『Souls gate』

文月

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本編  一章 『Souls gate』

6.兄ちゃんって呼びたいとは‥でも、全然思わないんだ。

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(梛木は素直になれない)


「異能者だってわかってどうなるの? 西遠寺的に。異能者が総て陰陽師に向いているわけじゃないんでしょ? 」
 俺が、ここにきて間がない時、『仕事』に行く楠にこんなことを聞いたことがあった。
 あの頃は、まだ異能者かもしれない、って情報提供があった人を柊の兄ちゃんやら楠が見に行っていた。それを、楠は『仕事』と呼んでいたんだ。
「さあねえ。でもそもそも、異能者じゃないと西遠寺の陰陽師にはなれないでしょう」
 楠が相変わらず線にしか見えない目でこっちを見た。

 目、瞑ってるのかな? 

 そんな疑問を持つのをやめたのは、だけど結構最近。
 それまでは、彼の目ばかり気になって、隙さえあれば見ていたものだ。まあ、それだけ暇だったんだ。俺は、ずっと何かを考えていないとダメなタイプだからね。分からないことを分からないまま放っておくことも、無理。
 だから見てたわけなんだけど、結局今でもわからない。だけど、今はもう気にならなくなった。やっぱり、人間慣れるし、飽きる。
 今は、『Souls gate』の企画と改良があって、いい暇つぶしになっているから、どうでもいいに変わったってのが正しいかも。
 だけど、楠に隙が無いのも確かなんだ。動きにも無駄がないし。何か音がしたら、瞬時でそっちを向いてる、武士みたいだね。‥命でも狙われてたのかな。
 ここら辺は、結構いつもだらだらしてて、隙だらけな柊の兄ちゃんと違うところだね。
「だけど、まあ、どういうのが陰陽師に向いてる魂なんだかわかんないんだけどね。だから「普通じゃない」魂‥異能者を見分けることまでが僕たちの仕事」
 楠が笑った。

 ‥あ、まだ答えてくれてたんだ。「聞いたけど、実はそれ程聞きたかったわけじゃないです」とは、‥言えない。

 俺は、慌てて「成程ね」とか適当に返事した。

 聞いたことは、大概教えてくれる。
 嫌な顔されたともない。
 物知りだし、大層いい大人な楠の事は、実はすごく気に入っている。だけど、最初に「楠」って呼び捨てしてしまって以来、何となく『兄ちゃん』と呼び直す機会を失ってしまった。
 どうも、素直になれないね。
 でも、あれは楠が悪かったよね~。丁度俺の気に障る様な事したんだからさ~。実はそれ程「子ども扱いされたくない」とかじゃなかったんだけど、なんか初めてここに来て緊張してるとか‥普通じゃない状況でさ、俺も気が立ってたっていうか‥ね、そういうことあるでしょ? 丁度八つ当たりしやすそうな奴がいたら、するでしょ?

 そもそも、人が良さ気なあの笑顔がいけない。‥何となく何を言っても許さるような気にさせられる。最初にあの笑顔を向けられた時、「け、偽善者が。それに、俺のこと子ども扱いしてるのか、舐めるなよ」って条件反射で反発心が芽生えた。(あの時の俺は、今よりとんがってたね~)
 で「楠」。
 大人げないのは、どっちだって話だ。(実際に子供なんだけど)
 それでも楠は、そんなことで俺に対する態度を変えたりなんてしなかった。
 ‥というかね。
 誰に対しても、嫌な態度を取ったりなんてしないし、親切だ。
 でも、「押しつけがましい」とかじゃない。本当にささやかだから、当人以外気が付かないんじゃないかって位の事しか、楠はしない。

 こんなことがあった。ここにきて、もっと間がない時、‥時々なんか寂しくて仕方なくなって、でも誰にも言いたくなかった時、気が付いたら楠が横に座っててくれてた。ただそれだけだったし、何をしゃべったってわけでもないのに、それだけですごく安心したことを今でも覚えている。それからでも、俺がいて欲しいって思うとき、いつも楠は俺の傍にただ座っててくれた。

 心が読めるのか? 

