9 / 10
ステラの正体
しおりを挟む
※
銀の腕輪。
お祖父様はそれが、ユオ・クルッツの恋人がつけているものだと知っていたのだ。
あの日私が店に戻る前、ユオ・クルッツは恋人であるステラの事を、お祖父様に話していた。腕輪の事も詳しく説明したようだ。
考えてもいなかった。あの恋人以外には仏頂面な男が、他人に蕩けている所を想像するはずもない。
確かに見たことがない、特徴的なデザインだったが、まさか一点ものとは思わなかった。お祖父様も、私の腕輪を見たとき、一目でそれと分かったらしい。
だからお祖父様は困惑した。
ユオ・クルッツは、恋人の素性を知らないという話だ。
そこに来て、恋人の証である腕輪を孫娘がつけていたのだ。
孫娘が、何か危険なことに巻き込まれているのではないかと、心配してくれていたのである。
ユオ・クルッツが、何のつもりで、お祖父様にそこまで詳しく話したのか分からないが、兎に角、お祖父様はあの時、私がユオ・クルッツの恋人であると気が付いていたのだ。
※
お祖父様は暫くは、知らない振りをしていた。
私はそれに気付かないまま、変わらず奴の部屋に通っていたということだ。奴の事を言えない。私も十分鈍かった。しかし、ある事件で、事は露呈する。
ユオ・クルッツが行方不明になったのだ。
奴の部屋に行っても、奴いない日が数日続き、何かあったのかと不安に思っている時だった。
「クルッツ商会のトップ、行方知れず。誘拐か、暗殺か?商業都市、怨恨の連鎖……だってよ。物騒だなあ。まあ、クルッツなら恨みを相当買っているだろうけど……」
店で、お祖父様が男性客に話しかけられている。男性客の手には新聞が握られていた。
私はその場に立ち尽くして、話を聞いていた。
お祖父様が寄越した視線にも気付かない程、動揺する。
「牢屋に入っている元部下の男、バックに恐いのがいたみたいだな。仕返しじゃないかって線が濃厚らしい」
男性客が新聞の内容を説明していたが、私は思わず割り込んでいた。
「あの、そのバックについているの、何処の誰何ですか?」
男性客は面食らって、「えらく慌ててんな、エステルちゃん。ユオ・クルッツのファンかい?」と軽く言ったが、私の真剣な表情を見て、新聞に目を戻して教えてくれた。
「ちょっと待て……ええと、この商業都市で五本の指に入る所だな。まあクルッツ商会には及ばないが、かなりでかい店だよ」
私も新聞を覗き込み、名前を確認する。
よし、覚えた。
まだ噂だし、こいつらが犯人とは限らないが、確かめる価値はある。それにしても、奴は私より強いというのに、余程強い相手なのか。だとしても、奴が今にも殺されているかもしれない。急がなくては。今晩乗り込むか。
ありがとうございました、と男性客に頭を下げる。
お祖父様は何か言いたげな目で、私を見ていたが、結局黙っていた。
少し不審だったかもしれない。
その日に限って、夜遅くまでお祖父様が起きていた。
それとなく寝るように勧めても、なかなか寝ようとしない。
心配事があるような、不安げな表情だったので、感付かれたかと思う。
実際はその通りだったが、その時の私は、そんなはずはないと思い直し、半ば強引に、お祖父様を寝室へ連れていった。
「お祖父様、あまり夜更かししては体に悪いですわ。もうお休みになってくださいな」
やんわりと背中を押す。
お祖父様は顔だけ振り向き、すがるように私を見た。
「エステル……いなくならないでくれよ……」
いつになく弱気な言い方だった。
こう言っては何だが、歳をとって、気持ちが弱くなっているのかもしれない。
私は優しく頬笑む。
「はい。ずっとお祖父様の側にいますわ」
もう、ユオ・クルッツを暗殺しようとした日のような無茶はしない。
お祖父様を悲しませないようにしなければ。
大丈夫、必ず戻って来ます。
今晩の事は、少し多目に見てほしいけど。
お祖父様が寝付くまでまた時間がかかり、出発が遅れてしまった。
