リバーシ!

文月

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十章 ネルという特別な子供

6.ネルという特別な子供

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(side カタル)


「どうして‥そう思うの? 」
 僕が聞いた。
 僕が言った言葉に対して、僕がそれを聞くのもおかしい話だが、あの疑問はあの時の僕にとっては「当たり前」な疑問だった。(当たり前な疑問って言葉もないと思うが)
 聞いて当たり前のこと、かな。
 だってそんなこと思ったことない。
 国家転覆とか、そんな‥大それたこと思ってない。
 ただ、「意識を変えていくべき。仲良しじゃダメでしょ。政府をちょっと困らせてやろうぜ」位の気持ち‥。
 そう。
 それっ位の気持ちだったんだ。
 政府をっていうか‥リーダーを‥かな。
 今までの「いい子」だった自分に対して「こんなことも考えるんだぜ」っていう‥「悪い自分」をちょっと見せた‥みたいな。
 これも、思えば「かまってほしい」って気持ちの反動だったんだろう。
「そんなことしちゃダメだ」
 って、止めて欲しかったんだ。
 ‥他の皆に、じゃない。
 リーダーに。
 でも、リーダーはあれ以来僕の‥僕らの前から姿を消してしまった。
 後で聞いたんだけど、熱狂的な「僕とネルの信者」(に成ったかっての仲間)に追い出された‥らしい。そんなこと知らな方僕は

 リーダーに愛想をつかされたって思って、ますます投げやりになったんだ。

 僕が‥そんな子供じみた理由から言い始めた「新しい国」の話を真面目に受け止めたのは、ネルだった。
 受け止めた‥っていうか、利用したってのが正しい。
 ネルは僕に「もう後戻りはできないよ」って「脅した」上で、
 僕が旗頭
 自分が神輿
 って立場を徹底することを強調したんだ。

 どうして、ネルはそこまで一生懸命になるんだろう。
 なる必要があるんだろう。
 ネルは今のままでなんの不自由もしていない「幸せな子供」でいたらいいんじゃないか。
 ‥僕がそうしてあげるのに。(今までだって、これからだって。僕はガキだけど、弟を守る力位はある)
 そう思ったら、もどかしい‥っていう前に不思議でたまらなかった。
 だから聞かずにいられなかったんだ。

「どうして‥ネルがそこまでする必要があるの? 」

 いつもは、ネルが僕に「どうして? 」って聞いてくるのに、‥今は反対だ。
 ネルは‥今まで「本当に分からなくて」僕に「どうして? 」って聞いてたの? って疑わしくすら思えて来た。
 それほど
 今のネルは「大人びて」見えた。

 ネルは首を傾げる「どうして? 」って聞かれるのが心外って顔している。聞かれる方がおかしい、って顔してる。
「だって、それが僕の役目だから。
 父さん(※ ネルはリーダーの事を父さんって呼んでいたんだ)‥リーダーもそれを僕に託して‥託せるって思ったから‥ここから‥兄ちゃんを置いてここ出て行ったんだ。
 だから、僕はその役目を全うしないと」

 ネルに、託して?

 僕にはネルが何を言っているのか分からなかった。
 ただ目を見開いている僕にネルは
「僕はリーダーの変わりだよ」
 って言って
「違うな‥」
 って首を捻り「ああそうだ‥」
「‥これからは僕がリーダーがしてきたことをするよ」
 って言いなおして、今度こそ満足そうに微笑んだんだ。
「だから、兄ちゃんは何も心配しなくていい。
 やりすぎだって思ったら僕が止める。
 リミットを意識したらホントの力なんか出せないからね。全力で突っ走って、そのせいで行き過ぎたなら‥僕が止めてあげる。
 父さんは兄ちゃんを止めるのを躊躇した。「兄ちゃんに悪いことをした」って「負い目」でストッパーの役割を全うできなかった。
 あれは、父さんのミスだ。
 それどころか、その選択を誤ったせいで、兄ちゃんを傷つけた。
 それって許されないことだよ。そのせいで兄ちゃんは今「道に迷ってる」。今兄ちゃんが考えてるあれこれは、全部兄ちゃんのせいなことは何もなくって、全部「父さんのせい」なんだ。父さんが兄ちゃんを傷つけたから、兄ちゃんは悩まなくていいことで悩んでるんだ。
 兄ちゃんの足を‥止めなくていいことで止めたのは‥父さんのミスだ。
 ミスというか‥父さんにはもともと「そこまでの」資質が無かったんだ」
 僕に言い聞かせるみたいに、‥慰めるみたいに言う。
 同じことを何度も、丁寧に。

