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【第一章】一度目のアレイル
魔術師になった訳【後】
しおりを挟むアレイルは王妃の発言を多く聞いた事は無かったが、公の場では高貴な喋り方をする人だったと思う。だがこの暗い塔で話す彼女は、格式張った物言いはしなかった。
まだ固さが抜けないアレイルに、「楽にしなさいな」と微笑む。その笑顔は、彼女がフィリアンティスカを見つめる時の眼差しと似ていた。
王妃は決して、国民から疎まれてはいなかった。美しく聡明で、王に良く尽くし、娘を思う優しい人だった。それなのに、魔術師であったというだけで、暗い塔に一人幽閉されるのだ。
ロッドエリアであれば、誉れ高い魔術師だっただろう。しかしナイトカリスにいる限り、魔術師はどんな偉業を成し遂げてもその地位が上がる事は無い。
王妃でさえこの仕打ちなのだから、魔術の才能がある者は、ますます己の力を隠すようになる。ナイトカリスから魔術師が絶滅するのは、時間の問題だ。
魔術に怯え、国内の魔術師を消し去ったからといって、ナイトカリスから脅威が消え去る訳ではないのに。
むしろ近隣の国から魔術による攻撃をされた場合、対抗する術が全く無くなる。
魔術師を軽んじて、騎士こそが絶対だとする盲目的な信仰が、国を危機に陥れていると憂いるのは、皮肉にも罪人の烙印を押された王妃だけなのだ。
アレイルの前で王妃は不満を溢したが、その声は我が子と語らうように、穏やかだった。まるで「もう少しお話しましょうよ」と言っているかのようだ。
「私は魔術師よ。こんな風に閉じ込めてどうするのかしら。本当に頭が足りてないわよね。この塔、魔術もかかってないし、処刑だなんだって騒いでおいて、私が抜け出そうとするなんて考えないんでしょうね」
現に貴方も潜り込めたでしょう? と王妃が同意を求める。
「魔術師の地位を向上させるよう、努めてきたけれど……王妃である私がこうなって、全部無駄になってしまったわ。王子も二人いるし、フィリアンティスカもいるし……私はもうお払い箱ね。魔術師の王妃なんて、ナイトカリスにとっては邪魔なだけでしょうし、いらない存在なのよ、私。怖いわ、消されるのかしら」
全く怖く無さそうな顔で、大げさに肩を抱き寄せる。
民の間でも、王妃が魔術師である事は悪し様に言われていた。王妃は今まで国民を欺いてきた、恐ろしい魔女なのだと。
彼女は、王妃である前に、ロッドエリアの魔術師だ。内に入り込み、ナイトカリスを意のままに操ろうとしたに違いない、という話になっている。
フィリアンティスカを救った事は意図的に隠して、「魔術師は悪」として噂が広められていた。
魔術で国王の心まで操ったのではないかと囁く者までいる。
どのような噂が流れているか、王妃は理解していた。
彼女からは、憤りや、復讐しようとする気持ちは伝わってこない。
ただ、遣る瀬無い顔をしていた。
「……魔術は万能じゃないわ。あの方の心だって、手に入らないのだから……」
どうしてそれが分からないのかしら。
声には出さない王妃の思いが聞こえてくる気がした。
「王妃様は、いらない存在なんかじゃありません」
塔に来たのが、魔術を隠したアレイルだったから、王妃は話してくれたのだろうか。
アレイルなら分かってくれるだろうと、ただ聞いて欲しいと、寂しげな彼女の目は語っていた。
彼女と自分が同じだとは思わない。アレイルは魔術で国に貢献しようとはしてこなかったし、我が身可愛さで、魔術を使える事を隠してきた。
王妃も魔術師である事を隠していたが、その理由は、もっと違う所にあるのでは無いかと、アレイルは思った。
彼女は素晴らしい魔術師だったはずだが、一切その力を使わずに、国に仕えてきた。魔術師の地位を向上させるためにしてきた事も、ナイトカリスの王妃になるために、国に馴染もうとした事も、嘘では無いのだろう。
魔術は、万能では無い。彼女が一番欲しかった物が、魔術では手に入らないから、使わなかっただけなのかもしれない。
「王女殿下は、王妃様を思って泣いておられました。おかわいそうで、見ていられません。どうか早く、殿下のもとへ戻って差し上げて下さい」
アレイルが真剣な表情で見上げると、王妃は目を瞬かせた。
