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文月

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13.藁にも縋るおもいをリアル体験した。(side 梛木)

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 ‥理想の「育ての両親」が、ヤンデレ束縛夫と監禁妻じゃよくない。
 だから、今、楠が柊の兄ちゃんについてどう思ってるか。‥さらに、楠の方で柊の兄ちゃんに対して危機感を持ってもらわなきゃならないのかなって思ったんだ。
 とにかく、話をしようって思った。柊の兄ちゃんと楠が一緒の空間にいない場所で。
 今、柊の兄ちゃんは珍しく柳の兄ちゃんと何かの打ち合わせをしている。多分この前の「スカウト」の経過報告だろう。普段は楠がしてるけど、楠がここに居ないから仕方ない。

 つまり、今、楠と柊の兄ちゃんは同じ空間にいない!
 
 楠が事務所のパソコンの前にいないってことは‥
 学校に行っている場合じゃない限り、ここだ。
 図書室でもあり、調べものをするならここっていう‥「データベース部屋」(命名俺)
 アフターファイブ、仕事終わりの楠は、いつもここで学校のレポートを書いているんだ。

 集中して手を動かしている楠は、俺が隣に座っても手を止めることはなかった。
「なんで楠は柊の兄ちゃんの面倒見てるの? 」
 俺は、楠の横に座りながら、前々から聞きたいって思ってたことを聞いた。
 邪魔するな、集中してるんだから変なこと聞くな! とか普通だったら怒られちゃうところだろうけど、楠はそんなことはしない。
 一度「悪い、邪魔したよね」って言ったら「全然気にならない」って言われた。その間もずっと、手を止めることなく‥だ。楠は俺の事天才だっていうけど、楠だってなかなかのもんだって思う。

 ‥俺の話はそこそこしか聞いてないから大丈夫ってことかもしれないけどね。

 ‥でも、なんとなく、楠はそんなことしない気がする。
 楠はまるで料理をしながら子供の話を聞く母ちゃんみたいに俺の話を聞いてくれてる‥そんな気がする。
 まあ‥俺が今してるのは「今日学校であった面白かったこと」でも「好きなあの子と喋れたんだ! 」って話でもないんだが。
 聞いて聞いて~! って一方的に話をする子供の話を聞くのは確かに可能かもしれないけど、「母さん‥ちょっと相談に乗ってもらいたいんだけど‥」って聞いてくれモードは‥そういえば食事の準備をしながら話を聞く母ちゃんのパターンにないかも‥。
 しかも‥結構重めの奴‥。
 だけど! 今しか聞くタイミングがないんだもん! 仕方がないじゃないか! 部屋に帰ったら、もれなく柊の兄ちゃんがいるからねえ~。
 俺はね、不甲斐ない弟子の為に‥楠の気持ちを聞いてあげたいわけなのよ。
 聞きたいって思ってたのはホントだけど‥、でも、ホントは確認したかっただけ。
 きっと、楠は「自分が連れて来たから‥ほっとけない」って言うだろう。まあ言うならば‥俺はそれを楠の口から聞きたかっただけなんだ。
 なんで? って‥別に理由はない。
 ‥何となく。
 そういうことってあるだろ?
 だけどね、ちょっとはさ、「柊の兄ちゃん! 全然脈ナシじゃなかったよ! 」っていう発言を聞けたらな~って思いもあった。無理だろうけどね。一応‥でも、俺は聞いてすぐ「しまった! これは‥悪手だ! 」って気付いた。これは‥漫画なんかでよくあるパターンだ。A子とB男をくっつけたい周りが、B男を焚きつけようと「お前、A子のこと好きなんだろ? 」って言って、恥ずかしがったB男が「そんなわけねえだろ! 」ってこころにもないことを言って、それをA子が運悪く聞いちゃって‥ガーンってなるっていう‥
 俺は慌てて「いや、うそうそ、さっきのなし。全然気にならない! 」って言おうとした。すると楠はちょっと考えて
「‥放っとけなかったってのが初めの感情かな。で‥柊さんを見てて、そのうちそれだけじゃなくって‥僕が求めてた‥いや、探してた? いや‥理想の人は柊さんじゃないかなって思うようになった‥」
 お? 
 もしかして‥両想い?
「それって? 柊さんのこと‥好きってこと? 」
 俺が聞くと楠は‥何故か首を傾げた。

 ん? なぜ、そこで首を傾げる? 

 いや、そこは真っ赤になって「そんなことハッキリ言わないでよ」じゃないの?? それか‥「何言ってんだよ! 」って怒るか、だよね??
 楠の今の表情はそのいずれでもなかった。「いや、そうじゃないんだよね‥」って顔。「伝わんないよね」って‥何か、困った様な顔。
 楠は遠慮がちに、
「僕ね。‥今まで誰にも必要とされてこなかったから、少しは柊さんに必要とされてるかもしれないことが‥凄く嬉しいんだ。
 僕は生きてていいんだなって‥今はじめて思えてるんだ」
 って言った。そして、俺のポカンとした顔をみたからか、
「‥自己満足‥なのかな」
 って付け加えて、苦笑いした。
 その顔を見て、俺はもう‥「ガーン」だ。

 必要とされなきゃ生きてちゃだめとか‥なにその卑屈な生き方‥っ! 

