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1章 ニヴェア編
第7話 ガラクタの生む奇跡、そして出撃の狼煙
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ラファルは、挑戦的な笑みを崩さぬまま、
「その“ガラクタ”がどのような“奇跡”を生み出すか、このラファル様がお見せしましょう。刮目してご覧あれ!」
そう宣言すると、イシュタルをそっと膝から降ろし、おもむろに立ち上がった。
そして、作業台の奥にある薬品棚から、まるで生きたアメーバのように怪しく紫色の光彩を放ちながら揺らめく液体が入った、ずんぐりとしたフラスコを取り出した。
さらに革袋から取り出した白銀色に細かく砕かれた鉱物の粉末を、先端が黒曜石でできた象牙の薬さじで慎重にすくい取った。
まるで古代の神官が供物を捧げるかのような厳かな手つきで、3回だけ、リズミカルにフラスコの中へ振り入れた。
その瞬間、薬さじが液体に触れるか触れないかの刹那、チリチリと微かな放電音がしたかと思うと――!
フラスコの中の液体が、まるで意志を持ったかのように激しく沸騰し始め、眩いばかりの黄金色の光を爆発的に放ったのだ!
部屋全体がその神々しい光に満たされ、窓の外が一瞬にして真夜中の闇に包まれたかのように錯覚するほどだった。
あまりの眩しさと、一瞬にして空気が浄化されたかのような清浄なオゾンの匂いに、俺は思わず目を細め、息を呑んだ。
(なんだこの現象は!?部屋の隅に、一瞬だけ不思議な紋様が浮かび上がったような……!?気のせいか!?)
「わー!ラファルお兄様、また新しいのできたのー!?きれーい!お星様がフラスコの中でいっぱい踊ってるみたい!」
イシュタルは手を叩いて飛び跳ねんばかりに大喜びし、アリュールも目を丸くして、
「ラファル様、これは……以前お話しされていた、光の精霊の力を触媒とする『太陽と月の錬金術』の応用ですの!?理論だけだったはずなのに、まさか本当に成功されるなんて……!素晴らしいです!」
と、興奮と驚嘆の入り混じった声を上げた。
ラファルは、その神々しい光の中でどこか得意げな、しかしあくまで冷静沈着な研究者の口調で説明を加える。その声は、光の粒子が共鳴しているかのように、わずかに震えて聞こえた。
「これは『星光の滴』と名付けた抽出液と、『陽炎花の蜜』の粉末を、ニヴェアに古くから伝わる失われた秘伝『七曜の調合法』の記述を元に、私なりに再構築・改良した製法で精製したものです。特定の物質の内に秘められた潜在的なエネルギーを励起させ、一時的にその存在を純粋な輝くエネルギー体へと昇華させる効果がありまして……理論上は、この光の中では通常観測不可能な高次元エーテル波動を、微弱ながらも捉えることができるはずなのですが……如何せん、それを精密に計測する適切な装置がまだ開発途中でして……」
俺にはチンプンカンプンだが、何やら非常に高尚で難解な呪文か、失われた古代文明の秘術の知識でも披露しているかのように聞こえたので、俺の興奮は最高潮に達し、思わず叫んでいた。
「な、なんだこの凄まじいまでの聖なるエネルギーの奔流は!?間違いない、これは禁断の秘薬エリクサーか、あるいは万物を黄金に変え、不老不死をもたらすという賢者の石の類だ!このラファルとかいう優男、見かけによらず、実は密かに『光の秘術』を極めたとんでもない大錬金術師だったというのか!?この薬草臭い部屋も、全ては世を忍ぶ仮の姿で、その実態は選ばれし者のみが入室を許される高位の錬金術工房……!くっ、またしてもこの俺は見抜けなかったというのか……!この部屋のあの器具もあの鉱石も、全てはこの大いなる奇跡のための触媒だったとは!もしや貴様、俺の弟子にでもなりたいのか!?」
