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第1章 異世界-クリアスワールド-

これからのこと

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 意気揚々と小鳥はラングレイから借りた万年筆を手にチラシの裏紙を使って似顔絵を描き始めた。
小鳥はイラストに自信があるらしく、ソラで和也の顔を描き上げる。
漫画のキャラクターの模写を自由帳に描き込んでいた覚えがあるが、まさかこんな時に活かされるとは。


「飯田さんは漫画チックというか、これ伝わるか……?」
「うーん、そんなに絡みないからどうしてもね。輪郭とか顔のパーツの大きさで特徴を出すしかなくて。あと、眼鏡有無の差分を描いておこう」


眼鏡キャラの眼鏡の有無差分を作るのは非常に重要だと聞く……が、それは美少女ゲームの話だ。
まあ、重力で引っ張られたせいで眼鏡が吹き飛んでる可能性は大いにあるが。


「よし、後は嶋村くんだね」
「イライザ、小鳥さんに画聖の星は出ていなかったのか?」
「彼女の場合は趣味で留まっていますが、本気で画の道を志したら分かりません」


なるほど、小鳥の絵は趣味の領域というわけか。
小鳥はサラサラと和也のイラストを描き上げていく。
だがどうにも和也のイラストに関しては妙に美化し過ぎているような気がする。どうにも本人とかけ離れ過ぎと言わざるを得ない。


「小鳥、上手いは上手いけどなんかちょっと違くないか?」
「そ、そう?」
「俺が描いてみる」


万年筆を借りて余っているチラシの裏紙に和也の似顔絵を俺なりに描く。


「幸平ってあんまり絵を描くイメージ無いけど大丈夫?」
「高校に上がってから和也とは画力勝負をした事があるし、昔からイラストを描くのはそんなに嫌いじゃない。腕前もプロ級ってわけじゃないが、使えないほどじゃないはず」


ソラで描こうと思ったら小鳥がスマホを取り出して画像フォルダを開き、イライザに見せた。


「おや、これは……」
「えっと、私たちの世界の情報端末で嶋村くんの写真を撮っていたのを思い出しました」
「おい」


そういえば小鳥はスマホを機種変更したばかりとか言ってたな、俺のスマホの充電もまだ残っているが和也の顔写真は無い。
いや、友人とはいえ写真を撮りあったりしなくない?
和也の方は俺の写真をちょいちょい撮影していたが……確かSNSに上げるとか言ってたな。


「情報端末……? 興味深いが今は彼の居場所の特定が先だ」
「随分と鮮明な絵ですね、助かります」


写真を絵と表現するあたりこの世界にはまだ写真やカメラの概念はないらしい。


「小鳥、飯田さんの写真は無いのか?」
「特別親しいわけじゃないからね、SNSのアカウントはあるみたいだけどWi-Fi繋がってないからなあ」
「飯田さん、SNSやってても自撮りは上げないタイプだろ」


俺と小鳥のやり取りをラングレイは不思議なものを見るような眼差しを向けている。
まあ、何を話しているのか分からないからだろう。


「嶋村和也という少年はやはりオーデルバニアにいるようですが、詳しい位置は特定出来ません。海の結界に風の結界と強力な魔導術による結界を張られているせいで結界の内部を見ることすら出来ません」
「ふむ、だがこれで嶋村和也の居場所がオーデルバニアで特定出来た。次は、飯田恵さんか」
「……やるだけやってみます」


和也の時と比べて自信無さげなイライザだが、水晶を手にあちこち探っている。
「この人……いや、この人?」といった感じに首を傾げながら目を閉じて気配を探っているようだ。
何十分かかけてイライザの意識がようやく集中状態を解いた。


「うっすらとそれらしき気配は感じますが、はっきりしません。メルドニア大陸にいるような気はしますが、アルカストロフ領からは少なくとも離れているようです」
「ありがとうイライザ、今回のギャランティを受け取ってくれ」


ラングレイがお札を手渡すと、イライザはそれを財布に入れる。
俺たちはイライザに礼を言って館を後にする。
さて、後はこれからどうするかを考える時間だろう。


◆◆◆◆◆◆◆


 領主館に戻る頃には三つの太陽はすっかり沈み、空は夕焼けに照らされた赤と青に近い藍色の二色になっている。
メイド達は次々と食事を運んでくるが、テーブルマナーなんてよく知らないのでどうしたら良いのか分からない。
そういえば、メイドの服装はあちらの世界で描かれるそれとほぼ変わらないが今はそんなことはどうでも良い。


「テーブルマナーなら今は気にしなくていい、そのうち嫌でも覚えるさ。自分なりに食べてみるといい」


スプーンとフォークとナイフは俺たちの世界とそう大して変わらないようだ。
前菜は葉物野菜を調味料に漬け込んだもの、それからチーズだろうか?


「野菜とチーズを別々に食べても良いですし、一緒に食べても美味しいですよ」


執事のアストンさんが料理を作ってくれたようで、料理の解説をしてくれる。
俺たちは目を合わせて「いただきます」と手を合わせてから野菜を口に運ぶ。
非常にシンプルながら野菜の香りと出汁醬油のような漬け汁が非常に合う。


「美味しい」
「良かった、異世界からやってきた方なのでお口に合うかどうか心配でしたが」


非常にさっぱりとした味わいだが、チーズとの相性も抜群だ。


◆◆◆◆◆◆◆


 メインディッシュのウィングオーロックスのステーキを食べ終えてしばらく経った頃、アストンさんは食後のデザートを用意しに席を立つとラングレイが言葉を発した。


「幸平、小鳥、これからどうするかまだ考えているか?」
「はい」


俺は騎士団に入って和也を探すつもりでいるが、小鳥の方はどうなのだろう?
学校に通うという選択肢もアリだと思うし、小鳥の能力を考えると魔導術関係の研究をしても良いと思う。


「自分から誘っておいてなんだが、騎士団の仕事は命を落とす危険性がある。他人の命を奪うこともある。それでも、騎士団に入るか?」
「元の世界に帰るためにはそれが一番可能性が高いというのであれば、そのつもりです」
「……感謝する。幸平には期待している、明後日から訓練を始めるからそのつもりでいてくれ」


ラングレイは深々と頭を下げる。
さっきも俺には期待していると言っていたので、本音だと思いたい。
俺のような異世界の、何の力も持たない子供を買ってくれているんだから俺なりに頑張ろうと思う。


「私は、魔導術を学んでみたいと思います。きちんと勉強をすれば幸平の力になれると思いますし……魔導術師として成長出来たら幸平の力になれると思いますし」
「有事の際は正式に騎士団から依頼することにする、その時まで勉学に励んでほしい」
「分かりました!」
「魔導学園への転入手続きはこちらからしておく、それまでは勉学に必要な書物などを読んでおくと良い」


ラングレイがここまで俺たちにしてくれるのは非常にありがたいし、感謝してもしきれないがここまでしてくれるのには何か理由があるのではないか?
そう考えてしまうのは俺が少し捻くれているからかもしれないが……素直に答えてくれるかどうかは分からないが、一応聞いておこう。


「ラングレイさん、ここまで俺たちを良くしてくれる理由は何ですか?」
「理由か、私を疑っているという事かな?」
「理由もなく優しくされたら、その、怖いっていうか」
「理由があるとすれば、そうだな……私たちが大人からロクな扱いを受けてこなかったから、かな?」
「……どういう事ですか?」


ラングレイはカップに残っている紅茶をすすり、話を始めた。


「このメルドニア王国には根強い身分格差があってね。人として扱ってもらえない下民、労働に追われる平民、甘い蜜を啜るだけの貴族。この経済格差により何度も何度もデモやテロを起こされ、国家の機能が麻痺しつつあった」
「ラングレイさんは元々貴族ではなかったってことですか?」
「ああ、私は貧民の生まれでね。幼い頃に両親は蒸発、盗みを働き日々の飢えを凌いでいた。ある日、マルク・アルカストロフの財布を狙って殺そうと思ったんだが……」
「「殺そうとしたんですか!?」」
「そうでもしなければ生き残れなかった。そして親父は──マルクは私を返り討ちにしたのさ」


返り討ちにされて、何故ラングレイはその人間の姓を名乗っているのだろう? という疑問はすぐに消えた。


「マルクは強かった、とんでもない強さで私を足蹴にして言ったのさ。俺を殺したければ力を身につけろ、気に食わないのなら力をつけて世の中変えろってさ」
「それで、どうなったんです?」
「マルクは俺を道場に招いて、ありとあらゆる戦闘技術を身につけさせた。修行が終われば飯を食わせて、寝床を用意した。勝ったら俺の苗字をやる、なんて餌を吊り下げて俺に力をつけさせた」


意味が分からない、マルク・アルカストロフがラングレイを養子にしたというのは何となく理解出来るけど……自分を殺そうとした子供の修行を受けて、勝てたら苗字をやるなんて約束をするか?


「それで、マルクさんに勝てたんですか?」
「5年前にな、親父はオルニオンって田舎町で畑作ってるよ。さっさと騎士なんて引退したかったんだと」
「……理解できない世界だ」
「でも、それとラングレイさんが私たちを助ける話が繋がらないような?」
「結局は私も親父も同じなのさ、生まれてきただけで踏みにじられる子供という存在に納得できない。私も、私が生きる理由が欲しかった。まあ……親父も私もやってる事は自己満足だ、気にしないでくれ」


自己満足、ただ損をするだけかもしれないのに?


「それに、幸平にも小鳥さんにも期待しているのは本当だ。私が拾い上げた命が誰かを助ける力になる、そうなったら三等制を否定する大きな材料になるだろう」
「三等制……貴族と平民と下民を分けている?」
「いや、本当に嶋村和也くんと飯田恵さんを助ける事だけを考えてくれれば良い。そこから先は、私とジンバルド国王の仕事だ」


アストンさんがスフレパンケーキを持ってくるとラングレイは会話を切り上げ、雑談を始めた。
きっと、ラングレイは色んなものを抱えているのだろうと俺は思った。
俺が強くなることでラングレイに恩を返せるのなら、やるだけやってやろう。
……なんて気持ちがフワフワになってしまうくらいアストンさんのスフレパンケーキはフワフワで甘くて美味しかった。


……ああ、明日から頑張ろう。
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