華の剣士

小夜時雨

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形単影隻

追いかけっこ 参

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「は!?」

 白虎がいきなり立ち止まって振り返った。彼の顔には驚愕の色が浮かんでいる。
 今まで人々に煙たがられて来た白虎にとって、思いもしない言葉だったのだろう。
 その場で固まっている白虎に、そのまま追い付けるかとハヨンは思ったが、やはりそううまくはいかない。白虎はハヨンが走り寄る姿を見て我に返り、再び走り出した。
 結局、先程よりも少し差は縮まったものの、白虎が前を走っている。

「一度でいいから、私たち…リョンヘ様の話を聴いて欲しい。お願い!」

 ハヨンは慌ててそう言った。この先からは、屋根が低くなっていることを思い出したのだ。町のことを知りつくし、屋根の上も路地裏も駆け抜けられる白虎と比べれば、圧倒的に不利だ。そして、先程よりも周囲が明るくなり、低い屋根が建ち並ぶ裏路地に入る。
 案の定、白虎は屋根に飛び乗り、その上を走っていってしまった。

(相変わらずとんでもない跳躍力だな…)

 ハヨンが屋根に登るには、雨どいなどいろいろと掴んで、よじ登って行くしかない。ハヨンが屋根が登れた頃には、白虎は遠く先に逃げてしまっているだろう。
 ハヨンは諦めて、もといた場所へと帰ることにした。自分の主や、ムニルを放置してきたことを思い出したからだ。

(いや…、あの二人なら大丈夫だとは思うけど…)

 予想通り、二人とはすぐに落ち合えた。どうやらハヨン達をそのまま追っていたようだ。

「…白虎はどうなった?」

 リョンへが肩で息をしながら開口一番にそう尋ねてくる。

「…逃げられました。ただ、リョンへ様が白虎と話したいことがあるということと、仲間になって欲しいという旨は伝えました。」

 ハヨンはそう端的に伝えた。しばらく三人の間に沈黙がおりる。皆、ひたすら全速力で駆け抜けたので、息を整えるために、話す気力が無かったのだ。
 ハヨンは白虎を逃してしまった悔しさと、リョンヘに対する申し訳なさで、その沈黙が痛かった。

「何というかまぁ、私があなた達のもとに加わったときは血生臭かったけれど、今回は汗臭いわね。」

 ムニルはそう言って額に貼りついた髪を、鬱陶しそうに払った。男性はおろか、女性と比べても長髪に入るであろうその髪は、走ることには適していない。

(髪を切ろうとは思わないんだろうか…)

 ハヨンとて長髪を束ねているのだから、人のことは言えないが、かなりの長髪のため、日常生活でも不便なことが多いだろう。

(まぁ、そこは人それぞれだし、ムニルが気に入ってるのであれば別にいいんだけど)

 ハヨンはそれ以上深く考えることをやめた。

「お前達は強い力を持っているから、厄介なことに巻き込まれやすい。その上、私たちが無理矢理会いに行って、頼み込んでいるのだから、苦労なしではいかないだろう。」

 リョンへは苦笑いしながら、ムニルに答える。

「まぁねぇ…それに、白虎の場合は、自分のことを白虎だと思っていないから、なぜこんなにも私達に追われているのかわからなくて余計に混乱するでしょうしねぇ…。多少手間がかかってもしょうがないのはわかるんだけれどね…」
「ムニルの場合は、髪を短く切ってしまえば、だいぶん楽になると思うぞ。」

 リョンへがからかうようにそう言った。どうやら彼も、ハヨンと同じことを考えていたらしい。その言葉でムニルは肩を跳ねさせ、勢いよく自分の肩から垂らしている髪を腕に抱え込む。

「これは私の大事な髪だから、そんなことしないわよ!というか、私が髪を短くしたら、美しさが半減するでしょ!」

 ハヨンは笑いを押し殺した。見た目は本当に優美な男性なのだが、ムニルの乙女のような発言が何だか可愛らしかったからだ。

(短髪にしたら、ムニルさんって凛々しくなりそう…。どっちにしても似合うとは思うけど)

 ハヨンはムニルの短髪姿を思い浮かべる。中性的な整った顔は似合う髪型も多いので、得しているのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えていたその時、突然笛の音が聞こえてきた。それは一つだけではない。どこかで大勢の人が演奏しているようだ。

「これは何なんでしょうね…?」

 ハヨンは首をかしげる。

「お祭りの準備をしてるってさっき町で聞いたから、多分練習なんじゃないかしら?」

 ムニルの言葉でハヨンは合点がいった。道理で町の人々が屋台に装飾をつけたりと慌ただしかったわけである。
 秋に行う祭りと言えば、無事稲の収穫を終えたことを神に感謝する祭りだろう。ハヨンも何度か母のチャンヒや師匠であるヨウと連れ立って参加したものだ。ハヨンは毎年恒例の子供たちと共に笛での演奏には出なかったが、舞や屋台の裏方としてヨウと共に駆けずり回ったことが多かった。

(懐かしいな…。母さんも、ヨウさんも元気にしているだろうか…)

 長い間会えていない大切な人たちに思いを馳せると、少し胸が痛かった。忙しい上に、敵に監視されていては不味いために、こっそり会いに行けないのも相まって、ハヨンは母やヨウとの連絡がとんと途絶えている。どれ程心配しているだろうと思わず感傷的になってしまった。

(きっと王城での反逆行為は、私達だけの問題ではない…。きっとたくさんの人が心を痛めている…。そのためには、何としても早く解決しないと…)

 ハヨンは白虎に力を貸して欲しいと言う思いが、ますますつのるのだった。



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