『Souls gate』

文月

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二章 楠の正体と天音

2.楠の正体とダメだし。

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(楠side)


「君‥」
「はい? 」
 裏西遠寺の寮に来て、一か月がたとうとしていた。
 ここは、広くて、働く人も多い。多分まだ全員の人とあえてはいないだろう。
 もっとも、会った人総てを覚えているわけでもない。だけど、こんな目立つ人は、覚えるだろう。
 多分、この人は、今日初めてあった人だ。
 だのに、なんでこの人は僕を見て微笑んでるんだ? 僕はこの人と知り合いだっただろうか?
 ‥どうしよう、思い出せない。‥そもそも、本当に知り合いなんだろうか? 
 そう思って、まじまじとその人を見た。
 背が高い。多分、180cm以上あるんじゃないだろうか。ゆったりと白衣を羽織っているが、がっしりした体つきをしていることはわかる。釣り目がちのおそろしく目つきの悪い目、体つきに反してすっきりとした首。後ろだけ肩にかからない位に自然に伸びた髪。黒眼、黒髪のどちらかというと、禍々しい感じのする男だった。
 思いのほかガン見していたのだろう。
「私が気になりますか? 楠さん。‥少し話しませんか? 」
 ふっと、その僕より目つきの悪い男が笑う。
「え? 」
 なんで。
 と思ったが、その男の手は既に僕の腕を掴んでいる。
 ‥話しませんかじゃなくて、強制か?!
 腕を振り払おうとしたが、恐ろしく力が強い。
 僕だって、もやしっ子ではないのに、だ。
 そのうえ
「‥貴方の正体をお話しますね」
 男はぼそっと、耳元でつぶやくと、と有無も言わせない迫力で手近な部屋に押し込まれた。
 何かを企んでいる。
 そんな表情ではない。
 不敵な笑みを浮かべているが、真剣さがちらっと見えた。
 年のころは‥僕より上か、だけど多分そう変わらない位。
 だのに、あの目つき、あの雰囲気。
 本能に従うと、
 極力関わり合いになりたくない感じ。
「‥それは、僕が聞かなければいけない話ですか? 」
 だから、牽制の意味も込めて、僕は薄目を開けた。
 実は、これ位なら「大丈夫」なんだ。
 もし、しつこい様なら「命令」するほかはない、が、何となくこの男には‥きかない気がする。
 柊にもきかなかったし、柳にもきかなかった。
 多分‥僕の「統べる目」に、きかないタイプってのはいるらしい。
「聞かなければいけないと思いますよ」
 に、と目つきの悪い男が笑う。
 薄く口の端をあげて笑った顔は、悪人そのものだ。
「‥手短にお願いします。‥大学に行かなければならないので」
 僕は、ふっと小さくため息をついた。