 でも、‥なんかわかる気もする。
 好きって言ってくれる誰かがいるって‥それだけで(生きる)気力がわいてくる。俺も、今だったら‥ここで楠がいて、頼りなくってサポートしてやらなきゃならないヤバい弟子(← 恋愛の)・柊の兄ちゃんがいて、張り合いがある毎日を送れてる。何となく毎日を過ごしていたあの頃よりずっと、毎日を頑張らなきゃって思えてる。
 楠にとって「自分の為にただ生きているということ」は、「どうでもいい無駄なこと」だったみたい。
「子供のころはそんなこと考えたことなかった。何言われても‥勿論傷付くけど「まあいいか」って無視してた。だけど、物心ついてから‥っていうのかな、いろいろ考えるようになってからは、「人の役に立つどころか、人に不快感を与えるばかりの自分ってなんなんだろう」「そんな自分は生きてていいのかな」「生きてる意味あるのかな」って思うようになった。なるだけ人と距離をとろうって思う反面、誰かの役に立ちたい‥せめて、誰か一人に‥必要だって言ってもらいたい‥そう思うようになった」
 楠はそう言って自嘲的に笑って、「欲が出た。‥願望が出来たんだ」って小声で付け足した。

 誰かに必要とされる人間ねえ‥そんなの、ただの都合のいい人間じゃない。

 呆れた俺は、
「必要とされるだけじゃ‥つまらないよ。人間与えてばっかりじゃ、ダメだ。恋はgive and takeだよ。知ってるでしょ?
 それにさ、勘違いしちゃダメだ。
 喜ぶ君の笑顔を僕は貰ってるよ? とかじゃないからね。「喜ぶ君の笑顔」は相手のものなの。笑わせた者のものじゃないの。
 大事なのは、一人の人間同士、対等な立場だって常にこころに留めておくこと。一方的に犠牲を強いられたり、親切を押し付けたり‥それは対等じゃない。
 誰かに必要とされなきゃ自分の人生意味がないって‥そういう自己犠牲的な考え方は‥よくない」
 言った。言った後、どういう風に言えば伝わるのかわかんないけど‥って頭を掻いた。そして、真っすぐ楠を睨むと、
「俺にとって‥楠は大事な人間だ。そんな楠がそんな風に自分を卑下しているのは‥俺は嫌だ。‥柊の兄ちゃんだってそれを求めてるわけじゃない。確かに今は頼りなくて、楠におんぶにだっこの状態だけど‥その関係に柊の兄ちゃんはきっと満足しているわけじゃない」
 って説教してやった。
「楠は、柊の兄ちゃんのこと‥どう思ってる? 支えてあげなきゃダメな‥頼りない弟? 楠の自己満で完結? 世話の焼き過ぎで楠の自立を妨げたりするかもとか考えない? 共依存って知ってる? 
 ‥楠は柊の兄ちゃんを一人の人間として見たことある? 」
 (ホントに聞きたかった)柊の兄ちゃんの事、世話させてくれる安心安全な人だって思ってない? 
 は、だけど、言わなかった。
 そんなことより、楠には多少厳しく説教しなきゃいけない。きっと、その方が楠には効くだろうから。わざと、過干渉って批判して、おせっかいはダメって説教する。
 ‥ホントはそんな風には思ってない。だって、楠は距離の取り方が絶妙にうまいから。だけど、そういう風に見えるよって嘘ついてでも楠に柊の兄ちゃんの関係を変えさせないと‥考えさせないとって思ったんだ。
 だって、「柊の兄ちゃんは全然安心安全な人じゃない」から。今のままじゃ、楠はまんまと羊の皮を被ったオオカミさん(柊の兄ちゃん)に食われちゃうから。
 だけど、その危険性を俺がそのまま伝えても楠は本気にしないでしょ? 「またまた~」「柊さんが僕を? ないない」って言って終わりだ。
 楠は案の定ショックを受けて黙り込んだ。
 ‥ちょっと言い過ぎた。
 脅かすのが目的だったのに‥落ち込ませるとか‥完全に失敗した。だけど‥そうだよな。楠は‥そうだよな。
 だけど、言った言葉は取り消せない。
 完全に失敗した。
 俺も楠も黙っているしかできかった。完全に重い空気がその場に流れた。きっともう少ししたら「ごめん。気をつける」って楠が謝って来るだろう。
 ‥そうじゃない。謝らせたいんじゃないんだ‥っ!
 誰かこの空気を何とかしてくれ‥っ! 溺れる者は藁をもつかむってこういう状態をいうんじゃないかしら、って思った。今だったら確かに藁でも掴んじゃいそうだ‥っ!

「少年は、楠‥主のことを心配して言ってくれただけで、楠を非難したわけではない。‥分かるだろ? 楠よ」
 
 扉が開いて、顔を出した救世主(藁)は‥
 知らない女の子だった。
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