怯える猫は威嚇が過ぎる

涼暮つき

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感情を抑える方法

感情を抑える方法⑤

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「葉山さん。着きましたよ、降りてください」
 少しうとうとしてた葉山を起こして、暁人も一緒にタクシーを降りた。マンションのまえで降ろしてそのまま帰ろうと思っていたのだが、隣でうとうとしていた葉山の呼吸が少し荒くなっていたことが気になったからだ。もしかしたら、さっきより熱が上がってきているのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
 葉山が返事の代わりに上着のポケットから部屋の鍵を取り出したので、暁人が代わりに部屋の鍵を開けた。玄関口の電気を点け、リビングを通って奥の寝室まで葉山を運んだ。
「柴。クロゼット開けてシャツ一枚取ってくれ」
 暁人は言われるままクロゼットを開けて中を適当に漁った。すでにピンタックシャツを脱いだ葉山に適当なティーシャツを選んで手渡した。
「葉山さん、薬とかは……」
「リビングのチェストの一番上の引き出しに薬箱がある」
 暁人がリビングに行ってチェストの引き出しを開けると、中に薬箱があった。そのまま寝室に戻ると、薬箱から風邪薬と体温計を取り出して既に着替えを済ませた葉山に手渡す。
「水、持ってきます。あと、熱も測っておいてください」
 そう言って、葉山が脱ぎ捨てたシャツを回収して洗面所に片づけると、キッチンでグラスに水を注いで葉山の元に戻った。
「熱、どうでした?」
「三十八度二分」
 暁人が予想していたより遥かに高熱だった。葉山が薬を飲んで布団に入るの見届けてから小さく息を吐いた。
「熱、高いですね。水分取ったほうがいいと思うんですぐそこのコンビニでスポーツドリンク買ってきます。あと、なにか口に入れられそうなものも」
「ああ……悪いな、迷惑かけて」
「いえ。それじゃ」
 そう言い残すと、暁人は葉山の部屋を出てコンビニへと向かった。
 目的のものを買って部屋に戻ると葉山は既に寝息を立てていた。
 高熱でやはり身体がきつかったのだろう。そっと葉山の額に触れると、彼の熱の高さが伝わる。暁人はつい今しがたコンビニで買ったばかりの冷却シートを袋から出して葉山の額に貼り付けた。ついでに、だらりと伸びた腕を取ってそっと布団にしまいながら動きを止めた。暁人よりひとまわり大きくて骨張っている、いかにも男の手だ。
 彼の指が小さく動いたのに驚いて、暁人は反射的に自分の手を引っ込めた。
「──っ」
 湧き上がった衝動を抑え、慌てて立ち上がるとベッドから距離を取った。
【買って来たものは冷蔵庫に入れてあります。お大事に】
 走り書きのようなメモ書きを残すと、暁人は逃げるように葉山の部屋をあとにした。

 部屋に帰ると暁人は慌ててシャワーを浴びた。寝ている葉山の手に触れて、何とも言えない気持ちが湧き上がったのを鎮めるように時間を掛けて心を落ち着かせる。
 風呂から出ると、少し前に一度関係を持ったマナトという名の眼鏡のサラリーマンからメッセージが届いていた。今夜だけでなく何度かメッセージが届いていたのだが、暁人はそれにあえて返事をしなかった。
 マナトとの身体の相性は悪くなかった。特別おかしな性癖を持っているというわけでもないし、どちらかといえば暁人の好みのタイプの男だった。それでも、それ以上の関係を望まないのは、踏み込んで本気になることが怖いからだ。
 縛られないことで、自分を守っている。そのほうが傷つかなくてすむ。









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