いつまでも、走れ走れ異世界トラック

なぐりあえ

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二話

爆走!異世界トラック

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なんか兵士に連れられて歩いていったら留置所に入れられた。こんな経験中学で生徒指導室にぶち込まれた以来だ。あの時と違うのは目の前に鉄檻がある事とパイプ椅子がなくて床に直で座ってる事。
 でもまあ気に食わない兵士と酔っ払いに蹴りを入れられたからオールオッケー。この山口アスカはやられたらやり返すがモットーだ。
 それにここにいれば飯も出てくるだろうし雨風も凌げる。心配なのはヒカルが一人で生きていけるかどうかだ。
 あいつはナヨナヨしているから簡単にカツアゲされそうで見ていて心配になる。そのくせ喧嘩ごとには首を突っ込んで仲裁しようとするからタチが悪い。
 それにしても硬い床に直に座っているからケツが痛い。薄暗くて衛生的によくない感じがするのも気持ちが悪い。牢屋って初めて入ったけどこれが普通はなのか?
 気持ち悪いと言えばさっきからこっちをジロジロ見ている看守がどうにもやらしい目つきをしている気がする。
 ウチは立ち上がって鉄檻に近づいた。
「なに?なんか用?」
 こう言う時は圧をかけて質問すればすぐに解決する。後はこいつがどこまでゲスなのかだ。
「いやー君酒場で暴れて捕まったんだって?」
 いやらしい看守はいやらしい口調で臭そうな口を開いた。
「それが?なに?出してくれんの?」
「それは君の態度次第かな?ちょっといい事させてくれた出してあげるよ」
 看守は明らかにウチの胸を見ている。色んな人に会う仕事だからこういう目つきには敏感に反応できるようになった。まあ、こいつほど露骨ではないけど。こいつは分かりやす過ぎる。
「はぁ、こいよ」
 ため息も吐きたくなる。何処の世界でもこんな奴ばっかりかよ。しかも更にやらしい目つきになって舌舐めずりしてやがる。ああ、気持ち悪い。
「君、分かってるじゃないか。大丈夫すぐ終わるから」
 看守は鉄檻の目の前で向かい合う様に立った。
 これだけはやりたくなかったが仕方ない。
 ウチは思い切り看守の股間を牢屋越しに握った。
「うっふっ!」
 看守は気持ち悪い声を出してくの字にうずくまる。それでもウチは握るのをやめない。ここで離してはダメだ。地獄の果てまでも掴み続ける。
「あんま舐めんなよ。このままテメーのを二度と使えなくさせてもいいんだぞ?」
 更に力を込めて握る。看守は涙目になってきた。きたねー涎が垂れてくる。
「う……あ、すま……ん」
 途切れ途切れになんか言ってるけど聞こえないフリをする。謝るくらいなら最初からするなよ。こいつは今まで何度もこうやって女を襲ってきたのだろう。なら遠慮はしない。看守が白目になりかけたところで遠くで声が聞こえた。
「おーい」
 ウチはパッと股間から手を離した。こんなとこ見られたらまた何言われるか分からない。
 看守は股間を押さえながらヨロヨロと壁に寄りかかった。ざまーみやがれ。
「お?どうした?」
「なんか腹がいてーみてー」
 おっとりした看守は心配しているがやらしい看守は何も喋れない。ヒューヒュー変な呼吸をしているが気にしない。
「そうだ君出ていいぞ」
「何で?」
「保釈金を払った奴がいるんだ」
 おっとりした看守は牢屋の鍵を開けた。ウチは晴れて自由の身だ。体感一時間もぶち込まれてないが。
 そして保釈金を払った奴には一人心当たりがある。この世界でわざわざウチにお金を出すお人好しは一人しかいない。
 おっとりした看守の後に付いていき外に出るとヒカルが待っていた。その姿は学ラン姿ではなく異世界ファッションに身を包んだ何処からどう見ても現地人だ。
「アカリさーん!よかった出れたんですね!」
 ヒカルは泣きそうなほど喜んでいる。
「その格好どうした?学ランは?」
「保釈金が必要って事で質屋で売れる物全部売ってお金を作りました」
 こいつお人好しにも程がある。よく見ると学校カバンも無くなり靴もスニーカーからボロ靴になっている。ヒカルは誇張なく全てを売ってしまった様だ。
「アカリさん、これちゃんと預かっておきましたから」
 ヒカルは車のキーと巾着袋を渡してきた。車のキーはともかく巾着袋は投げ渡した時と同じだけずっしりしている。ヒカルはウチの金には手を付けないで自腹だけで保釈金を支払ったようだ。
「ヒカル、自分の金は残ってるのか?」
「それは大丈夫です。思いの外余りました。まだまだ生活はできます」
 だからオッケーとはならない。これはヒカルにでっかい恩ができた。ここ最近どうしようもない奴らばっかりに会ってきたがまだまだ世の中いい奴がいるんだな。そう実感した。
「ありがとうな」
 しっかりとヒカルにお礼を言う。それにヒカルは照れ臭さそうに笑った。

「もう捕まるんじゃないぞー」
「おう」
「はい、ありがとうございました」
 おっとりした看守と別れの挨拶をして僕はアスカさんと並んで歩いている。僕の安全地帯は復活した。保釈の際に全財産の半分以上が持ってかれたがアスカさんがいるとのいないのとでは僕の精神の安定に大きな影響を及ぼす。
 そういう訳でごめんなさいアスカさん。善意とかもありますが下心もバリバリあります。小心者の僕は異世界で一人では生きていけないのです。
 学ランも売ってしまったが街中に馴染めたので結果オーライ、ポジティブに考えよう。流石に下着は売る気になれなかった。買う人もいやだろう。
