君知る春の宵 ~極道とリーマンが×××!?〜

いつうみ

文字の大きさ
5 / 7

その5 花曇〜突然の悪夢〜

しおりを挟む
 その1ヶ月後の事。

「不渡りが出た……!」「社長は!?」「連絡つきません!」「自宅へ向かえ!」
春人が外回りの見学から戻ると、会社では大騒ぎが起こっていた。
「主要取引先へ、取引継続をお願いするんだ!」
部長の声に、
「無理です!」
経理責任者が叫んだ。全員の視線の先で、青ざめた経理責任者が言った。 
「こ、これ、2度目なんです……。皆さんには秘密にしていましたが……。だから……」
誰かがヘナヘナと床に座り込んだ。
「じゃ、じゃあ、倒産だ……」
誰も彼も呆然としていた。春人の隣で、一緒に外回りに出ていた先輩も立ち尽くしている。

新人の春人には、やれる事もできる事もなかった。失意と混乱の中、春人は家に帰された。どこをどう歩いたか、夕暮れになってから春人はなんとか自分のアパートにたどり着いた。
「倒産、か……」
入社してからわずか1ヶ月と少しばかり。就職活動を必死にやって、拾ってくれた会社だ。一生懸命働こうと思っていた矢先だった。
「こんなあっけなく終わるんだな……」
まだ脱いでいなかったスーツの上着に手をかける。その時、胸ポケットにずっと入れていた名刺に気づいた。
「これ……」
『一度だけ、助けてやる』
あの低い甘い声が、まだ耳の奥に残っている。春人はどこかぼんやりとしたまま、名刺に記載された番号に電話をかけていた。
「……春人だな?」
数コールで彼は出た。初めて電話したのに、なぜすぐに分かったのだろう。
「はい……あの、東藤さん」
「会社が不渡りを出したそうだな」
「えっ、どうして……」
なぜ知っているのか。東藤は、有無を言わせぬ口調で続けた。
「今、家か。そのままそこにいろ」
「東藤さん、なんで、」
「すぐに行く」
通話が切れても、春人は受話器を耳に当てたまま固まっていた。
すぐに行く? あの人は、今、そう言ったのだろうか。そんな、まさか。

言葉通り、東藤はすぐに春人のアパートにやって来た。住所を教えた覚えはない。なのに、ドアを開けた目の前に、あの人がいる。
「春人」
記憶のままの声。夢だろうか。
「邪魔するぜ」
東藤はずかずかと室内へ入ってきた。狭いアパートの部屋は、体格のいい東藤とその部下数人でいっぱいになった。
「お前の会社の事は聞いた」
東藤が顎で合図すると、背後にいた部下のひとりが、何故かジェラルミンケースをその場に置いた。カチャリと開いたその中には、札束がぎっしり詰まっていた。
「ええっ!これは?」
春人が目を丸くする。
「助けてやると言っただろう。不渡りで銀行取引が停止しても、現金があれば当座はしのげる。その後はお前の会社次第だが。この金はお前にやる」
「……そんな、もらえません」
「気にするな。あの時の詫びだ。それに、俺はお前を気に入った。だから気にせず受け取れ」
春人が顔を上げた。まっすぐに東藤を見つめる。
「お金より、俺はただ、ただ……」
少しだけ言いよどんで。それでもはっきりと、春人は言った。
「あなたに、会いたかったんです……!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

処理中です...