 父さんのミス?
 資質?

 首を傾げる僕にネルはニコニコと言葉をつづけた。
「父さんに無かった資質は‥見極める力? 判断力? ‥ん~。それより「センス」って言った方が正しいかな。
 その人の性質を見極めて、それぞれの性質を判断して役目を割り振って、あるべき方向へと導いていく、そういう一連の流れをスムーズに滞りなく行う‥
 リーダーとしての資質。センスだね。
 父さんはそれをしてこなかった。
 集まる目的と役割分担のない集団なんて、ただの「寄せ集め」って言われても仕方が無いよ」

 ネルは「寄せ集め」じゃダメだって言ってるんだ。
 目的を持つべきだし、役割分担をするべきだって。
 目的は「僕らや住みよい新しい国を作る」役割分担は‥さっき言った僕が旗頭でって奴だろう。

「どうしてそんなことを‥今のままでいいじゃないか」
 今日何度目かの「どうして」って聞くと、ネルはまた首を振る。
 そして静かに僕を見上げて言ったんだ。
 何時もみたいに甘えて上目遣いで見るんじゃない。睨むように‥見上げて、だ。

「だって、平等じゃないから。不公平だよ。この国は」

 ネルの言葉に僕は頷けなかった。
 だって、この国は‥
「え? だって、この国は「皆平等」で仲良しこよしな‥」
 そんな国だ。
 標準以上に働く者も、標準しか働かない者もみんな「一緒」な、働き甲斐が‥頑張り甲斐がない「仲良しこよしで平等な」国‥。
 僕がそういうと、ネルは首を振った。

「富の分配の話じゃない。
 富を平等にする‥じゃあ、思想は? 思想はどうなの? 異なった思想を持った人間は受け入れられないって、それは平等な国の形として正しい? 」
 思想?
「皆の言葉の重さも平等であるべきではない? 皆平等でっていう人たちの言葉も、働いたら働いただけ対価をっていう僕らの言葉も」
 それはだけど‥
 仕方が無いことだ。
 僕らが出来るのは‥僕らがどうこう出来ることじゃない。
 僕が黙っていると、ネルがぐいっと顔を僕に近づけて来た。

「それじゃあね、本当の意味で皆は幸せに暮らせないし、社会も発展しない」
 頭が一瞬、真っ白になった。
 強く頭をぶつけて、意識が一瞬ホワイトアウトするような感じ。
「兄ちゃん。しっかりして。
 父さんに認められるのも、褒められるのもどうでもいい。今ね。この国の人間は「思想の不平等」に気付いていない。国がそうしてきたからだ。僕らはね、皆の目を覚ましてやらなくちゃならないんだ。
 ‥今まで息苦しく暮らして来た「異端な考えをもつ僕たち」の為

 ‥なによりこの国の未来の為に‥」

 僕は、自分が今までしてきたことのばかばかしさと、自分のちっぽけさを嫌って程、思い知らされた。

 神輿に操られた旗頭だっていい。神輿を守って、神輿を守る仲間たちを「使う」ことで守る‥そんな人間に僕は「なれる」。そして、神輿がそれを僕に望んでいるならば‥

 僕は喜んでその役目を引き受けようと思った。
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