 太陽は傾き始めて流石にお昼は過ぎたかなと感じた。一日が長い。夜になる前に宿を見つけないと野宿になる。それは怖い。
「これからどうします?宿でも探しますか?」
「うーん、泊まるとこならトラックでもいいから仕事探すかな」
 そうか仕事か。その通りである。やはりアスカさんを助けてよかった。僕はまだ学生気分が抜けてないがこれからは仕事をしてお金を稼がないといけない。どこの世界でもニートが生きていくには厳しいようだ。手持ちのお金もいつかは底を尽きる。そうなれば楽しい楽しい異世界生活は終了してしまう。今のところ楽しい思い出はないが。
 アスカさんは道行く人に仕事を紹介してくれる場所を聞いた。大通りに職業斡旋所があるらしい。やはりハローワークのようなものは何処にでもあるのだなぁ。
 道を教えてもらい僕達は観光気分で歩き始めた。目につくものがあると止まり興奮しながら道を進んで行く。こんなのんびりしていいのかとアスカさんに聞くと「一日くらい観光しようや」と言ってくれた。もしかしたら僕に気を遣ってくれたのかもしれない。
 のんびり歩いて遂に斡旋所に着いた。室内では多くの人が忙しそうに歩き回っている。大きな街だけあってそれだけ人も仕事もあるのだろう。
 カウンターに座り二人で斡旋所のお姉さんに仕事を紹介してもらった。
 異世界ならではの仕事があるんじゃないかとウキウキしていたが現実はそう甘くない。この世界での文字が読めない書けない人間に紹介できる仕事は限られている。
 一つは魔物を狩るハンター、もう一つは街での肉体労働だ。
 ハンターは論外。あんな狼と戦うなんて出来るわけがない。ガリ勉には荷が重すぎる。剣なんて持てるはずない。チラッとハンターらしき人を見たがムキムキマッチョマンだ。何を食ったらああなるのだろう。
 そうなると肉体労働しか選択肢がない。これは何処の世界でも同じらしい。
 主に収穫期のみの人材派遣これはもう過ぎたので紹介は出来ない。他には石材の採掘。道路整備。ごみ収集、などだ。
 はっきり言って日本とあまり変わらない。そりゃそうであるががっかりした。明日から僕は異世界で働き詰めの毎日を送るのだろう。
 一通り話を聞いて僕達は外に出た。アスカさんの顔色は変わっていない。やはり社会経験がある人は違う。それとも異世界モノを読んでこなかったからだろうか仕事について何も期待をしていなかったのかもしれない。
 僕達は街の中心を目指した。今日一日観光をすることに決めた。明日から嫌でも見るのだから今日くらいは穏やかな気持ちで街を眺めたい。
 僕達が街の中心に向かって歩いていると一際目を惹く豪華な屋敷が立っていた。屋敷は塀で囲まれており、おそらくこの街のお偉いさんが暮らしているのだろう。
 塀に沿って歩いていると正門らしき場所に着いた。そこには門の前に警備の為に兵士が立っている。その横には頭を下げながら兵士に話しかけている中年男性がいた。なにやらペコペコしながら必死な兵士に訴えている。どうにもその姿には親近感が湧く。おお同志よ。
 正門に近づくと中年男性が何を話しているかようやく分かった。兵士に領主への面会を希望しているらしい。しかし兵士は取り合ってくれない。
 すると街から一台の馬車がやってきた。街に入る前に見た馬車と違い、物ではなく人を運ぶ用の豪華な馬車である。御者もきっちりとした格好をしており引いている馬も何だか気品があるような気がする。
 馬車は中年男性が揉めているため正門の前で停まった。馬車から小太りのやたらと豪華な服のおっさんが降りてきた。
「またお前か!」
 開口早々おっさんは怒鳴った。まぁ通行の邪魔をするなら怒ってもしょうがない。それにまたと言うことは何度もやっているのだろう。
 中年男性はおっさんの前で跪き懇願した。
「領主様お願いします。どうか納税の期限を伸ばしてください」
「何度頼んでもだめだ!これは王国で決められた法律である。そうでしょう税務官殿」
 おっさんは馬車を見ると馬車からキリッとしたおじさんが降りてきた。こちらのおじさんは仕事ができそうな雰囲気があり貫禄がある。
「私は王国法に則り仕事をするだけです」
 おじさんは淡々と答えた。実に冷たい喋り方である。
「分かったか!だから今日中に納税するのだ!小麦の麻袋か金貨だ!」
 おっさんは容赦なく怒鳴り散らす。それでも中年男性は諦めない。
「今村で袋詰めをしているはずです。四日後には必ず納めますから」
「ならん!他の村は期日通りに納めた!お前らだけ特別扱いはできん!期日通りに納税しなければ追加徴税がある事を忘れるな!」
「そんなウチの村にはそんな余裕はないのです、お願いします」
 中年男性はおっさんの足元で土下座した。おっさんは容赦なく中年男性を蹴っ飛ばす。周りの人間は何も言い出せず見ているだけである。よっぽど領主であるおっさんの権力が強大なのだろう。
 ここで僕の悪い癖が出てしまった。非力で小心者なのに問題ごとについつい顔を突っ込んでしまう悪い癖だ。
「大丈夫ですか!」
 僕は中年男性に駆け寄った。中年男性の手は擦りむけて血が滲んでいる。
「何だ?お前は?何か言いたいことでもあるのか?」
 おっさんは今度は僕を睨みつけた。僕は許せなかった。いくらルールがあるとは言えこんな仕打ちはあんまりだ。ここの法律が許しても僕は絶対許さない。おっさん同士の争いとは言えこんなひ弱な中年男性を蹴っ飛ばしていいわけがない。正義に燃える僕はこの悪逆非道のおっさんに言ってやった。
