偽りの婚姻に縛られていた私の本当の伴侶は猫でした

蜜井蜂

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回想

修治院松久の回想

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 松久が初めて桔梗を見たのは、まだ幼い頃のことだった。
社の庭先、白衣をまとった少女が鈴の音にあわせて舞う姿を松久は息をするのも忘れて見つめていた。
その瞬間、何かが決まってしまったのだと思う。
――自分の居場所は、彼女の隣だと。

それからというもの、松久はことあるごとに桔梗を家に呼び、彼女の家にも押しかけた。
桔梗が笑えば自分も笑い、桔梗が泣けば心が痛んだ。
彼女の周りにはいつも大人たちばかりだったから、同年代の松久と過ごす時間はきっと特別だったのだろう。
松久はそれを知っていて、誇らしく思っていた。
自分だけが、桔梗を子どもの顔に戻せる。
そう信じて疑わなかった。


けれど、年月を重ねるにつれ、その感情は別の色を帯びていった。
やがてそれは恋だと気づいた。
気づいてはいけなかった、と今なら思う。

ただの友人ではいられない――そう思った瞬間から、彼の運命は静かに狂い始めた。


桔梗は巫女で、自分は魔祓い。
いつか誰かと婚姻紋が浮かぶことを、幼いながらにも知っていた。
その相手が自分であってほしい――いや、自分でなければならない。
その願いが、少しずつ、松久を蝕んでいった。
幼い恋心は、いつしか執着に変わっていた。


待てども婚姻紋は現れず、焦燥が積もる。
十五の誕生日を控えた夜、夢の中に現れた魔物は、そんな彼の心を覗き込んで笑った。
「彼女が欲しいか?」
甘く、耳に絡みつく声。
「婚姻紋が出ないなら――作ってしまえばいい。お前の魔力に、俺の力を足せば容易いことだ」

最初は無視した。
だが夜ごと囁かれる声に、やがて松久は心を折られた。
魔物と契約し、言われるままに呪文を唱えた。
呪文を唱えたとき、胸の奥がひどく痛んだのを覚えている。
魔物は満足げに笑い、「お前の願いは聞き入れられた」そう言い残して消えた。
十五の誕生日を迎えた日のことだった。


翌朝、松久の手の甲には、見慣れぬ紋が浮かんでいた。
それが何を意味するのか、理解するのに時間はかからなかった。
桔梗のもとへ駆けつけると、彼女の手にも――同じ紋が刻まれていた。
魔物の言葉が蘇る。
“婚姻紋が出現しないなら――作ってしまえばいい”
松久は首を振り、頭からその声を追い出した。
これは本物だ。
偽物ではない。
桔梗と自分は結ばれたのだ――そう、信じ込もうとした。


それからの松久は必死だった。
この紋が本物であると証明するには、桔梗と魔力供給ができなければならない。
修行だと称して桔梗を呼び出し、何度も試みた。
だが結果は変わらない。
二人の魔力は、決して交わらなかった。

焦燥と恐怖が松久を飲み込み、やがて彼は桔梗に当たるようになった。
「上手くできない?言い訳ばかりだね」「どうして君は言われた通りにできないんだい?」
そんな言葉が、知らぬ間に口をついて出ていた。
桔梗の表情が曇っていくたび、松久の心は軋んだ。
それでも、止められなかった。

壊してしまえば、二度と戻れないことくらい、わかっていたのに。




――あの日、桔梗に「あなたのそばにはいられません」と言われた瞬間、心のどこかで安堵している自分がいた。
罰を受けたのだ、と。
これでようやく、魔物の呪いから解放されるのだと。

けれど、救われることはなかった。
桔梗の背中が遠ざかっていくあの光景を、今も夢に見る。
伸ばした手は、いつも届かない。

それでも――もし願いが一つだけ叶うなら。
次の生では、彼女の隣に立つ資格を持てる人間になりたい。
偽りの紋ではなく、真実の絆で彼女を守れる自分に。

松久は夜空を見上げる。
風の音に紛れて、微かに鈴の音が聞こえた気がした。



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