まだ夜は深い。許容範囲だ。
屋根の上を蹴り、まるで空を飛ぶように建物を伝い、目的地を目指す。何の訓練も受けていない人間には無理な芸当だが、私にかかれば造作無い。私に乗り物は不要だ。
まあ、どうせ奴は楽々やってのけるのだろうが……。
……数日空けただけなのに、落ち着かない。
奴は、無事だろうか。
もし、今向かっている場所が外れだったら、また一から探さなければならない。
奴が今どんな状態か分からない。遅れる程、生存率は下がるだろう。早く顔を見て、安心したい。
あの締まりのない表情を見たいと思うようになるなんて、どうかしているな。
そもそも……何故私が、奴の心配などしなくてはならないのだ。
……いやでも、よく考えてみろ。
このまま奴が、死ぬなりして居なくなれば、自然と関係は絶たれる。
もう、別れる方法に、悩む必要も無くなる。
……と、思っているのに、体はとにかく全力で急いでいるんだよな。
私だって、本当は分かっている。もう、奴に死んでほしくないって。だから、仕方がないじゃないか。
仮にも恋人なんだから、助けに行ってやるさ。
ユオ・クルッツの部屋は、恐らく、あえて侵入しやすいようにされていたはずなので、苦労して忍び込む感覚は久しぶりだった。
そうそう、これだよ。これくらいの手応えはないと、張り合いが無い。苦労と言っても、私が手子摺る程では無いがな。
目的の建物に到着した私は、難なく中に入り込み、各部屋のモニターがある制御室を目指す。このくらい大きい商会になると、トラップも多いからな。
それらを初めから発動させないため、目星をつけていた制御室に行くのだ。
勿論見張りは居たが、クルッツに比べれば何と他愛ない。あっさりと伸して、首尾よくトラップを解除した。
快適になった制御室で、見取り図を広げ、奴が居そうな場所を探す。
ここに来るまで殆ど人が見当たらなかったが、深夜ともなると、商会の人間で建物に残っている者は居ないらしい。どうやら今の時間は、少数の警備が居るだけのようだ。
奴だけ残されているなら好都合。さっさと連れ出してしまおう。
証拠もないのに、奴がいると決め付けているが、私の勘ではここで当たりだ。部屋の特定は仕切れないので、一つずつあたっていくしかないだろう。
一つ、二つと空振りして、三つ目の部屋。
入る前から、既に部屋から明かりが漏れていたため、ここだ、と確信する。
静かだが、人の気配はするようだ。
慎重に天井裏に回り込み、部屋の様子を窺う。
確かに人はいた。
だが、予想とは大分違う様子だったので、暫く固まってしまった。
ユオ・クルッツが、部屋の中央に一人立っているのだ。
数十人の男達を、足蹴にして。
え、ちょっと待って、どういう状況?
呆然としていると、奴が近くに倒れている男を蹴り飛ばした。
飛んでいった男は、声にならない呻き声を上げている。
……もしかして、助け要らなかった感じか。
何だよ、心配かけやがって。平気ならさっさと帰って来いよな。
どう見ても、相手伸してるし。
相手手も足も出てないじゃん。
「いつまでも貴様らに付き合っているつもりはない。さっさと俺を解放しろ」
奴が明らかに怒ってます! という声で言っている。
でもちょっと疲れているみたいだな……。
「ぇ、ステルさんは……俺が先に……好きになったんだ……おまぇなんか、に、渡さない……」
倒れている一人が、息も絶え絶えに訴える。
何か、私の名前が聞こえたんだが。
内容も聞き捨てならないが、それよりも、あの男、見覚えがあるぞ。ぼろぼろで分かりづらいが、間違いない。
お祖父様の店によく来る客だ。
私のこと褒めてきて、どもりながら喋る客。
「……だから、それは終わった話だと何度言えば分かる。俺はあの女に興味ない」
奴の言葉に、胸を刺すような痛みを感じた。
気にするな……。今は傷付いている場合じゃない。
……話を纏めると、男性客が逆恨みで奴を浚ったのか?
