恋するエイリアン

大窟凱人

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誘拐

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 マンションの部屋で1人、ガゴベラは焦っていた。
 任務失敗。
 これはかなり重大な問題だった。スパイの資質を疑われ、最悪の場合、強制送還。場合によっては尋問にかけられ、処刑される。リワマトならやりかねない。恩人とはいえ、彼の裏の顔はとても冷酷だった。

「ちくしょう!なぜ撃たなかった。たかだか他の惑星の下等生物じゃないか」

 彼は憤ったが、答えはわかっていた。
 安積美和が善良な知的生命体だと知っているからだ。彼女は政治家の娘だがそんなことは笠に着ない地元の中小企業に勤めるごく普通のOLで、黒のショートヘアが似合う。身長は155cm、細めのスタイル。昨日会った時は茶色のコートに白いセーターを身に着けていた。それに家で猫を一匹飼っていて、昨日拾ったあの子猫で二匹目。これまでの人生で前科や素行不良はまったく見受けられない。
 そんな彼女を、遠い異星で行われている政治ために殺すなんて彼にはできなかった。ましてや、地球人はマクロの目線で見るとクソさが目立つが、ひとりひとり見ていくと悪くない奴だっている。そういう一面も報告したが、リワマトは恐怖に頭がやられていて聞く耳を持っていなかった。評議会では報告を改竄し、地球のネガティブな面しか伝えなかったのだろう。
 ただ、これは仕事である。地球人が危険だと言うことも否めない。ミオンが地球を滅ぼす未来だって避けようがないのかもしれない。

 悩んだ末、彼が出した結論は、安積美和の死を偽造する事だった。死体を作り、死んだことにする。そして、彼女には新しい身分を用意し、不自由のない環境で生活してもらう。だが、そのためには彼女を説得する必要がある。記憶を消すこともできたが、記憶とはその人そのもの。うかつに手を出していいものではない。しかし普通に話しても信じてもらえないので、荒っぽい手を使うことにした。

 夜、ガゴベラは天京市の山の中にいた。
 腕のリングからホログラムで表示されているモニターを操作し、地下に隠してある宇宙船への扉を開き、中に入っていく。彼は宇宙船に入るとまず、自分の姿をオーソドックスな宇宙人グレイの姿に変えた。大きな黒い目、顎が小さく大きな頭。グレーで光沢のある肌は不気味さを感じさせた。

「こんな宇宙人、見た事ねぇよ」

 ガゴベラは不服そうにつぶやく。次にコックピットに座り、船を起動させた。ステルス機能を使い誰にも感知されないようにしてから、地下から地表までゆっくり上がっていく。地表が開き、宇宙船は飛び立った。
 
 安積美和は、目を覚ますと、知らない部屋の中にいた。白い無機質の壁に白いライトがたくさん設置されていて眩しい。手で自分が寝ているところを触ってみると、どうやら何かの台の上にいるらしい。そして、拘束されていて動けない。さらに辺りを見渡してみると、黒い大きな目に小さい顎、大きな頭、グレーの肌をした小さい人が何人か、私の周りを取り囲んでいる。

「へっ…え?なにこれ」

 彼らの見た目はまるで、昔テレビ番組でやってた宇宙人に誘拐された人の再現VTRのようだった。
 私、宇宙人に誘拐されてるの?
 彼女が困惑と恐怖で震えていると、おもむろに宇宙人の1人が喋り出す。

「安積美和。あなたは今、重大な局面に立たされています。我々以外の宇宙人が、地球に侵略してきたのです。彼らは地球人の重要人物を殺して争いを産み、地球人を弱くさせようと目論んでいます。あなたは、そのターゲットの1人です」
「えぇ…なんで…政治家の娘だから?」
「そのとおりです。しかし、あなただけではありません。多くの人が狙われています。我々はあなた達を助けたいのです」

 安積は黙って話を聞いている。信用しているようだ。

「あなたに与えられている選択肢は二つ。彼らに殺されるか。自分の死を偽装するかです。今までの人生は捨てることになりますが、我々が新しい身分と保証された場所を外国に用意します」

 宇宙人は話を続けた。

「もちろん、定期的に情報は送ります。この争いが終われば、また日本に戻ることもできましょう」

「…や」

「ん?今なんと?」

「どっちも嫌だって言っんだよバカ野郎!」
 
 敵意をむき出しにされてしまい、たじろぐ宇宙人(ガゴベラ)。

「急に人を攫っておいてこんな話されても信じれるわけねないだろーが!宇宙人が侵略?はっ!襲ってきたら返り討ちにしてやるよ!」

 安積美和は拘束台の上で喚き、べーっと舌を出してガゴベラを挑発した。
 ガゴベラはたじろぎ、困惑した。
 こんな時、いったいどうすればいいのだ。
 彼女の怒りは一向に収まる気配がない。

「すまない。無礼だったな」

 彼は記憶を消そうかとも考えてたが、一度正直に話してみようと思い、宇宙人の姿から元の竜猿人の姿に戻った。周りのホログラム宇宙人も消え、安積の拘束も解かれる。もし話が拗れたりすれば、最悪、記憶を消すしかない。
 安積は起き上がり拘束台の上に座った。

「なんなのよ、あんたは」
「俺はガゴベラ。惑星ミオンから地球を調査しに来ているスパイだ」

 彼女はまだ怪しんでいたが、目の前の特殊な技術やガゴベラの姿を目の当たりにして、もはや信じるしかなくなっていた。

「あんたの星の人は、みんなあんたみたいな感じなの?」
「いや、様々な種族が混在している平和な星だ」
「平和な星の住民がこんなことする?」

 ガゴベラは咳ばらいをする。

「さっきの話なんだが、ほとんどは本当だ。違うのは、俺が地球人を殺して混乱を作り出す悪い宇宙人側だってことさ」
「じゃあ、なんで助けようとしてるのよ」
「殺しをしたくなかったんだ。無実の人間を殺すのは、俺には出来なかった」

 安積は多少はニヒルな顔でガゴベラの方を見た。多少は納得した様子である。

「ふ~ん。殺しは信条に反するけどボスの命令に逆らえないってわけね。スパイってもっと冷酷無比な人種だと思ってたけど」
「最初はこんな任務をする予定などなかったのだ」
「いいわ。さっきのあなたの提案、受け入れてあげる」
「本当か!」
「でも、条件があるわ」

 ガゴベラは顔をしかめた。見た目のわりに図々しい女だ、とでも思っている顔だ。

「あんたのスパイ活動に私も加えなさい!」

 彼女の目は、宇宙の星々のように輝いていた。
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