リバーシ!

文月

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三章 ヒジリとミチルの「夜の国」

6.疑問とか疑惑とか‥、変な確信だとか。

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 (side ヒジリ)


 もしかして‥
 ナツミは俺のこと憎かった?
 どうなってもいいって‥捕まってもいいって思ってた?
 ナツミは‥
 重苦しい‥嫌な予想が俺のこころをもやもやと支配していく。

「まさかそんな‥」
 つい口に出た呟きをミチルが拾う。

「‥ヒジリの予想しているであろう嫌な予測は‥きっと当たってると思うよ。
 俺は‥ずっと言ってることだけど、ナツミを味方だって思ってない。
 まあ‥そのときの‥真実は‥分からないけど、今はきっと‥」

 今はきっと味方じゃない。
 味方だと思わない方がいい。

「だけど‥」
 ‥だけど、あの時は?
 ナツミに俺を憎いって感情があったんだろうか。
 ‥きっとなかったんだと思う。
 ナツミがいい奴だから‥とか言ってるんじゃない。
 ナツミは‥賢いし、要領もよかった。そして、何より合理的だった。
 賢くって、‥可愛くって、貴重な魔法使いで‥なにそれ完璧か。
 って感じなんだけど‥ナツミは‥そうじゃなかった。
 そうなれなかった。
 ナツミは、家族に恵まれてなかった。
 理解のない両親、恵まれていない経済状況、その為、ナツミは「素直でいい子」にはなれなかった。
 素直ないい子って、‥恵まれた環境の子のみがなれるもんだと思う。
 地球では‥分からないけど、あっちの国では確実にそうだって言える。
 あっちの世界は地球よりもずっと経済的弱者に厳しいんだ。
 向上心のある経済的弱者に‥だな。
 だから、そういう向上心のある経済的弱者は、社会に疑問を持つし、反発を持つから‥素直になんて育たない。

 そんなあの国で素直でいい子に育つってのは‥
 恵まれた経済状況の奴、
 経済的に弱者でも、向上心がそこそこの奴、
 生まれた環境に疑問や不足を感じない‥おめでたい奴だ。

 あいにくとそうじゃなかったナツミは、自立した、ちゃっかりした‥ちょっと小ズルい子供になった。
 用心深くって、疑い深い子供。
 (俺は‥あいにくと「向上心がそんなになくって、ぼんやりとしてた」から、自立した子供にはなれなかった。経済状況はそう変わらなかったんだけどね。‥ただ、生まれながらリバーシだから国の補助があったのはありがたかった)
 とにかく、ナツミは子供ながらに「しっかりした奴」だったんだ。
 そんなナツミが
 ‥誰かに騙されることなんてあっただろうか? 
 なんのメリットもなく「誰かのお願い」なんて聞いただろうか?
 お願いじゃなかったら‥?
 メリットがある「取引」だったら?
 俺がそう仮定を口にすると、ミチルが首をひねった。

「所詮子供だ。
 大人と「対等な取引」をする知恵はなかっただろう。
 ‥きっとあの時、何かしらの「理由」は‥あったんだろう。
 もしかしたら、あの時は、ヒジリが思ってるように、「そんな気」‥「ヒジリを敵に売る気」なんてなかったのかもしれない。
 脅されて‥脅しに屈したふりをして、大人‥魔石商人の鼻を明かしてやりたかったのかもしれない。
 そして、うまくいって‥
 自分は魔石商人から逃げ回る生活を強いられているのに、‥ヒジリは城でぬくぬく‥

 ‥俺なら「あの時はそんな気はなかったけど今は‥」っておもうと思うけど‥」
 ミチルの言葉に心がぎゅっと締め付けられる様な気持ちになった。

「それに‥ヒジリだって‥ホントは気付いてるんだろ?
 ‥誰のためにナツミを庇ってるのか」
 血の気が一気に引いた。
 恥ずかしくって赤面する‥どころではない。‥恥ずかしすぎて血の気が一気に引いて‥真っ白になったって自分で分かった。
 