愛人云々は、結構前の話だが。
それに、個人で誘拐したとは考えにくい。
私が疑問に思っていると、男性客は最期の力を振り絞るように叫んだ。
「嘘だ!! お、俺は見たんだ!!」
おいおい、致命傷でもないんだから、死ぬなよ?
さすがに、やつも揉み消すのが面倒だろう。
「前にあの店に行ったとき、盗聴機械と、映像記録装置を隠して来た! お前が、店主に話していた恋人のことも、聞かせてもらった! その日、エステルさんの腕に、お前の恋人がつけているはずの腕輪を見付けたんだ! 言い逃れは出来ないぞ!」
普段どもるくせに、火事場の馬鹿力というのか、つっかえずに言い切った。
まあ、叫んでいるし、よく聞こえたよね。
……もちろん、奴も聞いている、よね。
…………というか、今思考が飛んでいたけど、何だよ盗聴機械って!
いつの間につけたあの野郎!!
まさか居住部屋にもつけてないだろうな、私普通に着替えているんだぞ!
そういえばステラの変装もしているし! 最悪だ……!!
「……見間違いじゃないのか」
奴がぼそり、と溢した声があまりに弱々しい。
男性客は、「まだしらを切るのか!」と、這いつくばいながら、懐を探りだした。
私は武器を出すのかと警戒したのだが、手に取ったのは、紙切れのように見える。
どうやら写真のようだ。
「この腕輪だろう!」
まさか、私の袖が破れた時のか?
どうかそうでないことを祈る。
さすがに、写真は小さくてここからよく見えない。
だが、奴が何も言い返さない所を見ると……
ああ、もう、どうでもいいや。
家に帰ったら、徹底的に機械を探して処分しないと……。
奴は全く動かず、反応を示さなくなった。
……そうだよな。恋人の正体が、全く好みじゃない上、以前嫌がらせしようとしてたくらい気に食わない相手だもんな。
……きっと、失望したよな。
誰もが動かないでいると、一つだけある扉の方から、ガタガタと大きな音がした。
やがて、扉が壊されたと同時に、新たな男達が部屋に入ってくる。
倒れている連中と違って、こちらはまだぴんぴんしていた。
このタイミングで増援か。
どこから沸いたんだ。
よって集って、一人を苛めすぎじゃないか?
若い男の中から、むさいおっさんが出てくる。何か偉そう。
奴に向かって喋り出した。
おっさんの声なんて耳を通したくもないので、ざっくり聞き流すが、盗聴野郎はおっさんの息子で、おっさんはこの商会のトップらしい。
どもり野郎、ボンボンかよ。
そしてこれは記事の通りで、捕まった元部下の男と手を組んで、色々悪いことしていたという。
律儀に仕返しとは、元部下の男も捨てたもんじゃない……と思ったら、息子の個人的な恨みを晴らすためだったとほざいた。
元部下の男、関係ないんかい。
おっさんが偉そうに、「やれ」と言った瞬間、男達が襲い掛かかる。
奴を見るが、動く様子はない。
――何をぼうっとしているんだ!
