僕たちが見上げた空に ☆横浜の空高くホームランかっ飛ばせタシロ!☆

高橋ヒデミチ

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第一章_長嶋一茂

10.実験

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 九月になり授業が始まると、すぐに追試が行われた。
 前期試験で苦手の英語の点数が悪かったのだ。

 卒業したらドルフィンズの球団職員になるのだから、一年生の英語の単位を落としてつまずく訳には行かないっ!
 しかし苦手なものは苦手なのだ。
 全く自信の無い回答を書いているうちに、緊張からか手汗がひどくなってきた。
 すると次第に机から手が反発されている感覚が沸いてきたのだ。
 机の天板は木製だ。
 アレか?
 あの現象が起きてきたのか?

 とりあえず、手と机の間にハンカチを敷いて、直接触れないようにしたり、手汗をズボンで必死に拭きながら、なんとか解答欄を埋めて試験を終わらせた。
 試験の出来も気になったが、それよりも自分が臭いのでは?
 ということが気になったので、隣の席の女子に聞いてみた。
「なぁ? 今、俺って臭くない?」
「えっ? 別に臭くないし、いい匂いしてるよ」
「あっいい匂いか、ありがとう……」
 女子にいい匂いがする。
 とか言われたことが無かったので焦ったが、どうやら臭くはないようでホッとした。
 となると、あの現象と体臭は無関係なのか?
 また改めて調査しないとなぁ……
 と思うと折角試験が終わったのに、何か憂鬱な気分になった。

 心に引っ掛かっていた追試が終わり、秋季リーグを目指して練習を再開した。
 練習初日、あの現象を再現させる唯一の方法があることに気付いていた。

 夏休みの練習と同じく、グラウンドを何周も走ってベンチに触れるかどうか試してみるのだ。
 あの日以来、練習が終わったら真っすぐシャワールームへ向かっていたので、再現させようと試したことが無かったのだ。

 匂いが原因なのだから、一刻も早くシャワーを浴びたい。
 という心理状態になっていたのだと思う。
 もう一度、同じ条件で同じことが起きるのか?
 先ずはそこから調査を開始してみることにした。

 何周走ったか分からなくなるまで走って、ベンチに戻ってきた。
 そして、そ~っとベンチに触ろうとしてみたが、ある距離まで近付くと反発されてしまう。
 あの現象が起きているのだ。

 実は走っている間に、思い付くことがあった。
 夏休みの臭い靴下事件で、すっかり匂いに気を取られていたのだが、もっと単純なことがあるだろう。
 匂いではなく、その素となっている汗が原因ではないのか?

 臭い靴下が宙に浮いているインパクトが強すぎて、匂いが原因だと思い込んでしまったが、それ以外に共通するものは「汗」だということに気が付いたのだ。
 現に今も汗だくだ。

 まだ残暑が厳しい季節に部屋の窓を閉め切って、床にタオルケットを敷いて、エアコンを暖房に切り替えてみた。
 五分もしないうちに、汗がダラダラと流れてきた。
 さぁどうなるか?
 そっと手を床に触れてみた。
 あれっ? 触れる。
 反発しないのかっ!

 絶対に反発されると信じていたので、もの凄い脱力感に襲われた……
 あの現象には間違いなく汗が関係しているはずなのだが、ただ汗を掻くだけではダメみたいだ。

 例えば、その日の天気・気温・湿度。睡眠時間・体温・その他体調、食事や食後の経過時間。
 汗だけではなく、他の何かの条件が絡むと起きるのだろう。

 次の日から、決まった時間に起床して、毎食同じものを食べて、同じ時間に就寝するようにした。
 体温計を購入して体温測定もするようにした。
 天候や気温も記録した。
 湿度は分からないが、カラッとしているのかジメジメしているのか程度はメモとして残した。

 体温や天候は多少の変化はあるが、グラウンドを走ってベンチに触ろうとすると、必ずあの現象が起きることが分かった。
 しかし、帰宅して部屋をサウナ状態にして汗を掻いても何も起きなかった。

 時間を変えて試してみた。
 いつもはグラウンドを走っている時間に、部屋をサウナ状態にしてみたが、あの現象は起きない。
 授業が始まる前の早朝からグラウンドを走ってみると、あの現象が起きた。

 睡眠時間、食事、天候、体調……
 何がどう関係しているのか?
 法則が全く分からないまま一ヶ月以上経過したところで、疲れてしまって調査を終了することにした。


 汗が関係している事は間違いないので、僕はハンカチよりも吸収力のある、ハンドタオルを常に持ち歩くことにした。
 横浜ボールパークのショップで購入した、多城選手に関係したデザインのハンドタオルを何種類か持っているので、ローテーションで使うようにしよう。

