押しかけた僕のその後

文月

文字の大きさ
上 下
5 / 6

5.補う、支え合う。

しおりを挟む
「‥俺には理解できないが、それがコリンだっていうんだから‥仕方がない。
 俺が一番正しい、変えろとは‥俺は言わない。
 俺は俺の信念をもってそれが正しいと思うことをしているつもりだ。‥だけど、それが全てだって思ってはいけないとも思ってる」
 ザッカが苦笑いしてコリンに言った。
 多分、身体に悪いから無茶なことは止めろって言いたいんだろう。だけど、それは「コリンを全否定することになる」からいえないんだろう。
 そういう‥ザッカの優しさを理解しているコリンは、苦笑いして小さく頷いた。
 フタバも「もっともです」って顔をして‥反省している様だ。
 ロナウは「そうだぞ」って顔をして‥ちょっと得意げに‥頷いている。
 そんな「若者たち」に苦笑して、小さくため息をついたザッカはどこからどう見ても「後輩たちを心配して‥でも励ましている」先輩で、見ていたアンバーは柄にもなく‥幸せな気持ちになった。
 同時に、

 ‥人の幸せが憎らしい‥と思わない生活を自分も送れるようになったんだな。

 って気付き、驚いたりもした。
 ‥(ちょっと大袈裟だけど)ちょこっと‥感動した。
 
 その幸せが人から与えられたものじゃなくって、‥自分から動いた結果ってのが余計に嬉しい。
 
 ‥フタバちゃんには随分力(やお金。主にお金)を貸してもらったけどね。

 フタバちゃんには一生頭が上がらないなって思う。
 ナナフルは銘々の考えに耽っている‥だけど、皆どこか嬉しそうな顔を見て、ふふっと微笑んで‥明日のパンをしまうためにザッカが机に無造作に置いたパンを手に取‥ろうとして、ザッカに腕を掴まれる。
「俺なんか、ナナフルと一緒にご飯を食べる時間がないと、仕事のモチベーション上がらない。
 ナナフルとの時間を犠牲にしてまでしたい仕事なんて、ない。
 ナナフルがいない世界なんて考えられない。
 ‥ナナフルの為だけに生きていたいけど、そういうわけには実際にはいかない。だけど、それっ位ナナフルと、ナナフルとの時間が大事だ。
 俺はね。
 皆とこうしてる時も、やっぱりナナフルが傍に居ないと嫌だ。友人とナナフルは別って考え方は‥基本的には、ない。ナナフルと俺プラス誰かって考え方‥かな。
 それがブレないから、俺は自分のことも大事にするし、健康に暮らせてる。
 ‥俺はそういうもんだと思ってる。
 俺はね」
 俺はね、って二回も言った。「自分の考え方を押し付ける気はない」ってさっき言ってたしな。コリンはそんなことを思いながらも‥「そういうの‥でも、素敵だな」って思った。
 ナナフルを自分の横に座らせながら、ザッカは幸せそうにナナフルを見る。
 パンを片付けるのを邪魔された形になったナナフルは不満げに‥だけど「仕方がないなあ」って顔をして、ザッカの横に座る。
 ザッカがナナフルの手を握り、コリンを真っすぐ見て
「健康でいるってのは、社会人の義務とかじゃなくて、好きな人とできるだけ長い時間一緒に居れるための大事なことなんだ。
 仕事が大好きなコリンたちを否定する気はないし、変えろとは言わないが‥それはこころに留めておいて欲しいな。俺たちだって、コリンたちに何かあったら勿論嫌だし。
 でも‥自分ではそういうことって気が付きにくいだろう?
 俺がいつも傍にいて注意出来たらいいけど‥常識的に考えてそれは無理だ。
 でも、幸いコリンにはシークがいる。
 シークは食事の大切さを知っている。
 奴も仕事に手は抜かないが、‥コリンたちとは‥違う」
 言った。
 ザッカの聞きやすい、あったかい声が耳に‥胸に響く。

 ザッカは、コリンたちに「どう違う」とは具体的には言わなかった。
 
 どう違うかは、わざわざ言われなくても自分でわかるだろ? 

 ってことだろう。
 そりゃね。
 ってコリンもフタバも苦笑いした。
 ザッカさんが思ってるのと、完全に同じかどうかは分からないけど‥言わんとしてることは分かる。

 食事をただの栄養源だと思ってるか否かってことでしょ? でも、それなら僕も「いくら超ワーホリな誓約士だって家に帰れば仲間と楽しく酒を飲む」って言ったじゃないか。(こころには響いたが、素直に全部認めるのが‥なんか悔しい)
 ってコリンは思った。
 フタバは
 ‥やりすぎたら周りの人間が止めてくれるわ。
 メイドだっているし‥今は、ロナウがいるわね。って思った。(コリン同様こころに響いたんだけど、やっぱり素直に認めたくない。だけど、コリンもフタバも照れくさくってそんなこと考えてるだけで、二人ともザッカの言うことを理解しているし、共感してるし、‥反省もしている)→だけど、照れくさいからそんなこと口にしたくない。
 
