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プロローグ
VRMMORPG『F.W.O』
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祇乃一也(しの かずや)、24歳男。
しがない会社員2年生である。
某地方2流大学を卒業し、一応は大学新卒ということで、なんとか就職にも成功した。
趣味が高じて入った会社は、とあるゲームメーカーのシステム部門。
十数年前から実用化されたVRMMOの分野の発展は目覚ましく、今やゲームといえばバーチャルリアリティが当たり前の時代となってきた。
その中でも、一也が入社したのは、VRMMOの先駆けともいえる老舗メーカー……といえば聞こえはいいが、結局は後発の最新技術を持った他メーカーに押されがちな、中小企業である。
なにせこの分野は、最新技術で持てはやされただけに、競合が凄まじく多い。
しかも、ユーザーは移ろいやすく、良く言えば流行に敏感で、悪く言えば飽きっぽい。
業界は、生き馬の目を抜く厳しさなのである。
ユーザーとしての学生時代は、にわか専門家っぽく語っていた一也だったが、実際にその世界に身を投じてみて、いかに自分が無知だったかを身を以って知った。
世の中にはコストと予算があり、それは絶対だということ。
入社面接で、誇らしく入社後の展望を語ったとき、なるほど、面接官が微妙な顔をしていたわけだ。
この年末迫る年の暮れ、一也は人員削減との名のもとに、たった独りで社内のサーバー管理をしていた。
ソフト的な管理は家でもできるが、ハード的なトラブルが起こった場合はそうもいかない。
しかも年末年始は世間一般では長期休暇、ゲームへのアクセス数も夏に匹敵する。
というわけで、いざというときのトラブル対応要因として、ありがたくないことに、大晦日の夜から正月三が日にかけて社内での泊り込み待機を申し付けられた。
年越しを一緒に過ごす、嫁どころか彼女もいない。実家に帰る金銭的余裕もなく、しかも入社2年目の新人とあっては、当番となったのもある意味妥当だろう。なにせ、断われる理由がない。
昨年は本当にど新人で、重責を任せられないと難を逃れたが、技術も向上して仕事にも慣れてきた昨今、待ってましたとばかりの先輩社員の笑顔が眩しかった。
実際にトラブルが起こるまでは、会社の設備を利用してのネットや、年末年始特番の観賞――といきたかったが、「それだけでは仕事と言えんだろ」と上司の余計な一言で、サーバー室の確認作業まで追加で言い渡された。
その分も特別手当は出るわけだし、指示された以上、やらないわけにもいかない。
そんなわけで、一也は件のサーバー室にいた。
時刻は大晦日の23:05。そろそろ新年も明けそうになっているのに、なにやってんだと自問はしたくなる。
サーバー室は自社ビルの1フロアぶち抜きで、まるで物置き場のような壮観さだ。
当初はきっと、整然としていたのだろう。
いくつものサーバー始め専用機器がいくつも区分けされて並び、配線も整理されていたような。
ただ、先に述べた通り、この業界は移ろいやすい。
たったひとつのオンラインゲームで会社が存続できるほど甘くはない。
ユーザを獲得するためにはゲームの種類を増やすしかなく、かといって一度開始されて固定ユーザーが付いたゲームを安易に終了するわけにもいかず。
ユーザーが増えるたび、アップデートが追加されるたび、マシンパワーが不足してくるのは業界の常だ。宿命とも言ってもいい。
そうやって、費やされるハード資源はどんどん増えていく。そして、ついにはこうした伏魔殿の出来上がりだ。
これらすべてを把握している人っているのだろうか。
真冬でも冷房を入れないとマシンが熱暴走してしまうフロア内。
足元を這う膨大な量の配線を引っ掛けて、大惨事にだけはならないように細心の注意を払いつつ、一也は用心して進んでいく。
やることは、各種ゲームと各サーバーの稼働状況のリストとの照らし合わせ、ハードメンテナンスの時期の確認、などなど。
サービスの終了や、マシンスペックの不足により、実際には稼動していない機器も多い。
使用停止中サーバーの再利用可能か不可能かなども、ついでに確認していく。
