アフタヌーンの秘薬

秋葉なな

文字の大きさ
34 / 43
【精揉】まるで針のように心撚れて

しおりを挟む
◇◇◇◇◇



カフェでの勤務を終えて駅のロータリーに行くと、聡次郎さんは約束どおり私を待っていてくれた。

「わざわざごめんね」

「いいって。少しでも長い時間梨香と一緒にいたいから」

その気持ちが嬉しくて仕事の疲れなんて吹っ飛んでしまう。

龍峯の駐車場に車を止めて降りると、駐車場の隅に広げられたブルーシートの上には愛華さんが置いていったであろう複数の花器、花材が並んでいる。いかにも作業が途中であることがわかり、明日以降も彼女が龍峯に来るのかと思ったら憂鬱だ。
聡次郎さんは横目でそれらの道具を見ると何も言わずビルに入っていった。
正式な婚約者がこんなに近くにいることを聡次郎さんはどう思っているのだろう。

部屋に入ると「先お風呂入っていいよ」と聡次郎さんは微笑んだ。

「うん。ありがとう……」

「元気ない?」

「え? そんなことないよ……」

「嘘」

私の動揺を感じ取ったのか、聡次郎さんは私に近づきじっと顔を見つめた。

「わかるよ、梨香のこと。何を不安に思ってるのかも」

その言葉にどきりとした。

「不安だなんて……」

誤魔化そうとしても聡次郎さんには通じない。私を見つめたまま私の答えを待っている。

「あのね……」

本当は不安だよって言いかけて口をつぐんだ。
愛華さんの存在が怖いだなんて、奥様が無理やり聡次郎さんに近づけようとしていることが嫌だなんて、聡次郎さんが愛華さんに心動いてしまうんじゃないかと焦っているなんて、そんな醜い嫉妬をしている自分を知られたくない。

「そ、そういえば綺麗だよねお花!」

自分でも思いの外大きな声が出た。視線を上げると聡次郎さんと目が合い焦った。1度口に出した話題を取り下げることはできない。

「フロアとかビルの前とか……お花……」

「そうだな」

「………」

「栄の人間がいくら龍峯を出入りしようと、俺と梨香にはなんの問題もない」

聡次郎さんの言葉にはっとした。愛華さんの話を聡次郎さんの口から聞くのは初めてだ。

「愛華さんなら龍峯に利益があるよ? それでも?」

私が聡次郎さんのそばにいてもいいの?

「まあ、龍峯にとって銀栄屋の人間は文句ない相手だな。愛華さんはフラワーアレンジメントのコンペでいくつか賞を獲ったこともある」

「そうなんだ……」

素人の私でも会社中に置かれたものは素晴らしい作品だとわかる。名のあるコンペの受賞歴があるなんて、しかもあの美貌と家柄。文句などあるものか。愛華さんに何もかも負けている気がして、聡次郎さんから聞く愛華さんという人物には欠点がないように感じた。

「完璧……」

「完璧か?」

思わず口に出てしまった言葉に聡次郎さんが首をかしげた。

「愛華さんが完璧だと思うのか?」

「うん……」

「俺は、愛華さんよりも梨香の方が優れてると思うけど」

「え、どこが?」

「料理とか」

聡次郎さんの答えに笑ってしまった。私が愛華さんより優れているものが料理だなんて、自分では納得できない。

「愛華さんの方がちゃんとしたもの作りそう」

「別にそんなこともないと思うけど」

「料理とか、な。もっと俺は梨香のいいとこ言えるよ」

「じゃあ言って」

私のお願いに聡次郎さんは困ったように笑う。そして私に近づくと優しく抱き締めた。

「言わない。それは俺だけが知ってればいいから」

「えっ、気になる! 教えて」

「内緒」

私の不満そうな顔に再度笑うと額に唇を優しく当てた。

「梨香、ごめんね」

耳元で囁かれた言葉に軽く首を傾げた。

「どうして謝るの?」

「俺が頼りないから梨香を不安にさせてる。ごめん……」

ぎゅっと私を抱き締める腕の感触が心地いい。

「大丈夫」

聡次郎さんに言った言葉だけれど自分にも言い聞かせる。

「私は十分良くしてもらってます」

大事にされている。聡次郎さんで満たされている。

「でもね……」

私はとても言いづらいことを意を決して口に出した。

「聡次郎さんから愛華さんの名前を出されるの……なんか嫌だ……」

言ってから顔が真っ赤になったのが自分で分かった。
こんな子供っぽいことを言ったら聡次郎さんに呆れられてしまうかもしれない。恐る恐る顔を見ると聡次郎さんは笑っている。

「嫉妬する梨香も可愛い」

そんな言葉を言うものだから、私は聡次郎さんの胸を軽く叩いた。

「俺が好きになったのは梨香だよ」

聡次郎さんは私の額に再びキスをした。その唇は肌を滑らせるように下がっていき、頬に触れるとゆっくり唇へと移動する。そうして唇を何度も重ねながらゆっくり寝室へと移動していく。

「不安に思う隙間もないくらい、俺が梨香のことしか考えてないって思い知らせてやる」

優しく私の体をベッドに寝かせると、服の中に手を入れてくる。

「聡次郎さん……待って……お風呂まだ……」

「もう止まらないよ」

これ以上私に何も言わせないとばかりに唇が塞がれる。僅かに唇が離れると「愛してるよ」と囁いた。

「私も愛しています……」

大丈夫、聡次郎さんの気持ちは私にある。



◇◇◇◇◇



龍峯のビル内の掃除は数か月に一度清掃業者が入るけれど、普段の掃除は社員とアルバイトが当番制でしている。今日は私が15階から地下までのフロアのモップがけの当番だった。
応接室や社長室のある15階までモップを持って上がったとき、廊下に活けられたアレンジメントの存在の大きさに嫌でも気がついた。
ひし形のグレーの花器に三ツ又の枝が挿され、ラメが入ったリボンと金色の太い針金で装飾されている。
エレベーターを降りるとすぐに目に入るアレンジメントは来客のある15階にふさわしい作品だ。

会議室からは何人かの話し声が聞こえた。確か営業会議があるとホワイトボードに書いてあったっけ。そして応接室からも奥様の声が聞こえた。誰か来客のようだ。

議論が交わされている会議室と違って応接室は奥様の陽気な声が際立つ。経営に直接関わらなくなったとはいえ、会議の最中に横の部屋で談笑とは会社のことを思っているのか呑気なのかわからない。

応接室から人の出てくる気配がして私はエレベーター横の階段に思わず隠れてしまった。そうして隠れたまま聴覚だけをフロアに集中させていた。すると応接室の中からは奥様と愛華さんが出てきた。

「本当にありがとうございます」

「こちらこそ、社内が華やぐわ。これからも定期的にお願いしたいくらいです」

「喜んで」

私は奥様に見つからないようにほんの少しだけ顔をフロアに出して様子をうかがった。本来なら隠れる必要はないのに奥様に嫌みを言われたくないし、愛華さんがそばにいるときに比べられてしまうのも嫌だった。

ちょうどそのとき会議が終わったのか会議室から営業部の社員が続々と出てきた。社員は奥様と愛華さんに頭を下げ、愛華さんも社員に笑顔で頭を下げた。最後に会議室から聡次郎さんが出てくると愛華さんの表情が変わった。

「こんにちは聡次郎さん」

「ああ、どうも」

男女問わず見惚れてしまう笑顔を見せる愛華さんにも、聡次郎さんは顔色一つ変えず素っ気ない挨拶をした。

「そうだわ聡次郎、このあと愛華さんと食事にいってらっしゃい」

奥様の提案に私は息を呑んだ。愛華さんと食事なんて、そんなの困る。だって聡次郎さんはこのあと私とお昼休憩の予定なのだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

夜の帝王の一途な愛

ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。 ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。 翻弄される結城あゆみ。 そんな凌には誰にも言えない秘密があった。 あゆみの運命は……

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

結婚する事に決めたから

KONAN
恋愛
私は既婚者です。 新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。 まずは、離婚してから行動を起こします。 主な登場人物 東條なお 似ている芸能人 ○原隼人さん 32歳既婚。 中学、高校はテニス部 電気工事の資格と実務経験あり。 車、バイク、船の免許を持っている。 現在、新聞販売店所長代理。 趣味はイカ釣り。 竹田みさき 似ている芸能人 ○野芽衣さん 32歳未婚、シングルマザー 医療事務 息子1人 親分(大島) 似ている芸能人 ○田新太さん 70代 施設の送迎運転手 板金屋(大倉) 似ている芸能人 ○藤大樹さん 23歳 介護助手 理学療法士になる為、勉強中 よっしー課長(吉本) 似ている芸能人 ○倉涼子さん 施設医療事務課長 登山が趣味 o谷事務長 ○重豊さん 施設医療事務事務長 腰痛持ち 池さん 似ている芸能人 ○田あき子さん 居宅部門管理者 看護師 下山さん(ともさん) 似ている芸能人 ○地真央さん 医療事務 息子と娘はテニス選手 t助 似ている芸能人 ○ツオくん(アニメ) 施設医療事務事務長 o谷事務長異動後の事務長 雄一郎 ゆういちろう 似ている芸能人 ○鹿央士さん 弟の同級生 中学テニス部 高校陸上部 大学帰宅部 髪の赤い看護師(川木えみ) 似ている芸能人 ○田來未さん 准看護師 ヤンキー 怖い

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

処理中です...