騎士の鎧を着た社畜職人、最高の製品を作ったら王国の運命を変えることになった

第1章：騎士の鎧と職人の魂の出会い

第1話：俺はシグマだ！

　焼け焦げた森の片隅、鍛冶屋の裏で彼は倒れていた。

　重厚な騎士の鎧が土にまみれ、近くには剣が打ち捨てられている。ルナは恐る恐る近づき、その鎧の兜を外した。現れたのは、整った顔立ちの青年だった。

「よかった、息はしてる。でも、一体どうして…？ 鎧はボロボロだし、ひどい状態だわ。お父さん、怪我人よ！　薬を用意して！」

　目を覚ました青年。だが、酷く混乱した様子だ。

「あ、あれ…？ 確か俺は…徹夜明けで…工場の溶鉱炉の熱で、倒れて……」

　青年はそう呟き、ゆっくりと体を起こそうとするが、体中に激痛が走る。

　ルナは青年の無事を喜び、慌てて尋ねた。

「あ、よかった、意識が戻ったわ！　ひどい怪我だわ、お父さんに手当てしてもらわないと！」

　青年は首を傾げた。

「ここはうちの鍛冶屋の裏よ。あなたは森で倒れていたの。騎士様、お名前を教えていただけますか？」

　青年は『佐藤タカシ』と名乗りそうになった。だが、その現代日本の名前は、この異世界の光景にそぐわない。彼は肉体の奥底から突き上げてくる情報『シグマ』という名を受け入れることを決意した。

　青年は、深呼吸をして、この世界で生きることを決意した。

「……俺の名は、シグマだ」

　ルナは安堵の表情を見せた。「シグマ様ですね。意識が戻られて本当によかったわ。さあ、奥でお父さんに手当をしてもらって！」

　彼は鎧に触れ、損傷箇所を執拗に調べ始めた。その途端、騎士としての使命感よりも、職人としての情熱が湧き上がってきた。

「……この鎧、よく持ち堪えたな。何があったのか記憶にないが、ありがとう。守ってくれて」

　ルナが彼の腕を引っ張る。

「さあ、シグマ様。立てる？ ひどい熱があるわ。お父さんが待っている。早く手当をしないと」

　シグマは、体中を襲う激痛に顔を歪めた。

「くそっ……体が、動かない……」

　彼は、思うように力が入らない自分の肉体に苛立った。

　彼はルナに支えられ、何とか鍛冶屋の奥の部屋へと運ばれた。

　―――

　高熱は数日続き、傷の治療と体力回復に一週間を要した。その間、ルナの父である鍛冶師バルカンが懸命に彼を看病した。

　一週間後、ベッドから起き上がれるようになったシグマに、ルナは心配そうに話しかけた。

「よかった。やっと熱が引いたわ。でも、お父さんの手当てと食事代、それに泊まっていた部屋の代金も……。騎士様、どうされるの？」

　シグマは自分の無一文の現状を理解した。この世界で生きていくためには、まず足場を固める必要がある。

「ルナ嬢。世話になった。だが、今は払うお金もない。俺はこの鍛冶屋で働こう。俺は鍛冶ができる。この技術を代金に充てさせてもらえないか」

「え？ 騎士様が鍛冶を？ 本当にできるの？」

　ルナは驚きに目を見開いた。

「ああ。俺は鍛冶の技術を持っている。この技術で、この鍛冶屋の役に立とう。代金として、手伝いをさせてほしい」

　シグマ（タカシ）の、騎士にして職人、職人にして騎士の異世界生活が始まった。