リョンヤンの執務室で、二人だけの時は違ったかもしれないな。)

 リョンヘは自分の知らないハヨンを知っているリョンヤンが少し羨ましかった。そうは言っても、リョンヘの場合はリョンの時にハヨンと関わりがあるので、どっちもどっちと言えるかもしれないが。

(護衛を頼むならやはり腕も良く、経験も豊富な者か…。流石にハヨンは怪我人だ。任せられないし、無理をさせたくない。)

 自分を守ってくれる人物を決めろと言われているのに、いつの間にかハヨンの心情を慮ろうとしていた。

(ここで公私を弁えなければ統率が乱れる。)
「ジェミン、頼む。あと、セチャンもこの場に残って欲しい。」
「承知いたしました。」

 リョンヘに命じられた、ジェミンとセチャンが恭しく頭を下げた。

「それでは私たちは退席を…」

 謁見の邪魔にならぬよう、向かいに座っていた兵士が立ち上がる。それにならってハヨンやムニルも退席しようとした。

「待て、ハヨン。」
「はい」

 彼女はくるりと振り返り、リョンヘを真っ直ぐに見つめる。

「後で話がある。お前はここにいろ。」

声が上ずりそうになったのを、隠しながらそう言った。ただ、そう伝えるだけだったのに、リョンヘは何故か緊張していた。
 ハヨンの表情がぱっと明るくなる。その表情を見て、リョンヘは複雑な感情に囚われた。正直に言うと、リョンヘはハヨンをどう扱えば良いか悩んでいたのだ。
 ハヨンはもともとはリョンヘではなく、リョンヤンに仕えていた。そして、滓の国へリョンヘが旅立つ際に、リョンヤンの命に従い、リョンヘの護衛についている。
 今ここにいるのは、ハヨンの本望なのかどうか。
 そこがリョンヘの解らないところであり、悩みの種だった。

(彼女は生真面目な性格だ。リョンヤンに頼まれた仕事を全うするためにここにいると考えてもおかしくない。)

 他の者が立ち去るのを見送りながらリョンヘは椅子に深く座り直した。セチャンがリョンヘの側に控え、ハヨンは壁際に立つ。

(その上、ハヨンは俺との友人だ。そこは変わらない。しかし、その事が枷となって、家族やリョンヤンの安否を知ることもできず、巻き込まれ続けていると言うことはないか。)

 リョンヘがここ数日考えないようにしていたことが、脳内を一気に駆け巡っていた。きっと彼女が側にいることが原因なのだろう。

(いけない。こんなふうに何かに囚われていると、いつか足元をすくわれる。考えるのはその時が来たらにしよう。何しろ今はやらねばならないことが多すぎる。)

 リョンヘが顔をあげると、ハヨンと視線が交じる。リョンヘの視線に気がついたハヨンが

「リョンヘ様、どうかなさいましたか。」

と問うた。

「いや、何でもない。」
(リョンヘ様…。そうだな、彼女はもう、ここでは俺の部下の一人なのか…)

 友人が自分に傅いている。リョンヘはその事に動揺し、胸が痛んだが押し隠した。

「リョンヘ様。例の老婆をつれて参りました。」

 その時、部屋の外からそう告げる兵士の声が聞こえた。

「通せ。」

 静かな部屋の中で、リョンヘの声が響いた。









しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。  発端は彼女の父親が行方不明となり、叔父である父の弟が公爵邸に乗り込んで来たこと。  何故か叔父一家が公爵家の資産に手を付け散財するが、祖父に相談してもコロネに任せると言って、手を貸してくれないのだ。  そもそも父の行方不明の原因は、出奔中の母を探す為だった。その母には出奔の理由があって…………。  残された次期後継者のコロネは、借金返済の為に事業を始めるのだ。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

処理中です...