「あのー……ほら、こんなに……頼んでいるですしー少しくらい待ってあげてもーいいんじゃあないかーなんて……」
 言ってやったぜ。これが限界だぜ。ここで啖呵を切れるならカッコいいがそんな事は出来ない。生まれてこのかた喧嘩どころか口論すらしないで生きてきた平和主義者な僕だ。いつも通りのペコペコモードが発動してこのザマだ。
「何を言ってるのか分からん奴だ。それともお前が納税するのか?」
 おっさんには僕の言葉は届かない。そりゃそうだ吃っていたし歯切れも悪いし。
「いや、今はそんなお金はないですし。僕が払うのもなんかー違うと言うかー」
「うるさい奴だ!そこを退け!」
 おっさんが僕を叩こうとした。その手にはゴテゴテの指輪を嵌めている。これは確実に痛い。痛いのは嫌だけど避けれるほど運動神経も良くない。となると目を瞑って痛みに耐えるだけだ。全身に力を入れて打撃に備える。
 しかし待ての暮らせど痛みは走らない。こんな経験今日二度目だ。まさかまた異世界転移かと思い目を開けるとアスカさんがおっさんの手首を握りしめている。
「その辺にしとけよおっさん」
 アスカさんは鋭い目つきでおっさんを睨みつけた。おっさんは怯んだがそこは領主、しっかりと威厳を見せつけた。
「なんだ!お前は!手を離せ!」
「おいおっさん、その小麦の袋を持ってくればいいんだろ?」
 このおっさんは今地面に座っている中年男性の事だ。
「は、はい、そうですが」
「いいよ、ウチが持ってきてやるよ」
 まさかの提案に誰もが驚いた。もちろん僕もだ。トラックはあるがアスカさんがやる義理は全くない。
「馬鹿者!どうやって持ってくるつもりだ。それより早く手を離せ!」
 おっさんは笑ったり怒ったり忙しい。
「うるせーおっさん!アテがあるんだよ」
 このおっさんはおっさんの方だ。アスカさんはおっさんから手を投げ捨てるように離した。
「袋持って来れるならどんな方法を使ってもいいんだろ?後で道交法とか言うなよ?」
「どーこーほー?何を言っている!どんな魔法を使うか知らんが好きにしろ!ただし期限は今日中だぞ!」
「聞いたか!おっさん!少し待ってろ!」
 このおっさんは威厳のある税務官のおじさんである。この辺りはおっさんばっかりである。
 税務官のおじさんはアスカさんの迫力に押されて「うむ」としか言えなかった。
「行くぞヒカル!おっさん!」
 アスカさんはトラックが停めてある門に向かって早足で歩き始めた。ちなみにこのおっさんは中年男性のことである。
 アスカさんの後を僕達はバタバタと追いかける。振り向くとおっさんが馬車に乗り込みながらギャーギャー騒いでいる。これ以上何かされるのは嫌なので僕は見ないふりをした。
「おっさん、村までどんくらいだ?」
「えっと馬車で四日程です」
「その馬車が全力で走って四日って事か?」
「そんなわけ、馬が歩いて引く速さです」
「袋の数は?」
「十袋くらいです」
 アスカさんは矢継ぎ早に中年男性に質問していく。その間休む事なく歩いていく。僕は体力も筋力も無いので追いつくのがやっとだ。
「村の場所は?」
「今向かっている門から出て二つ村を越したところです」
「それだけ分れば十分」
「あの、本当に間に合うのですか?」
「大丈夫だよ、秘密兵器があるからよ」
「はぁ……」
 中年男性は明らかに困惑している。そうこうしているうちにあっという間に門まで着いた。そこにはあの高圧的な兵士もおりアスカさんを見るなり身構えた。
「お前の相手してる暇はねーんだよ」
 アスカさんはさっさと高圧的な兵士の前を通り過ぎた。兵士も相手にされずポカンとしている。おそらく牢屋にぶち込まれた逆恨みに来たと思ったのだろう。
 トラックの周りには野次馬がいた。それは主にドワーフ達で熱心にトラックを見たり下を覗き込んだりしている。
「乗りたいか!オッサンども!マニュアル車だからお前らには無理だよ。欲しけりゃなニッコリ運送からぶんどりな!」
 アスカさんは某SF不良漫画のセリフを引用してドワーフ達を退かせた。何で異世界モノは知らないのにそっちは知っているのだ。
 アスカさんはトラックから何やら紙を取り出した。そこには運送依頼書と書いてある。
「おっさんここに名前書いて」
 アスカさんは運送依頼書とペンを中年男性に渡した。中年男性は戸惑いながらも名前を書いていく。そもそもこのサインは必要なのか。それとも形式的にアスカさんがやりたいだけなのか。
「よし行くか!おっさん乗りな」
「乗るってこれにですか?」
 おっさんは戸惑っている、この謎の四角い物体に乗るのはかなり抵抗があるようだ。
「当たり前だろ。道案内が必要だし村に着いたらどこにその袋があるか教えてもらわないと」
 僕もトラックに乗り込む。今回の騒動の発端は僕にあるから積み込みぐらいは手伝わないといけないだろう。
 アスカさんは無理矢理中年男性をトラックに押し込み自分も乗り込んだ。車内は三人が並んで座っておりお世辞にも快適とは言えない。
 アスカさんと僕が挟む形で中年男性が座った。
 アスカさんがエンジンを入れた。エンジン音を鳴らして振動したトラックに野次馬は驚きさらに距離を空けた。
「よし、出発」
 アスカさんはギアを入れてトラックを走らせた。初めて車に乗る中年男性は驚いてアスカさんの腕に捕まっている。これではまともに運転できない。
「おい、場所交代しろ」
 狭い車内で僕と中年男性はズルズルと動きながら場所を入れ替えた。中年男性は振動に怯えてトラックについている名前が分からない掴まるところに掴まっている。何て名前だろう、取手?手すり?