あと少しで、男達の手が届いてしまう――
私は舌打ちした。
天井の床板を割り、体を部屋へと落としていく。
もう、どうにでもなれ。
突然現れた私の姿に、全員が目を丸くしていたが、構わず地面を蹴って突進する。
奴を横切った。やはり、疲れた顔をしている。
もう休め。あとは、私がやってやるから……。
こんな連中、私の敵ではない。すぐ終わらせてやる。
銀の腕輪。
お祖父様はそれが、ユオ・クルッツの恋人がつけているものだと知っていたのだ。
あの日私が店に戻る前、ユオ・クルッツは恋人であるステラの事を、お祖父様に話していた。腕輪の事も詳しく説明したようだ。
考えてもいなかった。あの恋人以外には仏頂面な男が、他人に蕩けている所を想像するはずもない。
確かに見たことがない、特徴的なデザインだったが、まさか一点ものとは思わなかった。お祖父様も、私の腕輪を見たとき、一目でそれと分かったらしい。
だからお祖父様は困惑した。
ユオ・クルッツは、恋人の素性を知らないという話だ。
そこに来て、恋人の証である腕輪を孫娘がつけていたのだ。
孫娘が、何か危険なことに巻き込まれているのではないかと、心配してくれていたのである。
ユオ・クルッツが、何のつもりで、お祖父様にそこまで詳しく話したのか分からないが、兎に角、お祖父様はあの時、私がユオ・クルッツの恋人であると気が付いていたのだ。
※
お祖父様は暫くは、知らない振りをしていた。
私はそれに気付かないまま、変わらず奴の部屋に通っていたということだ。奴の事を言えない。私も十分鈍かった。しかし、ある事件で、事は露呈する。
ユオ・クルッツが行方不明になったのだ。
奴の部屋に行っても、奴いない日が数日続き、何かあったのかと不安に思っている時だった。
「クルッツ商会のトップ、行方知れず。誘拐か、暗殺か?商業都市、怨恨の連鎖……だってよ。物騒だなあ。まあ、クルッツなら恨みを相当買っているだろうけど……」
店で、お祖父様が男性客に話しかけられている。男性客の手には新聞が握られていた。
私はその場に立ち尽くして、話を聞いていた。
お祖父様が寄越した視線にも気付かない程、動揺する。
「牢屋に入っている元部下の男、バックに恐いのがいたみたいだな。仕返しじゃないかって線が濃厚らしい」
男性客が新聞の内容を説明していたが、私は思わず割り込んでいた。
「あの、そのバックについているの、何処の誰何ですか?」
男性客は面食らって、「えらく慌ててんな、エステルちゃん。ユオ・クルッツのファンかい?」と軽く言ったが、私の真剣な表情を見て、新聞に目を戻して教えてくれた。
「ちょっと待て……ええと、この商業都市で五本の指に入る所だな。まあクルッツ商会には及ばないが、かなりでかい店だよ」
私も新聞を覗き込み、名前を確認する。
よし、覚えた。
まだ噂だし、こいつらが犯人とは限らないが、確かめる価値はある。それにしても、奴は私より強いというのに、余程強い相手なのか。だとしても、奴が今にも殺されているかもしれない。急がなくては。今晩乗り込むか。
ありがとうございました、と男性客に頭を下げる。
お祖父様は何か言いたげな目で、私を見ていたが、結局黙っていた。
少し不審だったかもしれない。
その日に限って、夜遅くまでお祖父様が起きていた。
それとなく寝るように勧めても、なかなか寝ようとしない。
心配事があるような、不安げな表情だったので、感付かれたかと思う。
実際はその通りだったが、その時の私は、そんなはずはないと思い直し、半ば強引に、お祖父様を寝室へ連れていった。
「お祖父様、あまり夜更かししては体に悪いですわ。もうお休みになってくださいな」
やんわりと背中を押す。
お祖父様は顔だけ振り向き、すがるように私を見た。
「エステル……いなくならないでくれよ……」
いつになく弱気な言い方だった。
こう言っては何だが、歳をとって、気持ちが弱くなっているのかもしれない。
私は優しく頬笑む。
「はい。ずっとお祖父様の側にいますわ」
もう、ユオ・クルッツを暗殺しようとした日のような無茶はしない。