それに対してラファルは、せっかくの研究発表(と本人は思っている)のクライマックスを、俺の的外れな絶叫と勝手な弟子入り志願(?)で遮られたのがよほど気に食わなかったのか、眉間に深い深い皺を寄せ、黄金色の光が収まりかけた部屋で、やや声を荒らげた。
「……私の説明の途中なので、少し静かにしていただけませんか!それに、エリクサーだとか賢者の石だとか、そのようなよくわからない非科学的で突拍子もないことを、感受性の強いイシュタルの前で大声で言わないでください!妹が変なオカルト趣味に目覚めたらどうするおつもりですか!あと、誰があなたの弟子になど……!」
今度は本気で、そして少し子供っぽい剣幕で怒っているようだ。
(この俺が、わざわざその価値を認めて最大限の賛辞を贈り、さらには弟子入りのチャンスまで与えてやろうというのに、なんとも度量の小さい、本当に気に食わん奴だ。)
そう思っていると、
「まあまあ、お二人とも、どうかそのくらいで落ち着いてください」
とアリュールがパンと手を叩き、二人の間の険悪な空気を霧散させるように明るく言った。
「ユウさんもラファル様も、お互いに少し誤解があるようですわ。ね? それに、ラファル様、素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございました。ユウさんも、少し興奮しすぎですよ。……ところで、皆さん、そろそろお腹が空いてきませんか?」
アリュールの機転の利いた提案。見上げた心がけだ。
「とりあえずユウさんは、ラファル様に大変失礼なことをおっしゃったのですから、まずはきちんと謝ってください!ね?」
アリュールが、少し強い、しかしどこか諭すような口調で俺にそう言った。(む、なぜ俺が謝らねばならんのだ。この俺の慧眼をもってすれば、あれは奇跡以外の何物でもない。事実を指摘したまででは…いや、待てよ。ここは異世界。郷に入っては郷に従え、という言葉もある。それに、このアリュールの真剣な眼差しには、なぜか逆らう気が起きん)
「……ふん、まあ、少し言葉が過ぎたかもしれんな。悪かった、ラファル王子。貴様の“研究”は、なかなかに興味深いものだったぞ。この俺の知的好奇心を刺激するには十分だったと言っておこう」
俺は、しぶしぶながらも、最大限の譲歩と上から目線の評価をもってそう謝罪の言葉を口にしてやった。
ラファルは、俺の謝罪に納得したのか、それとも呆れ果てたのかは知らないが、ふいとそっぽを向いて、大きなため息を1つ漏らした。
「……いえ、こちらこそ、少々大人げない態度を取ってしまったかもしれません。申し訳ありませんでした。では、気を取り直して、お昼にしましょうか。この研究室に隣接する私の私室のテーブルに、ちょうどイシュタルと一緒に食べようと思っていた簡単な食事の用意がありますので。よろしければ、アリュールも、ユウさんもご一緒に」
そう言うので、俺たちはラファルに案内され、隣の部屋へと向かった。そこには、食欲をそそる良い香りと共に、「大地の恵みシチュー、太陽色の焼きパン添え」が用意されていた!
大きな年季の入った土鍋には、ごろごろとした猪肉らしき赤身の塊と、色とりどりの人参、芋、そして数種類の豆が、とろりとした赤みがかった芳醇な香りのスープでじっくりと煮込まれている。立ち上る湯気と共に、ハーブとスパイスの香ばしい匂いがたまらない。
傍らには、ふっくらと焼きあがった、まるで太陽そのもののように鮮やかな黄色い丸いパンが、いくつも木の籠に盛られている。
(ふむ、これが異世界の王子の食事か!あのシチューに入っているのは、もしや森の主と恐れられる『フォレスト・ボア』の肉か、あるいは伝説の霊獣グリフォンの脚肉か!?そしてこの黄金色のパン…エルフの秘伝のレシピで焼いたという、一口食べれば内に秘めた力が漲ってくるという伝説の『光のパン』に違いない!)