 トラックは順調に走っていく。文明の力である馬より速く長く走る事ができる。これなら今日中に運送できるだろう。しかし中年男性の表情は曇ったままだ。何故だろうトラックが怖いのか?
「あのーこんな速さで間に合うのですか?」
 中年男性は恐る恐る聞いてきた。
「さっきの話なら今日中に往復できるだろ」
「いや夜になると門が閉まって街に入れなくなるんです」
「それを早く言えよ!」
 アスカさんはギアを上げた。一気に加速して草原を駆け抜ける。
「うわああああああぁぁぁぁぁ!!」
 中年男性は叫んだ。しかしそんな事お構いなしにトラックはまだ見ぬ村を目指して爆走していく。

 トラックは二時間ほどかけて目的地の村に到着した。太陽はだいぶ傾いており残された時間はそれほど多くないと思う。
 トラックが村に侵入した時村人は逃げ出した。しかし車酔いをしている村長が近くにいた村人を何とか説得してくれた。村長とは一緒に村まで乗ってきた中年男性の事である。道すがら色々この村について教えてくれた。
 昨年は不作で小麦が収穫出来ず金貨によって納税し、今年は天候不良により収穫が遅れてしまったことを。昨年に金貨で納税したためこの村にはお金は残っておらず小麦も収穫が遅れている。そのため村長だけ街に向かい何とか領主に納税を遅らせてもらえるよう懇願しに行ったらしい。
 そんな苦労をしている村長は今四つん這いになってゲロゲロしている。無理もない。車慣れしている僕でさえ危なかった。
 村の中から一人の男性がやってきた。その身なりは村長から聞いているのですぐ誰か分かった。村長の息子である。
「貴方が小麦を届けてくれる人ですか?」
「そうだよ。早くしないと間に合わないぞ」
 アスカさんは既に荷台を開けて待機していた。
 村人達は息子の指示により小麦を運んできた。僕は麻袋を受け取りそれを中にいるアスカさんに渡す中継係をした。アスカさんは運ばれてくる麻袋を手際よく固定して荷崩れしないようにしていく。全ての麻袋を積み込みアスカさんが固定の確認をして降りてきた。やはり運送を生業にしてるだけあってテキパキと仕事をこなす。
「それじゃあ後は任せな」
「ありがとうございます。何とお礼を言ったらいいか」
 息子はアスカさんに頭を下げた。アスカさんは「おう」と一言、それだけを言って荷台を閉めて急いでトラックに乗り込んだ。
「おっさんは?」
「村長ならあそこで吐いてます」
「よし、置いて行こう」
「はい」
 村長はここでリタイアである。これからこれまで走ってきた道を逆走することになる。
 アスカさんはギアを入れた。トラックはエンジン音を鳴らしながら発進した。
 サイドミラーを見ると村人達が心配そうに見送っている。その側で顔が真っ青の村長も必死で立って見送っていた。
 車窓から収穫が終えたばかりの小麦畑見て、そこら一面に穂のついた小麦がゆらゆらと風に揺れいる光景を想像した。やはり観光も悪くない。トラックを運転して世界各地を回りたいと思った。
 本来ならゆっくりと景色を楽しみたいのだが今はそれどころではない小麦を載せてトラックは爆走している。この世界に法定速度も道路交通法もないのをいいことにアスカさんはやりたい放題かっ飛ばしてる。それは自身にもかなり危険な運転である。
「なんでアスカさんは運んでくれるんですか?」
「どういうこと?」
 アスカさんは僕の質問の意図を計りかねていた。これは僕の聞き方が悪い。改めて質問する。
「お金にもならないし、僕が勝手に首を突っ込んだだけでアスカさんには何にも関係ないし」
「あーそういうことね。あのおっさんが気に食わなかったからだよ。偉そーにして。ああ言うやつは下で働いてる奴の気持ちが分かってねーんだよ。ウチも何度もああいう奴に会ってんだよ。早く積めろとか早く持ってこいとか。こっちは仕事だから文句を言わないだけで偉そーにしやがって。荷物運ぶ奴がいなけりゃ困るのはあいつらなのによ」
 アスカさんは答えなのか愚痴なのか分からない事をぶつぶつ言ってくれた。アスカさんも日本では大変な思いをしていたのだ。
「それとな……おっともう村だ。ちょっと気を付けて運転するから待ってろ」
「あっはい」
 アスカさんは途中で答えるのをやめてしまった。それも仕方ない関係ない人を撥ねる可能性があるなら用心するに越したことはない。
 道脇では村人らしき人が怯えた表現でこちらを見ている。
 トラックを飛ばして街との合間にある一つ目の村を通り過ぎた。外では村人達が集まっていた。
 何となく何をしているのか予想はできる。行きに通り過ぎた際このトラックを誰かが目撃して村中大騒ぎになったのであろう。
 その証拠に全員物騒な武器を持ってこちらを睨んでいた。魔物か何かと勘違いしたのだろう。完全に殺しに来る目をしていた。やっぱりトラックでの旅はやめておこうかな。
 道は森の中にへと続いていく。一度通ったが薄暗い森の中は何だが嫌な予感がする。アスカさんはそれでもスピードを落とさない。
 すると道の遥か前方に怪しい集団が立っていた。その姿はまさしく野盗であり剣やら斧やら持って何か騒いでいる。人相も悪い。ここまで人柄が顔に出ることがあるのか。
 それでもアスカさんはトラックを止めない。野盗達はこうやって脅して馬車を停めさせて積荷を奪うのが常套手段なのだろう。しかしトラックにその方法は通用しない。
 アスカさんはクラクションを鳴らしてさらにハイビームまで点けた。
「邪魔だボケ!」
 アスカさんは叫んでいる。野盗達は何か叫んでいるがアスカさんはお構いなしに突っ込んでいく。ここに野盗とトラックの一方的に不利なチキンレースが始まった。
 僕は人を轢くのを見たくない。アスカさんだって轢きたくは無いはず。そうですよねアスカさん?さっき気を付けて運転してましたものね?