「ん? なんでこれ、電源入ってんだ?」
一也はフロアの片隅の、他の機器に埋もれそうになっている、とあるサーバーの前で足を止めた。
機器に刻印された管理番号と、リストに記載された管理番号を照合すると、そのサーバーは10年も以前にサービス停止されたはずの、『ファンタズマゴリア戦記オンライン』。通称、F.W.O。
この会社初のVRMMORPGで、それなりに人気を博した名作だ。
しかし、11年前に開始されたサービスは、わずか1年を待たずして停止――いや、廃止された。
それというのも、このF.W.O自体に問題があったわけではなく、10年前に技術的な問題指摘から規制がかかり、当時すべてのVRMMOがいったん廃止されたのだ。
リストでも、書類上はF.W.Oごとこのサーバーは廃棄されたものとなっている。
大方、手続きだけして廃棄したつもりで、実際は忘れ去られて手付かずにそのままだったというオチだろう。
10年もの間、誰も気づかないとか、自分の勤める会社ながら、ずぼら過ぎる。
なんという電気代の無駄。人員削減の前に、こういう無駄をカットしようよと、超過業務を押し付けられた一也などは苦々しく思ってしまう。
「それにしても、F.W.Oか……懐かしいなぁ」
一也にしては、ゲーム最盛期の当時14歳の中学生。人生初のVRMMORPGで、すごくハマった記憶がある。
突然のサービス停止には、マジ泣きして2日ほど学校を休んだほどだ。
思い出補正もあり、内容までは詳しく思い出せないが、物凄く楽しかったとのイメージだけ残っている。
「本来はサービス終了前に、登録者本人で事前にアカウント削除しないといけなかったんだけど、意地になって最後まで消さなかったんだっけ……」
そう、アカウントは残っている。
不意に、一也は思い至った。
サーバー自体はネットに繋がっておらず、外部からはログインできない。でも、社内ネットワークからなら、システム管理上、このフロアにある以上はログイン可能なはず。
それは、懐かしさによる興味本位でしかない、ちょっとした気紛れだった。
「うん、いい暇つぶしができそうだ」
一也は確認作業を一時中断し、鼻歌交じりにシステム管理室へと移動した。
しがない会社員2年生である。
某地方2流大学を卒業し、一応は大学新卒ということで、なんとか就職にも成功した。
趣味が高じて入った会社は、とあるゲームメーカーのシステム部門。
十数年前から実用化されたVRMMOの分野の発展は目覚ましく、今やゲームといえばバーチャルリアリティが当たり前の時代となってきた。
その中でも、一也が入社したのは、VRMMOの先駆けともいえる老舗メーカー……といえば聞こえはいいが、結局は後発の最新技術を持った他メーカーに押されがちな、中小企業である。
なにせこの分野は、最新技術で持てはやされただけに、競合が凄まじく多い。
しかも、ユーザーは移ろいやすく、良く言えば流行に敏感で、悪く言えば飽きっぽい。
業界は、生き馬の目を抜く厳しさなのである。
ユーザーとしての学生時代は、にわか専門家っぽく語っていた一也だったが、実際にその世界に身を投じてみて、いかに自分が無知だったかを身を以って知った。
世の中にはコストと予算があり、それは絶対だということ。
入社面接で、誇らしく入社後の展望を語ったとき、なるほど、面接官が微妙な顔をしていたわけだ。
この年末迫る年の暮れ、一也は人員削減との名のもとに、たった独りで社内のサーバー管理をしていた。
ソフト的な管理は家でもできるが、ハード的なトラブルが起こった場合はそうもいかない。
しかも年末年始は世間一般では長期休暇、ゲームへのアクセス数も夏に匹敵する。
というわけで、いざというときのトラブル対応要因として、ありがたくないことに、大晦日の夜から正月三が日にかけて社内での泊り込み待機を申し付けられた。
年越しを一緒に過ごす、嫁どころか彼女もいない。実家に帰る金銭的余裕もなく、しかも入社2年目の新人とあっては、当番となったのもある意味妥当だろう。なにせ、断われる理由がない。
昨年は本当にど新人で、重責を任せられないと難を逃れたが、技術も向上して仕事にも慣れてきた昨今、待ってましたとばかりの先輩社員の笑顔が眩しかった。
実際にトラブルが起こるまでは、会社の設備を利用してのネットや、年末年始特番の観賞――といきたかったが、「それだけでは仕事と言えんだろ」と上司の余計な一言で、サーバー室の確認作業まで追加で言い渡された。
その分も特別手当は出るわけだし、指示された以上、やらないわけにもいかない。
そんなわけで、一也は件のサーバー室にいた。
時刻は大晦日の23:05。そろそろ新年も明けそうになっているのに、なにやってんだと自問はしたくなる。
サーバー室は自社ビルの1フロアぶち抜きで、まるで物置き場のような壮観さだ。
当初はきっと、整然としていたのだろう。
いくつものサーバー始め専用機器がいくつも区分けされて並び、配線も整理されていたような。
ただ、先に述べた通り、この業界は移ろいやすい。
たったひとつのオンラインゲームで会社が存続できるほど甘くはない。
ユーザを獲得するためにはゲームの種類を増やすしかなく、かといって一度開始されて固定ユーザーが付いたゲームを安易に終了するわけにもいかず。
ユーザーが増えるたび、アップデートが追加されるたび、マシンパワーが不足してくるのは業界の常だ。宿命とも言ってもいい。
そうやって、費やされるハード資源はどんどん増えていく。そして、ついにはこうした伏魔殿の出来上がりだ。
これらすべてを把握している人っているのだろうか。
真冬でも冷房を入れないとマシンが熱暴走してしまうフロア内。
足元を這う膨大な量の配線を引っ掛けて、大惨事にだけはならないように細心の注意を払いつつ、一也は用心して進んでいく。
やることは、各種ゲームと各サーバーの稼働状況のリストとの照らし合わせ、ハードメンテナンスの時期の確認、などなど。
サービスの終了や、マシンスペックの不足により、実際には稼動していない機器も多い。
使用停止中サーバーの再利用可能か不可能かなども、ついでに確認していく。
「ん? なんでこれ、電源入ってんだ?」
一也はフロアの片隅の、他の機器に埋もれそうになっている、とあるサーバーの前で足を止めた。
機器に刻印された管理番号と、リストに記載された管理番号を照合すると、そのサーバーは10年も以前にサービス停止されたはずの、『ファンタズマゴリア戦記オンライン』。通称、F.W.O。
この会社初のVRMMORPGで、それなりに人気を博した名作だ。
しかし、11年前に開始されたサービスは、わずか1年を待たずして停止――いや、廃止された。
それというのも、このF.W.O自体に問題があったわけではなく、10年前に技術的な問題指摘から規制がかかり、当時すべてのVRMMOがいったん廃止されたのだ。
リストでも、書類上はF.W.Oごとこのサーバーは廃棄されたものとなっている。
大方、手続きだけして廃棄したつもりで、実際は忘れ去られて手付かずにそのままだったというオチだろう。
10年もの間、誰も気づかないとか、自分の勤める会社ながら、ずぼら過ぎる。
なんという電気代の無駄。人員削減の前に、こういう無駄をカットしようよと、超過業務を押し付けられた一也などは苦々しく思ってしまう。
「それにしても、F.W.Oか……懐かしいなぁ」
一也にしては、ゲーム最盛期の当時14歳の中学生。人生初のVRMMORPGで、すごくハマった記憶がある。
突然のサービス停止には、マジ泣きして2日ほど学校を休んだほどだ。
思い出補正もあり、内容までは詳しく思い出せないが、物凄く楽しかったとのイメージだけ残っている。
「本来はサービス終了前に、登録者本人で事前にアカウント削除しないといけなかったんだけど、意地になって最後まで消さなかったんだっけ……」
そう、アカウントは残っている。
不意に、一也は思い至った。
サーバー自体はネットに繋がっておらず、外部からはログインできない。でも、社内ネットワークからなら、システム管理上、このフロアにある以上はログイン可能なはず。
それは、懐かしさによる興味本位でしかない、ちょっとした気紛れだった。
「うん、いい暇つぶしができそうだ」
一也は確認作業を一時中断し、鼻歌交じりにシステム管理室へと移動した。
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