TAKAFUSA

伊藤真一

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その3 陶晴賢 最大のピンチ 又二郎決死の覚悟

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その3

八月に入り、陽が厳しく照り付ける日がつづいていた。 
そんなある日のことであった。

朝まだ涼しいうちに、五郎達は城を出た。 
今日は海で水練を行うのである。

山を二つほど越えたところを下った江田浜を目指していた。 
その浜には、前に喧嘩をしにいって、その後仲良くなった 江田浜の網元の子亀吉がいた。 

亀吉と五郎は妙にウマがあい、時折五郎が浜に行き一緒に遊ぶ仲になっていた。

五郎にとっては浜で遊ぶのは、地元で過ごす堅苦しさがなく、とても楽しかった。

亀吉は最初、五郎が陶家の跡取りであるとは知らなかった。 
なので「五郎」と呼び捨てにしていたが、 
後にそれを知ってからはさすがに「五郎様」と呼ぶようにはなった。

五郎は、「五郎」のままで良いといったが、
亀吉も 
「それはできねえ」
と「五郎様」と呼ぶようになった。

しかし、そう呼ぶようになっただけで、海で育っただけに口の悪さは変わらない。

亀吉が 「五郎様、まだまだ泳ぎが上手(うま)くならんのお。
そんなこっちゃ甲冑つけて海に浸かったら、
すぐに水の底でお陀仏じゃわい」 というと、

「何を言う。すぐにお前より上手になってやるわ」と五郎。

すかさず、 
「天地がひっくりかえっても無理じゃのう。そうじゃろ又二郎」 
「たしかに、魚のように泳ぐ亀吉殿には、そうはたやすく追いつけぬと思います」 
と又二郎がまじめに答える。

「又二郎は、亀吉の味方か!」 と五郎は笑っている。

その後、約二時間くらい泳ぐ練習をしたが・・・
昼が近づいてきたので、 
五郎らは、亀吉といっしょに銛でメバルやマアジ、ゴマサバなどを突いたり、 
またサザエ・トコブシなどを獲ったりした。

亀吉はさすが漁師の子で、魚の鱗やワタを簡単に処理し、
石の上に鉄灸(火の上にかけ渡して魚などをあぶるのに用いる、細い鉄の棒)を懸け、火をおこし、手早く昼飯の準備をやってのけた。

鉄灸の上で塩焼きされた魚貝の香りが五郎らの鼻を刺激した。

その焼けたばかりの魚や貝と、 
五郎が城から持ってきた味噌と握り飯とともに腹にいれた。

五郎が、 
「いや本当に、なぜこんなに旨いのかなあ」と言うと、
亀吉が 
「この江田浜の魚や貝がいいからだぜ。」 なんてことを話していると・・・

そこへ一人の娘がやってきた。

亀吉が、 
「あっ、姉ちゃん」 と呼ぶと、 
「かあちゃんが味噌汁とこれを持っていけって」

亀吉の姉のお栄であった。 
お栄は色黒で背が高かった。
細身であったが、胸のふくらみが、まだ十二・三歳ぐらいなのだろうが、
女らしさを感じさせた。 
切れ長の目元が涼しく、美しい娘であった。 
五郎は胸がざわついた。

お栄が持ってきたのはアサリの味噌汁と野菜の和え物であった。 
味噌汁を椀に注ぎ、和えものを皿に取り分け、
「さあ、お食べ」 と優しく微笑んで、
お栄がみんなに渡していった。

袖口から美しく伸びた腕と細く長いしなやかな指に、 五郎は心を奪われたが・・・
お栄が五郎の方を向くとぱっと目を逸らした。  

又二郎が、 
「この和え物は、今まで食べたことない味じゃ。何だろう。」

わさびの香りがするその和え物は、
口にいれるとしゃきしゃきとした歯ごたえがあり、
柔らかい甘みが何ともいえず、とにかく旨いのである。

みんな口々に、
「何だろうな、わからないな」と答える。

五郎が亀吉に、
「お前、しょっちゅう食べてるんじゃないのか」 
「たまに食べてるけど、わからないものはわからない。
五郎様は口に入るもの全部知っているのかい」と亀吉。 

「・・・」五郎が答えに窮する。

百乃介が 「わかんないが・・・本当美味い」

すると、お栄が 「それはね、にらよ」

「にらって時々雑炊にいれる、青い色したけっこう香りの強いやつかな。」と与吉。

「そうよ、でも、この黄色っぽいにらは、ちょっと特別で・・・ 
日光をあてずに育てたものなんだって。
うちの母ちゃんが時々魚をあげる年寄りの百姓夫婦がくれたものだって。
あっさりしていて、ワサビで和えるとほんと美味しいわね、私も大好きよ」

五郎たちは、約一時間ほど、亀吉とお栄と楽しい時間を過ごし、その後浜を後にした。

帰りの山道で、
五郎は (きれいなお姉ちゃんだったな) と
お栄のことを思い返していた。

その時、一匹の黒い子犬が、山の横道から出てきた。

タキとマツをいつも可愛がっている五郎は、子犬をみてうれしくなり、 そっと近づいてしゃがみこんで、 
「こんなところで何してるのかな」
思いきり優しい声をかけ、頭を撫でようとした。

その手に、子犬ががぶりとかみついた。 
「痛っ!」と五郎。 
子犬は、さっと走って横道の方へ消えていった。

与吉が、 
「五郎様、嫌われましたな」 と言い、
又二郎や百乃介と一緒に大笑いした。

「笑うな!かわいい形なりしてひでえことしやがる」 と五郎は毒づいた。

四人でしばらく山道を下っていると、後ろ方に何かの気配を感じた。 
振り返ってみると坂道の上の方に何かがいる。黒い影のように見える。

その影が突然動き出した。こっちへ向かってきた。 
吠える声が聞こえる。それは野犬の群れだった。
野犬はとても凶暴で狼のように集団でシカやイノシシを襲うこともある。