みんなで質素だが温かみのある木製のテーブルを囲み、イシュタルが今日の冒険の話を、目をキラキラさせながらラファルに夢中で聞かせている間、俺は黙々とシチューを口に運んだ。
(うむ!美味い!なんという滋味深さだ!この肉の野性味溢れる力強い味わい、そして野菜の凝縮された甘み!地球上のどんな三ツ星レストランの高級料理も、この純粋な生命力の前には霞んでしまうだろう!やはり異世界の食材は、その栄養価も風味も段違いだ!このパンも、噛めば噛むほど太陽の温かみが口の中に広がるようだ!)
などと一人で食レポをしつつ感動していると、
イシュタルが突然、何かを思い出したように声を上げた。
「あっ!ねえねえ、ユウ、ラファルお兄様!あのね、さっきお庭を歩いてる時にね、こんな石見つけたの!」
そう言いながら、彼女は小さなポケットから、手のひらに乗るくらいの、どこか不思議な色合いの石ころを取り出して見せた。
それは一見ただの石のようだが、よく見ると表面が滑らかで、光の加減で微かに虹色にきらめいている。
「この石ね、なんだかちょっとだけあったかいの!それにね、暗いところだと、ほんのり緑色に光るんだよ!ね、不思議でしょ?」
イシュタルは、まるで世紀の大発見でもしたかのように得意げな顔で、その石をテーブルの中央に置いた。
「なっ……!そ、それはまさしく『星詠みの石』!古代の星読みの一族が、夜空の星々の運行を読み解くために用いたという伝説の秘石ではないか!内に神秘的な力を蓄える性質があり、暗闇を照らすだけでなく、持ち主の精神を集中させ、未来予知の力を高めるという……!イシュタル皇女よ、そなたはとんでもないお宝を見つけたな!」
俺がそう叫ぶ声に、アリュールが少し呆れたような、しかし優しく諭すような声で被せてきた。
「イシュタル様、落ちているものを不用意に拾ってはだめだと、この前もお話ししましたでしょう?もしそれが、毒を持つ虫が触った後の石だったり、何か悪い呪いがかかっていたりしたらどうするのですか!」
アリュールの言葉に、イシュタルは「えへへ……ごめんなさい」と少ししょぼんとして、舌をペロリと出した。
ラファルは、そんな二人を微笑ましそうに見ていたが、アリュールをなだめるように言った。
「まあまあ、アリュール。イシュタルにも悪気があったわけではないのでしょうし、今回は許してあげてください。それにしても……」
ラファルは、イシュタルがテーブルに置いた石をそっと手に取り、窓から差し込む光にかざしたり、懐から取り出した小さなルーペで表面を念入りに観察したりし始めた。
その目は、先程までの苛立ちとは打って変わって、純粋な研究者の好奇心に満ちている。
「……ふむ、確かに微弱ながらも燐光現象が見られますね。特定の不純物を含んだ蛍石の一種か……あるいは、この島特有の地熱の影響や、ごく微量な放射性元素の作用で変質したのかもしれない。興味深いですね、イシュタル。この石、少し詳しく調べさせてもらってもいいですか?何か新しい発見があるかもしれませんよ」
「うん!いいよ!ラファルお兄様なら、この石の秘密、わかるかもしれないもんね!」
イシュタルは、ぱあっと顔を輝かせ、力強く嬉しそうに返事をした。子供というのは、本当に感情の移り変わりが早くてよくわからんな。だが、その純粋さが眩しくもある。
そう思っていると、不意に部屋の扉が遠慮がちに、しかし慌ただしくノックされた。
「突然失礼いたします!衛兵のカイと申します!」
(衛兵だと!こんなタイミングでここへ来るということは、さては魔王軍の急襲か!あるいは、俺のあまりの優秀さに、ついに国王が正式な騎士として迎え入れたいと、三顧の礼をもって懇願しに来たというわけだな!)(カイ……?聞いたことのない名だな。まあ、モブ衛兵の名などいちいち覚えておらんがな!それよりも、ついにこの俺が、異世界で初めてその真価を発揮し、英雄譚の新たな一ページを刻む時が来たか!)