 と、ふと気づいた。
 
「‥ああそうか。私にとってのロナウやメイドたちがコリンにとってのシークさんってこと? 」
 フタバが尋ねると、ザッカが頷いた。
「やりすぎるのは性分だから仕方がない。だけど、きっとやりすぎちゃう人には「その人にしか出来ないこと」があって、そしたら‥やりすぎなければいけないこともあるかもしれない。
 ‥そんな人に「だけどヤメロ」「アンタ間違ってるよ」っていうのは、その人の人権を無視しちゃってるような気がする。
 ナナフルもやりすぎちゃうところがある。そんなナナフルを全否定するようなことを俺は言いたくない。
 だけど心配なのは確かだ。‥だから「やりすぎたら」止める必要もあるって思う。
 止められるのは、普段からその人を良く見ていて、理解していて、‥心配している人間だけだと思う。
 ‥そういう人間だからこそ‥「止めかた」を知ってるんだと思う。口で言っても聞かないときは殴ってでも‥とかあるでしょ? ナナフルは殴らないけど」
 ‥ああ、うまいこと言えないな。
 ってザッカがちょっと悔しそうな顔をする。
 ナナフルは殴らないけど、のあとちらっとナナフルを見たことで何かを悟ったナナフルがギッとザッカを睨んでいる。(きっと「何を言おうとしたんだ」って感じだろう。何を‥って、きっと殴るんじゃなくて、無理やり押し倒して止める‥とかそういうヤラシイこと、普段からしてるんだろう。‥ほんと、バカップル、やになっちゃう)
 ‥それはさておき。
 伝えたいことが、全部伝わるような言葉が用意できない時、ホントにもどかしいなって思う。
 その気持ち、わかるし、‥僕らには伝わった。
 コリンたちはそう思った。

 ホントに信頼している人間からの言葉しか、きっと「やりすぎちゃう」人には届かない。こころに‥言葉が響かない。
 心配する言葉を掛けてくれる人もそりゃいるだろう。
 気の利いたタイミングで‥耳障りのいい励ましや為になりそうな助言をくれる人はいっぱいいる。
 だけど、そんな言葉を貰って思うのは‥
 いまこの言葉‥センスある。この人頭いいな。とか「この人、気が利く人なんだろうな」って感想ぐらい。「仕事できそう」って思うだけ。
 仕事のパートナーとしては信頼できる。評価できる。だけど、それだけ。
 本当に自分のことを心配して‥励ましたいって思ってくれている人からとっさに出た「不器用な」言葉のパワーには遥か及ばない。
 そういう言葉はきっと日頃から用意された言葉ではないから、‥不器用だ。文字に起こして「使える」言葉じゃないかもしれない。ともすれば「なんでそこまで言われなきゃならんのだ」って‥腹が立つかもしれない。(その時はね)‥だけど、「いまの自分」の為だけに用意された、まさしく「特別な」言葉なんだ。

「‥補い、支え合う‥かあ。人はそうやって助け合って生きていくんだろうね」
 ロナウが穏やかに微笑んで、自分の「頑張りすぎちゃう妻」を見る。
 フタバはバツが悪そうに‥拗ねたような顔をして目を伏せる。
 チラッと見えた耳が真っ赤だ。

 競争社会で、互いに切磋琢磨しながらって関係もいいだろうけど‥ちょっと自己管理が苦手な自分みたいなタイプには‥「世話焼き母さん」的な存在こそがいるんだろう。
 ‥私の結婚相手が「世話焼き母さん」的なロナウでよかったな。
 
