偽りの婚姻に縛られていた私の本当の伴侶は猫でした

蜜井蜂

文字の大きさ
6 / 8
本編

誓い

しおりを挟む
籐堂家の屋敷に静寂が戻ってからの家人たちは実に早かった。



「ついに……!婚姻のお相手が現れたのですね!」
「しかもお相手は津久見神社の巫女様ときた!この機を逃してはならぬ。すぐに儀式の準備を――!」

長老格の者たちが、次々と声を上げる。


紫裕が長らく屋敷を離れ、家の跡継ぎとしての務めを果たしていなかったことは皆の頭痛の種だったのだ。
だが今、彼が戻り、しかも婚姻紋を持つ相手を連れてきた。
もはや逃がす理由などひとつもない。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
桔梗は慌てて声を上げた。
「そんな、急に……心の準備が……」
「準備は我らが整える。桔梗殿は案ずるな」

家人たちは一斉に押し切るように頷く。
逃げ場など用意する気はさらさらない、とでも言うように。


桔梗は呆然と立ち尽くした。
けれど、不思議と恐れはなかった。
むしろ胸の奥では、温かいものが芽吹いている。

ふと隣に目をやると、紫裕がいた。
これまで猫の姿で寄り添っていた彼が今は人として真っ直ぐに立ち、彼女の肩を守るように並んでいる。

「桔梗」
紫裕がそっと手を差し出す。
その手は、かつて籐として側にいてくれた頃と同じように温かい。

「一緒に行こう。これから先、何があっても」
彼の声は驚くほど真剣で、けれど優しい。
「必ず、幸せにする。……これだけは、信じてほしい」

猫の姿で見せていた小さな仕草と、今の誓いが重なっていく。
「……信じます」
桔梗は、かすかに笑った。
「でも……私も、支える側でいたいです」

「なら、支え合おう」
紫裕は静かに微笑んだ。

その瞬間、桔梗はようやく気づいた。
これは義務ではない。
運命ではない。
――自分が選んだ人なのだと。

桔梗は息を詰め、やがて頷いた。
「……はい」

屋敷の外では、風が枝を揺らし、夜明けの気配が滲んでいた。






その一方で、別の報せが桔梗たちのもとに静かに届いた。


――松久の裁きが決定したのだ。

修治院家は、彼を正式に追放とした。



桔梗とどうしても一緒になりたいという焦りから心の隙を突かれたとはいえ、魔物と契約し、禁術を用いて婚姻紋を偽装した罪は重い。

本来であれば極刑もあり得た。
しかし、十五歳という未熟な年齢での過ちであったこと、そして何より――桔梗の嘆願があった。

「彼を、どうか殺さないでください。……二度と同じ過ちを繰り返さぬようにと願う、それだけでいいんです」

その言葉に、修治院の長老たちは沈黙したという。

結局、松久はすべてを失った。
力も、家も、居場所も。
だけど、命だけは残された。
彼が今どこにいるのかを知る者は、もういない。

桔梗はその報せを聞いても、涙は出なかった。
哀しみでも怒りでもなく、ただ深い安堵が胸に広がった。
ようやく“解放された”のだ。



「……桔梗」
紫裕の声が静かに響く。
「過去はもう、終わった。これからは、君と僕の時間だ」
「はい」


――これでいい。

急ぎ過ぎる日取りも、決して穏やかとは言えない経緯も。
きっとこれから続く波乱も。
すべてを呑み込んでなお、この人となら――。

胸の奥で、何かが確かにほどけていく。
恐れでも、迷いでもなく。
たったひとつの静かな確信。


紫裕はそっと彼女の手を取った。
婚姻紋が、淡く光る。


それは偽物ではない。
確かに繋がった、二人の絆そのものだった。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

真面目な王子様と私の話

谷絵 ちぐり
恋愛
 婚約者として王子と顔合わせをした時に自分が小説の世界に転生したと気づいたエレーナ。  小説の中での自分の役どころは、婚約解消されてしまう台詞がたった一言の令嬢だった。  真面目で堅物と評される王子に小説通り婚約解消されることを信じて可もなく不可もなくな関係をエレーナは築こうとするが…。 ※Rシーンはあっさりです。 ※別サイトにも掲載しています。

ハイスペ男からの猛烈な求愛2

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペ男からの猛烈な求愛2

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

田舎の幼馴染に囲い込まれた

兎角
恋愛
25.10/21 殴り書きの続き更新 都会に飛び出した田舎娘が渋々帰郷した田舎のムチムチ幼馴染に囲い込まれてズブズブになる予定 ※殴り書きなので改行などない状態です…そのうち直します。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。 そんな彼に見事に捕まる主人公。 そんなお話です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

処理中です...