 結果は言わずもがな野盗は怯えながら道から外れて森の中に逃げ込んだ。これは相手が悪いトラックをアスカさんが運転しているのだから。
 サイドミラーには何か叫んでいる野盗が見えたがその姿はどんどん小さくなっていった。
 それにしてもアスカさん、異世界への順応が早過ぎませんか?今日一日で人を轢き殺す覚悟があったということですか?決して元からじゃ無いですよね?この世界に急速に染まってしまっただけですよね?
 多少のアクシデントがあったものの無事トラックは森から抜ける事が出来た。木々の先から明かりが見えた時僕はホッと一息ついた。
 道はもう一つの村の中を通っており経由する必要がある。行きは無理矢理通ったが帰りはどうであろう。
 そんな心配をしていると案の定村に入るための入り口は柵により閉じられていた。柵の後ろには村人が警戒している。それを見た途端アスカさんはハンドルを切り道無き草原に突っ込んで行った。全く迷いが無い。
「口閉じてろ!」
 アスカさんの言葉に僕は歯を噛みグッと唇に力を入れた。
 元々舗装すらしていない土道をガタガタと走っていたが草原に入るとよりひどくなりお尻が宙に浮いた。
「あががっがっがっがっ!」
 僕の悲鳴のような何かの声も振動によりガクガクしている。村の外をぐるっと迂回してあっという間にトラックは向こう側の道ついた。
 正規ルートに戻ると揺れは収まった。これは確実に酔った。しかし僕はグッと我慢した。後は街までこの道を爆走するのみ。
 外は日が沈み始め空を茜色に染め上げた。美しい夕焼けの草原に一瞬酔いも忘れて見惚れてしまった。都会で見られない絶景が広がっている。
 ここの住人には当たり前の光景だろう。だけど僕は異世界に来て初めて心の底から感動した。こんな感情が僕の中にあったなんて考えられなかった。
 草原を見つめていると草の中を高速で動いている影見えた。草が揺れて何かが車と並走している。それも一つだけでは無い幾つもだ。
 影は並走しながらもトラックに近付いてくる。僕は嫌な予感がした。こんな場面恐竜映画で見た事ある。あれはラプトルが草原の中に潜んで人を襲っていた。
 影の正体は何となく予想はついていた。今日草原で出会ったヤバい奴。
 草原から狼が姿を現した。こいつら早すぎる。トラックもかなりのスピードを出しているのになんで並走出来るの?狼ってそんなに速いのか。それとも異世界の狼が特別なのか。
 どちらにしても僕の美しい草原の思い出を返して欲しい。これから草原を見るたびに綺麗だけど何処かで狼が僕を殺しに潜んでるんだなと考えてしまう。
 狼はトラックを囲むように並走している。今にもこちらを襲ってきそうだ。アスカさんはクラクションを鳴らしたが全く効果が無い。昼間のクラクションで無害である事を学んだのだろう。なんで賢い狼なんだろう。そんなに賢いなら狩りなんかしないで真面目に働いたらどうだ。
 狼がトラックに飛びついてきた。鋭い爪で窓ガラスを引っ掻く。その跡はしっかりと残り狼の力強さと爪の強靭さを物語った。
 流石にまずいと思ったのかアスカさんはハンドルを切り並走する狼にトラックをぶつけた。車内は横に大きく揺れ狼が当たった衝撃にズンと振動した。
 アスカさんは僕の方を見た。正確には僕の方にある窓だ。僕は座席を掴んだ。それ見てアスカさんはハンドルを切る。僕側の狼も「キャン!」と叫びながらトラックに撥ねられた。
 サイドミラーからは撥ねられた狼が転がっていき後続の狼に当たっていた。
「はっ!二度と出てくんな!」
 アスカさんは狼にも容赦しない。これで一安心と思ったが草原の向こうに並走する大きな影が見えた。狼の仲間であろう。しかしさっきの奴らと比べて明らかにデカい。草むらの中でその全体が見えなくとも確信出来るくらいの大きさだ。
 草むらから大きく飛びトラックの横に着地してそのままそいつは並走を始めた。その目は凶暴なまでに赤く染まっており血走ってる様に見える。口は大きな牙を隠すことなく見せつけて僕らを食べる事を考えているのか涎が垂れている。
 確実にこの群れのボスである。部下の仇をとりに来たのかそれとも単にトラックが気に入らないのか分からないがこちらを睨み付けてくる。
「おら!」
 アスカさんがトラックで体当たりしても狼は全く動じない。仕返しとばかりに狼からこちらに体当たりしてきた。
「うお!」
 僕の情けない悲鳴を掻き消すくらいの大きな音を立ててトラックは揺れた。道を外れて草原に突っ込んでいく。アスカさんはハンドルを操り必死にトラックの態勢を持ち直す。
 トラックが土道に戻った時には周りに狼はいなくなった。体当たりしたおかげで狼は並走できなくなったのかその姿は見えない。
 束の間の静寂が訪れた。
 これで終わったのか?僕は安心もできずただ外を見るばかり。サイドミラーにも狼は映っていない。