 って思ったことがあるけど、どうやらそうではないらしい。(だったら、もっとうまく人間社会を渡ってけたんだろうな、って思う)
 多分、何となくこうした方がいいって思うから‥だろう。って俺も、これに対して、何の確証も無いんだけどね。
 柊の兄ちゃんのこと、多分、一番理解しているのも楠だ。

 ‥楠はいい奴だ。

 だけど、俺たちが楠のことについて知っていることは、あまりない。楠は、自分から何かを話すことも、自分の家族のことや自分のことを語ることもない。
「わからないんだ。家族のこと‥そりゃ名前だとかは分かるよ? だけど、それだけ。何考えてるかとか、僕のことどう思ってるか、そんなことはわからない。それどころか自分のこともわからないよ」
 と明るい口調で言って、「別に嫌な思い出があるわけではない」アピールをしていた。だけどたぶん、別にいい思い出もないんだろう。


「普通の魂‥」
 と、口に出して呟いてみた。
 最近のことではない。だけど、記憶力もいい俺は、あったことを忘れることは、まあ、ない。俺が「どうでもいい」と判断して、頭から消し去った、もしくはそれ以前に頭の端にも残らない事ならともかく、未消化なまま頭に何となく残り続ける言葉というのは、実は割によくある。そんな言葉が、何かのきっかけで出て来る。
 ワード検索みたいなのが脳内で絶えず行われてるって感じだと思ってもらえればいい。
「ん? 何? 」
 さっきまで俺に背を向けて、パソコンを操作していた楠が、椅子ごと振り向いて、あの時と変わらない笑顔を俺に向ける。
「俺の魂も普通じゃない? 」
 おっと、急に何を言ってるんだ。
 我ながら、「急になんなんだ」って思えるようなことなんだけど‥
 楠は、嫌な顔しない。
「うん。普通じゃない。梛は‥ごめんね‥何のっていうのはわかんないんだけど、普通よりずっと強いね」
 いつもの‥へら、っと人のいい笑顔。思わず微笑んだ‥とかじゃない、「困ったなあ」って感じの、頼りな~い、力の抜けた様な笑顔。
 背も高くって、実は顔も悪くないのに「しゃきっと」しないから、七割減でカッコ悪く見える‥のは、わざとかな。「カッコよくみられるの苦手」そうな感じだよね、楠って。(にしても、七割減に魅力をダウンできるって、ちょっと才能じゃない? 道化の才能って奴かな? )
 でも、言ってる内容は‥深いっていうね。
「強いって、力? それって、どういう風にわかるの? 」
 力って、体力とかじゃないよね。さっき魂の話してたから‥「魂が強い」ってことかな? ‥なんか、「心が強い」的な感じ?
 俺が聞くと、首を小さく振って「そういうのじゃなくて‥」って二三回首をひねると
「違和感が強いって感じかな。そういうのは‥ちょっと説明はしにくいんだけどね。‥あとは、これは‥もっといい加減な感じなんだけど‥柊さんとの相性でね‥わかる」
 ふふ、って苦笑い。
 柊の兄ちゃんが、楠が「柊さん」って言った時、ちょっと顔をこっちに向けたのが俺の角度からは見えた。(角度的に楠からは見えてないだろう)
 ‥柊の兄ちゃん‥ホントに、楠の事大好きなんだから。
 でも、楠には伝わってない‥っていうね。(でも、俺はいい奴だから、気付かないふりしてあげるし、お節介に楠に言ったりとかしないよ。そういうのって、大概失敗するパターンだからね。俺は、柊の兄ちゃんの恋を成就させてあげたいんだよ。‥事務所の平穏の為にね)
 ‥だって、柊の兄ちゃんってば、楠がいなきゃ、危険人物だよ。‥控えめに言っても。(遠慮なくいうと、ヤバい奴って感じ)
 ‥卦の力が強すぎるから、らしい。
「なんかいい加減だな~」
 苦笑いして俺が言うと、ふふ、って楠が笑う。
 楠曰く。
 人は、それぞれ性質ってものがある。普通は、その時々の状況やら、人から影響を受けたりして、人の性質は変わるもんだけど、中には、特定の性質が強くって、他人からの影響を受けない‥「強い」タイプの性質があるらしい。
 そのタイプ分けで、楠のイメージに最も近いのが、八卦だったんだって。
 もともと、「こういう感じ~」って感じだったんだけど、そのことを伊吹さんに話した時「それって、八卦に考え方が近いね」っていう話になったらしい。
 そのタイプ分けによると、柊の兄ちゃんは「火」で、楠は「水」ならしい。それは「何となくこんな感じ」の楠・柊「ファジー解析」でも分かったらしい。

「柊の兄ちゃんとの相性ってことは、‥火と合わない‥って話? それで言うと、水は最も合わない感じするけど」
 つい首を傾げると
「強さだよ。やっぱり、自分より「力が強い」人にあったら、圧倒され‥時には、威圧感を感じたりする。だけど、「安心する」って感じることもあるよね? 柊さんは、自分の力を前面に出していきたいタイプじゃないから、自分の過ぎた力を抑える様な力を心地よいって思うみたい。
 逆に、風やなんかで柊さんより強い力は、(火の力を)煽られる‥って感じがするらしくって、苦手みたい」

 ‥ざ、ファジー!!
 思った以上に適当だったよ‥!