「面倒なので、いろいろは言いません。事実だけ」
「ええ」
 何をもったいぶっているんだ。「面倒だから」とか、前置きをするのがまず面倒だろ。
 楠は、しらっとした顔を男に向けた。
 男は、扉の外に意識をやって、そして部屋の中に意識をやって、そして
 ピン
 と、指をならして、何かを壊した。
 ことり、と何かが落ちて来る。
 ‥小型の監視カメラ? 。
「伊吹か? ったく、あいつは疑い深いというか‥、天音のストーカーかって感じだな‥まあ、寧ろ「珍しいものの観察」なんだろうな。‥研究熱心なのだろうが‥。‥まったく、研究欲の前には人権も倫理も無視って点では恭二と変わらんな」
 ‥まあ、この部屋は、別に誰が使う部屋ってわけでもないか‥。
 ぶつぶつと小声で愚痴を言って、ゴミ箱に監視カメラの残骸を捨てる。ちょっと下唇を突き出して拗ねた様な顔をしたのは、やけに気になった。
 ‥女子か。
 それに、
 ‥それは、燃えるゴミじゃない。
 とは思ったが、口にするのはやめておいた。
 ‥しかし、監視カメラ。僕たちの部屋にもついてないだろうな。‥こんど、スマホで調べよう。
 なんか、スマホのカメラで見たら赤く光るんだよね?
「ああ、時間がなかったんだっけ。‥まあ、分からなくてもいいかなと思ったんだけど、‥混乱するだろうし。でも、‥さっき見てたら、知っておいた方がいい様な気がしたんだ」
「‥さっきから、何ですか。回りくどい。言いたいことあるなら言ってください。別にいろいろ言われてきたから、悪口なら言われ慣れています」
 楠は、もう一度深めのため息をついた。
「悪口? いや、正体をいうのに、悪口も何もないだろう。これが、悪口なら、自分のことを悪しざまに言うことになる」
 しかし、男はまたちょっとためらった。
 見かけの割に、慎重なんだか、何かに気を配ってるんだか、‥よくわからないが、もどかしい!
「‥だから‥」
 だから! さっさと、言え。
 温厚な楠も、ついイラっとしてしまう回りくどさ。
「まあいいや」「‥我しかぬしにこれを知らせられる者もいないしの」
 ‥言葉遣いと、雰囲気が変わった。
 ‥目が、金色みたいになった? 
 周りの空気も変わったみたいだ。気圧が変わったみたいに重くなった。
 威圧感が半端ない。
「この言葉、戯言と受け取ることは、許さぬ。主の真(まこと)の姿は、我と同じ‥神じゃ」
 重々しい口調で男が言ったセリフが、これだ。
「は? 」
 あ、つい即答しちゃった。
 あの威圧感にも負けず、即答しちゃった。
 だって、するでしょ? 「かみ」って何。
 「上」? 「神」? 「髪」?
「思い当たることはあったと思うぞ。‥主は水の神じゃな。主は水の気に満ちておる。それも、常人よりずっと。今まで、やたらに雨男だったとか、水泳が練習したわけでもなく上手かったとか、止まれって思った相手が止まったりだとかしなかったか? 」
「え! 」
「え? 」
 目つきの悪い男が首をコテン、と傾げる。
 ‥偶にするな‥。こういう、女の子っぽい仕草。似合わないぞ!!
「さっきの‥」
「雨男? 」
 また、コテン。
「いや」
「止まれて思った相手? 」
「それ! 」
「体内の水分に、働きかけたら、そんなこと容易に可能だろ? 主は熱い男ではないようだから、熱の方に力を使うタイプではないらしいな。だけどちょっと、相手の血を凍らせたら、まあ止まるわな。水の気を持つ者は、これを知らずに使ってしまうから、自覚が必要じゃとおもっての。その様子なら、今までも使ったことがあったんじゃないのか? 」
「血を凍らせる‥」
 さっと身体から血の気が引いた。
 ‥なんだそれは‥。
「一瞬な。その気になれば、主なら‥、相手を凍死させる位わけないぞ。‥じゃから、我は主に言わねばならんと思ったのじゃ。他にも降りて来ておる神位おろうが、普通は、自覚があるからの」
「‥貴方は一体? 」
「主の、まあ、仲間じゃな」
「‥」
 さっきこの男は、僕のことを神だと言っていた‥。ということは‥。
「我は、天の神じゃ」
 天の神‥という事は、この男の性質は「天」か。
 天の卦。
 『乾』か‥。
 ‥そうか、この男の読みにくい性質はそういうものであったか。
 さっきなんか、可笑しなこと言っていたな。
 ‥神は他にも降りてきている。
 そして、僕も、神‥。
 そんなこと信じられるわけが‥。 
 目の前の男は‥神であろう。有無も言わせぬ存在感と、威圧感はそう信じさせるだけのものがあった。‥だけど、僕は‥? 
「‥信じないという選択肢はない。主を騙すメリットも、争う必要もない」
 ふわっと、男が楠の手を取り、その手を重ねる。
「天水訟」
 全く違う気が自分に干渉してきたのが分かった。
 さっき、天の神と言っていたから、これが天の卦の力なんだろう。
 男の声が何か、紡がれるように頭に流れて来る。

「主と我の性質は違う。我の天の卦は上に上がる性質を持っており、主の水の卦は下を流れる性質じゃ。互いに交わることがない卦じゃ。それが理‥。「訟」は訴訟。しかしながら、争う必要はない。‥主はまだ、自分の力を開放しきっておらぬ。力には各人において、天井があってそれ以上成長するのは無理じゃが、神である主は、その天井が常の人より高い。神の位は‥我とあまり変わらないか‥。いずれにせよ、「主」が、「我」に干渉して来たときは、我と主の関係も、また変わる。それが、卦の性質である」

 静かな声が頭にしみるようだった。
「干渉‥」
「いつも、柊に主がしておるであろう? 」
 ふ、と男が笑う気配がした。
「水火既済きさい
「水が火が燃えるのを防ぐ卦じゃな」
「‥反対だと、変わるんですか。例えば、柊さんが僕に干渉すると‥」
「火水未済じゃな」
「‥意味は、水の上に火があり、全く意味がない。って意味じゃな」
 未済‥。楠は、小声で繰り返した。
「だが、力の差が大きすぎて、今はまだ柊は主に干渉できない」
「力の差‥」
 まさか、合っていた。
 力の差が大きい方が干渉しやすいというわけか?
「いや、出来るか出来ないか、だ。差が大きくても、出来るときもある」
 反対もあるという事か‥。
「普通は、力が強いもの方が干渉はしやすい。干渉を受け入れることも出来る。干渉を受け入れる受け入れないは、力が強い方に権利がある。じゃが、必要があれば、‥力が弱い方からでも干渉は出来る。そういうもんじゃ」
「何にせよ、力が強いものは、自覚して力を使わなければならない。‥無意識で、「知らなかったから」ではすまぬぞ」
 ‥無意識。
 僕が今まで知らずにしてきたこと。‥血を凍らせること。
 人を殺してしまうかもしれない力‥。

「‥今までの主を責めておるわけではない。‥別に今までの主じゃったら、そんな大した力もなかったじゃろうし、主は優しい。すぐに、気を散らしたであろう? 今までならそれでよかった。じゃが、これから主はもっと力をつけねばならぬ。‥主が拾ってきた柊。あれの成長に主が追い付けないようではいけない」

「柊さん? 」

 ‥柊さんの成長?

「それは‥どういう‥」
 聴こうとした楠の口を、男が覆い「しっ」という。
 扉の外に人の気配がしたのだ。


「天音ちゃん? 」
 その声で、外からの音が一気に入って来た。
 急に、気圧がふ、っと軽くなったのだ。
 ‥今まで、結界みたいなものを張っていたってことか? 
「あれ? 天音ちゃん見なかったですか」
 その声が、他の誰かに話しかけるのが聞こえた。
「あ、はーい」
 ったく、伊吹。お前は、ホント‥天音のストーカーか。
 目の前の男が呟く。
 あ、また言ったさっきの「天音のストーカー」。伊吹さんって、天音って子のストーカー疑惑が出てるのかな? 
 ってか、誰だろ。天音ちゃん。
 さっき女の子の声がしたけど‥。
 すぐ近くで。
 え? っと思い、さっきまで男が立っていたところを見た。
 もう一度見た。二度見って奴だ。
 男の立っていた位置に、少女が立っていた。
「! 」
 ‥誰!?
 絶対に、誰もこの部屋には居なかったぞ、しかも一瞬であんな男がこの部屋から消える?! 
 男が消えて、この女の子が現れた‥。
 そんな感じだった。
「ちょっとまってくださいね~」
 少女がさっきと同じ声で返事した。
「ではの。また、じゃ」
 部屋から出る前に、ちょっと振り向いて、楠を見た。
 に、っと笑った顔は、さっきまでの目つきの悪い男と同じ笑みで‥。
「!! 」
 その場に取り残された楠は、そのまま崩れる様に座り込んでしまった。
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