「撒いたみたいですね、アスカさん」
「そうだな」
 その時ズンとトラックの上に何かおおきな物が飛び乗った音がした。トラックも大きく沈み反対に僕のお尻は宙に浮く。
「あいつ乗ってきやがった!」
 アスカさんは上に目をやる。僕も上を見ると屋根から鋭い爪が飛び出してきた。
「ひぃぃ!」
 僕は頭を抱えて屈む事しか出来ない。屋根からは何度もガツガツと爪を食い込ませて穴が空けていく。これは車内に狼が入って来るのも時間の問題だった。
「ブレーキかけるぞ!」
 そう言うとアスカさんは僕の頭を押さえつけて首を固定した。そして思いっきり急ブレーキをかけた。
 急ブレーキに体が前へと投げ出されそうになる。タイヤが擦れる音が聞こえる。アスカさんも身を硬直させて衝撃に耐えている。
 狼は耐える事が出来ず前方に投げ出された。地面に転がる狼は吠えながら必死に受け身を取ろうとしている。
 アスカさんはギアを入れてアクセルを踏みトラックは狼の横を逃げるように通り過ぎていく。
 しかし狼は諦めない。必死でトラックに爪を食い込ませて引き摺られながらも喰らいつく。
 しかもまたしても僕側の扉に爪を立ててきた。扉から貫通した爪が僕の脇腹を掠める。アスカさんにもたれかかる様に僕は身を引いた。
 なんとかしなければ扉は破壊されて僕は狼の夕御飯になってしまう。アスカさんもバランスが偏ったトラックを制御するのに精一杯だ。
 正面を見ると大木が生えている丘が見えた。あの丘を越えると直ぐに街に着く。街に着けば兵士が相手してくれる!そう思ったが狼は窓ガラスに牙を突き立て破ってくる。
 どう考えても間に合わない。街に着く前に喰われてしまう。恐怖の中頭をフル回転させて生き残る方法を模索する。
 僕は一つの考えが出てきた。迷っている時間はない。直ぐにアスカさんに伝えた。
「アスカさん!狼を木に当てます!」
 それだけを伝えた。はっきり言ってこれだけで伝わるとは思えない。だけど焦っているし時間もない。後はアスカさんがこの拙い作戦の内容を理解してくれるかだけだ。
「分かった!」
 アスカさんはそれだけ言うと迫り来る大木に向かって幅寄せした。アスカさんは理解してくれたのだ。
 後は僕の仕事だ。狼の爪や牙を掻い潜り扉の鍵を開けてドアノブを握る。扉は開かれた。そして僕はタイミングを合わせて思いきり扉を蹴っ飛ばした。
 扉は狼と一緒に大きく開かれた。そして扉ごと狼は大木に激突した。とてつもない衝撃が走った。その衝撃で扉は外れて狼共々地面に転がっていく。
 トラックは大木の根に跳ね上げられる丘の上から少し飛んだ。
「いやっほおぉぉぉぉ!!」
「うわあああぁぁぁぁ!!」
 アスカさんは空飛ぶトラックにご機嫌だ。僕はそれどころではない。狼を大木に叩きつけるのは僕の計画だが扉が外れるのと空を飛ぶのは全くの想定外だ。
 すっかり扉が無くなったトラックはどんな絶叫マシンより恐ろしい。僕が頼れるのはこのしがみついている心許ないシートベルトだけである。
 トラックが着地したのと同時に僕のお尻は今日一高く浮いた。メガネも浮く。天井に頭がぶつかりそうになる。それすらもアスカさんは楽しんでいた。
 僕は恐る恐る外に顔を出して後ろを見た。どうやら狼は追ってきてないようだ。
 僕は安心してズリズリと椅子からズレ下がった。体に力が入らない。
 アスカさんはそんな僕の肩を叩いて笑っている。
「すげーじゃねーかヒカル!最高だな!」
 はい、最高です。アドレナリンがドバドバです。ただ二度と御免です。心臓が保ちません。
 正面に街の灯りが見えてくる。その灯りは僕に安心感を与えてくれた。やっと帰ってきたのだ。
 辺りは日が落ち始めて昼間に長蛇の列を作っていた街に向かう馬車もいない。門も閉まっていない。
 間に合ったのだ。これで納品できる。村長との約束も果たせそうだ。
 門に着くと兵士達がワラワラ出てきた。朝に会っているのに何をそんな驚いているのか。
「これはどういう事だお前達!」
 また高圧的な兵士が出てきた。こいつ仕事熱心過ぎないか?それとも門番ってそんなにブラックなのかだろか。
 兵士が言っているこれとはこのボロボロのトラックの事だろう。扉は無いしあっちこっち穴は空いているし。
 アスカさん窓を開けて自ら話そうとしたがアスカさんに任せるとまた喧嘩しそうだから僕から事情を話した。納税の為に小麦を運んだ事、途中で狼の群れに襲われてた事。
「事情は分かった。しかし街に入れる事は出来ない」
「はぁ?なんでだよ!」
 案の定アスカさんは兵士に突っ掛かった。この展開はまずい。
「街に積荷を入れる際に必ず検品をしなければならない」
「じゃあすればいいだろ!」
「今日の業務は終わったのだ。明日出直せ」
 アスカさんは高圧的な兵士をぶん殴ろうとした。それを僕は必死で止める。あんまり暴れないで欲しい。僕はまだ車酔いをしているのだ。兵士はというとニヤニヤこちらを見ている。これがアスカさんの怒りに拍車をかける。
「いいじゃないですか、村の人達が困っているんです。小麦の袋だけですから」
 僕もアスカさんを止めながら必死で訴える。すると高圧的な兵士が僕の方までやってきた。
「あのな?これがこの街のルール何だよ。てめーらよそもんが好き勝手言ってんじゃねーよ」
 高圧的な兵士は僕の胸ぐらを掴んだ引っ張った。昼間のお返しなのかここぞとばかりに調子に乗っている。別に僕は蹴っ飛ばしていないのに。
 ただその角度はまずい。トラックに乗り高い位置にいる僕とトラックの下から胸ぐらを掴んで引き寄せた兵士。そして急な揺さぶり。車酔いの僕。
 完璧にお膳立てされたゲロの発射台である。
「おぇー」
 ゲロゲロが兵士の顔面にぶっかかる。ごめんなさい悪気はないのです。でも兵士さんサイドにも多少の非はあると思います。
「うお!きたね!」
 兵士は慌てて手を離して僕から離れていく。アスカさんはその隙を逃さなかった。僕を引っ張りトラックの中に入れてアクセルを踏む。トラックは街の中に向かって発進した。
 兵士達は完全に油断していた。急発進したトラックに誰も反応出来ていない。
 トラックはそんなにスピードは出していないが街中の走行は危険である。通りは馬車が通れるくらい広いが歩道と車道が明確に分かれていない。通行人は端を歩いているが飛び出してこないか心配である。
 後ろの方でなんか騒いでいるようだがサイドミラーのない僕にはどうなっているか分からない。分かりたくもない。
 アスカさんはこのまま領主の屋敷に向かうつもりなのだろう。街は広いと思っていたがトラックで移動すればあっという間に屋敷が見えてきた。
 屋敷の門にいる兵士はトラックを見るなり門を閉めようとしている。確かにこんなのが迫ってきたら僕も閉めるだろう。
 アスカさんもそれに気付いた。このままでは屋敷の前で止まってしまい、その間に追いかけてきている兵士に追いつかれてしまう。
 アスカさんはギアを上げてアクセルを踏み込んだ。僕はアスカさんの思惑が瞬時に分かった。本当にやめて欲しい。これ以上僕の寿命を縮めないで欲しい。
 トラックは加速していき閉まり切っていない門に突っ込んでいく。兵士は慌てて逃げ出して転がっている。
 目の前に門が迫る。僕は身を屈め目を瞑った。
 見なくても分かる。衝撃とバン!っと大きな音を立ててトラックは門を破っていった。
 アスカさんはヤケになっているのかハイになっているのか笑い声が聞こえる。
 目を開けると屋敷が直ぐ目の前にあった。
 アスカさんはブレーキを踏みハンドルを回した。トラックは横向きに滑りながら凄まじい音を立てて減速していく。道脇に植えてある庭師が整えたであろう低木をバリバリと折っていく。もちろん僕の方の扉は無い。ノーガードで屋敷が迫ってくる。
 屋敷の玄関ギリギリのところでトラックは止まった。アスカさんはどこまで計算していたのか分からないがトラックは止まってくれた。
 僕はとにかくトラックから降りた。これ以上乗っていたらまたいつアスカさんが暴走するか分からない。
 ヨロヨロとふらつく足で何とか地面に立った。いつも何気なく立っている地面だがこれほどありがたみを感じる事は今までなかった。
 アスカさんはトラックを降りてテキパキと荷台から麻袋を下ろしている。なんでこの人こんなに元気なのだろう。アスカさんは化け物か何かなのだろうか。
 屋敷の中が騒がしい。そりゃそうだトラックが突っ込んできたのだから。
 屋敷の扉が開くと領主のおっさんが出てきた。扉の前はちょうど荷台の位置になっており出てきたおっさんは頭をぶつけた。
 顔を上げると車体に描いてあるニッコリ運送のニッコリマークがお出迎えした。
「ひいい!」
 おっさんは悲鳴を上げた。そんなに怖がらなくてもいいのに。後から税務官のおじさんも出てきた。おじさんも外の状況に驚いている。
 おっさんの悲鳴にアスカさんが気付いた。
「おっさん持ってきたぜ。確認しな」
 アスカさんは約束通り税である小麦を持ってきた。
「そんな事はどうでもいい!ワシの屋敷を無茶苦茶にしおって!とっ捕まえてやる!」
 おっさんは怒っている。怒りは突然だ僕は何とかこの場を収めたいが今の僕は車酔いに肉体的、精神的疲労により動けない。おっさんを宥める元気はもう無い。
「あぁ?どんな方法を使っても良いって言ったよな?そこのおっさんにも確認したよな?」
 アスカさんは税務官の方を向いて自分の無実を訴えた。訴えている割には圧がある。
「ええ、まあ確かに言っていましたが……」
 ほらおじさんも困っているじゃん。おじさんはそんなに悪く無いから睨み付けないで欲しい。
「そんな税務官様!」
「ほらおっさんもそう言ってるぜ?だから問題ねーよな?」