そう心の中で滾り、俺は勢いよくスプーンをテーブルに叩きつけ、椅子を蹴立てるようにして勇ましく立ち上がった。
「その“ガラクタ”がどのような“奇跡”を生み出すか、このラファル様がお見せしましょう。刮目してご覧あれ!」
そう宣言すると、イシュタルをそっと膝から降ろし、おもむろに立ち上がった。
そして、作業台の奥にある薬品棚から、まるで生きたアメーバのように怪しく紫色の光彩を放ちながら揺らめく液体が入った、ずんぐりとしたフラスコを取り出した。
さらに革袋から取り出した白銀色に細かく砕かれた鉱物の粉末を、先端が黒曜石でできた象牙の薬さじで慎重にすくい取った。
まるで古代の神官が供物を捧げるかのような厳かな手つきで、3回だけ、リズミカルにフラスコの中へ振り入れた。
その瞬間、薬さじが液体に触れるか触れないかの刹那、チリチリと微かな放電音がしたかと思うと――!
フラスコの中の液体が、まるで意志を持ったかのように激しく沸騰し始め、眩いばかりの黄金色の光を爆発的に放ったのだ!
部屋全体がその神々しい光に満たされ、窓の外が一瞬にして真夜中の闇に包まれたかのように錯覚するほどだった。
あまりの眩しさと、一瞬にして空気が浄化されたかのような清浄なオゾンの匂いに、俺は思わず目を細め、息を呑んだ。
(なんだこの現象は!?部屋の隅に、一瞬だけ不思議な紋様が浮かび上がったような……!?気のせいか!?)
「わー!ラファルお兄様、また新しいのできたのー!?きれーい!お星様がフラスコの中でいっぱい踊ってるみたい!」
イシュタルは手を叩いて飛び跳ねんばかりに大喜びし、アリュールも目を丸くして、
「ラファル様、これは……以前お話しされていた、光の精霊の力を触媒とする『太陽と月の錬金術』の応用ですの!?理論だけだったはずなのに、まさか本当に成功されるなんて……!素晴らしいです!」
と、興奮と驚嘆の入り混じった声を上げた。
ラファルは、その神々しい光の中でどこか得意げな、しかしあくまで冷静沈着な研究者の口調で説明を加える。その声は、光の粒子が共鳴しているかのように、わずかに震えて聞こえた。
「これは『星光の滴』と名付けた抽出液と、『陽炎花の蜜』の粉末を、ニヴェアに古くから伝わる失われた秘伝『七曜の調合法』の記述を元に、私なりに再構築・改良した製法で精製したものです。特定の物質の内に秘められた潜在的なエネルギーを励起させ、一時的にその存在を純粋な輝くエネルギー体へと昇華させる効果がありまして……理論上は、この光の中では通常観測不可能な高次元エーテル波動を、微弱ながらも捉えることができるはずなのですが……如何せん、それを精密に計測する適切な装置がまだ開発途中でして……」
俺にはチンプンカンプンだが、何やら非常に高尚で難解な呪文か、失われた古代文明の秘術の知識でも披露しているかのように聞こえたので、俺の興奮は最高潮に達し、思わず叫んでいた。
「な、なんだこの凄まじいまでの聖なるエネルギーの奔流は!?間違いない、これは禁断の秘薬エリクサーか、あるいは万物を黄金に変え、不老不死をもたらすという賢者の石の類だ!このラファルとかいう優男、見かけによらず、実は密かに『光の秘術』を極めたとんでもない大錬金術師だったというのか!?この薬草臭い部屋も、全ては世を忍ぶ仮の姿で、その実態は選ばれし者のみが入室を許される高位の錬金術工房……!くっ、またしてもこの俺は見抜けなかったというのか……!この部屋のあの器具もあの鉱石も、全てはこの大いなる奇跡のための触媒だったとは!もしや貴様、俺の弟子にでもなりたいのか!?」