お祖父様を悲しませないようにしなければ。
大丈夫、必ず戻って来ます。
今晩の事は、少し多目に見てほしいけど。
お祖父様が寝付くまでまた時間がかかり、出発が遅れてしまった。
まだ夜は深い。許容範囲だ。
屋根の上を蹴り、まるで空を飛ぶように建物を伝い、目的地を目指す。何の訓練も受けていない人間には無理な芸当だが、私にかかれば造作無い。私に乗り物は不要だ。
まあ、どうせ奴は楽々やってのけるのだろうが……。
……数日空けただけなのに、落ち着かない。
奴は、無事だろうか。
もし、今向かっている場所が外れだったら、また一から探さなければならない。
奴が今どんな状態か分からない。遅れる程、生存率は下がるだろう。早く顔を見て、安心したい。
あの締まりのない表情を見たいと思うようになるなんて、どうかしているな。
そもそも……何故私が、奴の心配などしなくてはならないのだ。
……いやでも、よく考えてみろ。
このまま奴が、死ぬなりして居なくなれば、自然と関係は絶たれる。
もう、別れる方法に、悩む必要も無くなる。
……と、思っているのに、体はとにかく全力で急いでいるんだよな。
私だって、本当は分かっている。もう、奴に死んでほしくないって。だから、仕方がないじゃないか。
仮にも恋人なんだから、助けに行ってやるさ。
ユオ・クルッツの部屋は、恐らく、あえて侵入しやすいようにされていたはずなので、苦労して忍び込む感覚は久しぶりだった。
そうそう、これだよ。これくらいの手応えはないと、張り合いが無い。苦労と言っても、私が手子摺る程では無いがな。
目的の建物に到着した私は、難なく中に入り込み、各部屋のモニターがある制御室を目指す。このくらい大きい商会になると、トラップも多いからな。
それらを初めから発動させないため、目星をつけていた制御室に行くのだ。
勿論見張りは居たが、クルッツに比べれば何と他愛ない。あっさりと伸して、首尾よくトラップを解除した。
快適になった制御室で、見取り図を広げ、奴が居そうな場所を探す。
ここに来るまで殆ど人が見当たらなかったが、深夜ともなると、商会の人間で建物に残っている者は居ないらしい。どうやら今の時間は、少数の警備が居るだけのようだ。
奴だけ残されているなら好都合。さっさと連れ出してしまおう。
証拠もないのに、奴がいると決め付けているが、私の勘ではここで当たりだ。部屋の特定は仕切れないので、一つずつあたっていくしかないだろう。
一つ、二つと空振りして、三つ目の部屋。
入る前から、既に部屋から明かりが漏れていたため、ここだ、と確信する。
静かだが、人の気配はするようだ。
慎重に天井裏に回り込み、部屋の様子を窺う。
確かに人はいた。
だが、予想とは大分違う様子だったので、暫く固まってしまった。
ユオ・クルッツが、部屋の中央に一人立っているのだ。
数十人の男達を、足蹴にして。
え、ちょっと待って、どういう状況?
呆然としていると、奴が近くに倒れている男を蹴り飛ばした。
飛んでいった男は、声にならない呻き声を上げている。
……もしかして、助け要らなかった感じか。
何だよ、心配かけやがって。平気ならさっさと帰って来いよな。
どう見ても、相手伸してるし。
相手手も足も出てないじゃん。
「いつまでも貴様らに付き合っているつもりはない。さっさと俺を解放しろ」
奴が明らかに怒ってます! という声で言っている。
でもちょっと疲れているみたいだな……。
「ぇ、ステルさんは……俺が先に……好きになったんだ……おまぇなんか、に、渡さない……」
倒れている一人が、息も絶え絶えに訴える。
何か、私の名前が聞こえたんだが。
内容も聞き捨てならないが、それよりも、あの男、見覚えがあるぞ。ぼろぼろで分かりづらいが、間違いない。
お祖父様の店によく来る客だ。
私のこと褒めてきて、どもりながら喋る客。
「……だから、それは終わった話だと何度言えば分かる。俺はあの女に興味ない」
奴の言葉に、胸を刺すような痛みを感じた。
気にするな……。今は傷付いている場合じゃない。
……話を纏めると、男性客が逆恨みで奴を浚ったのか?
