華の剣士

小夜時雨

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形単影隻

いざ赤架へ

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 今、ハヨン達が見下ろした所には、ぽつりぽつりと点状になった家々が見える。いつもはああいった街や田畑の中で過ごしているが、こうして見下ろしてみると、己の存在がいかに小さなものであるかを感じる。神々が見下ろす世界はこんな風に見えるのだろうか。
 ハヨン達は、猛から赤架へと連なっている山にいる。反逆者からの追っ手は今まで追って来たことはなかったが、念のために、群の関所を越えずに群の境を越えるためである。

「この国はどの群に行くにしても、ほぼ全てが山を越えねばならない所が
利点でも欠点でもあるな。」

 少し息のあがった様子を見せているリョンヘは自嘲気味に笑った。

「…仕方ありません。これのおかげで我々が守られてもいるのですから。」

 ハヨンはいつもの通り息を一つも乱さず答える。この山々に囲まれているからこそ、大群に攻め入られることが難しくなっているのだ。こう考えると、それぞれの群に自然の要塞が形成されているようなものだ。

「私もそこそこ体力には自信があったのだがな。山は堪える。それにしても…お前には苦手なものがないのかと思うぐらい、何でも出来るな…。お前がへたったり、困ったりするような姿を一度も見たことがない。」
「それはただ、王子が偶然見てないだけですよ。私にだって苦手なことの一つや二つありますし。」

 少し悔しそうにしているリョンヘとは対照的に、ハヨンは涼しげな表情をしている。

「それはそれは…。お前の苦手なものが何か、とても気になるところだが…。」
「あら、それは私も気になるわね。」
「残念ながら、お教えできませんね。私がそれと遭遇した時までお待ちください。」

 ハヨンはそうにっこり笑ってみせる。実際のところ、ハヨンの苦手な物は、あまり日常的に現れるものではないので、取り繕えているのだ。そして、リョンヘに打ち明けたら、そんなものがと驚かれることが、恥ずかしくて言えないのである。
 面白いものを見つけたかのようなムニルのにやにやとした顔を見てしまったが、なかったことにする。

「もう少しで赤架です!」

 道の辿り着く先を見ると、街並みがほんの少し覗いていた。

「周りには誰もいないか確認しなければな。目立たないにこしたことはない」
「私が先に偵察してきます。お二人とも隠れいてください。」

 ハヨンは目立たぬように笠を深く被り、山道を抜けて行く。木立ちを越えて、明るい日の当たる場所に出る直前、ハヨンは木の陰に隠れて辺りを見渡した。兵士などの差し支えのある相手はいないようだ。ハヨンは皆の元へと戻って行った。
 赤架に入って、まず方々へ散った。先日白虎の捜索から帰ってきた班の報告からすると、どうやら白虎は赤架にはいるもののこの郡内をさ迷っているらしいのだ。
 リョンヘとムニルの三人で赤架の中心部へ向かうハヨンは、白虎の置かれた状況が予想よりも遥かに厳しいものに思えてきて戸惑っていた。

(…さ迷うって言うのは、帰る家がないのだろうか…)

 なぜ、と考えてしまうが、何も情報が無いために正しい憶測は一つも出てくることは無いだろう。

「二人とも、お腹すいてない?」

 唐突にムニルがそう言った。リョンヘとハヨンは白虎をどう探し、話をするかで頭が一杯になっていたため、先程まで黙りこくっていた。そんな中でのムニルの一声はあまりにも突拍子な物で面食らった。

「い、いや…空いてないけど…」
「私もまだ何か口に入れる気分では無いのだが…。ムニルは腹が減っているのか?」

 ハヨンとリョンヘがそう答えると、ムニルはあきれたように肩をすくめた。

「もう、情報を集めるならまず人が集まるところが一番でしょ。それに、人って言うのはお腹が満たされてると口が緩んで色んなこと喋ってしまうものなの。」
「な、なるほど…」

 王都でも孟でも城内での仕事ばかりで、ハヨンは偵察などの仕事をしたことがない。ムニルの言葉に納得しながら、自分の機転の気かなさに少し恥ずかしくなった。

(そりゃそうだ。誰かに声をかけて、この町でのけ者扱いしている人の話を聴いてまわるなんて無謀かもしれない…。私たちは明らかにこの町の人ではないし、不審がられるに決まっている。大した情報をくれるのかどうか…)

 その上、下手に目立つと、王都にいる反逆者の耳にも入るかもしれない。できるならムニルの言っている方法で済ませた方が安全だし手間もかからない。

(王都の城ではリョンヤン様を守るための技や知識だけがあれば良かった。でも、これからはもっと他の物も求められる…。学んで機転をきかせれるようにならないと…)

 ハヨンは前を歩き出したムニルの背を追いながらそう後悔していた。

「ムニルは情報集めとか、偵察の類いに詳しいのか?」

 一方リョンヘはそうムニルに問いかける。ムニルは微笑んで

「私はね、そう言った情報の集まりやすい場所にいたのよ。裏の世界と密に接する場所にね。だから、情報を手にいれやすい場所は何となくわかる。それだけよ」

と答えた。その意味ありげな笑みは、はっと目を惹くほど艶やかで、彼のその魅力は、その裏の世界にいたからこそのものなのだろうと察せられた。

「ここね…」

 ムニルが足を止める。そこは少し古めかしい料理屋だった。屋根には苔が生えており、扉を開くと軋む。覗いてみるとそこそこ繁盛していて、至るところの席に客が座って話し込んでいる。
 ハヨンたちは店の端の席に座った。彼女たちに気づいた女将が近づいてきて注文を尋ねる。ハヨンたちは適当に品書きに書いていた料理を注文した。

「私たちはあまり大声で話してはだめよ。逆に私たちの話を聞かれていたらまずいし、そもそも町の人たちの話を盗み聞きするためにここに来たんだから。」

 ムニルの念押しに二人は頷いた。












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