「だから、柊さんと相性が悪いからダメって話じゃなくって‥柊さんがいいも悪いも「何か感じる」っていうことが重要ってこと」
 余りの事にぽかん、ってなってる俺に構わず、楠はへへって子供みたいな笑顔をして言葉を続けた。つまり、自分でもよくわかんないから、笑って誤魔化しちゃえって顔。
 それには、つい、苦笑いしてしまう。

 全く。仕方ないな。子供の笑顔には、逆らえないね。

 って、どっちが子供だ。(柊の兄ちゃんがまたぴくって動いた。こっちに背中向けてるけど‥なんとなく、機嫌が良くなってるのが分かる‥。絶対「楠カワイイ」とか思ってそう‥。背中で語れる無口な男柊‥。柊の兄ちゃん、自分が思った以上に「表情」豊かだってこと、自分で気付いてるのかなあ‥。ってか、こっちむいてないのに、楠の笑顔見えたのか? 多分、雰囲気で笑ったって分かったんだろうな。で、何時もの笑顔を思い出してニヤニヤ‥って、‥変態か! )
 ‥楠以上に、柊の兄ちゃんって、子供っぽい。
 逆に俺は‥子供らしくない、可愛くない子供だな。別に、分かってるし。
 だけど、まあ‥と
「楠は、どういう風に感じるの? 楠もいいとか悪いとか? 」
 (いつもの)感じが悪くない程度の(あざとくない程度の)「子供スマイル」を浮かべる。
 楠が、ちょっと眉を寄せて、でも、「気付かないフリ」で話を続ける。

 子供っぽい振りする僕が痛々しい?

 ‥そんなに小さなことで傷ついてたら、楠、世の中渡ってけないよ。‥まあ、言わないけど。‥気付かなかったフリ、俺もするけど。

「僕は強さは分からない。だけど、違うなって感じる。あと、‥何となく「水」だとか「火」のイメージを感じる。‥オーラって程でもないんだけど‥」
 楠は、何となく「普通」じゃないから、「特別」ってことが分かる。そして、何となく、その力の性質が分かる。柊の兄ちゃんは、その「特別な力」の強さが野生の勘で分かる。
 って感じ‥かな??
 俺は、「わかった」って感じで頷く。
「性質が分かるのは、特別な魂だけ? 」
 俺が聞くと、楠が頷いた。

「誰からも影響を受け得ない純粋な魂は強い、だけど‥苦しい」

 苦しいのは、誰からも影響を受け得ないから?
 影響は、悩みを軽減させ、発想を豊かにし。‥心を成長させる。
 だけど、「特別な魂」をもつ人間には、それが「出来ない」?

 俺が首を傾げると、ふふ、っと今までとは違う、優しい‥楠らしい笑顔を俺に向け
「精神論じゃない。人によっては‥もしかしたら、根性で何とか出来るって思うかもしれない‥精神の問題じゃなくって‥魂の話。精神の外にある‥自分じゃどうにもできない‥抗えない問題」
 いつもは、腺みたいな目でニコニコしてるだけなのに、‥優しい顔で、難しい‥厳しい話をする。自分に言い聞かせるみたいに、厳しい現実の話をする。

 努力が報われない、定めの様な呪いの様な‥魂規模の問題。

 楠のことを、本能的に嫌わないのは、俺たちも「普通じゃない」から。精神ではなく、魂‥本能の話。それは、「仕方が無い」。慣れるものでもない、ただ、「気付かないフリ」をして「無理して付き合う」しかない。‥楠の行ってる幼馴染の美容師みたいに、だ。あいつは、でも、そのことに‥自分が「無理して楠と付き合ってる」ってことに気付いていない鈍感野郎だ。「こいつはこんな奴」って、「俺は、別に他の奴みたいにそんなこと思わない」って大物気取りでいる‥ただの、鈍感野郎だ。俺たちとは違って、「意識して楠と付き合っている」のに、「意識して付き合っている」ことに気付いてないってこと。
 でも、だからこそ付き合っていけてる。
 そのこと(楠と「意識して付き合っている」こと)に罪悪感感じる様な奴だったら、‥きっと楠が気付いて、自分から離れて行くだろう。
 僕が言いたいこと伝わってるかな。‥僕は、そう思ったことを言葉にするのが得意じゃないんだ。

 つまり、自分には、楠の事我慢して付き合ってるみたいなところがある俺って偽善者だ‥ってことに悩むような奴だったら、そいつから離れなくても、楠から離れて行くよって話。
 楠は、それ程自分に向けられる好意以外の他人の感情に敏感だって話だ。

 楠は、誰より優しい。大人だし。
 ‥尊敬もしてる。
 だけど、

 兄ちゃんって呼びたいとは‥でも、全然思わないんだ。
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