愛人云々は、結構前の話だが。
それに、個人で誘拐したとは考えにくい。
私が疑問に思っていると、男性客は最期の力を振り絞るように叫んだ。
「嘘だ!! お、俺は見たんだ!!」
おいおい、致命傷でもないんだから、死ぬなよ?
さすがに、やつも揉み消すのが面倒だろう。
「前にあの店に行ったとき、盗聴機械と、映像記録装置を隠して来た! お前が、店主に話していた恋人のことも、聞かせてもらった! その日、エステルさんの腕に、お前の恋人がつけているはずの腕輪を見付けたんだ! 言い逃れは出来ないぞ!」
普段どもるくせに、火事場の馬鹿力というのか、つっかえずに言い切った。
まあ、叫んでいるし、よく聞こえたよね。
……もちろん、奴も聞いている、よね。
…………というか、今思考が飛んでいたけど、何だよ盗聴機械って!
いつの間につけたあの野郎!!
まさか居住部屋にもつけてないだろうな、私普通に着替えているんだぞ!
そういえばステラの変装もしているし! 最悪だ……!!
「……見間違いじゃないのか」
奴がぼそり、と溢した声があまりに弱々しい。
男性客は、「まだしらを切るのか!」と、這いつくばいながら、懐を探りだした。
私は武器を出すのかと警戒したのだが、手に取ったのは、紙切れのように見える。
どうやら写真のようだ。
「この腕輪だろう!」
まさか、私の袖が破れた時のか?
どうかそうでないことを祈る。
さすがに、写真は小さくてここからよく見えない。
だが、奴が何も言い返さない所を見ると……
ああ、もう、どうでもいいや。
家に帰ったら、徹底的に機械を探して処分しないと……。
奴は全く動かず、反応を示さなくなった。
……そうだよな。恋人の正体が、全く好みじゃない上、以前嫌がらせしようとしてたくらい気に食わない相手だもんな。
……きっと、失望したよな。
誰もが動かないでいると、一つだけある扉の方から、ガタガタと大きな音がした。
やがて、扉が壊されたと同時に、新たな男達が部屋に入ってくる。
倒れている連中と違って、こちらはまだぴんぴんしていた。
このタイミングで増援か。
どこから沸いたんだ。
よって集って、一人を苛めすぎじゃないか?
若い男の中から、むさいおっさんが出てくる。何か偉そう。
奴に向かって喋り出した。
おっさんの声なんて耳を通したくもないので、ざっくり聞き流すが、盗聴野郎はおっさんの息子で、おっさんはこの商会のトップらしい。
どもり野郎、ボンボンかよ。
そしてこれは記事の通りで、捕まった元部下の男と手を組んで、色々悪いことしていたという。
律儀に仕返しとは、元部下の男も捨てたもんじゃない……と思ったら、息子の個人的な恨みを晴らすためだったとほざいた。
元部下の男、関係ないんかい。
おっさんが偉そうに、「やれ」と言った瞬間、男達が襲い掛かかる。
奴を見るが、動く様子はない。
――何をぼうっとしているんだ!
あと少しで、男達の手が届いてしまう――
私は舌打ちした。
天井の床板を割り、体を部屋へと落としていく。
もう、どうにでもなれ。
突然現れた私の姿に、全員が目を丸くしていたが、構わず地面を蹴って突進する。
奴を横切った。やはり、疲れた顔をしている。
もう休め。あとは、私がやってやるから……。
こんな連中、私の敵ではない。すぐ終わらせてやる。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
元恋人が届けた、断りたい縁談
待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。
手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。
「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」
そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる