31 / 35
第2章
第31話
しおりを挟む突然、背中にのしっ、とした重さを感じる。
「アルゼオ、危ないだろ。離れてろ」
「ん、あぁ」
耳元で、寝ぼけたような力の抜けた声が聞こえた。わかったのかわかっていないのか、アルゼオが俺から離れたのはたった数センチほどで、俺にとって邪魔なのは変わっていない。
「今包丁を使ってるんだ。邪魔だから座ってろ」
まな板の上の食材から目を離さないまま、アルゼオに忠告する。しかし、アルゼオは一歩たりとも動かない。
「問題ない」
「なにが問題ないだ。おとなしく座って待ってろ」
「あぁ...」
小さな声で返事はしたが、アルゼオは全く離れない。それどころか、せっかく少し離れたというのに、後ろから俺の腹に腕を回し、肩に頭を乗せてくる。未だに慣れない料理をやってるというのに、アルゼオは邪魔ばかりだ。
「おいっ!」
痺れを切らして、包丁を一旦置いて後ろを振り返ると、アルゼオの顔が目の前にあった。
「びっ、くりするだろ」
先ほどまで頭を俺の肩に置いていたから、アルゼオの視線がちょうど俺の目線の高さにあり、強く交わる。
「ん?」
アルゼオは小さく首を傾げる。ただでさえ無口なほうのアルゼオだが、いつもよりもさらに口数が少ない。その上、今はなんだか目がとろんとしている気がする。
「眠いのか?髪をちゃんと拭かないと風邪をひくぞ」
「眠くない…」
か細い声でそう言うが、すっかり瞼は落ちてしまっている。それでもって、濡れたままの髪を擦りつけてくるものだから、俺はアルゼオが首にかけていたタオルで髪を拭いてやった。そうしていると、なにやら振動音が聞こえてくる。
「アルゼオ?」
音の出どころをよく聞いてみると、なんとアルゼオから発せられていたものだった。まさか、と思い、髪だけでなく耳の毛や耳の中までタオルで拭いてやると、振動音が大きくなったり小さくなったりしている。
「うそだろ…」
アルゼオが頭を乗せている俺の肩を伝わって、柔らかな、それでいて芯のある微振動が耳に響いてくる。確かにアルゼオは獅子だが、これではまるで大きな猫のようだ。半分眠っているくせに、耳は気持ちよかったのかずっと喉が鳴っている。驚きでしばらくそのままでいたが、少し時間が経つと肩が疲れてきたので、アルゼオをベッドに運ぶことにした。
アルゼオは獣人で、騎士ということもあり、見た目も中身も筋肉質だ。もちろん重ったいが、なんとかおんぶの体勢で持ち上げることができた。アルゼオは結局完全に眠りに落ちてしまったのか、手足はだらんとなって俺にされるがままだ。
「はぁ…」
アルゼオを比べるともちろん劣るが、俺もそこまで貧弱なわけではない。キッチンから寝室までの距離だったが、多少息を切らしながらなんとかベッドの上に落とすことができた。どちらかというと腰をやってしまいそうだ。
規則正しい呼吸で眠るアルゼオを置いて、俺は料理の続きにとりかかった。今日はトマトソースベースの肉と野菜のスープだ。味見をして完成を確かめると、火を止めて俺は風呂に行くことにした。
この家のバスルームは、一人で入ると余計に広く感じる。何度かアルゼオと入ったことがあるからこそ、お湯に浸かって足を伸ばしてもなおスペースがあると逆に落ち着かない。顎の下ぎりぎりまでお湯に浸かり、ぼーっとする。
正確には、ぼーっとしようとした。
「アオハっ!!」
急にドアが、激しい音を立てて力強く開かれた。
46
あなたにおすすめの小説
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
異世界で勇者をやったら執着系騎士に愛された
よしゆき
BL
平凡な高校生の受けが異世界の勇者に選ばれた。女神に美少年へと顔を変えられ勇者になった受けは、一緒に旅をする騎士に告白される。返事を先伸ばしにして受けは攻めの前から姿を消し、そのまま攻めの告白をうやむやにしようとする。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
BLゲームの展開を無視した結果、悪役令息は主人公に溺愛される。
佐倉海斗
BL
この世界が前世の世界で存在したBLゲームに酷似していることをレイド・アクロイドだけが知っている。レイドは主人公の恋を邪魔する敵役であり、通称悪役令息と呼ばれていた。そして破滅する運命にある。……運命のとおりに生きるつもりはなく、主人公や主人公の恋人候補を避けて学園生活を生き抜き、無事に卒業を迎えた。これで、自由な日々が手に入ると思っていたのに。突然、主人公に告白をされてしまう。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる