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第三章 やっぱり貴方は私の運命の人
私だけの救世主
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どうして私、知らない男とこんなこと。
さっきまで奏太くんとイイコトして、響ともイイコトしてたのに、今度は私、知らない男とこんなこと。
しかも公園のトイレで即尺なんて。やっぱりそれ目的になると、場所にもお金をかけたくないんだね。
私はひんやりとした床に両方の膝をついて、口元に差しだされた知らない男のおちんちんを咥え込んだ。
直前にシャワーを浴びてないからか、じんわりと汗ばんだおちんちんは、お世辞にも美味しいとは思えない。
逆らえば殺されるかもしれない。本当は嫌だけど、お望み通り大人しくフェラしてとっとと帰ろう。こんなことが奏太くんにばれたら、一瞬で失望されちゃうよ。
そんな私の思いに答えるように、おちんちんは簡単に射精する。
精液は飲まずに吐きだしていいとのことなので遠慮なくトイレに吐きだすと、口の中いっぱいに精液の苦味が広がって、一気に気持ち悪くなってくる。
「ねえ、キスは?」
「え? で、でも私、精液を口に含んだから、その……匂いが」
「いいよそんなの気にしないから。それより早くキスしてよ。キスして僕ともえっちして。ほら、まだギンギンなんだ」
ああそうだ、フェラして射精させるだけじゃなくて、キスしてえっちまでしてようやく終わりなんだよね。
私は苦笑いを浮かべると、ぬるぬるとした気持ち悪い舌の感触にじっと耐えることだけを考えていた。
好きでもない人とのキスって、こんなに気持ち悪いもんなんだ。舌と舌が絡み合っても全然気持ち良くなくて、だんだん吐きそうになってくる。
そんなにしたら息が苦しいと、誤魔化すように軽く肩を押し退けては空気を吸い込んで、また気持ち悪い行為を繰り返す。
そういえば避妊具とか持ち歩いてんのかな。このまま入れたらやばくない?
流石に知らない男とのえっちで妊娠なんてしたくないよ。
「あ、あの、ゴム、は」
「持ってないけどどうして?」
「も、もしかして生でするつもりですか? 私、まだ高校生だから……子供ができたら困ります……」
数秒の間が空いた。
そして、次の瞬間には男の声色が低くなっていた。
「あ? 今更なに言っちゃってんの? きみだってそのつもりで僕についてきたんでしょ? 違うの? 違うならなんでついてきたの? 此処までしておいてゴムがないからやっぱりやめましょうって言いたいわけ? だったら最初から断れば良かったんじゃない? それか最初に聞くべきだよね。ゴムは持ってるんですかって。私はまだ未成年だから子供を産む勇気もなければ責任もないですって。ねえ?」
ぐうの音も出なかった。本当にその通りだと思った。最初から聞けば良かったんだ。そうすれば、相手を刺激せずに済んだのに。
「それともあれかな、お金の話をしてなかったから不安になっちゃったのかな。勿論、お金は支払うよ。きみはいくら欲しいのかな。三万? 五万? 十万? 僕が何処まできみの期待に答えられるかは分からないけど、すっきりさせてくれたんだ。話は聞くよ」
私は別に、お金が欲しかったからついてきたんじゃない。
じゃあ、どうしてついてきたんだろう。
あんなに気持ち悪いキスを我慢してまで、私が得たかったものなんてあるの?
暇だったからついてきた。ちょっと気持ち悪いけど、我慢さえすればすぐに終わると思ってた。
浅はかな考えだね。奏太くんに悪いとは思わなかったの?
響のことは考えなかった?
「……わ、私、退屈してたからついてきただけなんです。気持ち良いことは好きだけど、それは好きな人とだから気持ち良いんです。私は貴方のことを知りません。だからゴムもなしに繋がりたいとは思いません。例えいくらお金を貰っても、貴方とはしないです」
ほんと今更だけど、はっきりと断れて良かった。このまま流れでヤッちゃって、何処の誰かも分からない男の子供を妊娠したら困るもん。
言いたいこと言って、とくに反論もなさそうな雰囲気だったから、私は公園のトイレから出ようとした。
そしたら腕を掴まれて、振り返った瞬間、頬に激痛が走った。
「……った」
多分、グーで殴られた。
女の顔を容赦なくグーで殴るなんて信じらんない。
だけど私はそうされても文句言えないようなことをしたわけで、相手が悪けりゃ警察に突きだされるか殺されるか……考えただけでゾッとする。
兎に角、目に当たらなくて良かった。失明なんて洒落にならない。仮に運よく失明は逃れたとしても、眼帯を付けることになれば、当然由乃に心配されるだろう。そして聞かれるんだ。
その眼帯、どうしたの? って。
そうなれば私は答えに詰まる。麦粒腫なんて嘘、由乃に通じるとは到底思えないからだ。
「はあん? てんめなに言ってんだあ?」
「だ、だから……貴方とは、しないです」
恐怖で声が震えていた。間違った答えをすれば、また殴られるかもしれないと思ったからだ。
いや、むしろ殴られるのは好都合か。このまま私が警察に被害届を出せば、悪とみなされるのはこいつの方なんじゃ。
でも、上手く逃げられるとも限らない。私が此処で、大人の力に勝てずに動けなくなるまでボコボコに殴られてしまっては意味がない。
どうする。どうするのが正解だ?
「つまりい、僕を暇潰しに使ったってことお? だけど僕言ったよねえ。僕ともえっちしてって言ったよねえ。もしかして話聞いてなかったのお? 一発抜いときゃ大人しくなるだろうとでも思ったあ? 男の性欲舐めんなよ」
語尾を伸ばして強める言い方って、こんなにも相手の恐怖心を煽るんだ。
大丈夫、私はまだ逃げられる。腰が抜けて動けないわけじゃない。満身創痍になるくらい痛めつけられたわけじゃない。
背後にあるドアの鍵をゆっくりと動かしていく。これで鍵は開いたはず。あとはドアを開けて逃げるだけ。追い付かれたら大声を出して、誰かに助けを求めればいい。私はまだ未成年なんだから、逮捕まではされないはず。
私は男と視線を合わせたまま、勢いよくドアを開けた。
そのまま踵を返し、全速力で走る。すぐ後ろから、男が何かを叫んでるのは分かってた。
私はとても綺麗なフォームで走り続ける。
「はあっはあ、はあ、はあっはあっはあ、はあっ」
公園を出て、歩道を走る。
なんだ、あいつってば足遅いじゃん。これなら逃げ切れるかも。あとは警察に行って、知らない男に乱暴されたって言えばいい。
あはは、ざまあみろ!
お前の負けだ!
あはははは!
私は後頭部に強い衝撃を受けると、勢いよく前方へと体勢を崩した。
頭が痛い。とくに後頭部がズキズキする。何か硬いものがぶつかったような痛み。それに、勢いよく転んだ所為で、膝を擦りむいたみたい。
痛すぎてなかなか立てないでいると、誰かに右足の足首を掴まれた。
そのままきた道を引き摺られて、地面に身体が擦れる度に、耐え難い痛みが襲ってくる。
私の声は、どんなふうに聞こえてる?
言葉にならない悲鳴のような何かを言っていたような気がするのに、誰も助けてはくれなくて。
自業自得。因果応報。私はこれからいったいどうなってしまうんだろう。
絶望と恐怖と後悔でいっぱいで、いったい私の何を差しだせば元の世界線に戻るのか、そればかり考えてしまう。
公園まで戻ってくると、乱暴に身体をひっくり返された。目を開ければ見えるのは雲ひとつない空で、そこにヌッと男の顔が現れる。
「……死んだ?」
男が何か呟いた。何を呟いたかまでは分からなかった。
気持ち悪い顔。私、よくこんな男とキスできたよね。奏太くんの方が百倍、格好良いじゃん。
「煉瓦は流石にやり過ぎたか? いや、だって、この女が僕から逃げるから……これは正当防衛だよ。そう、僕がやらなきゃいけなかったんだ。男を下に見るような女を、これ以上野放しにしちゃ駄目だ。僕は全人類の雄の為、僕みたいな被害者を増やさない為に、僕が僕自身の手でこの女に鉄槌を下したんだ」
駄目だ、頭が痛くて力が入らない。意識ははっきりしてるのに、起き上がることができないや。
こいつもさっきから何を言ってるのか全然分かんないし。早くどっか行ってくんないかな。それか救急車を呼んでほしい。
こいつきっと、私に向かって何か投げたんだよ。それが後頭部に命中した。だから頭が痛いんだ。
「ふ、ふふ、ざまあみろ。お前が僕を誑かすのがいけないんだからな。お前が僕の話を聞かないから。恨むなら僕じゃなくて自分の股の緩さを恨むんだな!」
男はヘラヘラと笑ったかと思うと、ようやく何処かに行ってくれたようだった。
さて、私はどうしようか。スマホが確かポケットに入ってたはず。
手を動かすと、それだけで頭に響いて痛かった。誰かが公園の前を通らない限り、私は此処から動くことができないだろう。
いつくるかも分からない誰かを待つよりも、自分で動いた方が早いと判断した私は、痛みを堪えながら懸命にスカートのポケットに手を伸ばす。
「う、う……」
やった、スマホに触れた。
だけど手を持ち上げるのも、自力で横になるのもきつい。なんとかして誰かに助けを求めなきゃ。その為にはせめてポケットからスマホを出さないと。
時間を掛けてポケットからスマホを出すと、その勢いで耳元まで手を動かした。とてもじゃないが文字なんて打てそうにないので、誰かに電話をしようと考える。
ちゃんと声が出せるのか、しっかりと状況を話せるのかは分からないけど、誰でもいい。誰でもいいから誰かに繋がって。
手探りで奮闘すること数十秒。どうやら誰かに電話を掛けているようだ。
微かに聞こえる呼出音。お願い、出て。
「……はい」
通じた!
私は懸命に声を出した。
助けて、公園、頭が痛い、動けない。
確かそんなような感じのことを喋った気がする。
この電話がいったい誰に繋がって、相手がなんて言ってるかまでは分からないけど、私は一方的に言葉を投げ続けていた。
これで伝わったのかも分からない。
私はスマホを手に持ちながら、目を開けていることを諦めた。
このまま誰もこなかったらどうしよう。
誰も私が此処にいることに気が付かなくて、気が付いたとしても関わりたくなくて素通りするの。
今の電話だってそう。悪戯だと思われたらどうするの?
運良く悪戯だと思われなかったとして、助けたくても居場所が分からなくて詰んだりしたら意味がない。そうなれば誰かがこの場所に辿り着く前に、私が死んでしまう未来だって、可能性のひとつとしてあるんだ。
私はそれが何よりも怖かった。そんな結末、私だって望んでない。
だけど目を閉じていた方が楽で、力だって入らない。誰かが見つけてくれたらその時に自分は生きてますアピールをすればいいよ。
私は目を閉じたまま、時間が流れていくのを待った。
誰かに気付いてほしいと願いながら待つ時間はとても長く、このまま意識を手放してしまうのが怖かった。
誰か、誰か助けて。私に気付いて。手を差し伸べて。
どのくらい時間が経過したのだろうか。もしかしたら一瞬、寝ていたかもしれない。
私はふと、自分を呼ぶ声がした気がして目を開けた。
「あ、起きた」
それは私のとてもよく知る顔だった。
そんな焦った顔、初めて見た。
私の為にそんな顔もできるんだ。
「立てますか? さっき救急車は呼んだけど、あ……無理に起こさない方がいいのかな。何処か痛いところはありますか?」
「そ、たくん」
「はい」
「きて、くれたんだ」
「……本当は、電話に出るのも躊躇ったんですよ。だけどいつまで経っても鳴るから出てみたら、なに言ってるのかよく分からなくて、もしかしたらなにか緊急事態なのかなって」
「よく、此処が分かったね」
「公園っていうのは聞きとれて、スマホで検索しながら順番に見て回ったんです。だからかなり時間が掛かっちゃって。此処にいなければ諦めて警察に電話するところでした」
そんなに長い間、奏太くんが私を探してくれてたことが嬉しくて、好きという感情がせり上がってくる。
だけど、それと同時に奏太くんには言えないようなことをしてブチ切れられて、逃げようとしたら後頭部に何かが当たって倒れて動けなくなったなんて話できるわけなくて、後悔と罪悪感でいっぱいになっていく。
こうなったら知らない人にいきなり襲われて暴行されて、逃げようとしたら後頭部に何かが当たって倒れて動けなくなったことにしちゃおうかな。そうすれば私はただの被害者になれる。
私が知らない男の提案に乗ってノコノコと公園までついてきて、そこのトイレでおちんちんしゃぶって口内に吐きだされて、舌と舌が絡み合うキスをして、じゃあえっちしようかって時に避妊具がないからそれはちょっとってなって、断ったらブチ切れられて、逃げようとしたら後頭部に何かが当たって倒れて動けなくなったなんて話をすれば、私にも非があることになっちゃうし、何よりも奏太くんに軽蔑される。
だから言わない方がいい。
言ったところで誰も幸せにならないんだから。
「きて、くれて、ありがと」
「……今回だけですよ。前にも言ったけど、俺には彼女がいるし、これ以上俺に付き纏うのはやめてほしい。その気持ちに変わりはないですから」
でも、ファミレスであんなに愛し合ったじゃない。あんなに沢山キスをして、お互いの気持ち良い部分に触れ合った。
もしかして照れ隠し?
ファミレスでの情事は恥ずかしいから言わないでって言ってるの?
あは、奏太くんがそうしたいならそれでもいいよ。私が覚えているからね。由乃にだって秘密にしてあげる。私だけが知ってる奏太くんのえっちなところ。
暫くすると救急車がきて、私の身体が運ばれていく。奏太くんも一緒についてきてくれて、救急車が動きだす。
私は結局、私の非は伏せて、さも自分が被害者のように謳ってみせた。
さっきまで奏太くんとイイコトして、響ともイイコトしてたのに、今度は私、知らない男とこんなこと。
しかも公園のトイレで即尺なんて。やっぱりそれ目的になると、場所にもお金をかけたくないんだね。
私はひんやりとした床に両方の膝をついて、口元に差しだされた知らない男のおちんちんを咥え込んだ。
直前にシャワーを浴びてないからか、じんわりと汗ばんだおちんちんは、お世辞にも美味しいとは思えない。
逆らえば殺されるかもしれない。本当は嫌だけど、お望み通り大人しくフェラしてとっとと帰ろう。こんなことが奏太くんにばれたら、一瞬で失望されちゃうよ。
そんな私の思いに答えるように、おちんちんは簡単に射精する。
精液は飲まずに吐きだしていいとのことなので遠慮なくトイレに吐きだすと、口の中いっぱいに精液の苦味が広がって、一気に気持ち悪くなってくる。
「ねえ、キスは?」
「え? で、でも私、精液を口に含んだから、その……匂いが」
「いいよそんなの気にしないから。それより早くキスしてよ。キスして僕ともえっちして。ほら、まだギンギンなんだ」
ああそうだ、フェラして射精させるだけじゃなくて、キスしてえっちまでしてようやく終わりなんだよね。
私は苦笑いを浮かべると、ぬるぬるとした気持ち悪い舌の感触にじっと耐えることだけを考えていた。
好きでもない人とのキスって、こんなに気持ち悪いもんなんだ。舌と舌が絡み合っても全然気持ち良くなくて、だんだん吐きそうになってくる。
そんなにしたら息が苦しいと、誤魔化すように軽く肩を押し退けては空気を吸い込んで、また気持ち悪い行為を繰り返す。
そういえば避妊具とか持ち歩いてんのかな。このまま入れたらやばくない?