 アスカさんは嬉しそうに笑っている。おっさんはプルプルと震えている。税務官に裏切られて相当堪えているのだろう。
「そんな事は知らん!税も知らん!そんな物どこにある!」
 なんとおっさんは小学生のように駄々をこね始めた。あまりにもみっともない。これが大人のやる事か。ワーワーとアスカさんに悪態をつき騒いでいる。
 痺れを切らしたアスカさんはおっさんに近付いていった。やばい。でも僕は動けない。どうか殴らないでくれ。
 アスカさんはポケットから何か赤い棒状の物を取り出してキャップを外した。あれは何だろう。
「テメーが運んで来いって言った荷物が見えねぇようだな」
 そう言うとアスカさんは赤い棒の先をキャップで擦った。棒の先から煙と眩い光が発せられた。
 あれは発煙筒だ。アスカさんは発煙筒を持っていたのだ。この状況を読んでいたのか車内から発煙筒を持ち出すなどどんな思考回路しているのか。正気の沙汰ではない。
 発煙筒の煙と光は狙い通りおっさんを震え上がらせた。眩い光の中アスカさんは不気味な笑顔を浮かべている。
 アスカさんは発煙筒をおっさんに向けてジリジリと近付いていく。
「分かった!分かったから!認める!」
 おっさんは遂に降参した。アスカさんはおっさんの降参を受け入れてると発煙筒をポイと捨ててトラックに乗った。
「ヒカル!いくぞ!」
 僕はフラフラとトラックに乗り込んだ。僕は少しだけおっさんに同情した。でも意地悪せず納税をさっさと認めていればこんな事にならなかったのだ。ここは喧嘩両成敗って事でお願いします。
 アスカさんは器用に方向転換してトラックは正門に向かった。正門には駆け付けた兵士達がいたがお構いなしに走り去っていく。
 トラックはだいぶ無茶をしたせいかどこからかガタガタと音が鳴っている。これ走らせて大丈夫なのか?
 トラックは街中をゆっくりと走っていく。アスカさんはご機嫌に鼻歌を歌っている。実に楽しそうで満足そうだ。その笑顔につられて僕も微笑んだ。
「アスカさん。この世界で運送業するのもいいですね」
 僕は今日の体験を振り返りあり得ない発言をしてしまった。こんな危険な仕事今までの僕ならやりたいと思わない筈だ。しかしアスカさんの笑顔を見ているとそれでもいいかなと思ってしまった。終わりよければ全て良しとはまさにこの事だ。アドレナリンとは実に恐ろしい。
「何かアテはあるのか?」
 アスカさんは不思議なことを聞いてきた。アテ?アテとは一体何のことだろう。
「いやトラックで配達しようかなって」
「ガソリンは?」
「……ガソリン?」
 すっかり忘れていた。ガソリンである。ガソリンのメーターを見てみると残り少ないと表示されている。異世界では都合よくスマホのバッテリーも車のガソリンも無制限に使える物だがこのトラックはそうでは無い。ただ日本からやってきた普通のトラックである。
「忘れていました。すいません僕が巻き込んでしまって大切なガソリンもトラックもこんな風にしてしまって」
 手持ちの物を全て売り払いトラックも使えなくなってしまえば正真正銘ただ一般人である。そしてなりより大切なガソリンを一円にもならない事に使わせてしまった事に後悔した。
「はっは!いいってトラックだっていつかはガソリンは無くなるし。ほっといてもバッテリーが上がれば動かなくなるし」
「そうですか。そう言ってもらえると助かります」
 アスカさんは笑って許してくれた。そもそも許すとかそんな小さな事も思っていないような気がする。
「それにウチはヒカルに助けられたしな。わざわざ服まで売って金作ってくれて。その恩返しだよ」
 アスカさんは照れ臭そうに笑った。何だこの人も可愛いところがあるじゃないか。
「でも明日からどうすっか。トラックって売れんのか?」
「大丈夫ですよ、どうにかなりますよ」
 僕の発言にアスカさんは驚いてた。まさか僕がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。僕も驚いた。今日一日でアスカさんにずいぶん影響を受けたのだろう。
「それもそうだな」
 二人して笑いながら走っていく。考えたってしょうがない。明日は明日の風が吹く。まだ見ぬ明日より楽しいこの時間を満喫しよう。今はそれでいいじゃないか。

 翌日僕たちは牢屋にぶち込まれていた。
 小麦に関しては領主が受け取ったので問題ないが検品しないで侵入したのがやっぱりダメであった。仕事熱心な兵士である。
 図らずとも僕たちは寝るところと食事が用意された。
 アスカさんは隣の牢でグースカ寝ている。なんて肝が据わっているのだろう。
 アスカさんの寝息を聴きつつ僕はアスカさんに染まり過ぎるのはやっぱり良くないなと後悔した。
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