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第一章_長嶋一茂
15.ドラフト
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その数日後、ドラフトの一週間前に、久里浜球場で正式な入団テストを行うことになった。
と、多城選手から連絡を受けた。
武者震いがした。
今から緊張MAXである。
一人で行くのは心細いので、横浜通運で社会人野球の選手になった水野に連絡して、一緒に行ってもらうことにした。
それは単に心細かっただけではなく、多城選手の100号ホームランをキャッチして、来年のドラフト候補になる水野を紹介したい気持ちもあったのだ。
入団テストの当日、水野が車で迎えに来てくれた。
中古のファミリーカーだったが、流石は社会人、自分で稼いだ金で車を買っているのだから、学生の僕よりも大人である。
しかも助手席には可愛らしい女性が乗っていた。
長野に転校してくる前の、上茶谷中学の同級生だそうだ。
「水野、俺は今までお前に負け続けて来た。
高校ではセカンドのレギュラーを奪われ、俺が卒業した後の県大会決勝進出も、学校の歴史を塗り替える快挙だった。
目標としていた社会人野球へも進んで、プロへの道筋もしっかり切り開いたし、お前には勝てないと思っていたよ」
「カズさん、何言ってるんですか、勝ち負けとは違いますよ」
「いやいや、男として負けてると感じてるんだよ! でもな、今日は必ず合格して、一足早くドルフィンズで待ってるよ」
「そうですよ! 来年僕がプロになれるかどうかなんて、今の時点では全くの白紙だし、カズさんが男として一歩リードじゃないですかっ!」
「まぁ野球に関してはそうなんだが、それだけじゃない!
俺は車の免許すら無いのに、お前は車を買って、助手席に可愛い彼女を乗せて、いつもいつも一歩前を進んでいるんだよっ。
後輩なのに。ホント、ムカつくわっ!」
水野のお陰で必要以上に緊張することもなく、久里浜球場まで行くことができた。
球場には多城選手の他に、来季から監督に就任するのではないか?
と噂になっている葉山二軍監督も来ていた。
その他にもコーチ・スカウトが大勢来ていて、何だか予想していたより重苦しい空気の中で、僕の入団テストが始まった。
50メートル走は六秒三で走り合格。
遠投は75メートル…… 90メートルが合格ラインだから本来なら余裕で不合格である。
その後ブルペンで投球を披露した。
最速は130キロ程度なので、誰もが興味を失っている様子である。
普通なら、「はい、ご苦労様でした~」で不合格なんだろうけど、二軍の選手三人と実戦形式で対戦させてもらえるような段取りになっていた。
多城選手からは、全部ナックルを投げるように言われていた。
勿論そのつもりである。
ここまで完全に期待外れの雰囲気になっているが、ここからが本番である。
対戦する選手は、二軍でも打撃成績が良い、来季の期待の新戦力と言われている三人を用意したようだ。
最初の打者は、多城選手と同じように、一球目と二球目を見送り、何か見切ったような自信満々の様子で三球目を振ってきた。
結果は空振り三振。
二人目の打者は、初球から積極的に打ってきたが、三球続けて空振り三振。
三人目の打者は、バントを試みるがファールにすらならず、二球続けて空振り、最後は振ってきたが空振り三振。
この結果には多城選手以外の全員が驚きの表情を見せた。
球を受けていたキャッチャーが葉山監督に何か説明しているのが見えた。
多城選手が近付いてきて言った。
「あれは、まるでバットを避けるように変化してますよ。
って説明しているんだよ。俺もそう思ったしね」
入団テストが終わった後に、多城選手に水野を紹介した。
プロ入り100号のボールと交換して持っていたボールには、「冬樹君 プロ野球選手になれるように 頑張れ」と書かれていた。
水野も、これがきっかけとなり野球に打ち込むようになったのだ。
「俺の節目のホームランをキャッチした二人と、こんな形で会えるなんて嬉しいよ。
水野君は社会人野球の選手らしいけど、成績はどうなんだい?
来年のドラフト候補になれそうかい?」
「いいえ。自分のコンディションが落ちないように、日々の調整はしていますが、試合では目立った結果は残していません。
それに、僕はプロ野球選手なら何処でもいいのではなく、ドルフィンズの選手になりたいんですよ。
来年の今頃、今日の長嶋さんのようにテストしていただきたいのですが? そんなことって可能なんですか?」
「それは約束できないけれど、君のことをフォローするようにスカウトには言っておくよ」
これは多城選手が言える範囲での、最高の返事なのではないか?
今日は水野を連れてきて良かった。
翌日、ドルフィンズのスカウト部長から、入団テストの合格とドラフトの下位で指名する方針である。
との連絡が入った。
嬉しかった。
のだが、何故か不安のような感情もある。
この時の為に今まで努力してきたのだ。
単純に嬉しいはずなのに、余りにも大きな目標が達成されようとして、これが嘘だったら二度と立ち直れないくらいの衝撃を受けるだろう……
という種類の不安が襲って来たのだと思う。
ドラフト当日まで、どうやって過ごしたら良いのだろうか?