「逃げろー!」と五郎。 
「どんどん近づいてくるぞーー」と与吉が今にも泣きそうな声でいう。

犬は七・八頭いたが、先頭を走るのは、ものすごい大きな真っ黒の犬である。

「木に登れ!」と又二郎が言った。 
「登ろう」と五郎。

そして四人は、それぞれ道のわきの木立に入り別々の木によじ登った。

犬たちがやってきて、上を見ては猛然と吠える。 
牙をむき出しにして吠えている奴もいる。木に前足をかけているのもいる。

真っ黒いでかい奴は、物凄い眼光で五郎たちを見ていた。

「降りたら殺されるぞ。しばらくは我慢しろよ」と又二郎。

犬たちは上を見上げながら、やがて吠えるのをやめ大人しくなり、
そのあたりをうろうろしていたが・・・・

百乃介がもじもじしだして、 
「おしっこが漏れそうだよ」 
「そこですればいい」と又二郎。

百乃介が木の上から小便をしだすと・・・ 
また犬たちが激しく吠えだした。

五郎が、 
「いったい、いつまでこいつらいるんだろ」 
「下手したら一晩でも・・・五郎様、我慢しないといけないですな」 
落ち着いた声で又二郎が答える。

それから、一時間半くらいたったころだろうか。

犬たちがやっと諦めたのか、ゆっくり坂の上の方へ歩き出した。

「あっちへ行くよ」と与吉。 
「ばか!しっー!大きな声だすな」 と又二郎が、小声で与吉に言った。
みんな、ほっとした気持ちになっていった。

五郎が、どこまで犬たちがいったかを確認しようと、右手で上にあった古い太い枝をつかみ、身を乗り出して坂をのぞこうとした時・・・・・

その枝がポキリと折れた。 
「あっ!」 と言いながら、
五郎がどすっと地面に落ちた。

「五郎様!」と一斉に又二郎らが声をかけた。 
「五郎様が動かない」と与吉。

「どうする?又二郎どうする?犬が来るかも・・・」と百乃介。  

又二郎は思い出していた。
いつか五郎の父の興房が甘い菓子をくれながら・・・・・ 
(「又二郎や、そちは五郎の二つ上じゃ。五郎は粗忽者ゆえ、
又二郎を頼りにしておるからの。何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
と言ったことを。

 又二郎の耳に犬のけたたましい声が聞こえてきた。 
そして、走って向かってくる犬たちの姿が目に入った。 

 「又二郎!」と百乃介が叫ぶ。 

(どうすればいい?どうすればいい?) 
と悩む又二郎であったが・・・  
又二郎の耳に、 
(「又二郎を頼りにしておるからの。何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
という興房の声が、今度は本当に聞こえたような気がした。
その瞬間覚悟が決まった。

 「やっーー」と言いながら、又二郎は飛び降りた。 

「与吉も、百乃介も降りてきて、五郎様を守れ!俺が犬をやっつける」と大声で叫んだ。

 地面に降り立った又二郎は、素早く、丁度いい長さ重さの枝っきれを掴み、 
(人間はいつかは死ぬんだ!)
 と思い、犬を待ち受けた。 

五郎の前に立ちはだかる又二郎に、犬たちは猛然と攻撃をしかけてきた。 
大きな黒い犬に左腕を噛まれ、引き倒されそうになったが、
そいつの脳天を右手につかんだ枝で思い切り叩いたところまでは覚えているが・・・・・
後は何も覚えていない。 

与吉と百乃介の話によると、死に物狂いで又二郎が戦っていたが、
何か所も噛まれ、もうだめかと思うときに、
おじちゃんが出てきたと。 

おじちゃんは、 
「坊主、よくがんばった」 と言い、
又二郎の前へでて、持っていた木の棒を高く構えると・・・ 
犬たちの動きがぴたっと止まった。 

が、次の瞬間一頭の犬が飛びかかった。 
おじちゃんが棒をすっと降ろすと、犬の大きな鳴き声が響いた。

 また、次の一頭が素早くおじちゃんの足元の方へ向かった。
 棒をまたすっと動かすと、その犬も大きな鳴き声をあげながら横に転がった。 

犬たちとおじちゃんの間に一瞬静寂が流れた。 

すると真っ黒なでかい犬が、二三歩後ずさったあと・・・
急に後ろ向いて走り始めた。
すると犬たちが一斉にそれに続いていった。  

おじちゃんは、持っていた薬で血だらけになった又二郎を手当てしてやり、
次に五郎の元へ行き、
体を抱いて 「ウッ!」と活をいれると
五郎が目を覚ました。 

おじちゃんは、五郎が陶家の跡取りと聞いて、又二郎を背負い、
与吉と百乃介に交互に五郎を背負わせて、陶の城に向かった。 

又二郎がおじちゃんの背中で、 
「おじちゃん、強いね」 
「そうでもないさ。俺はお前が強かったと思うぜ。 
噛まれた傷がひどいから、しゃべらずに寝ておれ」 

「じゃあ、もう一つだけ」 
「なんじゃ」

 「おじちゃんの名前はなんていうの」
 「俺は塚原って名前だよ。でも、おじちゃんでいいからな」 

「塚原様か・・・」 
又二郎はそうつぶやき、眠りに落ちていった。 
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