怯える猫は威嚇が過ぎる

涼暮つき

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暴かれた秘密

暴かれた秘密③

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 そうして迎えた金曜の夜。暁人はガーネットの間のパーティーからは外れ、その向かいのサファイアの間での祝賀会の担当についた。祝賀会は滞りなく進み、年配の出席者が多かったからか、ほぼ予定時刻にお開きとなった。
「柴嵜くん。ここ終わったらスタンバイは明日にしてガーネットの手伝いに入ろうか。ここ片付く頃には向かいも終わるでしょ」
 主任の大久保に言われて、暁人は「分かりました」と返事をした。
 宴会の最中、配膳で何度も廊下を行き来していたが、パーティー中ということで向かいの宴会場の扉は締められていて、暁人がオザキの人間と会うことはなかった。
 サファイアの片づけを終えると、ちょうどガーネットのパーティーが終わったところのようで、宴会場から多くの出席者が出て行くところだった。
 暁人は会場の隅でしばらく客を見送っていた。
 社長や重役など、もちろん知った顔は何人か見かけはしたが、関りのあった部署の人間はほとんど見かけることはなかった。
 心配することもなかったか、とほっとした気持ちで各テーブルの忘れ物などを確認していると、近くにいた中年の男性に声を掛けられた。
「あの、すみません。お手洗いはどちらでしょうか?」
「少し離れていますので、ご案内いたしますね」
 少し足が不自由なのか、片足を引き摺るように歩く中年の男性に化粧室の場所を訊ねられた暁人は、宴会場の端の奥まった場所にある化粧室までその男性を案内した。
「いやぁ。わざわざ悪かったね。ありがとう」
「いえ、それでは失礼します。お気を付けて」
 暁人が男性に一礼してその場を去ろうとした瞬間、男性と入れ代わりで化粧室から出て来た男性と肩がぶつかった。
「失礼いたしました」
 暁人が慌てて男性に頭を下げると、
「あれ? もしかして柴嵜じゃねぇ?」
 頭上から聞き覚えのある声がして、その声に暁人の身体が一瞬で凍り付くような感覚にとらわれた。恐る恐る顔を上げると、見覚えのある男が暁人を見下ろしていた。
「あ、やっぱり。なに、おまえ。うち辞めてここで働いてんのか?」
 大きな身体を揺らしてにやりと笑ったその男の顔、声に嫌な記憶が蘇る。忘れもしない、同じ部署の上司だった岸川だ。
「うち辞めてからどうしてんのかと思ったけど。良かったな、次の仕事見つかって。一年ぶりくらいか? 急に辞めちゃうからよ、楽しい遊び相手いなくなって寂しかったぜ? おまえも寂しかったんじゃねぇの? 俺らとの遊び楽しんでたもんなあ」
 岸川の言葉に、暁人は記憶に蘇る悔しさに唇を噛んで男を睨みつけた。
「──しいわけ、ないだろ」
「は? なんだって?」
「楽しいわけないだろ。地獄だったよ、あんな毎日は‼ あんたのせいで俺は……!」
「ははは。何言ってんだ。俺らのモノ咥えて悦んでたくせにか? もしかして、ここでもしてんのか? それともバレないように秘密にしてんの?」
 怒りに身体が震える。脈や鼓動が急激に速くなる。暁人は震える拳を握り締めた。
「驚いたよ、こんなとこで会うなんてなぁ。弄る相手いなくなって退屈してたんだよ。久しぶりにおまえに相手してもらうのもいいな。おまえ、フェラ上手かったもんなぁ?」
 そう言った岸川が再びニヤリと笑って暁人の髪を掴んだ。その瞬間、全身に鳥肌が立った。植え付けられた恐怖心がいとも簡単に蘇る。
 頭を掴まれ、身体を無理矢理大勢に押さえつけられて、性的暴行をされ続けたあの恐怖がフラッシュバックする。あの頃と違って、相手はこの男ただ一人だというのに、恐怖に身体が竦んで抵抗できなくなった。
 ──誰かっ! 声を出そうとしたが、岸川に手で口元を覆われていて声が出ない。
 岸川に強引に頭を掴まれ、引き摺られるようにその先にある非常口に連れ込まれそうになったその時、
「柴嵜!」
 暁人を呼ぶ声に、心臓が大きく跳ねた。その声に一瞬驚いた岸川の手が緩み、
「葉山さ……」
 と声を漏らすと、宴会場のあるほうから葉山が勢いよく歩いてきて、岸川と暁人を引き剥がした。
「お客さま、どうかされましたか。うちのスタッフが何か? まず、この手を離していただけますか」
 そう言った葉山は、少し息を切らせていて、言葉は冷静だがその声色には焦りと静かな怒りが滲み出ていた。
「べつに何もしちゃいねぇよ。昔可愛がってた後輩とちょっと話してただけだ」
「話していただけ? 私には、お客様がうちの者に乱暴しているように見えましたが」
 葉山の手は依然男の腕を掴んだままだ。
「はぁ⁉ 何言ってんだ。言いがかりだよ。それにな、こいつはこういうの喜ぶんだよ。ちょっと痛いことされると泣いて喜ぶの。どМのゲイ野郎だから。男のモノ、喜んで咥えんだぜ?」
 男の言葉に、葉山が一瞬眉を動かした。
「──やめろ」
 暁人の制止を無視し、岸川が下衆な顔で言葉を続ける。
「あ、お兄さんもこいつにしゃぶらせてんの? 後ろの具合もなかなかだぜ? なぁ、柴嵜、ここでも男相手にひんひん啼いてんのか?」
 ──終わった。暁人は思った。
 よりによって一番会いたくない男に会って、全てを葉山の前でバラされるなんて──。
「あれぇ? もしかして隠してたのか? おまえがゲイだったこと。うっかり喋っちゃって悪かったなぁ? バレたらまたここでも変態扱いされちゃうなぁ?」
 岸川が嘲るような気味の悪い笑い顔を浮かべて、暁人を見た。
 わざとだ──。悪意にまみれた男の言葉に、暁人が怒りを堪えきれなくなって堪らず掴みかかると、葉山が腕だけでそれを制した。
「柴。やめろ」
 そう静かに言うと葉山が岸川の腕を捻り上げ、岸川が「痛てっ」と悲鳴を上げた。
「お客様、随分酔っていらっしゃるようですね。いくらお酒を嗜まれているとはいえ、今のはうちのスタッフを侮辱するもの。ご自分の正体を見失うほど酔っているようでは他のお客様にも迷惑となります。早くお帰りになったほうがよろしいのでは?」
 そう言って、岸川を半ば強引に宴会場の廊下を引き摺るようにして歩いて行くと、そこで誰かに手招きをして、やがてやって来た竹内ともう一人の男性スタッフに岸川を連れて行かせると、暁人のところに戻って来て「大丈夫か?」と訊ねた。
「はい……」 
 返事をした途端、暁人は身体の力が抜け、情けなくもその場に崩れるように座り込んでしまった。
「アホ。全然大丈夫じゃないだろ、それ」
 葉山が小さく笑って暁人の手を引きどうにか立ち上がらせると、近くの空いているトパーズの間に暁人を連れて行き、そこにあった椅子に暁人を座らせた。
「片付けはいいから、しばらくここで休んでろ。俺が戻るまでここから動くなよ?」
 そう言った葉山が、そっと暁人の頭を撫でて宴会場を出て行く姿を見送った。





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