流石に知らない男とのえっちで妊娠なんてしたくないよ。
「あ、あの、ゴム、は」
「持ってないけどどうして?」
「も、もしかして生でするつもりですか? 私、まだ高校生だから……子供ができたら困ります……」
数秒の間が空いた。
そして、次の瞬間には男の声色が低くなっていた。
「あ? 今更なに言っちゃってんの? きみだってそのつもりで僕についてきたんでしょ? 違うの? 違うならなんでついてきたの? 此処までしておいてゴムがないからやっぱりやめましょうって言いたいわけ? だったら最初から断れば良かったんじゃない? それか最初に聞くべきだよね。ゴムは持ってるんですかって。私はまだ未成年だから子供を産む勇気もなければ責任もないですって。ねえ?」
ぐうの音も出なかった。本当にその通りだと思った。最初から聞けば良かったんだ。そうすれば、相手を刺激せずに済んだのに。
「それともあれかな、お金の話をしてなかったから不安になっちゃったのかな。勿論、お金は支払うよ。きみはいくら欲しいのかな。三万? 五万? 十万? 僕が何処まできみの期待に答えられるかは分からないけど、すっきりさせてくれたんだ。話は聞くよ」
私は別に、お金が欲しかったからついてきたんじゃない。
じゃあ、どうしてついてきたんだろう。
あんなに気持ち悪いキスを我慢してまで、私が得たかったものなんてあるの?
暇だったからついてきた。ちょっと気持ち悪いけど、我慢さえすればすぐに終わると思ってた。
浅はかな考えだね。奏太くんに悪いとは思わなかったの?
響のことは考えなかった?
「……わ、私、退屈してたからついてきただけなんです。気持ち良いことは好きだけど、それは好きな人とだから気持ち良いんです。私は貴方のことを知りません。だからゴムもなしに繋がりたいとは思いません。例えいくらお金を貰っても、貴方とはしないです」
ほんと今更だけど、はっきりと断れて良かった。このまま流れでヤッちゃって、何処の誰かも分からない男の子供を妊娠したら困るもん。
言いたいこと言って、とくに反論もなさそうな雰囲気だったから、私は公園のトイレから出ようとした。
そしたら腕を掴まれて、振り返った瞬間、頬に激痛が走った。
「……った」
多分、グーで殴られた。
女の顔を容赦なくグーで殴るなんて信じらんない。
だけど私はそうされても文句言えないようなことをしたわけで、相手が悪けりゃ警察に突きだされるか殺されるか……考えただけでゾッとする。
兎に角、目に当たらなくて良かった。失明なんて洒落にならない。仮に運よく失明は逃れたとしても、眼帯を付けることになれば、当然由乃に心配されるだろう。そして聞かれるんだ。
その眼帯、どうしたの? って。
そうなれば私は答えに詰まる。麦粒腫なんて嘘、由乃に通じるとは到底思えないからだ。
「はあん? てんめなに言ってんだあ?」
「だ、だから……貴方とは、しないです」
恐怖で声が震えていた。間違った答えをすれば、また殴られるかもしれないと思ったからだ。
いや、むしろ殴られるのは好都合か。このまま私が警察に被害届を出せば、悪とみなされるのはこいつの方なんじゃ。
でも、上手く逃げられるとも限らない。私が此処で、大人の力に勝てずに動けなくなるまでボコボコに殴られてしまっては意味がない。
どうする。どうするのが正解だ?
「つまりい、僕を暇潰しに使ったってことお? だけど僕言ったよねえ。僕ともえっちしてって言ったよねえ。もしかして話聞いてなかったのお? 一発抜いときゃ大人しくなるだろうとでも思ったあ? 男の性欲舐めんなよ」
語尾を伸ばして強める言い方って、こんなにも相手の恐怖心を煽るんだ。
大丈夫、私はまだ逃げられる。腰が抜けて動けないわけじゃない。満身創痍になるくらい痛めつけられたわけじゃない。
背後にあるドアの鍵をゆっくりと動かしていく。これで鍵は開いたはず。あとはドアを開けて逃げるだけ。追い付かれたら大声を出して、誰かに助けを求めればいい。私はまだ未成年なんだから、逮捕まではされないはず。
私は男と視線を合わせたまま、勢いよくドアを開けた。
そのまま踵を返し、全速力で走る。すぐ後ろから、男が何かを叫んでるのは分かってた。
私はとても綺麗なフォームで走り続ける。
「はあっはあ、はあ、はあっはあっはあ、はあっ」
公園を出て、歩道を走る。
なんだ、あいつってば足遅いじゃん。これなら逃げ切れるかも。あとは警察に行って、知らない男に乱暴されたって言えばいい。
あはは、ざまあみろ!
お前の負けだ!
あはははは!
私は後頭部に強い衝撃を受けると、勢いよく前方へと体勢を崩した。
頭が痛い。とくに後頭部がズキズキする。何か硬いものがぶつかったような痛み。それに、勢いよく転んだ所為で、膝を擦りむいたみたい。
痛すぎてなかなか立てないでいると、誰かに右足の足首を掴まれた。
そのままきた道を引き摺られて、地面に身体が擦れる度に、耐え難い痛みが襲ってくる。
私の声は、どんなふうに聞こえてる?
言葉にならない悲鳴のような何かを言っていたような気がするのに、誰も助けてはくれなくて。
自業自得。因果応報。私はこれからいったいどうなってしまうんだろう。
絶望と恐怖と後悔でいっぱいで、いったい私の何を差しだせば元の世界線に戻るのか、そればかり考えてしまう。
公園まで戻ってくると、乱暴に身体をひっくり返された。目を開ければ見えるのは雲ひとつない空で、そこにヌッと男の顔が現れる。
「……死んだ?」
男が何か呟いた。何を呟いたかまでは分からなかった。
気持ち悪い顔。私、よくこんな男とキスできたよね。奏太くんの方が百倍、格好良いじゃん。
「煉瓦は流石にやり過ぎたか? いや、だって、この女が僕から逃げるから……これは正当防衛だよ。そう、僕がやらなきゃいけなかったんだ。男を下に見るような女を、これ以上野放しにしちゃ駄目だ。僕は全人類の雄の為、僕みたいな被害者を増やさない為に、僕が僕自身の手でこの女に鉄槌を下したんだ」
駄目だ、頭が痛くて力が入らない。意識ははっきりしてるのに、起き上がることができないや。
こいつもさっきから何を言ってるのか全然分かんないし。早くどっか行ってくんないかな。それか救急車を呼んでほしい。
こいつきっと、私に向かって何か投げたんだよ。それが後頭部に命中した。だから頭が痛いんだ。
「ふ、ふふ、ざまあみろ。お前が僕を誑かすのがいけないんだからな。お前が僕の話を聞かないから。恨むなら僕じゃなくて自分の股の緩さを恨むんだな!」
男はヘラヘラと笑ったかと思うと、ようやく何処かに行ってくれたようだった。
さて、私はどうしようか。スマホが確かポケットに入ってたはず。
手を動かすと、それだけで頭に響いて痛かった。誰かが公園の前を通らない限り、私は此処から動くことができないだろう。
いつくるかも分からない誰かを待つよりも、自分で動いた方が早いと判断した私は、痛みを堪えながら懸命にスカートのポケットに手を伸ばす。
「う、う……」
やった、スマホに触れた。
だけど手を持ち上げるのも、自力で横になるのもきつい。なんとかして誰かに助けを求めなきゃ。その為にはせめてポケットからスマホを出さないと。
時間を掛けてポケットからスマホを出すと、その勢いで耳元まで手を動かした。とてもじゃないが文字なんて打てそうにないので、誰かに電話をしようと考える。
ちゃんと声が出せるのか、しっかりと状況を話せるのかは分からないけど、誰でもいい。誰でもいいから誰かに繋がって。
手探りで奮闘すること数十秒。どうやら誰かに電話を掛けているようだ。
微かに聞こえる呼出音。お願い、出て。
「……はい」
通じた!