 なんて思った。
 そんなフタバの背中をさすりながら、
「コリンはシークさんと結婚しないの? 」
 ってロナウが聞いた。
 愛し合ってるんだし、一緒に住んでるんだから結婚したらいいのに。
 コリンは「結婚したい」って昔言ってたし。
 って思っただけ。別にそれ以上の意味はないし、ぶっちゃけ、そんなに興味も関心もない。
 コリンは首を傾げて
「ん~。僕的には、してるつもりだよ? 結婚式とか‥そういうのシークさん苦手だからやらないだけで。‥まあでも、戸籍にも載せてないから‥世間的には結婚してるけど、戸籍上では結婚してないって感じかな?? 」
 苦笑いした。
 それにはザッカも同意するように頷く。
「そもそもね。結婚するとかしないかって‥庶民にとっては、それこそ戸籍だけの問題なんだ。
 子供が産まれたら、この子どもは誰と誰の子どもかっていう‥そういう証明になるわけだけど、僕らの間には子供は生まれないわけじゃない? ‥そうなると、別に必要な手続きでもない‥かなって」
 ロナウは「ああ」と頷く。
 確かに、二人に子供は生まれない。‥だけど、養子を貰うならば夫婦と戸籍に記す必要があるだろう。‥そんな話は二人の間にはないのだろうか? 疑問には思うけど‥それは自分が言うことではないだろう。
 そういうこと、他人があれこれ言うのは「余計なお世話」って奴だ。
 そんなことを考えていたら、コリンが穏やかに微笑んで
「庶民には継ぐべき名前も、財産も‥ロナウみたいに受け継ぐべき家宝もない。貴族とは‥そういうとこが違うよね。貴族だったら、代々受け継いでいかなければいけない名前とかがあるんでしょ? 後継者とかもいるんだろうし。その為に学ぶべきこととかあるんでしょ? ‥大変だよね。
 あ。でも庶民でも商人だったら‥店を継ぐとかそういうのあるかも。家族以外の従業員がいるような大きな店だったらそれこそ、後継者教育もあるのかも?? 
 僕の両親はそういうのじゃないし‥そもそも、家を継ぐとしても兄が二人もいるからなあ」
 って言った。
 そんな話をしていると、フタバが急に顔を上げた。
「‥お兄さんがいるの? なんとなく‥お姉さんがいるって勝手に思ってた。お兄さんしかいないの? お姉さんは? ‥妹とかは? 」
 ‥フタバちゃんには僕ってどんな風に見えてるんだ?? お姉ちゃんに着せ替え人形にされてたっぽいとかいわないでよね??
 コリンは苦笑いする。
「いや? 兄しかいないけど?? 母さんに似た男前な奴と、父さん寄りの女顔なのが」
 え。
 母さんが男顔で父さんが女顔なの??
 これには、コリンを除く全員が「? 」って顔だ。
「‥その女顔のお兄様はコリンそっくりなの? 」
 ‥もう、フタバは興味津々って顔だ。
「え? そんな感じじゃない‥」
 コリンが首を傾げていると、
「リンク兄さんは、コリンには似てないな。顔は若干お義父さんよりではあるが、お義母さんベースな体型だし、鍛えてるから、どう見ても男性に見えるな」
「あ! シークさん」
 と、突然のシークの登場に、コリンの目がハートになってる。
 ‥しっぽが見える様だ。
「そうなんだ‥お兄さんたちは普通に男性なんだ」
 喜んでるコリンには‥そんなフタバの失礼な呟きは聞こえていない様だった。
 普通に男性なんだ‥コリンとは違って。
 コリンは‥身体つきや顔が若干シャープになって成人の体型になってから「美少女」っぽくはなくなったけど、別に「どうみても男性に見えるか」と言われるとそうでもないんだよなあ‥
「あの家には何度行っても、数分は‥「場違い感凄いな」って思うな。でも、次の瞬間(← もうホントに、次の瞬間って感じなんだ「あ、シーク君いらっしゃい」「じゃあ飲むか」って飲み会が始まるんだ)飲み会が始まって、その男しかいない宴会感に‥もうどうでもよくなる」
 男ばっかりって‥お母さんはどうした。
 そういえば、さっき母親は男前って‥。
 ‥男なのか? 両親とも性別男なのか?? コリンたちは養子なのか?? 
「あ。母さんは普通に女性だよ。黙ってたら‥というか、近所では美人母って呼ばれてるし。女学院のね、先生なんだ。その女ばっかりの空間で、そこらの男より男前だから王子様扱いされてるって話。それで母さんも女学院出身だから「そういうノリ」に慣れちゃってて、悪ノリしてるってか‥ねえ。そういうの」
 成程。
 一同納得。
 ‥ちなみに、「お母さん」って男なのか? っとか、ロナウたちが声に出して言ったわけでは無い。コリンが察したのだ。
 ‥ロナウたちは案外思ってることが顔に出る。
「父さんは逆に女顔で、物腰が穏やかでふわーとしてる。母さんはそんな父さんを一目見て「守ってあげたい」って思ったって感じ? 母さん曰く父さんは姫なんだって。「可憐な姫を王子なら守ってあげないと‥」と母さんの中の王子心が疼いた‥違ったか‥騒いだ? まあ‥どうでもいいか‥そんな感じで結婚したんだって」
 コリンのお父さんっぽい‥。
「でも、お義父さんは凄く男らしいぞ」
 と、シークさん。
 見た目は可憐な姫だけど、男らしい。ギャップ萌え。‥何それ、会いたい。
 姫な父親と王子な母親、男前な兄と女顔の兄‥そして、コリンとシーク‥。そんな宴会‥見たいしかない‥。できれば混ざりたい‥。
 どうやったら参加できるんだろう。コリンのことだから「会いに行きたい」って言ったら‥案外あっさり承諾してくれそう?? 手土産にお酒とかもってったらいいかな??

 そんなことを真剣に悩むちょっとミーハーなフタバ(とザッカ)だった。
しおりを挟む

処理中です...