恋して、愛して、変になる

まなづるるい

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プロローグ

運命の出会い

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 随分と鮮明な夢を見た。

 うん、多分これは夢……なんだと思う。白馬の王子様のような色白で綺麗な顔立ちをした黒髪の男の人が、何度も私の名前を呼ぶの。

 ああこれは運命なんだって、思ったから私、彼の首に腕を回して抱き寄せた。ずっとずっと、こうしたかったって思ったから。

 さっきよりもずっと近くなる距離に、心臓が騒ぎだす。

 この程度で騒いじゃ駄目。これからもっと、近くなるんだから。

 唇と唇が触れ合った瞬間、ビリビリと甘い電流が全身を駆け抜けていく。初対面のはずなのにちっとも嫌な気がしなかった。むしろ、この感触を心地良いとさえ感じてる。

 先に声が漏れたのは私の方だった。

 閉じたままの口を半開きにすれば、にゅるりと彼の舌先が伸びてきて、恥ずかしいくらいに奥深くへと絡まっていく。舌全体を舐めたり吸ったり厭らしく扱かれてるうちに、下半身がムズムズして頭がどうにかなりそうで。

 実際、どうにかなっていた。ふわふわとした頭の中で、考えるのは次にすること。彼の股間の膨らみを感じると、私はそれに期待する。

 この硬いの、どうするんだろう。

 私のピンク色の思考を知ってか知らずか、彼が下半身をグリグリと擦り付けてくる。そんなに刺激を与えては、彼も私も気持ち良くなってしまうのに。

 これ以上したらイッちゃう。やめなきゃ、やめなきゃ、やめなきゃ。

 思えば思う程淫らに腰を動かしている自分がいて。

 もうイク。

 そう感じた時には、見慣れた天井が見えていた。

「……夢……だった……」




 支度を済ませて制服に袖を通すと、今日も私、
岸本愛子きしもとあいこは学校に行く。中学生の時は紺色のセーラー服だったのが、高校生になってからは自由度の高いブレザーになった。

 色シャツもオッケー。女子はリボンとネクタイ、両方あるので気分によって変えられるし、赤青緑と色も豊富。そんな縛りのない制服目当てでこの高校を選んだと言っても過言ではない。

 教室に入って席に着くと、友達の由乃ゆのが私に声を掛ける。

「おはよう、愛子あいこ♡」
「おはよう、由乃」

 牧瀬由乃まきせゆの。一年生の時から同じクラスの女の子。胸元より下まで真っ直ぐ伸びた髪がとても女性らしさを表していて、男女問わず人気のある可愛い系ふんわり女子。薄く化粧した目元が綺麗で、女の私から見ても見蕩れてしまう。彼女がいなかったら、私の高校生活は万年ぼっちだったかもしれない。

 そんな由乃が、私にこっそり耳打ちをする。

「あのね愛子。私、昨日すっごいの見つけちゃったのぉ」
「すっごいの?」
「すっごい格好良い人の、すっごいえっちなど・う・が♡」

 そう言いながら由乃が私に見せてくれたのは、女性向けの動画サイトだった。タイトルには『綺麗なお姉さんと混浴でいちゃいちゃえっち』と書いてある。

 いったい何処からこういうのを見つけてくるんだか。

 ふと、今朝見たえっちな夢を思いだしてしまい、ちょっぴりばつが悪くなる。

 そんな私の心中など露ほど知らず、顔の横でひらひらと軽く手を振りながら、言いたいことだけ言って去っていく。

 由乃曰く「ラインで送るから、あとでじっくり見てみてぇ♡」だそうだ。

 言われた通り、家に帰ってから送ってもらった動画のサイトをじっくり見てみると、そういえば……と思いだす。

「え、この人って」

 この人。この、由乃が言ってた格好良い人。つまりえーぶい男優が、今朝、私が見た夢に出てきた男の人にそっくりだったのだ。

 まさかと思い、両耳にイヤフォンを付けた私は、動画の再生ボタンをタップする。

 他人の空似かもしれない。だけど、見れば見る程そっくりで、しまいには声さえも同じに聞こえてしまう。

 こんなイケメン、一度見て終わりなんて勿体ないよ。もしかしたら私の運命の人かもしれないのに。

 私はこの男優の詳細を知る為、すぐ由乃にラインを送った。

『この格好良い人、誰?』
中野奏太なかのそうたくんだよー! 格好良いよねぇ♡ 私、奏太くんめっちゃタイプ♡』

 なかのそうた。

 私は声に出して復唱する。

 なかのそうたなかのそうたなかのそうた。

 そんな名前の知り合いは勿論いないし、初めて聞く名前だった。

 私、この人のこともっと知りたい。

 なんでもいい。年齢でも誕生日でも血液型でも。

 だって夢にまで出てきたの。動画を見て確信した。彼はきっと私の運命の人。白馬の王子様に違いないんだから。

『この人の動画、全部教えて!』

 由乃に返信を送ったあと、私は彼についてネットで検索してみた。

 中野奏太。えーぶい男優。年齢二十五歳。誕生日は二月二十三日。歴は二年と長くはないけど、その顔の強さから女性ファンが後を絶たないらしい。最近は男優だけでなく、雑誌モデルとしても活躍してるとか。

 奏太くんが載っている雑誌は在庫がない為、今は買うことができないのが悔やまれる。が、画像欄で見る限り、この頃は冬服のファッションモデルとして起用されていたようだった。

 私、奏太くんに会ってみたい。

 奏太くんについて調べてるうちに、だんだんとそんな気持ちでいっぱいになっていた。

 とはいえ、会いたいと思ってそう簡単に会えたら誰も苦労はしないだろう。なんせ奏太くんはえすえぬえすを全くしないのだ。

 別に売れっ子芸能人ってわけでもないし、このご時世、えすえぬえすをやってない人がいたってちっとも珍しくはないんだけど。

 だけど事務所のマネージャーとかさ、本人は更新してないけど、うちの子こんな活動してます! 的なアカウントくらい、あってもいいと思うんだよね。それなのにいくら名前で検索しても出てこなくて、なんだかガッカリしちゃったな。

 ううん。ガッカリなんて、一方的に蛙化してたら失礼だよね。もしかしたら今は、たまたま仕事がないだけかもしれないのに。

 あ、そうだ。仕事があればきっと、誰かが情報を発信してくれるはず。だから今は待つしかないんだよ。

 それから私は暇さえあれば、ネットで奏太くんのことを検索するのが日課になっていた。

 奏太くんのことを知る度に、心が満たされていく感じがして。もはや中毒。例えるならそう、煙草やチョコレートのよう。摂取した瞬間は脳がスッとして、精神が落ち着くの。

 そして時間経過と共にまた欲しくなって、摂取して、の繰り返し。

 私、一瞬で奏太くんの虜になったみたい。中野奏太依存性。沼れば最後、ズブズブと骨の髄まで溶かされてしまう。





 衝撃の出会いから一週間後。私の頭の中は、常に奏太くんのことでいっぱいだった。

 あんなイケメン、一度でも見てしまえば、そこら辺に転がってる同じクラスの男子達がどれも芋に見えてしまうのは、もはや自然の摂理だろう。

 昼休みの騒がしい教室の中、私はぼーっと黒板を眺めながら、イヤフォンを通して奏太くんの甘い声を聞いていた。

「愛子♡」
「由乃、どうしたの?」
「もう。王子様の声ばっか聞いてないで、たまには由乃の話も聞いてよぉー」

 イヤフォンを外すと同時に、由乃が瞳をキラキラと輝かせながら話しだす。こういう時の由乃は十中八九、自慢話しか話さないの、私、知ってるんだから。

「あのねあのねぇ、私ぃ、モデルのスカウトされちゃったのぉ」
「え、モデル?」
「モデルといってもカットモデルなんだけどぉ、前髪だけでいいのでお願いしますって、断れなくってぇ」
「ええ、凄いじゃん由乃! やりなよ!」

 思った通り自慢話ではあったけど、こればっかりは本当に凄いと思った。そりゃ私だって、前々から由乃のことを可愛いとは思ってたよ。だけどまさか本当にカットモデルのスカウトがくるなんて。

 由乃はその日のうちにモデルをしたのか、翌日には髪のボリュームが増えて、全体的にいい感じになっていた。

 聞けば、エクステを付けて地毛と馴染ませてからカットをしたそうで、その時の写真が今週発売の雑誌に掲載されるらしい。「本当に雑誌の隅にちっちゃく載るだけだよぉ」とか言ってたのに、実際はページまるまる由乃だった。

 どうやら簡単なインタビューに答えたみたいで、普段は何して過ごしてるとか、髪に気を使ってることはないかとか、事細かく質問されたと本人は話していた。

 こうなれば嫌でも知名度は上がっていく。後輩にも先輩にも名が売れた由乃は、いつの間にか私の友達という肩書きだけではなく、学校のアイドルになっていた。

 由乃が男子に告白されるようになった頃、私は私で色々あった。

 なんと、家に帰ってからいつものようにテレビを見てると、聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。それはずっと私が探し求めていたもので、時間にして約十五秒。

『ふわりん♪』

 おーいお茶の新しいしいえむ。お茶を飲んだあとに一言だけ、奏太くんが喋った。それだけで心臓が止まりそうになる。

「……ふわりん……」

 やっと、やっと会えたんだ。

 全身が熱くなる。

 これできっと、誰かがネットで呟いて話題になるだろう。そうなれば直近の奏太くんの情報が手に入るかもしれない。ううん。そんなまわりくどいやり方しなくても、こちらから情報を流せばいい。

 私はずっと使い道に困っていた某えすえぬえすのアカウントを引っ張りだすと、早速、今のしいえむについて呟いた。

『ねえねえ今の、ふわりんって、おーいお茶のしいえむの人、格好良いんだけど誰?』

 なるべく検索に引っかかりやすいよう、それっぽいキーワードをいくつか入力する。

 すると、私と同じようにしいえむが気になった人が何人かいたようで、すぐに名前が上がってきた。

『おーいお茶に中野奏太いた笑』
『奏太くんだ!』
『おーいお茶、私も買おうかな』
『ふわりん♪』

 何度か検索ワードを変えては奏太くんについて繰り返し、繰り返し調べてみる。三十分くらい調べてみると、たった今、隣の駅の漫画喫茶で奏太くんを見かけたとの有益な情報が目に入った。

 この漫画喫茶、知ってる。隣の駅なら急げばまだ間に合うかもしれない。

 震える指で、目撃者に対してコメントを入力する。

『本当ですか? 何番の部屋にいましたか?』

 こんな質問、答えてくれるはずがない。ただのミーハーと思われるのがオチだ。

 もしあと五分経っても反応がなければ諦めよう。

 スマホを握る手に力が入る。待ってる間、心臓の音が煩くて仕方なかった。

 私は何をしてるんだろう。お願いだから、スルーしてほしい。そしたら諦めきれるから。

 時間が五分経過する。

 反応はまだない。私はそれに安堵した。

 だって、部屋番号なんて聞いてどうするの。わざわざこんな時間に電車に乗って会いに行くわけでもあるまいし。

 スマホをテーブルに置き、深呼吸をする。心臓の音はまだ騒がしい。

 そうだ、一旦お風呂に入ろう。温かい湯船にゆっくり浸かればきっと、今より冷静になれるはず。

 ああでもその前に、あのコメントを消しておこう。そうすればなかったことにできるよね。

 そう思いスマホに手を伸ばした瞬間。

 スマホから、ぽん、と軽快な通知音がした。

『四二八号室っぽい』
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