私は懸命に声を出した。
助けて、公園、頭が痛い、動けない。
確かそんなような感じのことを喋った気がする。
この電話がいったい誰に繋がって、相手がなんて言ってるかまでは分からないけど、私は一方的に言葉を投げ続けていた。
これで伝わったのかも分からない。
私はスマホを手に持ちながら、目を開けていることを諦めた。
このまま誰もこなかったらどうしよう。
誰も私が此処にいることに気が付かなくて、気が付いたとしても関わりたくなくて素通りするの。
今の電話だってそう。悪戯だと思われたらどうするの?
運良く悪戯だと思われなかったとして、助けたくても居場所が分からなくて詰んだりしたら意味がない。そうなれば誰かがこの場所に辿り着く前に、私が死んでしまう未来だって、可能性のひとつとしてあるんだ。
私はそれが何よりも怖かった。そんな結末、私だって望んでない。
だけど目を閉じていた方が楽で、力だって入らない。誰かが見つけてくれたらその時に自分は生きてますアピールをすればいいよ。
私は目を閉じたまま、時間が流れていくのを待った。
誰かに気付いてほしいと願いながら待つ時間はとても長く、このまま意識を手放してしまうのが怖かった。
誰か、誰か助けて。私に気付いて。手を差し伸べて。
どのくらい時間が経過したのだろうか。もしかしたら一瞬、寝ていたかもしれない。
私はふと、自分を呼ぶ声がした気がして目を開けた。
「あ、起きた」
それは私のとてもよく知る顔だった。
そんな焦った顔、初めて見た。
私の為にそんな顔もできるんだ。
「立てますか? さっき救急車は呼んだけど、あ……無理に起こさない方がいいのかな。何処か痛いところはありますか?」
「そ、たくん」
「はい」
「きて、くれたんだ」
「……本当は、電話に出るのも躊躇ったんですよ。だけどいつまで経っても鳴るから出てみたら、なに言ってるのかよく分からなくて、もしかしたらなにか緊急事態なのかなって」
「よく、此処が分かったね」
「公園っていうのは聞きとれて、スマホで検索しながら順番に見て回ったんです。だからかなり時間が掛かっちゃって。此処にいなければ諦めて警察に電話するところでした」
そんなに長い間、奏太くんが私を探してくれてたことが嬉しくて、好きという感情がせり上がってくる。
だけど、それと同時に奏太くんには言えないようなことをしてブチ切れられて、逃げようとしたら後頭部に何かが当たって倒れて動けなくなったなんて話できるわけなくて、後悔と罪悪感でいっぱいになっていく。
こうなったら知らない人にいきなり襲われて暴行されて、逃げようとしたら後頭部に何かが当たって倒れて動けなくなったことにしちゃおうかな。そうすれば私はただの被害者になれる。
私が知らない男の提案に乗ってノコノコと公園までついてきて、そこのトイレでおちんちんしゃぶって口内に吐きだされて、舌と舌が絡み合うキスをして、じゃあえっちしようかって時に避妊具がないからそれはちょっとってなって、断ったらブチ切れられて、逃げようとしたら後頭部に何かが当たって倒れて動けなくなったなんて話をすれば、私にも非があることになっちゃうし、何よりも奏太くんに軽蔑される。
だから言わない方がいい。
言ったところで誰も幸せにならないんだから。
「きて、くれて、ありがと」
「……今回だけですよ。前にも言ったけど、俺には彼女がいるし、これ以上俺に付き纏うのはやめてほしい。その気持ちに変わりはないですから」
でも、ファミレスであんなに愛し合ったじゃない。あんなに沢山キスをして、お互いの気持ち良い部分に触れ合った。
もしかして照れ隠し?
ファミレスでの情事は恥ずかしいから言わないでって言ってるの?
あは、奏太くんがそうしたいならそれでもいいよ。私が覚えているからね。由乃にだって秘密にしてあげる。私だけが知ってる奏太くんのえっちなところ。
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