何をやっても落ち着かないので、長野に帰ることにした。
家族には、ドルフィンズからドラフトで指名される予定だ。
と報告したが、友人関係には黙っていようと思った。
誰かに言ってしまうと、夢から覚めてしまいそうな感じなのだ。
実家で何もしていないとコンディションを崩してしまいそうなので、毎日走ることにした。
上田城址公園まで約6キロ。
そう、高校野球の組み合わせ抽選でご利益があった神社まで、毎日走って行って
「どうか無事にドラフトで指名されますように」
とお参りに行くことにしたのだ。
大学の野球部には、ドルフィンズから指名の予定がある旨は伝えてあったし、ドルフィンズから部長や監督にも連絡が入っていたようなので、当日は学校に行って待機するようになった。
まだ現実なのか夢なのか、実際に指名されるまで不安で仕方がない。
ドラフト当日の昼過ぎに、新幹線で横浜に戻った。
部屋には寄らずにそのまま学校へ向かうと、部長と監督だけではなく、よく知らない学校の偉い人たちも待っていた。
CS中継が映るテレビがある部屋で、ドラフトを観ていると、野球部員だけではなく、一般の生徒もかなり集まって来た。
僕の口からは誰にも言ってなかったのだが、部長や監督から情報が伝わったらしい。
何しろウチの大学からプロ野球選手が誕生するのは初めてのことなので、部長も監督も偉い先生方もかなり舞い上がっている。
一巡目に、明法大の青木が指名された。
三球団が競合して、抽選の結果広島が交渉権を獲得した。
同一リーグなので対戦することがあるかもしれないなぁ……
などと考えていたが、華々しいドラフト一位の青木と僕の対戦が実現することになるのか?
まだ半信半疑だ。
二巡目、三巡目、四巡目…… なかなか僕の名前が読み上げられない。
下位指名とは聞いていたが、本当に指名されるのか、心配になってきた……
そして、七巡目、とうとうその瞬間がやってきた。
「第七巡目選択希望選手、横浜、長嶋一茂、投手、二十二歳、横浜情報工芸大学」
「ウォォォォ!」
と言う地鳴りのような歓声が部屋中に響き渡った。
「おい! 胴上げだっ胴上げだっ」
「外に行こうぜっ」
「長嶋! 肩車して行くぞっ」
僕はもみくちゃにされながら外に連れ出されて胴上げが始まった。
「ワッショイ! ワッショイ! ワッショイ!」
僕の身体は何度も宙に舞った。
暗くなった空を見ながら、初めてドルフィンズの試合を観に行った夜のことを思い出していた。
暗い空のどこからか、多城選手が打った白い球が落ちてくるような気がした。
と、多城選手から連絡を受けた。
武者震いがした。
今から緊張MAXである。
一人で行くのは心細いので、横浜通運で社会人野球の選手になった水野に連絡して、一緒に行ってもらうことにした。
それは単に心細かっただけではなく、多城選手の100号ホームランをキャッチして、来年のドラフト候補になる水野を紹介したい気持ちもあったのだ。
入団テストの当日、水野が車で迎えに来てくれた。
中古のファミリーカーだったが、流石は社会人、自分で稼いだ金で車を買っているのだから、学生の僕よりも大人である。
しかも助手席には可愛らしい女性が乗っていた。
長野に転校してくる前の、上茶谷中学の同級生だそうだ。
「水野、俺は今までお前に負け続けて来た。
高校ではセカンドのレギュラーを奪われ、俺が卒業した後の県大会決勝進出も、学校の歴史を塗り替える快挙だった。
目標としていた社会人野球へも進んで、プロへの道筋もしっかり切り開いたし、お前には勝てないと思っていたよ」
「カズさん、何言ってるんですか、勝ち負けとは違いますよ」
「いやいや、男として負けてると感じてるんだよ! でもな、今日は必ず合格して、一足早くドルフィンズで待ってるよ」
「そうですよ! 来年僕がプロになれるかどうかなんて、今の時点では全くの白紙だし、カズさんが男として一歩リードじゃないですかっ!」
「まぁ野球に関してはそうなんだが、それだけじゃない!
俺は車の免許すら無いのに、お前は車を買って、助手席に可愛い彼女を乗せて、いつもいつも一歩前を進んでいるんだよっ。
後輩なのに。ホント、ムカつくわっ!」
水野のお陰で必要以上に緊張することもなく、久里浜球場まで行くことができた。
球場には多城選手の他に、来季から監督に就任するのではないか?
