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援助要請
父の生家 弐
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廊下に立つその人物はまさしく、この屋敷の主人であるドゥナである。案内人が訝しげに後ろに立つハヨンを振り返ったのを見て、再び歩みを進める。
「久しぶりね、ハヨン」
「はい。不躾な訪問、申し訳ありません」
互いの顔がはっきりとわかる程度まで近づいた頃、ドゥナから声がかかった。ハヨンは軽く礼をする。
顔を伏せている時に衣擦れの音がし、ドゥナが近づいてきていることがわかる。ハヨン視界に朱い衣が映り込んだ。
「そんなに堅くならなくていいのよ。まあ、こんな対応をされてはしょうがないわよね。ちゃんと貴方だと確認もできたわけだし、中で話しましょう。」
「はい。」
ハヨンは顔を上げ、頷いた。叔母は穏やかな笑みを浮かべており安堵する。
「ハヨンを応接の間方へ案内してあげて。」
「かしこまりました。」
案内役の男に指示をした後、ドゥナは本殿の中へと姿を消した。
ハヨンは応接の間に向かいながら、ドゥナの様子を思い返して驚いていた。彼女とは白虎隊に入隊した直後に会ったきりだが、ハヨンと二人きりの時と、従者がいる前では雰囲気が異なっていた。先程の彼女は重厚で、無礼な態度をすればどうなるのかと感じる程の緊張感があったのだ。
この国では女人が当主になることは殆どない。彼女がそのような逆境でも耐えてこられた理由の一つは、その強さで間違い無いだろう。
ハヨンはドゥナに援助を要請するには、その彼女の強さや賢さを理解しておかなければ、たとえ姪であっても交渉は決裂すると確信があった。
今の燐国は不安定で、誰と手を組むかによって家門の存続に直結するからだ。当主であるならば、血縁よりも家門を取るのが道理である。
ハヨンはどのようにして話を切り出すかを、脳内で繰り返し考えているうちに、本殿の入り口が見えてきた。
ハヨンの予想していた通り、廊下が複雑になっており、まるで罠のようにも感じる。もしかすると、屋敷に攻め入られた際、敵を撹乱するためでもあるのかもしれない。
ハヨンは案内された道だけでも覚えようと試みるが、至難の業である。ただ案内役の後について歩いて行くと、見事な絵が描かれた襖の部屋の前についた。描かれているものは、ハヨンに馴染みの深いもので目を瞠る。それは四獣の姿だった。ただし建国神話として伝えられ、数多の人々の手によって加えられた四獣の姿は、現実のものとは少し異なっている。王城に飾られる画ですら、違っていたため、時の流れとはそう言うものなのかも知れない。
「ドゥナ様。ハヨン様をお連れしました。」
案内役の男が襖越しに声をかける。
「わかったわ。ハヨンだけ入りなさい。」
「はい」
恐らくドゥナも、ハヨンがなぜこの屋敷を訪れたのか、ある程度察しがついているのだろうと考えながら、ハヨンは返事をする。
案内役がすっと襖開けた。ハヨンは軽く会釈をして、部屋に足を踏み入れる。
そこは今までの屋敷の雰囲気と打って変わり、ハヨンは目を瞬かせた。
鮮やかな色が視界に飛び込み、頭の中で強い刺激を与える。ドゥナが纏っていた朱色を基調とした部屋で、金で模様があしらわれた豪奢な白い壺や、煌びやかな飾り刀等の調度品が差し色となっている。
応接室の外は白や黒で統一されているため、思わず背後の景色と見比べてしまった。
「やっぱり驚くわよね。」
「すみません。」
「構わないわよ。他の人も驚くし、こういった造りになっているのはそのためだから。」
座りなさい、とドゥナが向かいの椅子を手で指し示す。ハヨンは素直に応じた。
「私達は朱家だから。代々武家としての役割を果たしているけど、この国の貴族だということを示すのも忘れてはいけないのよ。」
ドゥナは背筋を伸ばし、きっぱりとした口調である。彼女の表情や声色から、この国を一族で守るという矜持を感じられた。
その時ハヨンは幼い頃にリョンヘに救われた時のことを思い出した。確かに王族への謝意はあったが、そこから女剣士として仕えると志すのは側から見ればやや飛躍しているのは否定できない。もしかすると、この朱家の精神がどこかで受け継がれていたのかもしれない。
あまり己が朱家の血を引くことを意識していなかったが、こんな所で共通点を見出せたのは嬉しかった。
「私達朱家の格と言うのは見た目では十分に表せない。私達はこの国を守ることが使命だから。とは言え、それが理解できない人もいるのよ。何でも金を使って見栄を張る必要は無い。ただ、賢く使わなければならないわ。」
力、賢さ、誇り高い精神と立ち居振る舞い。彼女には隙と言うものが全くない。それ故、彼女の言葉には説得力があった。
