偽りの婚姻に縛られていた私の本当の伴侶は猫でした

蜜井蜂

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本編

☆初めての夜

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数週間後の夕刻、厳かな婚姻の儀が幕を閉じた。
神殿に響いた祝詞の余韻が、桔梗の胸の奥でまだ小さく反響している。

少し前まで松久との偽りの絆に縛られていた自分が、いま籐堂家の正嫡・紫裕の隣に立っている。
しかも、婚姻紋という絶対の証をもって。

あまりにも急な展開に、頭はついていかない。
けれど、心は不思議なほど落ち着いていた。
――これでよかったのだ。




人々に見送られ、婚礼の場を辞したあと、二人を待っていたのは籐堂家の奥座敷だった。
飾り付けられた寝所の障子をくぐると、香が焚かれ、柔らかな明かりが部屋を包み込んでいる。

「……落ち着かない、ですね」
 
桔梗は思わず呟く。
紫裕が、わずかに笑った。

「僕も同じだよ。こういうことは、慣れるものじゃない」
その声音に、桔梗の緊張が少し和らぐ。

猫の姿で寄り添ってくれた彼と、人の姿で向き合う彼。
そのどちらも同じ存在だと、ようやく実感できてきた。



衣を整えたまま、二人は座敷に向かい合って座った。
しばしの沈黙。
桔梗の手には、燐光を帯びた婚姻紋が微かに輝いている。
紫裕の手にも同じ模様が浮かび、その線は互いに共鳴するように震えていた。

「桔梗」
名を呼ばれ、彼女は顔を上げた。
「これからは、僕と共に生きてほしい。辛い思いは、もう二度とさせない」
その誓いは、桔梗の胸の奥にまっすぐ届く。

「……はい」
思わず涙が滲み、頷いた。


紫裕がそっと手を伸ばす。
彼の指が、桔梗の頬に触れた瞬間、ぴりりとした感覚が走る。
驚きで目を見開く桔梗に、紫裕は苦笑しながら言った。

「これが……本来の魔力の受け渡しの方法だよ」
「え……?」
「身体を接触させることで、互いの魔力が巡る。僕たちの紋は本物だから、触れるだけで反応するんだ」

説明を受けながら、桔梗の頬は熱に染まっていく。
「術式による魔力の受け渡しは非効率な部分が大きい。それに対して身体接触は無駄が発生しにくいんだ。……特に粘膜接触は最効率といわれているんだよ」
「粘膜接触……」

触れられるだけで鼓動が速くなり、同時に体の奥が温かさで満たされる。



紫裕の指が頬から首筋へと下り、桔梗の肩を包み込む。
自然と身を寄せた桔梗の唇に、柔らかなものが重ねられた。

「……っ」
短い吐息が漏れる。
初めての口づけ。
桔梗の背筋に震えが走ったが、逃げようとは思わなかった。
むしろ、胸の奥で「もっと」と求める声が膨らんでいく。



「桔梗……」
耳元で囁かれ、彼女は瞳を潤ませた。
「……はい」
やがて衣擦れの音が深まる。
布が一枚、また一枚と静かに滑り落ち、肌と肌が触れ合う。

「きれいだ……」
「……そんな」
桔梗は羞恥に目を伏せたが、紫裕の視線はただ真剣で、慈愛に満ちていた。

ひとつの温もりが次の温もりを呼び、ふたりの間で熱が密やかに広がっていく。
桔梗は指先で彼の肩にしがみつくようにして、呼吸を合わせる。
紫裕もまた、自分の存在すべてを彼女のために委ねるように抱きしめた。

抱き合った瞬間、熱が流れ込むように体が震えた。
紫裕の魔力が桔梗に注がれ、桔梗の魔力が紫裕に返っていく。
互いを求める心と身体が、自然にひとつへと結ばれていく。

「ようやく君を……」
その言葉に、桔梗の胸が強く震えた。
その目は、欲望ではなく、慈しみで満ちている。
所有ではなく、受け止める眼差し。
これまで誰にも見せたことのない自分を差し出しているのに、不思議と怖くなかった。


「……あぁ……」
桔梗の唇から漏れた声は、これまで自分が出したことのない響きだった。
恥ずかしさよりも、幸福が勝っていた。

「大丈夫。僕がいる。君が望む限り、僕は君の隣にいる」

その言葉に、桔梗は瞳を閉じた。
――これは義務ではない。
強制でもない。
ただただ、愛してくれる人と結ばれている。
今、初めて婚姻紋が“絆”として光っている。

「怖くない?」と、紫裕が柔らかく尋ねる。
桔梗は瞼の裏で温かな光を感じながら、震える声で答えた。

「……紫裕様となら、大丈夫です」


首筋に落ちる指先はゆっくりと滑り、肩から胸元へと流れていく。
「……んあっ」
彼の指が胸の先端を掠めるたびに桔梗は小さく身をよじり、閉じた瞼の裏には柔らかな光が瞬いた。
紫裕は急ぐことなく、彼女の反応を確かめながら進める。

