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第一幕 1場 出会い

第2話 召喚されし者

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「うわぁぁぁ、き、気持ち悪い――!」

 首に巻き付いたモノを取ろうと手を触れると――

「痛たたたた――ッ!」

 ハリィの尖ったトゲが手指に刺さり激痛が走る。
 どうにもならず、沼の縁に四つん這いになり、水面に自分の姿を写してみる。

 ぼさぼさに乱れた短髪の冴えない顔の下に、白と黒の斑模様の首飾り。よく見ると、小さな黒い目と丸い耳、おでこから生える太いつのが見える。むにゅうーと伸びた体で首に巻き付いたハリィは尻尾をお口で咥えて首飾りのように擬態しているのだった。  

『7分後に危険がせまっているよー』

 一体どんな危険が迫って来ているのだろうか。詳しい話を聞きたいのだけれど、ハリィはそれ以上は教えてくれなかった。
 
 城門に到着。

 門には門番が立っているものだと思い込んでいたけれど、無人だった。木製のアーチ型の扉は金属製の金具でがっちりと閉じられている。馬車が二台横並びになっても余裕で通ることができる大きな扉とは別に、人が通るための通用口もあるが、こちらも鉄製の大きな鍵が掛けられていた。

 頑丈な鍵は外部からの侵入を拒むと同時に、内部からの脱出も困難にしているのだ。
 
 俺は途方に暮れてしばらくその場に立っていた。すると――
   
「さあ、ここから魔王城の敷地内だ! 全員気を引き締めていくぞ!」
「おうー!」

 扉の向こう側から威勢の良い男達の声が聞こえてきた。

「なあミュータス、こんな壁、俺たちなら簡単に乗り越えられるぜ!」
「いや、ここは後から来る本隊のためにも侵入経路を確保しておこう!」
「でもよお、俺たちが魔王を片付けてしまえばそれで終わりじゃねえか!」
「いいよいいよ。ここはリーダーであるミュータスの指示に従おう。俺らの任務はあくまで偵察が第一目標なんだからさっ!」

 どうやら男達が何かの相談をしているようだ。
 俺は通用口の扉に耳をつけてしばらく様子を窺っていた。

「おあつらえ向きの丸太が見つかったぜぇ、リック、後ろを持て!」
「あいよっ!」

 何だか不穏な空気を感じる。

『危険まであと1秒ー』

 俺が扉から離れようとすると同時にハリィの警告。
 お……遅すぎるぅぅぅー!

 頑丈そうな木製の扉が丸太を抱えた太った男達によって無残に破壊された。
 悲鳴を上げながら上体を仰け反り尻餅をつく俺。
 その顔面に容赦なく降り注ぐ扉の破片。
 俺は破片まみれの顔のまま身動きが取れなくなる。

 なぜなら……

 剣を持った男たちに囲まれていたのだから。

「誰だお前は? なぜこんな所にいる!?」
「見た目は農民の子供のようだが……怪しいぞ!」
「そうだな。魔族が人間に化けているかも知れんぞ!?」
 
 武器を持たない無防備な僕を囲む屈強そうな3人の男たち。
 彼らは頑丈そうな鎧を身につけた完全装備で僕に剣を突き立てた。
 逃げ場のない俺はただただ震えるばかりだ。

「みんな落ち着くんだ。どう見てもまだ子供ではないか!」

 一足遅れてやってきた男が声をかけてきた。
 3人の男はその男の方を向く。

 金ぴかに輝く甲冑を身につけ、背丈ほどの長さの長剣を背に携えている。どうやらこの男の人がリーダーのようだ。年は20代半ばぐらいの、金髪の好青年という感じの人だ。

 リーダーさんが僕のそばに寄るのに合わせて、3人の男達は身を引いた。
 彼は、俺を足下から頭のてっぺんまでジロジロと見てから、ニッコリと微笑んだ。
 そして、腰に装着していた背丈ほどの長剣が俺の顔に当たらないように手で押さえながら前屈みになって、話しかけてくる。

「君はどこから来たのかな?」

「えっと……あの……カルール村です」

「カルール村? おい、知っている奴はいるか?」

 リーダーさんは仲間の3人に尋ねた。
 すると、メガネをかけた中年男が、大きなリュックサックから地図を取り出して調べ始める。
 巨漢と小太りの背の低い男が両側から地図をのぞき込む。

「ああ、確かにありますぜ。ここから早馬でも1週間はかかる所に……。しかし、そのガキの身なりから考えるに馬など持ってはいないはず。すると歩いてここまで来たということになるが……遠すぎますぜ。やはりそのガキは怪しい!」

 メガネをかけた中年男は俺をジロリと睨みながらリーダーさんに言った。
 他の2人もジロリと睨んできた。

 こ、怖い……!

「まあ待てお前たち。なぁキミ、名前は何て言うの?」
 
 リーダーさんは仲間の男達の追及を躱すように話しかけてきた。

「俺はユーマ。ユーマ・オニヅカです」

「めずらしい名前だね。ん? オニヅカ……? その家名はどこかで聞いたような……いや勘違いかな。いや、ごめんごめん、自己紹介が遅れたね。私はミュータス。この4人のリーダーをやっているんだ。よろしくな、ユーマ!」

 俺はミュータスさんと握手を交わした。
 彼の手は温かく、この人は良い人なんだと直感した。

「ところでユーマ、キミは何故こんな場所にいたんだい? ここは生身の人間がひょこっと来られるような所ではないはずだが?」

「それが、俺にも何が何だか分からないんです。俺は交易都市マリームに買い物に出かけていたはずなんですが……気付いたらここに……」

「ほう……」

 ミュータスさんはアゴに手を当てて考え込むような仕草をした。

「さてはキミ、『召喚されし者』ではないか?」
「召喚されし者……ですか?」
「うん、そうだよ。実は私もその1人なんだ。この国は人類と魔族の戦争中でね。異世界から私のように戦士が続々と召喚されているんだよ」
「あ、それは俺も知っていますよ? 異世界から勇者が召喚されているという話は父から聞いていました……」

 実際、俺の父さんは異世界から召喚された元勇者だ。母と結婚してからはずっと農業を営んでいたらしいから強さは大したことは無かったのだろうけど……。

「父君から聞いていた? そうか、ユーマはこの国の住人だものな。うーん、これは謎が深まるねぇ、状況的には私がこの世界に召喚されたときとそっくりなんだが……近くの村で生活していた農民の子が勇者として召喚される……そんなことがあるのだろうか?」

「俺が……勇者として……?」
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