「貴方、優しいわね」
彼女の目が細められる。再びアレイルの頭の上に、華奢な手が乗った。
よしよし、と言うように、髪を撫で回す。
アレイルは気恥ずかしく思ったが、嫌では無かった。
この細い手が、あんな小さな銀の杖で、魔術を使うのだ。
美しい指先と杖の先から紡がれる魔術を想像すると、アレイルの心は少し浮き立った。
猫の子のようにされながら、アレイルは気持ち良さそうに目を閉じる。慈しむような手の主は、嬉しそうに溜息を吐いた。
「そうなのよ。フィリアンティスカはね、私の事が大好きなのよ」
忘れていた訳ではないのに、今思い出したかのような、そんな言い方だった。
「私も、フィリアンティスカが大好きなの」
母に思われるフィリアンティスカの事を考えると、アレイルの胸も温かくなる。
フィリアンティスカが愛されている事が、嬉しいのだ。
その表情に何か思ったのか、王妃は手を止めてまじまじと顔を合わせた。
「もしかして、貴方もフィリアンティスカの事が大好きなのかしら?」
ふわふわとした気持ちそのままに、アレイルは頷く。
王妃なら、喜んでくれそうな気がして。
期待を裏切らない彼女の朗らかな笑い声は、確かな好意となってアレイルの中へ溶けていった。
「王妃様がしてきた事は、無駄ではありません。私が受け継ぎます。ちゃんと魔術を知りたいんです。皆にも分かって欲しい。何の後ろめたさも無く、魔術で国に貢献出来るようにしたいんです」
アレイルは目の前の美しい魔術師を見た。
目指すのは、騎士だ。それは変わらない。だが、それだけでは魔術師の地位を向上させる事は出来ない。
フィリアンティスカが憂い無く母と会えるような国にしたい。上辺の言葉だけでは無く、きちんと魔術師としての経験を積んで、王妃の理解者になりたい。
「私は騎士になりたい。でも、王妃様とお話して、魔術師にもなりたいと思いました。魔術師と騎士、両立するのは不可能でしょうか」
魔術を使う騎士など、聞いた事が無い。
「難しいけれど、不可能だとは思っていないのでしょう?」
王妃が言ったように、アレイルの中で答えは出ていた。
「私は王妃様を敬愛しています。どうかナイトカリスを見捨てないで下さい」
心は決まった。
魔術師になる事を、両親は認めないだろう。
アレイルは家族の事も愛している。
騎士への憧れも捨てられない。だから、何かを変えられるだけの地位を目指す。
魔術師としては表立って行動出来ないだろうが、王妃がしてきたように、やれる事はあるはずだ。
「この先騎士になって、必ず出世してみせます。そしてきっと、私が魔術師と騎士の架け橋になりますから、見ていてください」
子供らしい綺麗事を、王妃は無謀だと切り捨てなかった。
魔術師への偏見は根強く、見通しは悪かったが、諦めないでいられたのは、王妃と、フィリアンティスカのおかげだ。
フィリアンティスカは、母を思ってか、魔術師を毛嫌いする人間を遠ざけているようだった。
特定の相手と馴れ合いはしないが、彼女は魔術師の存在を受入れている。
その事が何よりも、アレイルの心の支えであった。
罪の塔へは通常立ち入れないが、フィリアンティスカは特例として、たまにだが、王妃と会う事が出来た。年に数度も無いその面会を、フィリアンティスカは心待ちにしている。
その日ばかりは、彼女に笑顔が戻るであろう事を嬉しく思いながら、アレイルは自分を奮い起こした。
それから数年が経ち、アレイルは騎士隊副隊長になった。
いつからか現れた、素性不明の魔術師、ヴァレル・エンフィスの正体が、騎士隊副隊長、アレイル・クラヴィストである事は、本人以外、誰も知らないのである。
※
「ご機嫌如何ですか、姫様」
転移魔術で、いつものように王女の所へ移動する。
アレイルとフィリアンティスカの婚約が公表されても、ヴァレルは彼女のもとへ通っていた。しかし、それも今日で終わりにするつもりである。
「また来たの、魔術師団団長殿」
少し前から替わった銀髪の侍女を携えて、今日も王女は中庭でお茶を楽しんでいた。
だが相変わらず表情は固い。組み込まれた予定をただこなしているだけのように見える。
「団長殿なんて。ヴァレル、と呼んで下さると嬉しいです」
フィリアンティスカはヴァレルの要望を無視して、呆れたように疑問を口にする。
「まさか私が結婚しても会いに来るつもりじゃないでしょうね」
「それは流石に控えますよ。今日はその事で参りました。『ヴァレル・エンフィス』として会いに来るのは、これで最後にしようかと思いまして」
「……殊勝な心掛けね」
信用していない顔だ。
彼女が疑うのも最もだが、ヴァレルは王女を諦めた訳では無いのだから、当然である。
フィリアンティスカとは、何れ夫婦になるのだ。
これからは、『アレイル』として側に居る。
『ヴァレル』として会いに行くのでは無く、『アレイル』として彼女と過ごす時間を増やしていく予定だ。
どうやらフィリアンティスカが、アレイルの事を好ましく思っていないというのは、問題ではあるのだが。
不躾にも毎日王女に告白していたヴァレルを、こうして何年も相手にしてくれたのだから、何だかんだ思っていても、アレイルの事を邪険にはしないような気がした。
しかし逆に、ヴァレルでは年単位で口説いても全く進展が無かったという事である。
それが元から好感度が低いアレイルとなると、余計厳しいものがあるのだが、考えない事にした。
フードをとっても、地道に口説いていくつもりだ。
ヴァレルは最後に、愛しい王女へ祝福を贈った。
「姫様、ご婚約おめでとうございます」
婚約相手が自分なので妙な感じである。
「副隊長は、姫様の事を誰よりも愛してくれますからね」
本人が言うのだから間違いない。
「それが姫様にとって、幸せかどうかは分かりませんが……大切にしてもらえますから。それだけは保証します」
フィリアンティスカは、大人しくヴァレルの言葉を聞いていた。
言葉の重みを感じたのか、しっかりと目を合わせようとしている。フィリアンティスカからはフードで隠れて見えない瞳を、ヴァレルはくしゃくしゃに歪めた。
ヴァレルは己の決意を、他人事として告げる。
愛を乞いながら、誰よりも愛すると誓う。
「姫様が誰を好きでも、俺はずっと姫様が好きです」
「……そう」
最後だと宣言しても、彼女はやはりそれしか返さない。
「ご迷惑でしょうから、俺からはもう会いに行きません。ですが、もし、何か困った事があったら、『ヴァレル』と声に出して呼んで下さい。すぐに姫様の所へ駆け付けて、貴女の助けになります。これでも千年に一度と言われる魔術師ですから、結構役に立つと思いますよ」
彼女からは見えないと分かっているのだが、ヴァレルは軽い口調で締めると、ウインクして見せた。
フィリアンティスカは、「呼ばないわよ」とは言わなかった。
※
騎士隊副隊長と、魔術師団団長の二重生活はかなりハードだ。フィリアンティスカの顔を見られるなら、なんら苦痛では無いのだが、彼女と会う時間を(それもお茶の時間を狙って)作るのが特に難しい。魔術を使うため、移動時間は短縮出来るが、アレイルの時は使用する場所を選ばなければならない。例えば自室とか。
ヴァレルがふらふらと移動しているのはいつもの事だが、アレイルは仕事中に抜け出さなければならないので結構大変なのだ。
それで言えば、婚約者の立場で会いに行けるのなら、不自然さは無くなる。素顔のまま堂々と訪ねられるのは利点だった。
(でもなあ、俺アレイルの時に、姫様に嫌われるような事したかなあ)
考えないようにしようと思いつつ、気になってしまう。
魔術師である事が露見した王妃が、罪の塔に幽閉されるまでは、婚約者候補の一人として、幼いフィリアンティスカと顔を合わせていた。
アレイルは失礼の無いように振舞っていたし、特に嫌われるような行動をした覚えが無いのだ。
だがフィリアンティスカの方も、アレイルに好かれようと思って惚れられた訳では無いと思うので、嫌う事にも理由は無いのかもしれない。
(もしかして、単純に俺の見た目が好みじゃないのか……)
「金髪って嫌いだわ」と言われた記憶が蘇る。
容姿を褒められる事があっても、貶されたのはあれが初めてで、一度切りだ。
(別に醜くは無いと思っていたが、人に言われる程整ってもいないのかもしれない)
好きな人にたった一度否定された事で、アレイルは己の美醜感覚を下方修正した。
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