PMに恋したら

秋葉なな

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あなたの気持ちはどこですか

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◇◇◇◇◇



『何時に来るの?』と恋人の太一からLINEがきた。それに対して『今駅に着いたよ。お酒買ってる』と返信して駅前のコンビニを出た。
人生で初めての恋人である太一の家は私の家からは近いけれど会社からは遠い。定時で上がっても太一の家に着くのは遅くなってしまう。自分の家で警察特番を見ることはできないけれど、太一なら番組に興味はないものの一緒に見てくれた。



部屋のチャイムを押すと髪をボサボサにした太一が顔を出した。休日のはずの太一はきっと一日中ゴロゴロしていたに違いない。

「お疲れー……」

気だるげに声をかけてリビングに戻る太一の後姿を見ながらパンプスを脱いだ。

「腹減ってないんだけど実弥は何食うの?」

「えっと……おつまみだけでいいかな」

今夜は太一の方から家に招いたはずなのに食事の用意など気遣いのないのは慣れっこだ。
付き合って1年になるけれど、太一は私を恋人のように甘やかすことはなくなっていた。愛情がないと感じることもあったけれど、私も深く気にすることはない。付き合っているのにお互いを思いやることは減ってしまった。
私ももう太一に愛情がないのかもしれないとさえ思う。

太一とは渋々参加した合コンで何となく話して、何となく付き合いだした。時々父と似ている性格だなと思うことがあって困惑するのだけれど、付き合おうと思ったのは顔がほんの少し憧れのあの人に似ていたからだ。惹かれた理由がそれだったから、今では少しでも揉める度に頭の中で太一との別れを想像することも増えた。

私が警察番組が好きなことを知っている太一は先に一人で見ていたようだ。始まってから1時間近くたつ番組は今捜査員がひき逃げ事件の捜査をしている様子を映していた。
テーブルに買ってきたおつまみとお酒の缶を置くと、買ってきた私より先に太一がおつまみの袋を開けた。

私はすっかり番組に見入っていた。ひき逃げ事件の犯人が逮捕されたときには心の中で拍手をし、今画面には私服の捜査員が暑い中張り込みをしている姿があってますます画面から目が離せなくなる。そのうち缶チューハイを持つ手が小さく震えた。画面に映る場所は私も利用したことがある県内の駅だ。制服警官以外にも知らないうちに私服捜査員とすれ違っていたこともあったかもしれないと一人テンションが上がる。

高校生の時の出来事は家族にももちろん太一にも言ったことがないけれど、県内の警察を映すたびにシバケンを探してしまう。彼はもうどこの警察署に行ってしまったかわからない。もしかしたら少しでも番組内に映るかもしれない。今も頑張ってくれている姿を一目見たかった。
けれどこの日は結局私の住む県の警察署は一度しか出ることはなく、番組が終わるまでシバケンらしき人の姿はなかった。

「帰ろうかな……」

そう呟いておつまみの袋やお酒の缶をゴミ箱に捨てた。

「え、もう帰るの?」

太一が不満そうに言った。

「うん。明日も仕事だし……」

泊まっていくのは次の日が休みのときだけだ。太一も明日は仕事のはずだから。

「泊まってけよ……」

そう言って太一は後ろから私を抱きしめた。予期せぬ行動に体が固まった。それをチャンスとばかりに太一の唇が私の首をなぞった。

「太一……ごめん、帰るから……」

「は? 泊まってけって言ってんじゃん」

「でも……」

背後から不機嫌な声が聞こえる。けれど帰らなければ次の日に差し支える。

「家族に泊まるって言ってきてないから……」

「またそれかよ」

太一が鼻で笑った。

「実弥って親の言いなりなのな」

「え?」

「親の許可がないと何も決められないのかよ」

この言葉に怒りが湧いた。親の話題は私には地雷なのだ。

「そんなことない!」

「図星だろ。いつも俺の家にはテレビ見にきてるだけの癖に」

「………」

まさにその通りだった。父は私が警察に憧れを持つことをよく思っていない。だから太一の家でこうして警察番組を見るのだ。

「そんなに帰りたいなら帰れよ!」

太一は突然私の腕を掴んで無理矢理立たせると、玄関まで引っ張った。

「痛いよ! 太一!」

そのまま勢いよく玄関のドアを開け、私を外まで放り出した。

「わっ!!」

足の裏がストッキング越しにコンクリートの冷たい感触を受け、肩がドアの向かいの壁にぶつかった。

「帰れ」

太一が冷たく言い放った。

「太一……」

こんな行動に出るなんて驚いた。わがままなところはあったけれど、ここまで乱暴な太一は初めてだ。目の前の男が知らない他人になってしまったようだ。太一は私に冷たい視線を向け、何も言わずにドアを閉めた。

「太一!」

焦ってドアに駆け寄ったけれど鍵をかけるカチャリとした音が鳴り、ドアノブを捻っても開かなかった。

「開けてよ、ねえ!!」

ドアをドンドン叩いた。けれどどんなに大声を出しても、どんなにドアを叩いても太一が開けてくれることはなかった。何度もチャイムを鳴らしたけれど、太一は完全に私を閉め出す気のようだ。部屋の中にカバンもスマートフォンも財布も残したままだ。このまま帰るわけにもいかない。何より今私は裸足だった。スカートの下に穿いたストッキングは追い出されたときに引っ掻けて伝線してしまっている。このまま帰るなんてできなかった。

太一が開けてくれるまで待ってみても、数分なのか数時間なのか、いつまで待てばいいのかわからない。最後にもう一度チャイムを押して、太一が開けてくれないと確信すると私は道路に出た。裸足のまま手ぶらで帰るしかない。大通りに出ればタクシーも捕まるだろう。家に着いて料金を払えばいい。私は渋々歩き出した。

太一の家は住宅街にあって最寄りの駅からは少し歩く。大通りに出たけれど乗用車ばかりが通り、タクシーは走っていないようだ。すれ違った会社員らしき男性が私を不審な目で見て歩いていった。荷物も持たず、裸足で歩くなんておかしいに決まっている。

大学のとき父に抵抗して家を出たことを思い出した。あの時と状況は違うけれど、今は恋人にまで惨めな思いをさせられている。

小石を踏んだのか足の裏に痛みを感じてしゃがみこんだ。地面に何が落ちているのかわからないのに駅まで歩くのも恐怖だ。
涙で目が潤み始めた。太一と何度も言い合いになったことはあったけれど、こんなことをされるなんて思わなかった。

「ずっ……」

鼻をすすった。悲しさと悔しさで涙が溢れた。袖で頬を伝った涙を拭う。このまま裸足で駅まで歩くのは怖いし恥ずかしいけれど仕方がない。
初めて本気で太一と別れようと思ったとき背後から「どうかされました?」と男性の声がした。振り返ると数メートル後ろに警察官が自転車に乗ったまま私を見つめている。

「あ、あの……」

夜道で男性に声をかけられて身構えたあとにそれが警察官だったことに安心した。

「どうして裸足なんですか? 何かあったんですか?」

警察官は自転車から降りるとハンドルを握ったまま押して向かってくる。私は立ち上がった。

これは職質かな? 初めて職質された!

今まで職務質問をされたことがなくて、初めて訪れた事態に緊張してきた。

「えっと……彼氏とケンカして……それで……」

上手く言葉が出てこない。ちゃんと伝えなきゃいけないのに焦ってしまう。
街灯の下まで来た警察官の顔が制帽の下から見えた瞬間私は息を呑んだ。私より頭一つ分背が高い、私が憧れた警察官の柴田健人が目の前に立っていた。

「あ、え……」

言葉を失った。何年も会いたいと願った人が目の前にいる。

「ケンカですか? なんで裸足なんです?」

「あの、その……」

きっとシバケンだ。いや絶対にそうだ。それなのに私は戸惑ってしまう。

「大丈夫ですか?」

「えっと……家から追い出されちゃったんです。カバンもスマホも部屋の中に置いたまま、彼が入れてくれなくて……」

「では何か事件に巻き込まれたとかではないんですね?」

「はい……ただのケンカです……」

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