 汗を掻いたらすぐに拭く。
 汗を掻いたら木製のモノに触れる時に注意する。
 それだけで日常生活には困らないので、これ以上の調査は時間の無駄にしかならない。

 この期間、正直なところ野球に集中していなかったのだが、他人が見ると、黙々と走り込みをして努力しているように見えたらしく、その姿勢が評価されベンチ入り選手に選ばれた。
 まぁその程度のレベルなのだから、プロのスカウトが視察には来ないのだが……

 去年まで、毎日松村の球を打っていたので、今のリーグの投手の球なら、それなりに結果を残すことができた。
 でも、リーグ優勝して一部リーグを目指しても、学生野球より先の道が開くとは思えない。

 それよりも、どうしたらドルフィンズの球団職員になれるのか、その為には何が必要なのか、自分なりに考えて勉強し行動するようにするべきだ。
 インターネット上では、学生向けのデザインの公募を行っているコンテストがあることを知った。
 腕試しの気持ちと、採用されるかもしれない。
 という野心もあり、積極的に応募するようになった。

 もちろん授業も真面目に受けた。
 学業とコンテストで忙しい毎日だ。
 祖父との約束なので、野球部を途中で辞めようとは思わないが、高校野球の頃と違い、生活の中での比重は減ってきていた。


 二年に進級して、春季リーグが始まった。
 あの現象の原因究明は諦めたので、走り込みはしていない。
 周囲からも特別な目で見られなくなったので、ベンチ入りはしているものの、レギュラーにはなれなかった。

 大学リーグは金属バットではなく、木製のバットなのだが、チャンスで代打に起用された時にあの現象が起きた。
 バットを上手く握れなくて焦ったが、すぐに両手にバッティンググローブを着けて、周りの誰にも気付かれること無くヒットを打った。

 試合中だから汗は掻いているが、この時は何が絡んでいたのか?
 まぁ原因を追究するより、打席では常にグローブを着けるようにすれば問題無いので忘れることにしよう。

 プロ野球選手になるなんて、とっくに諦めているが、やっぱり野球は楽しい。
 試合に出ると心地よい緊張感を味わえるのも好きだ。
 真剣勝負ではなく、趣味としての野球で良いではないか。
 
 授業に野球部の練習にデザインの応募。
 毎日忙しく充実感もある。
 四年生の春に引退するとして、あと二年で本格的な野球とはお別れだ。
 そう思うと寂しさも感じるが、高校の頃のように、全てを野球に打ち込んでみる気力は無い。
 卒業後のことも少し意識しながら、デザインのほうに少し重心を置いた生活が、今の僕の生活パターンとして定着していた。


 夏休みの前に、嬉しいニュースが入ってきた。
 母校の上田染川高校が県大会の決勝に進出したのだ。
 
 球場に駆け付けて応援したかったのだが、去年同様、前期試験の日程と重なってしまい行くことができなかった。
 決勝は宿敵(我々の片想いだろうが……)佐久穂に敗れたのだが、過去最高の成績は誇れる。

 それにしても、去年投球を受けた綿田投手と後藤投手は特別凄い投手だとは思わなかったのだが、キャプテンの水野は妙に自信を持っていた。
 水野だけが気付いている特別な理由があるのだろうか?

 前期試験が終わり、夏休みになった。
 すぐに帰省して、染川高校の練習に顔を出した。

 夏の大会で負けると、三年生は引退するのだが、水野も練習に参加していた。
 県大会の決勝に進出したチームのキャプテン。
 って理由だけで、プロのスカウトから注目されるほど甘くはないが、特別凄い選手が居る訳でもない、田舎の公立高校を決勝まで押し上げたキャプテンシーが評価されたのか?
 社会人野球の横浜通運から入社の意志があるか問い合わせが来ているらしく、前向きに検討中とのことだ。

 水野は三年間一番バッターとしてチームをけん引したのだが、キャッチャーで一番を打って盗塁もできる選手は珍しい。
 一般的には、キャッチャーはずんぐりした体形で足が遅いイメージだ。
 今までに居ないタイプのキャッチャーとして、社会人野球でも活躍すれば、更に先があるかもしれない。

 目標にしていた道を、また一つ進むことができることは正直羨ましい……
 が、僕だって毎日精一杯やっている。
 水野に負けてばかりではいられない。
 秋季リーグはレギュラーで活躍して、水野に報告してやろう。

 久し振りに、野球で頑張ろう!
 という気持ちになれた。
 後輩の頑張りや、母校の頑張りがこんなにも嬉しいものだとは思わなかった。
 逆に、OBが頑張っている姿を見せたら、後輩も頑張れるのではないか?
 残された時間は少ないが、野球をやっている間は全力で頑張らないといけない。
 それが祖父の希望でもあったし、改めて真剣に野球に向き合おう。
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