ハヨンの前に座る人物と交渉すると言うのは、やはり至難の業だろう。
「私も朱家の一人として肝に銘じます。」
ハヨンの言葉にドゥナは微笑んだ。目元が柔らかくなり、以前会った時の面影が現れる。
「久しぶりね、ハヨン」
「はい。不躾な訪問、申し訳ありません」
互いの顔がはっきりとわかる程度まで近づいた頃、ドゥナから声がかかった。ハヨンは軽く礼をする。
顔を伏せている時に衣擦れの音がし、ドゥナが近づいてきていることがわかる。ハヨン視界に朱い衣が映り込んだ。
「そんなに堅くならなくていいのよ。まあ、こんな対応をされてはしょうがないわよね。ちゃんと貴方だと確認もできたわけだし、中で話しましょう。」
「はい。」
ハヨンは顔を上げ、頷いた。叔母は穏やかな笑みを浮かべており安堵する。
「ハヨンを応接の間方へ案内してあげて。」
「かしこまりました。」
案内役の男に指示をした後、ドゥナは本殿の中へと姿を消した。
ハヨンは応接の間に向かいながら、ドゥナの様子を思い返して驚いていた。彼女とは白虎隊に入隊した直後に会ったきりだが、ハヨンと二人きりの時と、従者がいる前では雰囲気が異なっていた。先程の彼女は重厚で、無礼な態度をすればどうなるのかと感じる程の緊張感があったのだ。
この国では女人が当主になることは殆どない。彼女がそのような逆境でも耐えてこられた理由の一つは、その強さで間違い無いだろう。
ハヨンはドゥナに援助を要請するには、その彼女の強さや賢さを理解しておかなければ、たとえ姪であっても交渉は決裂すると確信があった。
今の燐国は不安定で、誰と手を組むかによって家門の存続に直結するからだ。当主であるならば、血縁よりも家門を取るのが道理である。
ハヨンはどのようにして話を切り出すかを、脳内で繰り返し考えているうちに、本殿の入り口が見えてきた。
ハヨンの予想していた通り、廊下が複雑になっており、まるで罠のようにも感じる。もしかすると、屋敷に攻め入られた際、敵を撹乱するためでもあるのかもしれない。
ハヨンは案内された道だけでも覚えようと試みるが、至難の業である。ただ案内役の後について歩いて行くと、見事な絵が描かれた襖の部屋の前についた。描かれているものは、ハヨンに馴染みの深いもので目を瞠る。それは四獣の姿だった。ただし建国神話として伝えられ、数多の人々の手によって加えられた四獣の姿は、現実のものとは少し異なっている。王城に飾られる画ですら、違っていたため、時の流れとはそう言うものなのかも知れない。
「ドゥナ様。ハヨン様をお連れしました。」
案内役の男が襖越しに声をかける。
「わかったわ。ハヨンだけ入りなさい。」
「はい」
恐らくドゥナも、ハヨンがなぜこの屋敷を訪れたのか、ある程度察しがついているのだろうと考えながら、ハヨンは返事をする。
案内役がすっと襖開けた。ハヨンは軽く会釈をして、部屋に足を踏み入れる。
そこは今までの屋敷の雰囲気と打って変わり、ハヨンは目を瞬かせた。
鮮やかな色が視界に飛び込み、頭の中で強い刺激を与える。ドゥナが纏っていた朱色を基調とした部屋で、金で模様があしらわれた豪奢な白い壺や、煌びやかな飾り刀等の調度品が差し色となっている。
応接室の外は白や黒で統一されているため、思わず背後の景色と見比べてしまった。
「やっぱり驚くわよね。」
「すみません。」
「構わないわよ。他の人も驚くし、こういった造りになっているのはそのためだから。」
座りなさい、とドゥナが向かいの椅子を手で指し示す。ハヨンは素直に応じた。
「私達は朱家だから。代々武家としての役割を果たしているけど、この国の貴族だということを示すのも忘れてはいけないのよ。」
ドゥナは背筋を伸ばし、きっぱりとした口調である。彼女の表情や声色から、この国を一族で守るという矜持を感じられた。
その時ハヨンは幼い頃にリョンヘに救われた時のことを思い出した。確かに王族への謝意はあったが、そこから女剣士として仕えると志すのは側から見ればやや飛躍しているのは否定できない。もしかすると、この朱家の精神がどこかで受け継がれていたのかもしれない。
あまり己が朱家の血を引くことを意識していなかったが、こんな所で共通点を見出せたのは嬉しかった。
「私達朱家の格と言うのは見た目では十分に表せない。私達はこの国を守ることが使命だから。とは言え、それが理解できない人もいるのよ。何でも金を使って見栄を張る必要は無い。ただ、賢く使わなければならないわ。」
力、賢さ、誇り高い精神と立ち居振る舞い。彼女には隙と言うものが全くない。それ故、彼女の言葉には説得力があった。
ハヨンの前に座る人物と交渉すると言うのは、やはり至難の業だろう。
「私も朱家の一人として肝に銘じます。」
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