と噂になっている葉山二軍監督も来ていた。
その他にもコーチ・スカウトが大勢来ていて、何だか予想していたより重苦しい空気の中で、僕の入団テストが始まった。
50メートル走は六秒三で走り合格。
遠投は75メートル…… 90メートルが合格ラインだから本来なら余裕で不合格である。
その後ブルペンで投球を披露した。
最速は130キロ程度なので、誰もが興味を失っている様子である。
普通なら、「はい、ご苦労様でした~」で不合格なんだろうけど、二軍の選手三人と実戦形式で対戦させてもらえるような段取りになっていた。
多城選手からは、全部ナックルを投げるように言われていた。
勿論そのつもりである。
ここまで完全に期待外れの雰囲気になっているが、ここからが本番である。
対戦する選手は、二軍でも打撃成績が良い、来季の期待の新戦力と言われている三人を用意したようだ。
最初の打者は、多城選手と同じように、一球目と二球目を見送り、何か見切ったような自信満々の様子で三球目を振ってきた。
結果は空振り三振。
二人目の打者は、初球から積極的に打ってきたが、三球続けて空振り三振。
三人目の打者は、バントを試みるがファールにすらならず、二球続けて空振り、最後は振ってきたが空振り三振。
この結果には多城選手以外の全員が驚きの表情を見せた。
球を受けていたキャッチャーが葉山監督に何か説明しているのが見えた。
多城選手が近付いてきて言った。
「あれは、まるでバットを避けるように変化してますよ。
って説明しているんだよ。俺もそう思ったしね」
入団テストが終わった後に、多城選手に水野を紹介した。
プロ入り100号のボールと交換して持っていたボールには、「冬樹君 プロ野球選手になれるように 頑張れ」と書かれていた。
水野も、これがきっかけとなり野球に打ち込むようになったのだ。
「俺の節目のホームランをキャッチした二人と、こんな形で会えるなんて嬉しいよ。
水野君は社会人野球の選手らしいけど、成績はどうなんだい?
来年のドラフト候補になれそうかい?」
「いいえ。自分のコンディションが落ちないように、日々の調整はしていますが、試合では目立った結果は残していません。
それに、僕はプロ野球選手なら何処でもいいのではなく、ドルフィンズの選手になりたいんですよ。
来年の今頃、今日の長嶋さんのようにテストしていただきたいのですが? そんなことって可能なんですか?」
「それは約束できないけれど、君のことをフォローするようにスカウトには言っておくよ」
これは多城選手が言える範囲での、最高の返事なのではないか?
今日は水野を連れてきて良かった。
翌日、ドルフィンズのスカウト部長から、入団テストの合格とドラフトの下位で指名する方針である。
との連絡が入った。
嬉しかった。
のだが、何故か不安のような感情もある。
この時の為に今まで努力してきたのだ。
単純に嬉しいはずなのに、余りにも大きな目標が達成されようとして、これが嘘だったら二度と立ち直れないくらいの衝撃を受けるだろう……
という種類の不安が襲って来たのだと思う。
ドラフト当日まで、どうやって過ごしたら良いのだろうか?
何をやっても落ち着かないので、長野に帰ることにした。
家族には、ドルフィンズからドラフトで指名される予定だ。
と報告したが、友人関係には黙っていようと思った。
誰かに言ってしまうと、夢から覚めてしまいそうな感じなのだ。
実家で何もしていないとコンディションを崩してしまいそうなので、毎日走ることにした。
上田城址公園まで約6キロ。
そう、高校野球の組み合わせ抽選でご利益があった神社まで、毎日走って行って
「どうか無事にドラフトで指名されますように」
とお参りに行くことにしたのだ。
大学の野球部には、ドルフィンズから指名の予定がある旨は伝えてあったし、ドルフィンズから部長や監督にも連絡が入っていたようなので、当日は学校に行って待機するようになった。
まだ現実なのか夢なのか、実際に指名されるまで不安で仕方がない。
ドラフト当日の昼過ぎに、新幹線で横浜に戻った。
部屋には寄らずにそのまま学校へ向かうと、部長と監督だけではなく、よく知らない学校の偉い人たちも待っていた。
CS中継が映るテレビがある部屋で、ドラフトを観ていると、野球部員だけではなく、一般の生徒もかなり集まって来た。
僕の口からは誰にも言ってなかったのだが、部長や監督から情報が伝わったらしい。
何しろウチの大学からプロ野球選手が誕生するのは初めてのことなので、部長も監督も偉い先生方もかなり舞い上がっている。
一巡目に、明法大の青木が指名された。
三球団が競合して、抽選の結果広島が交渉権を獲得した。
同一リーグなので対戦することがあるかもしれないなぁ……
などと考えていたが、華々しいドラフト一位の青木と僕の対戦が実現することになるのか?
まだ半信半疑だ。
二巡目、三巡目、四巡目…… なかなか僕の名前が読み上げられない。
下位指名とは聞いていたが、本当に指名されるのか、心配になってきた……
そして、七巡目、とうとうその瞬間がやってきた。
「第七巡目選択希望選手、横浜、長嶋一茂、投手、二十二歳、横浜情報工芸大学」
「ウォォォォ!」
と言う地鳴りのような歓声が部屋中に響き渡った。
「おい! 胴上げだっ胴上げだっ」
「外に行こうぜっ」
「長嶋! 肩車して行くぞっ」
僕はもみくちゃにされながら外に連れ出されて胴上げが始まった。
「ワッショイ! ワッショイ! ワッショイ!」
僕の身体は何度も宙に舞った。
暗くなった空を見ながら、初めてドルフィンズの試合を観に行った夜のことを思い出していた。
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