それに対してラファルは、せっかくの研究発表(と本人は思っている)のクライマックスを、俺の的外れな絶叫と勝手な弟子入り志願(?)で遮られたのがよほど気に食わなかったのか、眉間に深い深い皺を寄せ、黄金色の光が収まりかけた部屋で、やや声を荒らげた。
「……私の説明の途中なので、少し静かにしていただけませんか!それに、エリクサーだとか賢者の石だとか、そのようなよくわからない非科学的で突拍子もないことを、感受性の強いイシュタルの前で大声で言わないでください!妹が変なオカルト趣味に目覚めたらどうするおつもりですか!あと、誰があなたの弟子になど……!」
今度は本気で、そして少し子供っぽい剣幕で怒っているようだ。
(この俺が、わざわざその価値を認めて最大限の賛辞を贈り、さらには弟子入りのチャンスまで与えてやろうというのに、なんとも度量の小さい、本当に気に食わん奴だ。)
そう思っていると、
「まあまあ、お二人とも、どうかそのくらいで落ち着いてください」
とアリュールがパンと手を叩き、二人の間の険悪な空気を霧散させるように明るく言った。
「ユウさんもラファル様も、お互いに少し誤解があるようですわ。ね? それに、ラファル様、素晴らしいものを見せていただき、ありがとうございました。ユウさんも、少し興奮しすぎですよ。……ところで、皆さん、そろそろお腹が空いてきませんか?」
アリュールの機転の利いた提案。見上げた心がけだ。
「とりあえずユウさんは、ラファル様に大変失礼なことをおっしゃったのですから、まずはきちんと謝ってください!ね?」
アリュールが、少し強い、しかしどこか諭すような口調で俺にそう言った。(む、なぜ俺が謝らねばならんのだ。この俺の慧眼をもってすれば、あれは奇跡以外の何物でもない。事実を指摘したまででは…いや、待てよ。ここは異世界。郷に入っては郷に従え、という言葉もある。それに、このアリュールの真剣な眼差しには、なぜか逆らう気が起きん)
「……ふん、まあ、少し言葉が過ぎたかもしれんな。悪かった、ラファル王子。貴様の“研究”は、なかなかに興味深いものだったぞ。この俺の知的好奇心を刺激するには十分だったと言っておこう」
俺は、しぶしぶながらも、最大限の譲歩と上から目線の評価をもってそう謝罪の言葉を口にしてやった。
ラファルは、俺の謝罪に納得したのか、それとも呆れ果てたのかは知らないが、ふいとそっぽを向いて、大きなため息を1つ漏らした。
「……いえ、こちらこそ、少々大人げない態度を取ってしまったかもしれません。申し訳ありませんでした。では、気を取り直して、お昼にしましょうか。この研究室に隣接する私の私室のテーブルに、ちょうどイシュタルと一緒に食べようと思っていた簡単な食事の用意がありますので。よろしければ、アリュールも、ユウさんもご一緒に」
そう言うので、俺たちはラファルに案内され、隣の部屋へと向かった。そこには、食欲をそそる良い香りと共に、「大地の恵みシチュー、太陽色の焼きパン添え」が用意されていた!
大きな年季の入った土鍋には、ごろごろとした猪肉らしき赤身の塊と、色とりどりの人参、芋、そして数種類の豆が、とろりとした赤みがかった芳醇な香りのスープでじっくりと煮込まれている。立ち上る湯気と共に、ハーブとスパイスの香ばしい匂いがたまらない。
傍らには、ふっくらと焼きあがった、まるで太陽そのもののように鮮やかな黄色い丸いパンが、いくつも木の籠に盛られている。
(ふむ、これが異世界の王子の食事か!あのシチューに入っているのは、もしや森の主と恐れられる『フォレスト・ボア』の肉か、あるいは伝説の霊獣グリフォンの脚肉か!?そしてこの黄金色のパン…エルフの秘伝のレシピで焼いたという、一口食べれば内に秘めた力が漲ってくるという伝説の『光のパン』に違いない!)
みんなで質素だが温かみのある木製のテーブルを囲み、イシュタルが今日の冒険の話を、目をキラキラさせながらラファルに夢中で聞かせている間、俺は黙々とシチューを口に運んだ。
(うむ!美味い!なんという滋味深さだ!この肉の野性味溢れる力強い味わい、そして野菜の凝縮された甘み!地球上のどんな三ツ星レストランの高級料理も、この純粋な生命力の前には霞んでしまうだろう!やはり異世界の食材は、その栄養価も風味も段違いだ!このパンも、噛めば噛むほど太陽の温かみが口の中に広がるようだ!)
などと一人で食レポをしつつ感動していると、
イシュタルが突然、何かを思い出したように声を上げた。
「あっ!ねえねえ、ユウ、ラファルお兄様!あのね、さっきお庭を歩いてる時にね、こんな石見つけたの!」
そう言いながら、彼女は小さなポケットから、手のひらに乗るくらいの、どこか不思議な色合いの石ころを取り出して見せた。
それは一見ただの石のようだが、よく見ると表面が滑らかで、光の加減で微かに虹色にきらめいている。
「この石ね、なんだかちょっとだけあったかいの!それにね、暗いところだと、ほんのり緑色に光るんだよ!ね、不思議でしょ?」
イシュタルは、まるで世紀の大発見でもしたかのように得意げな顔で、その石をテーブルの中央に置いた。
「なっ……!そ、それはまさしく『星詠みの石』!古代の星読みの一族が、夜空の星々の運行を読み解くために用いたという伝説の秘石ではないか!内に神秘的な力を蓄える性質があり、暗闇を照らすだけでなく、持ち主の精神を集中させ、未来予知の力を高めるという……!イシュタル皇女よ、そなたはとんでもないお宝を見つけたな!」
俺がそう叫ぶ声に、アリュールが少し呆れたような、しかし優しく諭すような声で被せてきた。
「イシュタル様、落ちているものを不用意に拾ってはだめだと、この前もお話ししましたでしょう?もしそれが、毒を持つ虫が触った後の石だったり、何か悪い呪いがかかっていたりしたらどうするのですか!」
アリュールの言葉に、イシュタルは「えへへ……ごめんなさい」と少ししょぼんとして、舌をペロリと出した。
ラファルは、そんな二人を微笑ましそうに見ていたが、アリュールをなだめるように言った。
「まあまあ、アリュール。イシュタルにも悪気があったわけではないのでしょうし、今回は許してあげてください。それにしても……」
ラファルは、イシュタルがテーブルに置いた石をそっと手に取り、窓から差し込む光にかざしたり、懐から取り出した小さなルーペで表面を念入りに観察したりし始めた。
その目は、先程までの苛立ちとは打って変わって、純粋な研究者の好奇心に満ちている。
「……ふむ、確かに微弱ながらも燐光現象が見られますね。特定の不純物を含んだ蛍石の一種か……あるいは、この島特有の地熱の影響や、ごく微量な放射性元素の作用で変質したのかもしれない。興味深いですね、イシュタル。この石、少し詳しく調べさせてもらってもいいですか?何か新しい発見があるかもしれませんよ」
「うん!いいよ!ラファルお兄様なら、この石の秘密、わかるかもしれないもんね!」
イシュタルは、ぱあっと顔を輝かせ、力強く嬉しそうに返事をした。子供というのは、本当に感情の移り変わりが早くてよくわからんな。だが、その純粋さが眩しくもある。
そう思っていると、不意に部屋の扉が遠慮がちに、しかし慌ただしくノックされた。
「突然失礼いたします!衛兵のカイと申します!」
(衛兵だと!こんなタイミングでここへ来るということは、さては魔王軍の急襲か!あるいは、俺のあまりの優秀さに、ついに国王が正式な騎士として迎え入れたいと、三顧の礼をもって懇願しに来たというわけだな!)(カイ……?聞いたことのない名だな。まあ、モブ衛兵の名などいちいち覚えておらんがな!それよりも、ついにこの俺が、異世界で初めてその真価を発揮し、英雄譚の新たな一ページを刻む時が来たか!)
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