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愛を誓うお巡りさん
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しおりを挟む「もしもし……」
「実弥? 仕事中にごめんね、携帯なかなか出ないから」
母の声はかなり慌てていた。今日に限ってスマートフォンをロッカーのカバンに入れたまま忘れていた。
「ごめん……何かあった?」
「それが、お父さんが事故に遭って」
「え!?」
「病院に搬送されたの。お母さんも今病院にいるの」
「ちょっと、どういうこと? 事故って!?」
周りの社員が私の声に驚いたのか様子を窺っている。
「車とぶつかったって……警察の人がそう言ってたんだけど、お母さんも気が動転して……」
「お父さん大怪我なの?」
「今処置をしてもらってる。でも意識がないの」
「とにかく私は仕事終わったらすぐ行くから、逐一連絡してね。スマホは常に持っておくから」
母との通話を終えて受話器を置くと「実弥ちゃん?」と向かいのデスクの丹羽さんが心配して声をかけてくれた。
「事故ってどうしたの?」
「あの……父が事故に遭ったそうで……」
「え!?」
「状況はまだよく分からないんですけど、母が今病院にいるそうです……」
「実弥ちゃんも行きな」
「でも……」
「黒井、早退しろ」
話を聞いていたのだろう部長がいつの間にか後ろに立っていた。
「そういうことなら急いで行け。こういう状況で帰さない鬼上司じゃないぞ俺は」
「は、はい、すみません!」
部長に頼まれた資料を渡した。直前で一緒に持っていた退職願を慌てて回収して、その白い封筒を見られないように思わず手で握り締めてしまった。不審な手の動きに部長は怪訝な顔をしたけれど、私は何事もなかったかのように荷物をまとめて「お先に失礼します」と言ってフロアを出た。
母に教えられた病院に向かうために駅前でタクシーを拾った。父が搬送された病院は古明総合病院だ。車ならここから10分とかからない。
タクシーの中でただ混乱していた。
どうして父が古明総合病院に運ばれるのだろう。父の会社は自宅の隣の市にある。そこなら大きな病院がいくつかある。仕事中であれば古明橋の病院に運ばれるなんてまず有り得ない。父が私の会社の近くにいなければ……。
タクシーが病院に向かう途中で停まったパトカーとすれ違った。数名の警察官が交通規制を行い、道路にはフロントが無残に破壊され電柱にめり込んでいる軽自動車があった。電柱は傾いている気がしなくもない。一目で大きな事故だとわかる。
その光景に胸騒ぎを覚える。この事故現場は早峰フーズから歩いて数分の距離だった。
病院に到着したことを母に連絡すると入り口まで迎えに来てくれた。
「どういうこと? 何があったの?」
病室まで案内されながら母に詰め寄った。
「お父さん、横断歩道を渡るときに信号無視してきた車に撥ねられたそうなの……」
「え!?」
衝撃的な説明に一気に怒りが湧きあがる。
「まさかひき逃げ?」
「ううん、車の運転手もお父さんを撥ねて電柱に衝突して……。その人は別の病院に行ったから状態はわからないんだけど、警察の方の話によると携帯を見ながら運転してたんじゃないかって」
「なにそれ……」
運転中に携帯を操作して人にぶつかるなんて呆れてしまう。
やはり来る前にタクシーの中から見た場所が事故現場だった。
「それでお父さんは?」
「ここよ」
母が指した病室に入ると、既に処置は終わっているのかベッドの上で父は眠っていた。個室の真っ白な部屋の中央で体にチューブを付けられた父は顔にもガーゼが当てられている。
「命に別状はないらしいの。でも自力で歩くことは難しいかもって」
「え?」
「片足が動きづらいの。この先ずっと車椅子での生活になるかも……」
ショックで言葉が出なかった。父が自分の足で歩くことができなくなる。突然突きつけられた現実は重かった。
「リハビリとかすれば治るんじゃ?」
「多少足の感覚は戻るらしいの。でも完全に自分の足だけで歩くのは難しいって……杖を使うか車椅子での生活だって」
「そんな……」
それは父だけでなく、母や私の生活も変えてしまう事態だ。
しばらく母と病室のイスに黙って座っていた。父がこうなってしまってはこの先の生活を考え直さなければいけなくなる。私の転職は保留だ。もしくはこのまま今の会社に勤め続けなければいけないかもしれない。父の仕事はどうなるのだろう。母はこのまま専業主婦でいいのだろうか。考えれば考えるほど何もかもが不安だった。
「お父さんはどうしてあそこにいたの?」
父の顔を見つめ続ける母に問いかけた。けれど答えは聞かなくてもわかっていた。
「お母さんの予想では実弥の会社に行こうとしていたと思う」
「私もそう思うよ」
私は父のコネで就職した。早峰の幹部には父の学生時代の友人がいる。その人に会いにきたのだろう。
「どうせ私を辞めさせる話でもしに来たんでしょ」
そうして坂崎さんとの結婚話を裏で着々と進めようとしていた。母もそうじゃないかと思っている。
「きっと実弥の会社の近くのパーキングに車を止めて、歩いているところで轢かれたのかな」
それは自業自得ではないか、と父に同情する気持ちが失せた。事故を起こした運転手が悪いけれど、父があそこにいなければ大怪我なんてしなかったのに。
「本当に、バカねお父さんは……」
母が呟いた。
「何でも実弥のため、実弥のためって。それで怪我までしちゃうなんて大バカよね」
「お母さん?」
母は穏やかな顔をして父を見つめている。
「お父さんの会社ね、実弥が産まれる前には倒産の危機だったの」
「そうなの?」
父の会社は業界では名が知れている。会社を興したのは祖父だけれど、その祖父が亡くなったときに叔父が社長になったとは聞いていた。
「先代が突然亡くなったとき、先代への信用でもっていた会社は業績が大きく傾いたの。お義兄さんもお父さんも相当苦労して立て直したのよ。お母さんもそのときは実弥がお腹にいても仕事を掛け持ちしてね」
「初めて聞いた……」
「あの頃のお父さんは思ったの。この先お母さんや産まれてくる実弥に絶対に苦労はさせないって。だから実弥の人生にあれこれ口を出すのよね」
「………」
父の思いはわかった。けれど助言全てを受け入れなければ生きていけないわけではない。父が思うよりも私はもう子供じゃない。
「お母さんもお父さんの苦労を見てきたから、実弥にうるさく言うお父さんを止めることは少なかったの。坂崎さんとの結婚も」
「そのことだけど、私は……」
「わかってる。この間連れてきた警察官の方とお付き合いしてるのよね」
「うん」
「坂崎さんも悪い人ではないと思う。お父さんの気持ちもわかるけれど、お母さんは実弥の選んだ人との人生を応援するわ」
「ありがとう……」
「ごめんなさいね。今まで実弥を応援してあげられなかった」
母は悲しそうな顔で私を見た。
何度母に味方になってほしいと思っただろう。進路に就職に結婚に。でももう母に対する思い全てがどうでもよくなった。
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