騎士の鎧を着た社畜職人、最高の製品を作ったら王国の運命を変えることになった

前田 真

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第1章:騎士の鎧と職人の魂の出会い

第2話:納期と品質。PDCAが異世界を制圧する時

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 シグマは鍛冶屋の作業場に立っていた。

 まだ本調子ではないが、熱が引けばすぐにでも働きたくなるのが職人タカシの性だった。

 ルナの父、バルカンは、騎士が作業着姿で金床の前に立っている姿を見て、渋面を作った。

「シグマ殿。身体はまだ万全ではないのだろう。娘に聞いたが、本当に手伝いなどできるのかね?」

「問題ありません、バルカン殿。鍛冶はできます。何か指示を」

 バルカンは少し驚いた顔をしたが、すぐに指示を出す。

 今日の仕事は、村からの依頼で大量のくわの柄の取り付けと、炉の火力の維持だった。

 シグマは、ルナたちが『長年の経験』でしか把握していなかった炉の火の温度を、僅かな炎の色と熱波から正確に読み取り、制御し始めた。

「この炉の熱効率は、もう少し上げられます。燃料の消費を極力抑えたいので」

 彼は、ルナやバルカンが一度手を離すと温度が不安定になりがちな炉を、最小限の燃料と動きで、常に一定の最適な状態に保ち続けた。

 バルカンは、その効率的かつ精密な火の扱いと、自然な形で口にされたコスト意識の高さに目を丸くした。

「ほう。これはただの騎士ではないな。火の扱いが、わしより正確かもしれん」

 昼休憩。

 シグマは、積み上がった注文書や、雑然と置かれた材料を見て、内心で前世の魂が沸騰するのを感じていた。

(素材の配合率の記載がない。完成品の強度測定データも存在しない。納品管理も口頭や勘に頼っている。これでは誰かが倒れたら、納期が破綻するリスクがある! 品質保証の仕組みがない。このままでは、あらゆる作業が乱雑になりかねない)

 ルナは、シグマの腕前を認めつつも、その張り詰めた空気と、彼が作業場を見つめる異様な集中力に気圧され、恐る恐る尋ねた。

「シグマ様。腕は確かだけど、なんだか……落ち着きがないみたいね?」

 シグマは、一瞬で職人の顔に戻り、努めて冷静に話した。

「ルナ嬢。実は……世話になったお礼と言ってはなんですが、バルカン殿やルナ嬢の作業の負担を、もっと減らせる方法があるのです。この鍛冶場の生産効率を上げることで、技術を、もっと楽に、安定して発揮できるはずです」

 バルカンが腕を組み、尋ねた。

「改善できる点、だと?」

「はい。私も職人として、技術が経験と勘だけに頼られている現状に、どうにも気が済まなくて……。その都度調整する手間は、バルカン殿の大きな負担になっているはずです。私の知識で、無駄をなくし、効率的に稼働させ、その負担を減らせるはずです」

 ルナは少し戸惑った。

「え、でも、私たちは特に困ってないわよ? 昔からこのやり方でやってきて、ちゃんと売れてるし、誰も文句言ってこないわ」

 シグマは、冷静な口調で答えた。

「今は問題なくとも、将来的に必ず負担になります。安定した商売のためには、その『経験と勘』を、論理的な裏付けで補強することが不可欠なのです。品質保証とは、すべての製品が同じ性能を保証し、無駄な手戻りをなくすことです」

 彼は壁にかかっていた木の板と木炭を掴むと、ルナとバルカンの前で、図を書き始めた。

「もしよろしければ、この方法を取り入れてみてはいかがでしょうか。まずは計画(Plan)を立てる。次に実行(Do)する。そして評価(Check)し、最後に改善(Action)する。名付けてPDCAサイクルです」

「ぴーでぃーしーえー…? な、なにそれ? 呪文?」

「呪文ではありません。これは、生産効率を極限まで高めるための黄金律です。もしご協力いただけるなら、まずバルカン殿には在庫管理表の作成をお願いしたい。ルナ嬢には、この剣の焼き入れ温度を一つずつ記録していっていただきたい」

 バルカンとルナは、高熱から回復したばかりの騎士が、急に工房長のような振る舞いを始めたことに、ただただ呆然とするしかなかった。

 その日の夕方、ルナはシグマが一日で作成した『作業標準書』と『日報』の山を前に、額の汗を拭った。

「疲れた……。でも、シグマ様が作った『計画』通りにやったら、今日、いつもより二割も多く剣ができたわ。しかも、どれも仕上がりが驚くほど均一だわ……。あれが呪文のような黄金律なの……?」

 バルカンは、完成した剣を検品し、驚愕の表情で頷いた。

「このシグマ殿、騎士などではない。腕前はわしの方が上かもしれんが、まさか……戦いや武具の知識を超えた異様な才覚を持つ人間なのかもしれん」

 シグマは、翌日の計画表をルナに渡し、満足げに微笑んだ。

「もし、このまま手伝いを続けられるなら、次は、作業場の基本的な改善を提案したい。それは、整理・整頓・清掃・清潔という四つの基本を徹底すること。これにより、無駄が減り、安定した納期と品質を保てるようになります」

 ルナは、急にできた『上司』に怯えながらも、彼が作った完璧な製品に、抗いがたい魅力を感じていた。

 こうして、異世界鍛冶屋での『社畜職人』シグマの品質改善活動が本格的に始まったのだった。
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