「ふふ……かわいい声、もっと聴かせて?」


強引さはなく、相手を読み取り、安心させることを最優先する──それが彼の在り方だった。


「んっ……紫裕さ、ま……」

「そう、そのまま。可愛いよ……」

「そんな……っ、言わないでくだ、さ……!」

「いや、言わせて。君が愛おしくて、どうしようもない」


紫裕の指が内腿を撫で、そのまま桔梗の割れ目をスッとなぞる。
「ひっ……あぁっ……」

下腹部の奥がきゅっと縮むような、今まで感じたことのない感覚。
思わず紫裕を見つめると、彼は目を細めて桔梗の額に口づけを落とした。

敏感な花弁を弄られるたびに、ぬちゅりという水音が室内に響く。


「少し触れただけでこんなに……桔梗、気持ちいいの?」

「んんぅ、あ」
言葉を紡ぐことができなくて、一生懸命頭を縦に振る。

「それじゃあ今度は……ナカを解そうね」


濡れそぼった隙間に紫裕の細い指がゆっくりと沈み込んでいく。
指が狭い内壁を擦るたび、きゅうっと絡みついた。


「くぅ……っあ……んんっ……」
恥ずかしさと快感で頭がふわふわする。

「桔梗……力抜ける?」
フルフルと首を横に振ると、紫裕が耳元に唇を寄せて、耳たぶをやさしく噛んだ。

「っっふぁ……!?」
瞬間、全身の力が抜けるような感覚。
それと同時に紫裕の指が一気に桔梗の奥まで侵入してきた。
強く反応する場所を執拗に責められるたび、快感が全身を駆け抜けていく。

「ナカ、解れてきたね。……音、聞こえる?」

水音はいやらしさを増して、じゅぷじゅぷと室内に反響している。
「あっ……ああぁっ」


甘い電流がびりびりと桔梗の背中を駆け上がっていった頃、おもむろに指が引き抜かれた。
紫裕は彼女の髪を撫で、軽く口づける。


「……そろそろ挿入いれるよ」
「っは、い」

桔梗の言葉を聞き届け、紫裕の腰がグッと沈み込む。
ふたりの距離がさらに縮まり、身体の重なり合いが深まった。

熱が一点に集まるように高まり、呼吸が浅く、速くなっていく。
「あっ……あぁ……!」
互いを感じ合うという行為が二人の中で意味を持ち、安心と陶酔が同時に満ちていく。

「桔梗、苦しくないかい?」
「だい、じょう……ぶ、です」

気持ちの昂りに呼応するように、律動が熱を帯び速くなっていく。
肌と肌がぶつかり合う音が静かな室内に響いた。

「桔梗……僕のそばにいて」
「はい……絶対に離れま、せん」
「君が泣くなら、僕が笑わせる。君が怖がるなら、僕が守る」
「……し、ゆさま……私、もう……」

波が押し寄せるように熱が高まり、二人は強く抱き合った。
婚姻紋が光を強め、やさしい光が寝所を包み込む。

「桔梗……!」
「紫裕様……っ!」

やがて二人は同時に互いの名を呼び合いながら同時に果てた。




荒い呼吸が落ち着くころ、桔梗は紫裕の胸に顔を埋めた。
温かい鼓動に包まれながら、彼女は確信する。
――この人となら、生きていける。

「……幸せ、です」
紫裕が微笑み、彼女の髪を撫でる。
「僕もだ。これから、ずっと」


その夜、桔梗は生まれて初めて、自分が心から望んだ結びつきを得た。
義務ではなく、強制でもなく。
ただ互いを愛し、信じ合うために。






夜が明け、障子越しの光がやわらかく寝所を照らしていた。
紫裕の腕に抱かれた桔梗は目を覚まし、静かに息を吸った。


――ああ、夢じゃない。
桔梗はふっと笑みを浮かべた。

ついこの前まで、「婚姻紋さえなければ」と呪いのように思い続けてきた。

婚姻紋があるから逃げられない。
婚姻紋があるから結ばれなければならない。
自分の人生は、選ぶ余地もなく縛られているのだと。


けれど今、左の手の甲に輝くそれを見つめると、胸が熱く満たされる。
――この婚姻紋こそが、幸せの証なんだ。
初めて心からそう思えた。



紫裕が目を覚まし、低い声で名を呼んだ。
「……桔梗」
その声音は、猫だったときに耳慣れた鳴き声のように優しい。

彼が自分をどれほど見守ってきたかを思えば、涙がこみ上げる。
「どうした?」
桔梗の頬に触れ、紫裕はわずかに眉を寄せた。

「泣いてるのか……?」

「……嬉しいだけ、です」
そう告げる声は震えていた。
彼の温もりに包まれると、心の奥底で眠っていた言葉がせり上がってくる。

「紫裕様……」
震える唇で彼の名を呼ぶ。
彼の瞳がまっすぐに自分を映している。
勇気を振り絞って、桔梗は言った。
「――ずっとそばで寄り添っていてくれて、ありがとう」


言わずにはいられなかった。
ずっと心の奥に閉じ込めていた想いを、ようやく解き放つことができた。


紫裕の目が大きく見開かれ、やがて柔らかな笑みが広がる。
「……桔梗。愛してる」
言葉が交差する。
互いの想いが重なり合ったのを確かに感じる。
紫裕は桔梗を抱き寄せ、その額に唇を落とした。

「君を守る。どんなときも。僕の妻として……大切な人として」
「はい……」


桔梗は目を閉じ、静かに頷いた。
左の甲に刻まれた婚姻紋が光を放ち、二人の心を結び続ける。

桔梗は胸いっぱいに幸福を吸い込み、微笑んだ。
――この証と共に、私は生きていく。

愛する人と並んで。
新しい人生が、ここから始まるのだ。



【END】
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