 誰の為?
 ‥俺の為だ。

 隠してたこと‥全部見透かされた‥って思った。
 ただ、恥ずかしかった。


 ナツミは俺が好きで、俺もナツミが好き。
 そんな「美しい昔話」だったらよかったのに‥って思ってた。

 だけど実際の俺たちの関係は‥羨ましい、‥悔しい、負けたくない‥のぶつけ合いだった。
 お互いその気持ちを「切磋琢磨するライバル」のオブラートで包んでただけ。
 お互いを高めあう?
 そんな気なんてない。お互い負けたくなくって、足元をすくわれるのが怖くって‥でも、離れたら置いていかれるって思って‥
 そばにいただけ。

 だけど、それを「友情」だったって思いたかった。

 俺の魔力を魔石に貯めて売ってたナツミに俺が感じたのは、怒りではなく、「許し」でもなく、‥優越感だった。
 ナツミも「罪の意識」なんてなかっただろう。ナツミは、罪を白状することで正々堂々と‥俺の優越感を利用した。「優しいヒジリなら‥恵まれない友達のお願い断らないでしょ? 」って念も押して‥俺の中での理由まで作ってくれた。

 ヒジリは、恵まれない友達の願いを断れない。
 なぜってヒジリは優しいから。
 ヒジリとナツミは大の友達だから。

 ‥そんな嘘っぱちの友情もどき、裏切られたも、騙されたもない。
 やるかやられるか。
 子供は‥ピュアなんかじゃない。
 否。ピュアだから、欲望に忠実なんだ。

 負けたくない。勝ちたい。

 俺は‥ずっとナツミに勝てなかったから。

 だから

「ヒジリは今までずっと私の魔道具に勝ってきた。ことごとく私の魔道具を壊して来た。
 でも
 これにも‥勝てる? 」

 そういわれて‥引けるわけがなかった。(思えばあの頃は‥子供だった)

「勝てるよ! 私の魔力が底なしなのは知ってるでしょ!? 」

 俺は叫んで‥ブレスレットをはめた。
 すぐに‥車に酔ったような気分の悪さに襲われ「しまった騙された! 」って思った。悔しくて‥怖くて意識を保とうと必死に抗ってたら、ナツミの「お願い‥今は立ち上がらないで‥っ! 」という小さな‥祈るような声が聞こえて、その後に、知らない男の「連れていけ! 」って荒々しい声と「待て! その子を放せ」って城の騎士たちの声が聞こえた。城の人間ってね。口調がきっちりしてるの。声は大きくてもなんていうか上品で、なんか違うんだよ。だから、そうなんだろうなって思った。今思えば‥もしかしたら、ラルシュ様の声だったのかもしれないね。

 それでね

「ヒジリ‥もう大丈夫だから。‥‥

 ごめんね」

 ナツミの声が最後に聞こえた。いつもと違う、弱弱しい声だった。

 汚い気持ちでナツミと向き合ってきたのは俺だけだったのかもしれない‥って恥ずかしくって、情けなくって‥俺は目を閉じた。
 俺は‥あの時、今までの気持ちを心の底に封印しようって決めたんだ。
 次に会ったら俺は‥

 俺もナツミに「素直に」負けを認めて、今度こそ本当の友達になりたい。
 だから、ナツミにまずは謝りたい。あの時は、ごめんって。
 ナツミは何のことかわからないって顔するかもしれない。

 ‥あの、素直じゃない「ホントはいい奴なのに」(ツンデレだから)悪い奴の振りしちゃうナツミだから‥

 何のことかわからないっていうだろうけど‥

 ニマニマとそんなことを考えていたら、ミチルが残念なものを見るような顔で俺を見ていた。
「‥びっくりするほど考えてることがわかるんだけど‥言っとくけど、世の中そんな「おめでたい奴」ばかりじゃないから。‥っていうか、そんな「おめでたい奴」ヒジリだけだから‥
 そんな一昔前の「雨降って地固まる」みたいなことにならないから‥」

 まったく! 人を疑うことしか知らないやつは困るな!
 俺とナツミはきっと‥

 きっと‥今度こそ大丈夫だ。
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